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軍艦松島殉職将兵慰霊塔と鮮明に読み取れる石碑が建っていた。wikipediaから 明治41(1908)年4月30日 - 遠洋航海中に馬公(台湾)で停泊中の午前4時頃に火薬庫が突然爆発し、ほとんど瞬時に沈没した。爆発が後部寄りだったこともあり、殉難者は艦長、副長以下221名に及び、乗り込んでいた少尉候補生も57名中33名が殉難した。爆発の原因は不明である。 7月31日 - 除籍。馬公市内の公園に記念碑として松島のスクリューと主砲砲身が展示され、長崎県佐世保市の佐世保東山海軍墓地に「軍艦松島殉難者之碑」が建立される。 馬公の記念碑は戦争中の金属供出とかでなくなり 台座も戦後の整備で消失 ここは僻地で草などにうずもれていたのだろう 近年歴史遺産と認識され 公園として整備された。軍事的なものだけれど 慰霊碑ということで大切にしていただいていることに感謝。 馬公湾は軍港で 中華民国海軍の船が浮かんでいた。 |
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2019年02月25日
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