短歌が結ぶ日台の絆 二十数年ぶりの音信産経台北市に住む元公務員、林蘇綿さん(86)の趣味は短歌。日本統治の少年時代、公学校(小学校に相当)で進学を支援してくれた恩師、前田寛先生のすすめがきっかけだった。 その前田先生は1988(昭和63)年、75歳で他界した。今年3月、東日本大震災のニュースを見た林さんは、先生の引き揚げ先、宮城県石巻市で暮らすはずの「師母」(恩師の夫人)の安否が気になったものの、連絡がつかない。 「石巻の大地震(ない)と津波独り居の卒寿の師母は如何にぞと聞く」 心配の余り詠んだ一首は所属する「台湾歌壇」を通じ、台湾引き揚げ者などでつくる日本の財団法人台湾協会(東京)の5月会報紙の片隅に転載された。 「私は無事よ。林さんの短歌に励まされました」 協会を通じて前田京子さん(90)から林さんにお礼があったのは6月初め。恩師他界後、二十数年ぶりの音信だった。・・・・・・・ 和歌、短歌、俳句の歌心は その歌の対象に心を寄せることである この固有の日本文化は 他者に心を向ける謙譲の民族性あり花開いた。 知覚語である日本語があって根付くもの 観念語の塊である言語では難しいのかもしれない。 台湾のこの世代は 日本語世代であると同時に台湾語の使い手であったわけだが 台湾も観念語の北京語のみのになればひともかわる 近い将来そのような土地にならないことを願いたい。 【台湾歌壇】かつて日本人だった人から届いた歌【東日本大震災】 |
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2011年07月30日
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