<台東飛行場>南の島ランユイ(蘭嶼)へ《おまけ》
| 『南の島ランユイ(蘭嶼)へ』シリーズは終了いたしましたが 帰りの中継点台東飛行場のおまけ記事です。 |
台東飛行場
| 飛行機便の都合で2時間ほど時間があったのですが中途半端な時間でどこにもいけず 台東飛行場の玄関正面にある喫茶店で時間をつぶすことにした 以前 台東飛行場に来た時にこの喫茶店の前に無かったオブジェを何気なく撮影 |
| 今回写真を整理して オブジェの説明書きを読んでみると 2009年に起きた台風による水害、台湾での通称『88水災』で大量に流れ出た流木を利用して作られた記念碑的なものだった。 |
| 『88水災』をWikipediaの力を借りて紹介いたしますと |
小林里Wikipedia
2009年台風第8号による被害
概要
台湾を襲った平成21年台風第8号による集中豪雨により、8月9日午前6時ごろに村内の山腹斜面が岩盤から大規模に崩壊(深層崩壊)。崩落した土砂は中心部の集落地帯を完全に埋没させた。村の周辺に逃れて助かった生存者はわずかに50名ほどだった。
被害
台湾の中央災害対策センターが発表した被害は、8月13日時点で、家屋169戸、398人が生き埋めによって行方不明という状況[1]。現地までの交通手段は寸断されていること土砂の流出規模があまりにも大きいことなどにより、重機を投入しての被災家屋を掘削するなどの直接的手法による行方不明者の捜索は行われておらず、以降の生存者の発見が絶望視されている。この災害による犠牲者は500人ほどと見られる。
政府の対応
8月19日、馬英九総統が現地視察して政府の対応の遅れを被災者に謝罪した。同日、対応の遅れの責任を取る形で、薛香川行政院秘書長と陳肇敏国防部長が辞意を表明。それだけでは批判がやまず、9月10日には劉兆玄行政院長が辞職して行政院(内閣)総辞職へと追い込まれた。
要人の訪問
中華人民共和国の反対を押し切る形で8月30日にダライ・ラマ14世が訪台して翌31日には現地慰問をおこなっている[2]。
| 中文のWikipediaによると677人死亡、22人失蹤となっております。台湾の馬政権と日本の民主党政権は実に相似形的な出来事が発生するのも不思議 小林村で起きた「深層崩壊」はまさに想定外の天災で 一村か壊滅したわけですが 馬政権は対応の不手際から これで大きく支持率を落とし 内閣は総辞職するにいたるのです。想定外と責任を取らなければ 次に何があっても責任を持って対応することは出来ないわけですから 日本の菅政権は一刻もはやく辞職すべきです。 |
| この水害で出た流木の話 「珈琲畑日記」のピュマさんのブログに記事ありましたのでリンクします。 |
12月の台東 水災から4ヶ月
| 災害から4ヶ月で立派な仮設住宅が建っていることに注目したいです。 |
| 喫茶店で私はコーヒーでしたが専属モデルはこんなものを |
| 専属モデルの前でかけられない電話をする為(笑)中座して外にタバコを吸いに行く いつもの禿げ親父のお決まりの銅像があったので撮影 |
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>専属モデルはこんなものを
何でしょう?
>専属モデルの前でかけられない電話
誰でしょう^^
傑作・ランクリ○です。
2011/6/20(月) 午前 11:28
>専属モデルの前でかけられない電話
まさか・・・@@(イカ自粛)
>タバコを吸いに行く いつもの禿げ親父のお決まりの銅像があったので撮影
あのハゲに根性焼きして来たんすか?(笑)
[ Tomy Kwan ]
2011/6/21(火) 午前 1:26
あのときの電話、一生忘れないわ
ポチ
2011/6/25(土) 午後 11:12
こんのさん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
何かの果物
同伴の小姐(笑)
2011/6/26(日) 午前 1:09
TOMYKWANさん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
台東じゃあ まだまだ威光が健在ですかね。
2011/6/26(日) 午前 1:10
あくあさん( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
たぶん5秒で忘れてます。
2011/6/26(日) 午前 1:11