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台湾の総統選結果 最終回 その後のいろいろ 


イメージ 1選挙で違法賭博 掛け金「70億円」飛び交いこれまでに215人が逮捕されたとのこと 台湾の選挙はお祭りでしょうかね お祭りの後もいろいろあります。今度の総統選と立法院の選挙は共に民進党の勝利で議会との捻じれは発生しなかったのですが 総統の就任は5月 それまで馬総統は民進党多数の議会で捻じれを抱え込むことになります。日本の首相にあたる行政院長を新議会で任免権があるのは馬総統 この長い空白期間になりかねない制度 「議会多数派が組閣すべきだ」と任免権のある馬総統は民進党の蔡さんに責任を押し付ける始末 どうなりましょうかねどうするつもりなのでしょう。その馬総統 台北市、ドーム建設めぐり馬英九総統の送致検討とずいぶん前の市長時代の話、「台北市政府が法務部(法務省)に送致」とよくわからないのでなんともいえません。そして国民党 陳水扁時代は議会が国民党だったのでなかなかできなかった 国民党の党資産問題台湾・民進党、国民党資産の国有化推進とのこと 国民党の党資産はもともと日本由来の資産 日本と戦後交渉拒否して 国庫に入れず 国民党の資産にしたところに問題があり 昔は世界一と言われた資産も随分減ったものの まだまだ所有していて 国民党の選挙資金が潤沢なのはこれ まあ 独裁から民主化したのだから吐き出すのは当然ってところでしょう。
任期も人気もなくなった馬総統 最近所謂従軍慰安婦にご熱心「台湾元慰安婦の告別式に参列 謝罪など対日要求「諦めない」」とやってます。この亡くなった鄭陳桃という戦地売春婦 二度ほど過去記事にしましたが 明らかに親に売られただけの人ですけど どんな脳回路してるのでしょうか馬は そうこうしていると国民党の党首 新しく決めなければならないのですが台湾 国民党、混乱やまず 主席選でも駆け引き激化総統選の直前に候補を降ろされた洪秀柱が出てまいりましたし 国民党台湾派の馬のライバル王金平立法院長の側近を収賄容疑で拘束とか 国民党党内で外省人と本省人がいつもの様に対立 国民党は団結できないようです。
あと議席を失った李登輝さんの台湾団結連盟もまた解党の危機で政党助成金交付の条件である得票率3.5%を下回ったようで どうなるのでしょうかね。国民党に残っている台湾派を取り込むのも時代じゃないし 次の選挙はどうなるでしょうか。

台湾の選挙から1週間 4年に一度の特集もこれで終了 通常モードに戻します。

台湾の戦地追軍売春婦問題(所謂「従軍慰安婦」問題)のいい加減さ


日韓合意で慰安婦問題が台湾に飛び火して拡大するだろうと予測される中
日本統治時代開校の女子高、元慰安婦に卒業証書を授与へ/台湾昨年の暮れにこんな報道があった。
(台南 30日 中央社)日本統治時代の1917(大正6)年に創立された「台南高等女学校」を起源とする台南女子高校はこのほど、元慰安婦の鄭陳桃さんに卒業証書を授与することを決めた。

同校への登校中に日本人に捕まり、海外で慰安婦にさせられたという鄭陳さん。「日本の謝罪」のほかに、「卒業」を一生の願いとしていたことから、フェイスブックでは学校側に卒業証書授与を求める活動が起き、30日までに1万人以上の支持を集めていた。
・・・・・

ここに出てくる 生きている最高齢の自称「従軍慰安婦」鄭陳桃というひとで 以前このブログでもこの人を取り上げたので 過去記事を紹介
過去記事「台湾人の所謂元『慰安婦』が来日 政治家の妄言に抗議に思うこと」リンク

日本共産党の赤旗サイトより引用 
【日本語で証言した鄭陳桃さん(84)。一九四二年六月四日、高等女学校への通学途中、いつものように派出所の前を通ると、日本人の警察に呼び止められました。「ジープで学校に送ってやる」。警察を恐れていた鄭さんは断ることもできずに乗りました。ジープは学校の前を通り抜けました。着いた先は小さな旅館。「魏」という姓の夫婦に引き渡されました。ほかに二十余人の若い女性がいました。 翌日、高雄のふ頭から「アサヒマル」という軍艦でインド洋のアンダマン島へ。一年二カ月後には、サイパン島へ連行されました。鄭さんも妊娠しました。】 
なんだ インドといってもビルマの南のベンガル湾に浮かぶこの諸島のことかと とりあえず現在はインド領だし間違いはないので 記事の不親切を怒る。 
もうひとつの疑問『18歳の時、登校途中』の部分 当時の進学状況を考え この手の商売に身を落とす家庭の場合 まず学校に行ったといっても国民学校すなわち小学生通いがいいところだろうから えらく歳を取った小学生じゃの〜と感じていた部分も 赤旗の記事『高等女学校への通学途中』ということで 半分解決。しかし高等女学校というのは5年制で12歳〜16歳 卒業時で17歳 事情があっても1年程度の遅れだろうから 卒業間近ということなんだろうなって考えつつ どこの女学校なんじゃって疑問がわいてきていろいろあたってみる。
世田谷にある日本キリスト教会 東京告白教会にある『台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会』のサイトから引用
【鄭陳桃 さん (1922年生まれ。台北市出身) 
1942年にインド洋アンダマンへ連れて行かれる。アンダマンの海をみながらいつも泣いていた。学校へ行く途中だった。普通の女の子だったのに・・・。 】
裁判を支援する会なんだから生まれた日と 連行された年は間違ってないのだろう。間違ってたら裁判にならないですもんね?ということで この人鄭陳桃さんは 二十歳で女学校に通っていたってこと。
そしてこの裁判を支援している情報として間違ってたらしゃれにならないサイトにはこのような記述も
 それは
【学校へ入ってまだ一ヵ月もたたないある日、警察の前を通ったときに、日本の警官が車でおくってあげるといわれ、そのまま高雄の港へ連れて行かれました。】
 えええええ『学校へ入ってまだ一ヵ月もたたないある日』ってことは1年生ってこと 12歳で普通1年だから彼女は20歳で高等女学校の1年だったってことですか〜
ないないないない 絶対ない
 まあ 普通 ありえない!ということで 他を当たってみることに
台湾の人権団体「婦女救援基金會」のサイトをみると
【「私は1942年6月4日の朝に起きたこと、私の一生の運命を変えた出来事を決して忘れることはできません。もう60年もたちましたが、はっきりと覚えています。当時、私は中学生でした。学校へ行く途中、ジープを運転する渡辺という日本の警察官が通りかかり、車に乗るように言われました。私を学校まで送っていくというのです。車は前へ前へと進んでいきますが、それは学校へ行く道ではありません。私が泣きながら「学校へ行きたい」と言うと、その人は私を罵り、静かにしろと言います。そうして着いたのは高雄港で、そのまま船に乗せられ、インドのアダマン島へ連れていかれました。 】
おや〜赤旗の記事だと『学校の前を通り抜けました。』とあるのにこのサイトでは『それは学校へ行く道ではありません。』とある。学校の前を通り抜けたなら学校へ行く道だったってことでしょ?全く この証言の核心となる拉致場面ぐらいは 証言を統一してくれなきゃ困っちゃうね。
どこの女学校か判明しないのでさらに調べると 台湾「聯合報」の報道で
【台南女子中学校に通っていた鄭さんは、ある日、自宅のある屏東県から台南県に車で向かう途中、派出所の前を通りかかった。その時、日本人に強制的に別の車に乗せられて高雄に連行された。その翌日、船でインドに送られ、悲惨極まりない「慰安婦生活」が始まった。】
  とあり 彼女の通っていた学校は 台南の第一高女もしくは第二高女 日本人が多い第一には台湾人は一学年数名しかいないので 台湾人の第二高女にしても名門の子女がほとんど まして台湾人がすこぶる力を持った地域で 高女の子女を拉致すれば 日本人だってただではすまない。彼女の運転手も『処分』して海にでも流したのかね ばかばかしい。
さらに愕然したのは 『自宅のある屏東県から台南県に車で向かう途中』今だってありえない 当時の列車と駅から学校までの時間を考えたら そんな通学圏じゃないし 高雄県が間に入ってるし 車だって高速のない時代何時間かかるんだ!まして戦時中 両親を早くに亡くした彼女を 車でおじさんが通わせてたとしたら超セレブときたら もう話は支離滅裂。
それに 車で走ってるのを呼び止めて 車で学校へ送っていってやるってこの警察官 どんな発想じゃ〜
最初はたぶん歩いて学校に行ってたと言っていたんだろうけど じゃあどこの学校と聞かれ 屏東には屏東高等女学校があるけど地元じゃ嘘がばれるから 台南と答え どうやってと聞かれたら歩いてとは答えられず 列車でも無理だから 苦し紛れに 車でって嘘の上塗りしたのではないかね。
彼女を支援する人たちに言いたい 疑問を本当に感じないのかね 君たち。
それにね 証言に出てくるジープって 戦後の乗り物なんですけど トラックにしときゃよかったんじゃないの?

かいつまんで説明すると

19歳(誕生日が11月なので20歳から訂正)旧制の高等女学校に入学するなんてあり得ないし

屏東から台南へ通学とかも1億パーセントあり得ない

そんな偽証を鄭陳桃はしているわけで こんな単純な詐話に台湾人は騙されているのか?ということで卒業証書授与のニュースを検索その経緯を調べることに

小桃阿嬤畢業證書引質疑 南女計畫不變
(中央社記者張榮祥台南30日電)國立台南女中決定頒發紀念版畢業證書給日據時期慰安婦「小桃阿嬤」,引來歷史學界的質疑,但校方「選擇性」地相信阿嬤,頒發計畫不變。
「小桃阿嬤」鄭陳桃19歲考上台南女中後,在上學途中被日本人強押到海外當慰安婦,當時阿嬤已上學,但未正式登錄學籍。
在網路傳出阿嬤希望完成學業,多人請求南女頒發畢業證書後,校方幾經考量,決定頒發紀念版畢業證書。
消息傳出後,校方今天收到歷史學界的質疑,認為阿嬤未登錄學籍,未完成學業,不能取得南女畢業證書,何況以日據學制,阿嬤19歲才就讀南女前身的台南州立台南第二高等女子學校,年紀也太大了。
校方表示,當時學校及老校友也都有同樣的質疑,校方代表2013年南下屏東拜訪阿嬤時,阿嬤可以清楚地描述出學校的場景及規定,還能唱日據時期的校歌,若要造假,也未免太深入了。
南女決定頒發紀念版畢業證書計畫不變,但校方強調,紀念版畢業證書僅具象徵性,證書只蓋學校關防的「小章」,不蓋「大章」,不是正式的畢業證書。
台南女中前身是台南州立台南第一高級女子學校及台南州立台南第二高級女子學校,一高女現址就在台南女中,學生以日本人為主,二高女現址在中山國中,學生以台灣人為主;台灣光復後兩校合併,才成為今日的台南女中。1041230

一応卒業証書を与えた学校の方も 学籍が確認できず 通常12歳で入学のところ19歳で入学とあり得なさに疑問は認識しているようです。

しかしそれでもなおかつそうなったのは 学校側の事情調査に
学校の当時の状況や規則、校歌を覚えていていたからというただそれだけのくそあいまいな理由で卒業証書を授与することになったようです。ただし学校側も正義の良心があるのか正式な卒業証書ではないとのこと。

この人のことを詳しく調べている 左翼系サイトによれば 
どこの中学かは記述なしで中退 16歳で継母と叔父に台北に売られた経緯が紹介されていました。
その後逃げ出して19歳で再び高雄に売られたということですが そこで騙されて連れて行くという手段はあったようです。これも売主と買主がそう彼女に説明したのでしょう。
ここでも 継母と叔父に売られた経験がどうも原体験となって彼女の証言に置き換わっている可能性が指摘されていました。


結局 
「この継母や叔父に騙され売られた哀れな売春婦のその後の創作の日本軍や警察の強制の話が真実であろうがなかろうが 当時取り締まる法律がなくても警察が人身売買を黙認して日本軍の使う慰安所で働かされたわけだから日本の責任だ」ってことに韓国も台湾の場合もそうなっていているのが現状のようです
そんな理由が成り立つなら 今現在行われている売春婦も国に謝罪と賠償金を求めることが出来るってことでしょう?それでは困るので この詐話は すくなくとも韓国政府は強制的に連行したということがなければ困るってことだけなのですが 韓国国民には既に拉致などの強制性など関係なく日本が悪い事に変りがないわけです

韓国や台湾の20万人の性的奴隷とは 普通の売春婦も含め 警察が人身売買を黙認し
売春宿の必要性を感じ軍の近くに慰安所があったのだから 本人の意志に反するこの様な社会状況の放置は 「強制的に慰安婦に売春婦にされたことだ」という認識ってことになっているのです。したがって軍の直接関与が確認できる売春婦がいないと 日本の政治家が発言すると 「慰安婦(売春婦)がいなかったなんて信じられない妄言だ!日本人は狂っている」ってことになっているのではないでしょうか。

日本人向けには 親に売られた証言の部分は伏せられて 日本人は当然もうめちゃくちゃだと怒るわけですが 韓国では我々の予想以上に 偽証や親に売られた部分も認識しながら この様なかわいそうな境遇は日本が悪いのだから謝罪なく 売春婦もいなかったという日本人(韓国人はそう思い込んでいる)は 嘘つきということになるわけです。

韓国人と中国人のものごとを把握し理解する能力が欠けている限り 区別して彼らを諭すことなど不可能なのかもしれないのです。そもそも挺身隊と慰安婦でさへ厳密に区別で来ていない現実も信じられないかもしれませんがあるのです。

要するに永遠に話はかみ合わないってことかな。韓国政府が元売春婦のおばさんを説得できるわけはないのです。

台湾人の所謂元『慰安婦』が来日 政治家の妄言に抗議に思うこと


92歳最高齢“元慰安婦”が訪日へ、政治家の妄言に抗議、東京で6日から「慰安婦」展開催―中国メディア
・・・・・台湾籍の元“慰安婦”、鄭陳桃さん(92)が台湾婦女救援基金会の付き添いで来日し、当時受けた被害の様子を語るという。鄭さんは「昨今の日本の右翼政治家による慰安婦の史実を歪曲するでたらめな発言」に対して、抗議したいとしている。

台湾籍の元慰安婦は現在8人が存命で、鄭さんは最高齢にあたる。18歳の時、登校途中で日本籍の警察官に拉致され、インドに連れていかれて従軍慰安婦にされた。21人の女性が一緒だったが、今でも存命なのは鄭さんだけだという。・・・・・

イメージ 1最高齢の『元慰安婦』鄭陳桃という人物のニュースをたびたび見るので このひとこの手の『イベント』があるとここ数年は 最高齢という世間の注目看板を手にしてからやたらと登場するので気にはしていた。ニュースの中のインドという単語にそれはありえないだろうと調べてみることに。
共産党の赤旗のサイトに 当時84歳ってことは最低8年もこの詐話師の商いをしているのかと先入観を持ちつつ
 日本語で証言した鄭陳桃さん(84)。一九四二年六月四日、高等女学校への通学途中、いつものように派出所の前を通ると、日本人の警察に呼び止められました。「ジープで学校に送ってやる」。警察を恐れていた鄭さんは断ることもできずに乗りました。ジープは学校の前を通り抜けました。着いた先は小さな旅館。「魏」という姓の夫婦に引き渡されました。ほかに二十余人の若い女性がいました。 翌日、高雄のふ頭から「アサヒマル」という軍艦でインド洋のアンダマン島へ。一年二カ月後には、サイパン島へ連行されました。鄭さんも妊娠しました。
なんだ インドといってもビルマの南のベンガル湾に浮かぶこの諸島のことかと とりあえず現在はインド領だし間違いはないので 記事の不親切を怒る。 
もうひとつの疑問『18歳の時、登校途中』の部分 当時の進学状況を考え この手の商売に身を落とす家庭の場合 まず学校に行ったといっても国民学校すなわち小学生通いがいいところだろうから えらく歳を取った小学生じゃの〜と感じていた部分も 赤旗の記事『高等女学校への通学途中』ということで 半分解決。しかし高等女学校というのは5年制で12歳〜16歳 卒業時で17歳 事情があっても1年程度の遅れだろうから 卒業間近ということなんだろうなって考えつつ どこの女学校なんじゃって疑問がわいてきていろいろあたってみる。

イメージ 2世田谷にある日本キリスト教会 東京告白教会にある『台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会』のサイトに
鄭陳桃 さん (1922年生まれ。台北市出身)
1942年にインド洋アンダマンへ連れて行かれる。アンダマンの海をみながらいつも泣いていた。学校へ行く途中だった。普通の女の子だったのに・・・。
裁判を支援する会なんだから生まれた日と 連行された年は間違ってないのだろう。間違ってたら裁判にならないですもんね?ということで この人鄭陳桃さんは 二十歳で女学校に通っていたってこと。
そしてこの裁判を支援している情報として間違ってたらしゃれにならないサイトにはこのような記述も
それは
学校へ入ってまだ一ヵ月もたたないある日、警察の前を通ったときに、日本の警官が車でおくってあげるといわれ、そのまま高雄の港へ連れて行かれました。
えええええ『学校へ入ってまだ一ヵ月もたたないある日』ってことは1年生ってこと 12歳で普通1年だから彼女は20歳で高等女学校の1年だったってことですか〜
ないないないない 絶対ない
まあ 普通 ありえない!ということで 他を当たってみることに
台湾の人権団体「婦女救援基金會」のサイトをみると
「私は1942年6月4日の朝に起きたこと、私の一生の運命を変えた出来事を決して忘れることはできません。もう60年もたちましたが、はっきりと覚えています。当時、私は中学生でした。学校へ行く途中、ジープを運転する渡辺という日本の警察官が通りかかり、車に乗るように言われました。私を学校まで送っていくというのです。車は前へ前へと進んでいきますが、それは学校へ行く道ではありません。私が泣きながら「学校へ行きたい」と言うと、その人は私を罵り、静かにしろと言います。そうして着いたのは高雄港で、そのまま船に乗せられ、インドのアダマン島へ連れていかれました。
おや〜赤旗の記事だと『学校の前を通り抜けました。』とあるのにこのサイトでは『それは学校へ行く道ではありません。』とある。学校の前を通り抜けたなら学校へ行く道だったってことでしょ?全く この証言の核心となる拉致場面ぐらいは 証言を統一してくれなきゃ困っちゃうね。
どこの女学校か判明しないのでさらに調べると 台湾「聯合報」の報道で
台南女子中学校に通っていた鄭さんは、ある日、自宅のある屏東県から台南県に車で向かう途中、派出所の前を通りかかった。その時、日本人に強制的に別の車に乗せられて高雄に連行された。その翌日、船でインドに送られ、悲惨極まりない「慰安婦生活」が始まった。
とあり 彼女の通っていた学校は 台南の第一高女もしくは第二高女 日本人が多い第一には台湾人は一学年数名しかいないので 台湾人の第二高女にしても名門の子女がほとんど まして台湾人がすこぶる力を持った地域で 高女の子女を拉致すれば 日本人だってただではすまない。彼女の運転手も『処分』して海にでも流したのかね ばかばかしい。
さらに愕然したのは 『自宅のある屏東県から台南県に車で向かう途中』今だってありえない 当時の列車と駅から学校までの時間を考えたら そんな通学圏じゃないし 高雄県が間に入ってるし 車だって高速のない時代何時間かかるんだ!まして戦時中 両親を早くに亡くした彼女を 車でおじさんが通わせてたとしたら超セレブときたら もう話は支離滅裂。
それに 車で走ってるのを呼び止めて 車で学校へ送っていってやるってこの警察官 どんな発想じゃ〜

最初はたぶん歩いて学校に行ってたと言っていたんだろうけど じゃあどこの学校と聞かれ 屏東には屏東高等女学校があるけど地元じゃ嘘がばれるから 台南と答え どうやってと聞かれたら歩いてとは答えられず 列車でも無理だから 苦し紛れに 車でって嘘の上塗りしたのではないかね。

彼女を支援する人たちに言いたい 疑問を本当に感じないのかね 君たち。

それにね 証言に出てくるジープって 戦後の乗り物なんですけど トラックにしときゃよかったんじゃないの?

 
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