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台湾のことを詠われた明治帝の御製を二首並べてみました。
教え草 おい繁らせよ 新高の 山のふもとに 開けゆく世に
教育に絡む御製の多い明治天皇 その意気込みの伝わる御製
新高山の 麓の 民草も 繁りますると 聞くや嬉しき
台湾領有の50年のうち明治時代にかかるのは 明治の後半のわずか17年間 御製はこの順番でよまれたのであろう この間で台湾での統治の成功の実感が明治天皇に伝わるまで成果があったということになる。
『新高山の 麓の 民草も 繁りますると 聞くや嬉しき』和歌の名人の明治帝の御製で 57577に全くなっていないのも珍しい。「新高山の麓の民草も繁りまする」という上奏をそのまま詠み込まれることによって 報告内容にかなり満足した明治帝の安堵、興奮が伝わってくる御製ではないでしょうか。
『新高山の 麓の 民草も 繁りますると 聞くや嬉しき』しかしこの御製 ネットに紹介されているのですが 『新高の 山ふところの 民草も 繁りますると 聞くや嬉しき』って詠まれたのじゃないのか?って思うのですけど、どうなんだろう?
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