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国民党元老 台湾人虐殺228事件を否定


2月28日は台湾は228事件が発生した日 台湾各地で慰霊が行なわれるわけです。

詳しい説明はいたしませんが 終戦直後1947年2月28日に台北市で 小さなことがきっかけで
国民党の占領政策に対する台湾人の怒りが頂点に達し 国民党及び外省人に対し台湾人が蜂起する
ことになるわけです。国民党が中国から援軍を待ち台湾人を圧制するまで 国民党は台湾人を無差別殺戮を台湾全土で行い この蜂起から40年間 世界最長といわれる戒厳令を敷き その間も白色テロという弾圧でここでも無実の人が殺され続けたのです。

台湾人の李登輝さん時代に謝罪が行なわれ 事件究明を約束したわけです。しかし弾圧した国民党政権が自らの犯罪を解明するのもおかしい話ですが 政府は一応事件の究明委員会なるものを立ち上げて 事件の被害者は1万数千〜2万8千と報告されました。犯人側の自白的報告でこの人数です。
捕まえて即銃殺 海にそのまま捨てるといった虐殺方法でほとんど記録が残っておらず その後40年の戒厳令後の調査ですので 実際の死者は事件の規模からして10万人近くであったろうと多くの人が考えているのは間違えではないでしょう。

ここで今年のニュース 現台北市長の父親の郝柏村は元「行政院院長」(日本の首相に相当)で元国民党副主席 国民党の元老クラスの人となるわけですが このひとが228事件での死者は千人に満たないということを放言したのです。仮にも行政の長だった人格がこれです。

その息子の現台北市長の郝龍斌は 父親の発言に対してインタビューされても「不幸な事件」と父親の発言を否定するわけでもなく曖昧な教科書的対応。そんな感じです。

馬総統も「当時は民主化前ですから〜」みたいな トボケた神妙な反省面をするわけですけど 
なんなのかね・・・・・中国人ってのは・・・

ちなみに 1947年はサンフランシスコ講和条約前ですから 殺された10万人の台湾人は法的には「日本国籍」なんですよ。 

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台東小米酒の旅39 台東市内

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イメージ 3日本統治時代 台東市は台東庁の庁都 50年間の統治期間  三県一庁から始まり 五州三庁終わった行政区分のなかで 県にも州にも昇格しなった台東、昭和16年の人口は10万人に満たなかった。台北、新竹、台中、台南、高雄の州都であった場所には 州庁舎、警察、消防などの現在も当時の行政機関の建築物が残っているが 庁都であった台東には 日式の木造住宅こそあれ 目立った建築物は残っていない もともと人口も少なく産業もない地域 それほど立派な建物を建築しなかったのであろうがここには残っていない。
←台東庁舎 どこいちゃったんでしょう?

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