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台湾で日焼け53 「澎湖 郵便局と警察署」


イメージ 1馬公の旧市街に工事中で残念だったが 日本統治時代の郵便局があった。ネットで検索すると台湾の郵便カラーに壁を塗られた姿が出て来たが 修復後のCGは 如何にも木造といった元の姿にもどるようだ。
澎湖郵政事業は日清戦争後の台湾接収時の1895年の野戦郵便局
この建物は「1926(昭和1)年,日治時期的郵電所」とある。
もう一つは「警察文物館」となっている建物「日治時期馬公水上警察官吏派出所」

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    日本統治時代の インフラ 投資の回収は長期間かかります。
    台湾人が 日本に感謝する気持ちが良く分かります。

    [ 太郎 ]

    2017/9/24(日) 午後 0:41

  • 大切に使われているようで何よりですね。

    不死鳥

    2017/9/24(日) 午後 4:25

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    太郎さん( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
    日本人が観光する動機にもなりありがたいです。

    にっぽに屋にっぽん

    2017/9/24(日) 午後 5:32

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    不死鳥さん( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
    保存が公的に決定されそれが予算が付き実行されるのも 素晴らしいですのー

    にっぽに屋にっぽん

    2017/9/24(日) 午後 5:34

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    こんばんは お久しぶりです
    台湾って統治時代の大事にしているって印象強いです

    印象としてはあと漢字かな? 台湾のは何となくわかる気がする
    中国のは略しすぎてカタカナに見える時がある

    あまのじゃく

    2017/9/27(水) 午後 8:39

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    台湾に、日本統治時代から続いている日本蕎麦屋や、日式中華料理店ってありませんか?あったら是非行ってみたい!

    [ 荒川 文治 ]

    2017/10/1(日) 午後 9:01

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    あまのじゃくさん( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
    繁体字の国は自分の伝統も大切に守っていますかね 日本統治時代も自らの歴史としているということでしょう。

    にっぽに屋にっぽん

    2017/10/1(日) 午後 10:18

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    荒川さん( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
    現地化した日本料理、日式は日本料理店とは別に小さな町にもありますが 店としてはそんなに長くないのではないでしょうか。台湾は蕎麦よりうどんの国で 衛生上の問題と冷えたものを食べる文化は今でも拒絶反応あり ざるそばは根付いていないです。
    中華料理は戦前の台湾にはなかったとTVでやってました。

    にっぽに屋にっぽん

    2017/10/1(日) 午後 10:26

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    林田桶店さんのような日本人から作り方を教わった台湾人が開いた店はないのでしょうか?↓の日本料理店は古いですが、それでも1946年創業。

    https://blogs.yahoo.co.jp/jimmy_arakawa/38798884.html

    日本統治時代の台湾には中華料理店が無かったのですか!?日式じゃないくてもですか?

    [ 荒川 文治 ]

    2017/10/2(月) 午前 7:43

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    ( ´∀`)y─┛チァーパーボェー
    日本人が普通に渡航できるようになったのは 昭和30年代からですから 空白時期があったのでしょう
    畳屋さんは2000年の頃台北で老人がやってましたが 2003年頃探したときにはなくなってました。

    にっぽに屋にっぽん

    2017/10/15(日) 午前 0:07

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    その後検索したら、日本時代の台湾には江山樓等の大きな料理店があったそうです。日式中華ではなく、「台灣第一之支那料理」とか「台菜」を標榜していたそうです。当時は支那が差別的な意味をもたなかったので、支那料理店で検索すれば当時の台湾の中華料理店の情報がもっとみつかるかもしれません。

    [ 荒川 文治 ]

    2017/10/15(日) 午前 10:42

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    荒川さん( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
    ホテルの中の特別な高級料理といったものになるでしょうかね 戦前から続くホテルがあれば残っている可能性もあるでしょうが レストランも 中華民国が大陸から連れて来た資本に淘汰されているでしょうね。台北にある有名な中華料理は親父が蒋介石の料理人だったって説明してました。

    にっぽに屋にっぽん

    2017/10/15(日) 午後 0:15

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    TVでご覧なったという、戦前の台湾に無かった中華料理とは日式中華料理店のことを指していたんでしょうかね?でも台湾料理を含む本格的な支那料理は日本時代にもあったんですね。

    後藤新平も江山樓へ向けた漢詩を詠んでいますが、当時の日本人にとって台湾は、自国領土内にある支那文化に触れられる場所だったのでしょう。

    http://www.taipeinavi.com/special/5056040

    [ 荒川 文治 ]

    2017/10/15(日) 午後 1:13

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    荒川さん( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
    中華料理というカテゴリーも 最近の概念で混乱しておりますが 日本人の認識としては 当時の台北では ホーロー文化の料理も広東、上海料理も区別せずに支那料理だったのでしょう。大陸の北京料理屋や四川料理があったかは考察は難しいですね 台湾では客家語も広東語としていたぐらいですから 客家料理と広東料理の区別もつかなかったでしょう。 まして台湾人を 支那人、チャンコロと同一蔑視するぐらいですから ホテルで食べる高級な大陸系の料理は支那料理だったでしょう。台湾人に対して日本人が使った差別語は変節し 今では台湾人の口から外省人や大陸の人に対し「支那」「チャンコロ」と年輩の方から出てきます。くくりをどうしていたかというのは難しいでしょうね 外省人からしたら戦前に所謂 宮廷料理由来の北平料理などあるはずがないとなるのやもしれません。

    にっぽに屋にっぽん

    2017/10/17(火) 午前 0:00

  • 台湾のテレビ界を牛耳る外省人は、光復前の台湾にちゃんとした中華料理などなかったという意識なんですかね。

    中華料理という言葉もイメージはバラバラ。中華とは中華民国の略だから正しく中国料理と呼ぶべきだという人が十数年前にはいました。

    蔑称というものは、侮辱する文の中で頻繁に使われて行くうちに本来の意味とは関係なく出来るものです。日本時代には、台湾土人という言葉も普通に使われていたのでしょう。

    [ 荒川 文治 ]

    2017/10/17(火) 午前 8:48

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