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書庫32【大和心】

大和民族のつくりあげた文化 その種は大和心 yahoo掲示板の「大和心」投稿をここに編集してのせる。大和心、大御心、歌心とは大和言葉で語られる。結局これが日本人の全て。日本文化雑感 民俗、風習、習慣から伝統、芸能など。キリスト教があって 西洋があるが 神道や仏教があって日本・日本人があるわけではない。日本という風土が 日本人と神道を誕生させ 仏教も取り入れた。だから自分も 浄土真宗で弔われるが あたりまえのように神々に手をあわせる。近代日本の形成、近代の避けては通れぬ法治のための法文化 先人はどのように大和心を入れ込んだのであろうか。



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幽霊と妖怪

水木しげるさんがお亡くなりになられて『怪談話は好きですが 妖怪となるとちょっとピンとこないけれど民俗的には妖怪の世界興味がある』とブログに書いた。
少しこのことを考えていたのでそれを記事に

「幽霊信じる?」と問われると 少し立ち止まって考えを言葉にできるのだけれど「妖怪信じる」との問いと並べてあるならば「恐竜はいる?」「怪獣は?」との問いの比較に似ている。夢のないところで の問いかけは 想像と創作の世界のそれである。

イメージ 1怪談で有名な帰化作家ラフカディオハーンは八雲たつ出雲の国の昔話を集め 水木しげるさんは鳥取県境港市入船町出身 出雲や伯耆はなんとなくそれらしいものがいまでもいそうな山陰の田舎の地方色に彩られている。妖怪なんてものは言い伝えがあって存在し 物語のないところには姿を見せないも 日本にほうきをまたいだ魔女がいないように西洋に座敷童子はいない。民俗的背景があって 妖怪などのキャラクターが出来上があがる。幽霊は万国共通でいそうなものであるが 西洋のそれはマイケルジャクソンのスリラーに登場するお化けやハロインの仮装のような 顔がただれている形のそれがほとんどで。肉体が墓石の下で朽ちていく土葬が生み出したもの 土葬のあったころの北斎漫画のころは西洋との類似性もあったが 今の日本人の幽霊のイメージとは違う。火葬となった日本では殺されて土に埋められる以外 綺麗に骨を残してガスになるわけだから 幽霊も生前の姿を復活させるにしても 半透明までがよいところ 昼間は明るすぎて姿も見えない。生きるもの達によって可視化される。
さて 日本の幽霊スポット巡り よくて深夜のトンネルとか 廃墟となった病院やホテルが定番、その地下室ならロケ地としては最高の選択となる。
自分が幽霊だったら そんなカビだらけのナメクジの生息場所としてもありえないじめじめしたところではなく スナックのカウンターに座って過ごしたい。何がうれしくて 死んでまでそんなところにとどまりたいものか、
言いたいことがあるなら それらしいところに出向く、「幽霊が出そうなところ」というものは 勝手な想像ではある。
心霊研究家は土地に縛られたという「地縛霊」っていう便利な言葉を遣う。ちょっと明るいところにふと現れれば「浮遊霊」と都合がよい。カウンセリング効果の範疇を出た心霊研究家や占い師の類は嫌いなのだ。

イメージ 2日本の昔話のもとネタは たどれば支那の物語である場合が多い。
外来思想仏教は広く庶民に 仏教説話によって伝えられ それが昔話となり怪談話となった。
仏教説話のひとつの派生系ジャンルとして怪談話があるとすれば これに登場する妖怪や幽霊も大陸伝来のパーソナリティが混じっている。支那大陸は共産中国となっても修羅の世界 幽霊や妖怪よりもおぞましい人間が住む世界 そこで鍛えられた元ネタは強烈 人というものの最悪な地獄絵図から 仏教の教えを学べるわけだ 人の悪魔性は日本とて同じである。
仏教説話が世に流布されたのだけれど 芸能はエンタメの粗材として怪談話と発展して日本化 牡丹灯篭の元ネタが大陸にあっても この幽霊が支那的ではなくなったが 西洋のそれというものとは違うやはり東洋であって西洋的ではない。中国の古典白蛇伝や三遊亭圓朝の牡丹灯籠に出てくる妖怪、幽霊は 自己中心的に霊会に引き込もうとしているだけで立場をかえれば特に悪い事はしていない 被害者とされるひとの望みとも合致 今風の裁判で決着つけようとしても 民事不介入で逮捕もされない良質かもしれない。東洋の幽霊、妖怪というのは 神々の形をかえたもので 特殊な能力をもつオタクの化身ともいえ 時々間違ったことは誤解としてあるが悪を懲らしめてもくれるそんな捉え方になる。

一方 西洋では悪魔とレッテルを貼り 神の名で徹底的に排除すべき存在 人間様に間違いはないという協調性にかける考え方に支配されているのではないだろうか。一神教の世界でキリスト教徒もイスラム教徒の話。
ISIL所謂イスラム国の連中は「普通のイスラム教徒とは違う只の狂ったイスラム教の教えに反するイスラム教を名乗るだけのテロリスト」とイスラム教徒に主張されても 一神教の悪魔であって 君たちの信仰のよくて裏返しで信仰の根本だろう。
同じようにキリスト教も同じ 新約聖書にあるように キリストのパリサイ人への批判には寛容さの欠片もない 空爆してる側もテロしてる側も同じ穴のムジナじゃないのかね。
多神教で妖怪にも説教される寛容な東洋にいてよかったよ。

北の湖と今の横綱との違い


イメージ 1新嘗祭の祭日の三連休 仕事の都合もあって博多の実家にいた。
テレビで北の湖理事長が亡くなられたニュースが居間のテレビで流れていると 母が「あなた好きだったよね北の湖」と なま返事で応えても母の多弁は続く再び「好きだったよね北の湖」と同じ話に戻ったところで私が母にその理由を説明した。
私が好きだった力士は魁傑で 魁傑との優勝決定戦で頂点だった敵役の北の湖も徐々にその取り口から長く贔屓力士に 「魁傑と北の湖は八百長やらんかったからね 全くなかったのがこの二人やけん」とこたえると母は「そうね」と
八百長と一括りで語らないが 人の情からくる星を譲るような手を抜いた取り組みはないだけでなく 星を譲られるような取り組みを相手に許さず 怪しい相撲がとにかく生涯なかった。貴ノ花は星を譲るような相撲はなかったけれど 譲られる相撲があり残念という評価になり いまでもそんな一番は数えてもきりがないほどあり 花相撲じゃあるまいしと贔屓にかなう力士は少ない。
北の湖が理事長を辞任し それに続いた武蔵川も辞任を引き継いだ魁傑の放駒が北の湖に理事長を戻すような形になったのもこの同年代の親方衆で現役時代全く汚れていなかった二人だったからあった話と考えている。
寺尾の錣山親方が理事長の訃報に「全部の責任を取る、男の中の男のような横綱で理事長だった。遺志を継ぐ理事長が出ることを望む」と 寺尾も所謂ガチンコ力士がゆえに出る言葉なのだろう。角界を離れて同じ花のニ八の二代目若乃花の言葉がマスコミに出なかったのが残念だったが 同じ角界を離れた輪島が出したコメントが意外で『輪島氏は引退後、日本相撲協会を退職した。その後はあまり付き合いがなかったというが「偶然、ホテルのサウナで会い、『裸の付き合いだね』と笑った。その後食事に行き、酒は強かった」と懐かしむ。その縁もあり理事長からは毎場所、番付表が送られてきた。「昔のライバルが相撲界で頑張り続けていることが、とてもうれしかった。もらった番付表は全て取ってある」。そして「俺はもう少し頑張る。(理事長には)よく頑張ったね、お疲れさまと言いたい」と弔いの言葉を贈った。』とあった。
輪島さんは力士から親方時代 タニマチや後援会などの贔屓筋にそれこそ毎場所何万枚も番付表を送った側のひとであったので番付表そのものがそれほど大切に取ってあるようなものではないのだろうけれど 角界を追われた輪島さんには 北の湖から送られた番付表を全て取ってあるという心遣いへの感謝のあらわれなのだろう 北の湖の人格がにじみ出たエピソードだと感じる。

日本人が優勝しなくなって10年経つという何故か 日本人が弱くなった、ハングリー精神に欠けるとよく言われるが 朝青龍や白鵬が何故勝負に実績を残せたか 答えは一つ 横綱になっても一番の武器は 立ち合いの『張り差し』、一昔前なら 小兵の板井や旭道山がやって許される技で 横綱はもとより大関のするものではなく 横綱や大関の器でその地位を目指す力士もそれはしなかったし 逆に横綱や大関に『張り差し』をするのも失礼な行為 横綱になった力士で『張り差し』が印象に残る三重ノ海のような例外はそもそも三重ノ海は一番に勝負強く横綱になってしまった三役格 
小錦、曙、武蔵丸に対抗すべき対策の一面のあった「立ち合いの正常化」に理由を付けた 立ち合いの手つきの厳格化 小錦、曙、武蔵丸は横綱、大関相撲で『張り差し』は
なかったが 真面目に両手付きで頭から突っ込んで来る相手に『張り差し』はあまりにも有効 小兵だった朝青龍はそれを武器に横綱まで駆け上り 引退まで横綱相撲を取ることはなく 白鵬は大型で横綱たる器としての相撲の教えなく張り差し横綱はそれは無敵で優勝を重ねている。モンゴル勢と一つにしないが 朝青龍や白鵬の二横綱は 相撲の伝統に縛られることもなく日本人力士とは別のルール、土俵で戦っているのだから 持っている強さ以上に白星があがっているということになる。朝潮の高砂や誰が師匠だかわからない部屋で育ったこの二人に 立ち合いの『張り差し』の汚さを学べなかったことが 白星のうえには幸いという皮肉。白鵬の猫だましは張り差しの延長線上にある。ルール通りに行っている朝青龍や白鵬と言うこともでき そして人柄も嫌いではない。
体重を乗せる立ち合いの両手付の徹底か 中腰の立ち合いに戻すかはっきり決めないと 伝統を重んじて相撲道を目指す日本人力士はしばらく勝てないだろう。
朝青龍や白鵬が強いということは間違いはないが 『張り差し』なければ北の湖の優勝回数を越えることはなかった。朝青龍で優勝10〜12、白鵬で15〜16回ぐらいの横綱だろう。

三島事件から45年

三島事件から45年


イメージ 11967〜1968年福岡の荒江に住んでいた頃 九大六本松キャンパス近くに母に連れられて買い物について行ってたのが4歳〜5歳にかけて 全学連のジグザグデモに出くわして 2階の喫茶店へひとときの時間つぶし 70年安保前幼児ながら世相がざわついていることがわかるほどの賑わいだった。 私の場合2歳の時からの記憶がぽつぽつあるので小学校に上がったのが1969年ほぼ完璧に記憶が残っていて この年のアポロ月面着陸は これは見ておけと夜中に親父に起こされてテレビでライブで目撃、今から考えるとよく起こしてくれたと感謝している。まだNECの白黒テレビに4本足が生えていた頃 一日中TVをつけるほどではないけれど TVから飛び込んで来るものは 今とおそらく刺激という意味ではかなり大きかった気がする 1970年は大鵬と玉の海優勝争いが何度もあって 巨人大鵬卵焼き今に伝わって入るけれど どれも私好みではなく 野球のグローブはほしいけれど卵焼きを好きだと思ったこともなく 玉の海を応援していた。そしてこの年は万博 子供向け雑誌は万博一色 月の石をアメリカ館でみたクラスメイトの土産話の聞き役の小学校2年生の年の三島事件 クラスメイトの三島君のあだ名が「三島のふりかけ」から「三島由紀夫」になった。
父親の本棚にあった 三島由紀夫の「花ざかりの森」を手にしたのが高校2年の頃だろうか 三島由紀夫が16歳で書いた本 辞書なしで読める本ではなく 人の能力に追いつくことのない個人差があり自分は凡人であると降格させられた出来事を思い出す。  

イスパノフォビア

イスパノフォビア


イメージ 1イギリスの植民地が世界を覆う前、世界の主役はスペインだった。
ローマ帝国よろしく 世界のどこかの領土に陽が当たっている「日の沈まない国」と称されたイスパニア(スペイン)も凋落し現在に至っている。ローマ帝国の後継イタリアはギリギリ先進国の面子を保っているが スペインは経済的にも主だったものはなく 観光やサッカー以外で主役になることもなくなった過去の大国。 没落の過程でイギリスなどの反イスパニアのプロパガンダに染まったのがイスパニアの民 イスパノフォビアといわれるイスパニアに対する嫌悪 自己否定の自虐的嫌悪が国に蔓延自滅して今に至っている。

イスパノフォビアに相当するジパノフォビア(日本嫌い)という造語をつくるまでもなく 自虐史観という言葉が我が国に登場して既に20年 「美しい国」という言葉を遣い 国を亡ぼすジパノフォビアという社会的病的傾向を一掃しようと登場したのが安倍さんであり麻生さんや亡くなられた中川さんだった。停滞したなかで建設的なことを提言するために自己否定的な思考を取り入れることはあるだろうが 反対の為の反対の思考と同列の否定の為の否定がドグマになり それが独善を通り越して 善悪の区別もつかないひとが ぞろぞろとまだまだ芋ずる式に出てくる状況がなだまだあり安心できない。

日の丸嫌いもジパノフォビアという病的傾向だた社会的に認知が進んでいるがまだまだ認定されていないなか 自称脳科学者の茂木健一郎の「日本人がノーベル賞を取った!と騒ぐことはずっと不快だった」という病歴の告白があった。またかれが支持するSEALsという 民主主義とはあいいれない反社会的団体中核派を主体とする共産党指導という人殺しの主張する社会破壊の為の民主主義という言葉の利用までも 絶対悪の振りかざす正義とも峻別さえもできずに 包括し支持している。これらの病歴の告白は善悪の基準もつかない精神錯乱の状態すなわち 朝鮮民主主義人民共和国と「民主主義人民共和国」と付けば 日本のような立憲君主国よりも社会的進化が進んだという健常者なら名乗っているだけだと判断がつくわけだが 騙されているだけではなく気づきのない彼らは即ち脳科学的には病気。
戦争法案とレッテルを貼り正義に邁進した人もどきは 人類史上最も醜悪な国家が「民主主義人民共和国」と看板を揚げれば「地上の楽園」とお花畑の脳が反応し賛美するだけの連中。一昔前と変わらない病的状況で社会に受け入れられ排除されない不健全さが 依然として目の前のゴミとしてある。独善を通り越し善悪の区別もつかぬ文盲がSEALsであり茂木健一郎。 

真贋

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真贋


奈良のキャラクター せんとくんのデザインが発表されたとき なんて不細工で気持ち悪いと感じ 私も批判したひとりであった。時が経つと感じ方が変わるのか 毎日奈良駅にあるせんとくんを眺めているとみなれたというのだろうか 優れた意匠であると後付でみっともないのだがこのキャラクターは気に入っている。 
自分にはせんとくんを最初から良いと言えるセンスがなかったが 最初に目にした時の気持ち悪さは 偽りのないところ、しかしながらじわじわとその良さがわかってきて 全国に誇れるキャラクターと今では言える。

奈良といえば鹿に大仏 せんとくん以前から せんとくんの様に仏像に鹿の角というキャラクターはデザインされていた。発想という点では類似というよりズバリ同じものであるけれど これをパクリという声はあがっていない。それは第一印象のその気持ち悪さにこそ独自性があって そこに十分創造というものが備わっているからなのだろう。

せんとくんの創作者の籔内佐斗司さんは彫刻家で その彫刻作品には籔内佐斗司さんのものだとわかる作風がある。 籔内佐斗司さんの他の作品と同じいかにも籔内佐斗司作というものがせんとくんにもある。

一つ疑問があった何故彫刻家に行政キャラクターでデザイン画を描かせたのだろうかと。しかし絵に描かれたせんとくんが立体の人形やぬいぐるみになった時理解できた もともと立体造形の彫刻家の作品だけあって 平面が立体になっても アニメの実写化のようながっかり感はなく 選考者もそこを見ていたのかと感服している。

さて佐野さん アートディレクターというスーパーのチラシ作りと同じどこから素材を取ってきても許される世界のひとだったようで そもそも作風はなど存在しない仕事 企業や広告主に合わせて製作するのがそのお仕事 一目見てアンディ・ウォーホルという芸術の世界のひとではない人に アートディレクター、クリエイティブディレクターであって モチーフへのこだわりや画風ないグラフィックデザイナー 商業デザインの人に 国家行事のデザインを発注するのは間違った選択だったのだろう。

芸能人の浮気釈明に似たご迷惑をおかけしたとのHPに言い訳文章 家族に危害がおよぶから辞退すると家族を被害者にして 家族を盾代わりとは情けない
佐野研二郎のオリジナルな作品は 唯一一つだけ 彼が一生かけて作り上げて来た貧相でみっともない哀れな人相がにじみ出た顔。これはさすがにオリジナリィを認めようではないか。

佐野さんのこの作品に嫌悪感を抱き彼の不正を証明する証拠を次から次に見つけ出し 国民の築いたクールジャパンという財産への被害拡大を食い止めたネットの住民にお礼を申し上げたい気持ちだ。 

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