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八田與一の銅像とお墓 【黄金週間台湾絵 2-07】


イメージ 1八田與一さんの経歴と台湾での業績から戦後に続く物語は多くのブログなどによって取り上げられているので特にこの記事では取り上げませんが
八田與一wikipediaよりさわりを紹介


石川県河北郡花園村(現在は金沢市今町)出身。石川県尋常中学、第四高等学校(四高)を経て、1910年(明治43年)に東京帝国大学工学部土木科を卒業後、台湾総督府内務局土木課の技手として就職した。台湾では初代民政長官であった後藤新平以来、マラリアなどの伝染病予防対策が重点的に採られ、八田も当初は衛生事業に従事し、嘉義市・台南市・高雄市などの各都市の上下水道の整備を担当した。その後、発電・灌漑事業の部門に移った。八田は28歳で当時着工中であった桃園大圳の水利工事を一任されたが、これを成功させ、高い評価を受けた。当時の台湾はまさにこういったインフラ建設のまっただなかで、水利技術者にはおおいに腕のふるいがいのある舞台であった。31歳のとき、故郷金沢の開業医で後に県議なども務めた米村吉太郎の長女・外代樹(とよき)(当時16歳)と結婚した。
明治政府の台湾への国家予算の投入も半端な比率でなかったということは知られているが この時期台湾に派遣された一人である八田與一さんも東京帝国大学出の優秀な人材 何故この台湾の地にそれほど突っ込んだのかとの説明を「初めて持った植民地であったので 西欧列強に日本の力を見せつけるため」との説明が いま後付的になされるのであるのだけれど それが一番の納得できる歴史の解釈とは私は思えない。
領有からわずか10年の間にどれだけのことをなしえたか台湾統治の年表を見ると驚異的である。 同様に満州国統治期間はわずか13年だけれども わずか10年で世界一流の国家を作り得たこの時代の日本人のスピードには恐れ入るものだ。明治政府の起こした日本の奇跡的成長は世界史にとどめられているのだけれど それ以上の速さでの 台湾、朝鮮、満州での成功は 評価されるべきものだろう。
後継国家の中国や朝鮮はそのつまらぬプライドから認めはしないが 烏山頭ダムを見渡せる堤につながる尾根線にお墓とその銅像を据えた台湾人の歴史の評価というか 烏山頭ダムの建設においては今では考えられないほどの100名近くの労働者の死を伴っているし 計画資本を投入し指揮したのは日本であっても 台湾人の死をもってなし得た事業 嘉南大圳をして嘉南平野を豊かな大地に変えたのも農民の努力 その手柄を自らのものとせず日本と日本人への評価へと変えてしまう 台湾人の人への思いを受け止め そのような人格が引き継がれる社会を学び あるべき社会 あるべき人の手本にしたいものだ。
言いたいことは 八田與一さんへの評価に留まるのではなく そこまで評価する人たちのあたたかさを 保守系の台湾論客はそれを一番にしないから 日本と台湾との友好は いつまでたっても台湾の日本語世代におんぶにだっこなんですよ。

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