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何万年か前の人類と比べてたいした差がないこの頭脳 ほんの数百年前まで地球を覆っていた迷信などの呪術的な思考は多少は科学的な合理的なものに置き換わっているものの 人の脳は自然と呪術的思考を持ちえるもので 「宗教」や「哲学」という名称や「科学」というものまで呪術の衣。 呪術的宗教観に縛られ生活し 神話のなかの古代国家ではなく そのような規範の中で国家を形成し国連に加盟していてもなんの不思議もない。南鮮が女占い師に支配されて また北鮮というカルト国家がなぜ存在しているのか 朝鮮民族が北も南も海外に住む彼らまでも 多少の相関関係を持つものの 経済、生活の発展段階とは関係なく合理的近代的思考を持てず 古代の呪術的思考に留まっているのか分析できずに その現実を 我々はライブで接している。 報道で「儒教的考え方が強い朝鮮では・・・・・」とほぼ手抜きにも似た枕詞と 北鮮のアナウンサーの「民族の偉大な領導〜将軍様〜」という定型もまた たいして相違はない。 儒教うんぬんということは 主体思想から北鮮を分析するのに同じく 結果のこじつけである。北鮮の権力継承劇は素直に近所によくある資産家の家督相続その程度のものであればよいが 子供のおもちゃの取り合いの構図のまま そこに粛清だの暗殺という手段がのってくる。 ジェームズ・フレイザー「金枝篇」には 古代の人類の宗教観世界観などがら行なわれてきた風俗習慣を 全世界から収集して書かれているもので 人間のたどり着くところは 民族、風土が違っても似通ることがあるという資料で興味深い。「金枝篇」の金枝の物語は『イタリアのネミの村には、ネミの湖と呼ばれる聖なる湖と、切り立った崖の真下にあるアリキアの木立とよばれる聖なる木立があり、木立には聖なる樹(ヤドリギ)が生えていた。この樹の枝(金枝)は誰も折ってはならないとされていたが、例外的に逃亡奴隷だけは折る事が許されていた。ディアナ・ネモレンシス(森のディアナ)神をたたえたこれらの聖所には、「森の王」と呼ばれる祭司がいた。逃亡奴隷だけがこの職につく事ができるが、「森の王」になるには二つの条件を満たさねばならなかった。第一の条件は金枝を持ってくる事であり、第二の条件は現在の「森の王」を殺す事である。』 これは一例であり 古代には「王殺し」という習慣がある。これは世界各地にある習慣であるという説で「金枝篇」はそれらを綴っている。生きている人間の宗教的権威、王権の統治は その老化とともに能力は低下してしまう、そこで国の衰えを防ぎ その勢いを回復するために王殺しを行う 新たな王を誕生させるという権力の移譲方法は 極端ではなくひとの思いつきそうな発想である。宗教的権威にも似た偶像化による独裁者の統治を行なっている北鮮のような国なら 21世紀の現代でも最善の国を維持する方法や再生の手段として採用されてもおかしくない。戦国時代の骨肉の争いも お家のためと肯定されるのと全く同じ そして君臣よりも親子間や肉親の場合 より濃い自分のDNAを残そうと大義にました法則がある。 金日成が金正日との口論の最中に亡くなったとの話は 暗に金正日が金日成を殺したということを示していると推察でき 金日成の生誕100年という宗教的式年遷宮のような数を来年に控え 建て替えのごとく出発しない列車の中 軍という家臣団の準備した暗殺の場に 金正恩が立会い カルト国家の宗教的儀式の暗殺という 親子三代に渡る親殺し王殺しの王権移譲の儀式が粛々と行なわれたのであろう。 「故金日成国家主席の銅像近くでタンチョウヅルが長時間こうべを垂れた」という神話はこの国が古代国家そのもののような類感呪術でなりたっていることを象徴している。 そして兄殺し 独裁者の不安は自分の近くから殺しを始め 不安が薄くなるまで波紋の様に広がることになる。どうか日本海を越えて来ず 自滅を祈りたい。 蒋介石も随分 自分に近いところから粛清を開始し 戒厳令中に遠いところまで殺しをしたが 種なしで 推測ではあるが蒋経国とは血のつながりがなかったことが幸いして 代々続く殺しの連鎖が絶えたのだろう。
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