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「施水環 獄中家書」ってのは何かな?ってことで調べることに 施水環さんは1925年生れの台南市人 1954年月7月19日逮捕 1954年10月1日から1956年7月24日に至るまで 19ヶ月 銃殺刑に処せられるまで 家族に68通の手紙を出したその手紙の内容で有名、その母に宛てた内容は涙無ではよめないとのこと。 施水環さんというひとが何で銃殺になったかというと 弟に台湾大学卒の施至成がいてプロレタリアかぶれ 「台灣省工委會台大支部石玉峰案」という事件(でっち上げ)で逃亡の二年間 彼女の寮の天井裏に弟をかくまっていたとのこと。弟は逮捕寸前に逃亡 姉はでっちあげの罪で銃殺となりました。 施水環(後列左 死刑) 丁窈窕(後列中央 死刑) 張滄漢(前列左 7年) 吳東烈(前列中央 死刑) 施至成(前列右 逃亡?行方不明、銃殺?) 丁窈窕さんは施水環さんの友人 彼女もでっちあげで逮捕 生後10ヶ月の子供がいたので 刑務所に託児所まで作る親切ぶりを国民党は行うが 死刑の寸前 子供を引き離し銃殺。 丁窈窕さん ちなみに施水環さんは「赤シャツ」の元民進党党首 施明徳のおばにあたる人です。
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2009年06月29日
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