明石総督の鳥居
死んだら骨を台湾に埋めて欲しい」との遺言で台湾の土になった明石元二郎第七代台湾総督
その墓に据えられていた鳥居。日本人墓地が戦後中国大陸から渡ってきた人々により不法占拠されバラ ックの町となりここを整理撤去したときに出てきた鳥居(現林森公園)
現在は台湾の228公園内に移設。
明石総督の鳥居よこにある小型の鳥居 どこにあったものかよくわからない。
同じく228公園にある「牌坊」
「牌坊」とは一口でいえば「中華鳥居」 意味合いは似て異なるようだ
石でできているものは「石牌坊」というようだ。
| 散るをいとふ世にも人にもさきがけて 散るこそ花と吹く小夜嵐 |
三島由紀夫の辞世の句
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♪你ニイ (b´∀`d) ハォ好♪
明石総督は死んでもなお台湾に残りたかったのでしょうか。
やはり太らせて・・・・と言う戯言では骨までこの地に埋めよと言わないでしょう。
傑作です
2008/1/31(木) 午前 0:07
ko honronさん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
台湾の土になることを拒絶した親子とはえらいちがいですよね。
2008/1/31(木) 午前 0:56
明石総督の横にある鳥居は乃木大将御母堂のお墓の鳥居です。
乃木総督(赴任当時は中将)は台湾赴任にあたって、妻と母親を連れて行ったといいます。諸説言い伝えがありますが、後世の乃木愚将論をベースにした、無能為政者やら嫌々赴任したというネガティブなものでは実像をとらえていないと思います。
確かに無能スタッフの首切りを躊躇したという人のよさが災いした面があって1年半で更迭されましたが、台北は当時は外国船の寄航する港町で外国要人との社交の場に呼ばれる(勿論、妻同伴で)と言う事を知って妻を連れたそうです。嫌々ながらの腰掛(前任の桂太郎がそう)ではないですよ。結局御母堂は乃木総督赴任早々にマラリアで亡くなり台北に埋葬されました。
台湾の土に還ったという事で台湾人の中では崇められたといいます。
傑作&TBします。
2008/3/5(水) 午前 11:36
千葉日台さん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
乃木さんの母上の遺骨はどうなったのでしょうかね、乃木さんの台湾時代の話はあまり伝わってきませんね。傑作&TBありがとうございます。
2008/3/7(金) 午後 8:28
乃木大将の御母堂のご遺骨は台中のお寺に今でもあるのでしょうか?
確か、野球場の近くにあったような気がしますが。
2008/3/7(金) 午後 8:32
千葉日台さん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
もともと乃木大将の母上のお墓はどこにあったのでしょうかね。台中にあるかな?
2008/3/7(金) 午後 8:39
トオルさんのところで言っていた中華鳥居ってこれのこと?
これ、普通に靖国鳥居だけど・・・
(」; ̄O ̄)」 < オーイ!
2009/10/24(土) 午後 0:01
あっ、なるほどね、一番下ですね。納得です♪
わざわざ追加して下さってありがとぉ〜。ヽ(=´▽`=)ノ
確かに中華鳥居って言葉がぴったりですね。
2009/10/24(土) 午後 3:13
keinoheartさん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
どういたしまして。
2009/10/24(土) 午後 4:22
明石氏は日本で没しながら、台湾で眠りたいと台湾に埋葬されることを望んだようですね。
明治気質中々です。
[ mario ]
2011/10/12(水) 午後 11:41
mario030303さん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
赴任地で尽くすという気概は見習いたいものですね。
2011/10/13(木) 午前 0:18