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書庫32【大和心】

大和民族のつくりあげた文化 その種は大和心 yahoo掲示板の「大和心」投稿をここに編集してのせる。大和心、大御心、歌心とは大和言葉で語られる。結局これが日本人の全て。日本文化雑感 民俗、風習、習慣から伝統、芸能など。キリスト教があって 西洋があるが 神道や仏教があって日本・日本人があるわけではない。日本という風土が 日本人と神道を誕生させ 仏教も取り入れた。だから自分も 浄土真宗で弔われるが あたりまえのように神々に手をあわせる。近代日本の形成、近代の避けては通れぬ法治のための法文化 先人はどのように大和心を入れ込んだのであろうか。



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大和心に相反するものとしての漢意(漢心)は「さかしらな心」「ことあげする心」 
21世紀ではこの言葉は 当然中国の国風に心酔した心への批判ではない 
今の時代の漢意は 科学的と称する合理主義 唯物論である。
風土の洗礼を受けていない 科学的と称する価値観。

想定という条件内でしか計算結果のでないものが科学
経験の無い信じることで成立する哲学はイデオロギーである。 
はまれば ものの見方を見失う思考方法の総称である。
身近に実に多く存在する。

科学と称されるものは現実にはありえない理想的条件下でのみ成立しているのであるから 科学という言葉は非現実の世界にあることを知るべきだ
歴史という時に洗われたものは 現実の世界にある。

しかしアレの考えは漢意にもあたらない独善的妄想



有象無象な連中が出てくるのが民主党政権の特徴だ
自民党を離党し復興担当の総務政務官に就任した浜田は 論文で「人工的に地震や津波など自然災害を引き起こす環境・気象兵器を米国が敵対国に使用した可能性がある」と神戸の時にオウム真理教が主張したことと同じ主張をしているとか 菅もよくもまあこういう人物を探しだすものだと あきれ返る。

極左は戦後テロ事件を数々起こしているが 菅はその集大成である拉致関連団体を菅は巨額なお金を出し支えてきたという事実もマスコミはスルー いかれている。

民主党政権は岡崎トミ子という極左を内閣に登用し 日本赤軍などと繋がりの深い社民党の福島、辻元も権力の中枢に呼び寄せ 公安がマークしていた人物である千葉景子を落選しても菅はこともあろうに法務大臣に登用し続けてきた 菅という人間がただの市民活動か出身ではなく 極左テロリズムに浸っている人物であることが確定したといってもよいだろう。

松本元大臣が入院した 一連の言動は躁鬱状態にあったとか 後付擁護が垂れ流されている 部落という日本のタブーが表舞台に出てきた為に ヤミの部分に光が当たってきたので マスコミは病気で収束させたいようだ。

そもそもこの松本の恫喝動画 東北人曰く「東北地方は被差別部落が日本で一番少ない地方で 東北のTV局はこの団体からの脅しというものを経験していなかったので東北のTV局は普通にニュースにし それがネットにUPされた結果 火が付き全国ネットのTV局も放送せざるを得なかった」とのこと

松本の発言も絶対ニュースにできっこないという安心感が背景にみえてくる 決して精神的病状がでたわけではない。奴が東北を知らなかった為に 恫喝という通常行動をとってしまっただけ 躁鬱などという病気の問題では決してない。

おまけに 福岡空港は1800万人の利用者のある空港だが 68億の赤字 それでいて80億の地代を毎年地主に払っているというニュースが追い討ちをかけた。それはその地主の最大の地権者が松本一族と一族の資産管理団体ということまで 日頃はニュースソースから抹殺されていたことが明らかになった。実においしい「知恵」を出しているが 暴露されてめまいがしたのだろう。

読売のアレのニュースが今日もあった
政府関係者によると、初の決勝進出を果たした「なでしこジャパン」を首相が現地で観戦できるよう、17日朝に政府専用機で日本を出発し、19日朝に帰国する「強行日程」が秘密裏に検討された。しかし、「東日本大震災の対応もあるのに、サッカー観戦している場合ではない」と慎重意見が出たほか、「政府専用機を使用すれば数千万円の経費がかかる」(防衛省)ことも考慮し、結局、“ドイツ外遊”は幻に終わった。

さんざんアレには呆れ果てているが
これでもか これでもかと悪行三昧 心底腐れ果てた人格
最近「菅」をアレと表現する文章が多く書かれているが
菅を評する言葉は日本語にはもうないところまで行き着いたゆえに出てきた表現が「アレ」
日本語は実に巧みだ。

W杯の決勝進出国の元首クラスが観戦に行くことは事例としてあるが
今の時期「検討する」ことだけでも いったい何を考えているのか

この話が幻に終わらず もし自分がアレを乗せた政府専用機のパイロットだったら本気で海に墜落させることを考える。

菅の独善は収まることのない放射能もれ状態 半年もすれば日本は真冬 被災地は冬場にクーラーの設置工事になる。

田中好子さんの遺言

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田中好子さんの遺言


こんにちは、田中好子です。
きょうは3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。
被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもその時は必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私のつとめと思っています。
今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。
特に蘭さん、美樹さんありがとう。2人が大好きでした。
映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。
もっともっと女優を続けたかった。
お礼の言葉をいつまでもいつまでもみなさまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。
いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、社会に、少しでも恩返しできるように復活したいと思っています。
かずさんよろしくね。その日までさようなら。
女優の田中好子さんが亡くなられて遺言が肉声で発表されました。
田中さんはわたしより少し年上ですが やはり少しはやくなくなられた気がいたします 私も人生の半ばを確実に過ぎて いつお迎えが来ても不思議ではない年齢になり 田中さんの遺言で考えさせられました。
田中さんがどのような宗教でどのような宗教観をお持ちだったかは私の知るところではありませんが 浄土真宗の白骨の章のラストの『されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。』の部分の後生の大事と同じ意味合いを 田中さんの遺言に感じたのでした。
私は浄土真宗の信者ではあるのですが 家がただそうなだけでの信者。信仰心は無宗教で生きるなんてのもつまらないといった程度かもしれません。それですから浄土真宗に限らず宗教の哲学的思索部分を解きほぐそうなどとは考えたこともなく 田中さん遺言に感じたものは 何の論理に基づくものではないものとここで断っておきます。 
田中さんの遺言は 実に日本人には多く感じるところがあったのではないかと思うのです。 私はこの遺書は日本的、そして日本的部分は日本人の大半が受け入れた浄土教的成仏観、生死観としてそこに現われているのではないかと。
「後生の大事を心にかける」とは 特によい説明をなされた書物など知らないので引用できないのですが 成仏後の世界で大切なこと 仏になって何を成すかを 今生で考えることだと私は考えるのです。
それは田中さんの遺書の「死後の恩返し」という部分に現われていて また親鸞聖人の宗教的確信部分である 衆生救済のために再度この世に帰るという「衆生救済のために再度この世に帰る」という『二種回向』の宗教観がみごとに この短い遺書に中にある「復活したい」という言葉に出ているような気がしたのです。
いずれにせよ 日本人女性で今生を大切に生きた人だからこんな言葉を残せたのでしょう。

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左翼の所作

左翼の所作

現在我が国は左翼政権で じわじわとへんなことが起こってきている。経済問題のみで「一度ぐらい政権交代を」ということで投票行動された方などは 日本の文化破壊まで手が及ぶとも 小沢さんのような方が引っ張って党勢拡大したので まさか民主党政権の中枢に ここまで前時代の左翼残党が力を持ちそのイデオロギーが政策、施政に反映されるとは保守、中間派の方も甘かったと考えられていることでしょう。
このまま民主党政権が継続すれば 日本は世界史の中で暴力革命によらない 社会民主主義ではない共産主義並みのイデオロギーを持つ政権が無血の革命でそれを手に入れ 共産主義革命は「暴力とプロパガンダ」によることなく 「簡単な嘘の宣伝で無党派を7割程度取り込む」ことで可能という実例をのこし人類史の汚点となります。
詐欺であっても 選挙制度のみに由来する民主主義のお墨付きを頂き イデオロギーを実行できる国となって。民主党は 自称前衛政党の日本共産党を排除し人間の持つ本能的共産主義に対する嫌悪感を取り除くという巧妙なことをしながら 実際は共産党と目指すものは同じです。歴史的背景を綱領に持つ日本共産党より 綱領のない言い訳も自由な民主党の方が嘘のつき方に自由度があるというとんでもないことです。
産経
「皇室軽視」教科書 国家を蝕む重要問題

さて、年頭の一回目は久しぶりの教育ネタである。先日の産経新聞で「教科書 陛下“呼び捨て”小6社会3社、皇室軽視強まる」という記事を読んだからだ。・・・・・・・
さてニュースにもありました「皇室軽視の教科書問題」ですが 天皇を一般人のレベルで扱いたいという原理主義的平等主義の表れであるのと 合理性と簡素化を進歩と捉える思想背景があるようです。そこには日本語の豊かさという観点が全く存在していません。文化的なものへの尊敬はカケラもなく 過去から現在に形成されたもの即ち歴史的成り立ちを 進歩の過程という過去の残滓ととらえ破壊してもよいという憎しみに似た態度で表れています。
言語も伝われば機能を満たす、音声記号とすることを進歩とする考えとして、戦後の流れとして日本語のなかでその特色ともいえる敬語に対してや 漢字の簡略化、制限へと向かわせています。日本語表記のローマ字化運動もその極端な例でした。合理性と簡素化を進歩と捉える思想は ごく僅かしか存在しなかった 文盲をなくす絶対平等が根本にあり そのような思想を持つ人たちの多くは 社会化されていない幼児的性向を持っていることから、現実社会は複雑なコミュニケーションが必要であり それに対応していくにしたがって表現豊かな表現を学んで人が社会化していく生き物だということなどわかることができないのでしょう。

【御】という接頭語がありますが 天皇に相当する地位に関するようなものは【ぎょ】御製といい漢語に付く場合ですし 和語に付く場合は【み】御歌、御心など 【お】は最も一般的でしょうか またこの【お】は【おん】の音韻変化からですが 【おん】は御礼とかで使わなくなったわけではありませんし 【ご】は御神体などにも使います。日本語は和語漢語が重層的にかつ継続的につらなり 変化の過程も失ってはいけない歴史 【み】【おん】【ぎょ】は【お】で代用できるとか 使いにくいから「お」で十分などという話は聞くに値しないのと同じく 陛下、殿下など特別な地位にあるものに対する使い分けを 機能を果たしているから「様」でよいとかいうのも論外。学術的事象として捉える記述をする場合は敬称を除くという日本語の特性はあるにしても 特別な地位にあるひとの歴史的評価とならない 単純な現在の行為に対しては敬語を用いるのが日本語の慣例的使用方法であり この二つの峻別を教科書があえてしないのは示威的な思想背景があるというだけと考えています。峻別しない理由は存在せず言い訳となるのです。
そもそもこれは左翼の論として『身分制度の残滓と捉えて論ずる』ということがありますが 日本国憲法には あくまで国民統合の象徴であって身分制度として天皇を規定しておらず 身分制度としての不平等を持ち出すこと自体がそもそもイカサマなことであるのです。
おまけですが同じようなレベルと思想背景で 公用語としての英語の人口が多いことから もっとも普及した簡易記号として英語万歳というのも同じですかね。
左翼の所業は全く文化的豊かさには全く不感症です。

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白骨の章(蓮如上人)

白骨の章(蓮如上人)

 それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、

 おおよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。

 さればいまだ万歳の人身をうけたりという事をきかず、一生すぎやすし。

 いまにいたってたれか百年の形体をたもつべきや。

 我やさき人やさき、きょうともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は

 もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。

 されば朝には紅顔あって夕には白骨となれる身なり。

 すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、

 ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそおいを

 喪いぬるときは、六親眷属あつまってなげきななしめども、更にその甲斐

 あるべからず。

 さてしもあるべき事なれねばとて、野外におくって夜半のけむりとなしはて

 ぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。

 あわれというもなかなかおろかなり。

 されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく

 後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏

 もうすべきものなり。

 あなかしこ。あなかしこ。
我が家は浄土真宗なので 身内の葬式で必ずとなえられるお経が この「白骨の章」
浄土真宗は日本では多いですから お葬式で耳にされた方も多いと思います。
お経なんてものは普通知らなかったらただのバックミュージックの如く右から左へ流れ耳には飛び込んでこないものでありますが 唯一お経の学習などしたこともない私がおぼろげに意味が分かったったのが『白骨の章』でした。
この『白骨の章』は平易な文章であるがゆえ 古い文体といえども『されば朝には紅顔あって夕には白骨となれる身なり。・・・・』などという一節は耳に残り 大体の意味が葬儀の場でも分かると思います。
あなたの宗教はなんですか?とたずねられたら 私は『浄土真宗』と答えます。天皇を敬愛し仰ぎ見る臣民でありますが それはただ単に自分が日本人に過ぎないという所属の問題であり 神道世界というものはそんなもので私には宗教ではありません。日本人であるから宗教という哲学を通さなくても神道の中に生まれながらにいるからだと考えています。
論理的に自分にあう人生観を満たす哲学を探して 自分の宗教、宗教観を自己選択で決めるとしたら そこには基督教、基督教哲学というものが整合性を持って最終選択の一つに残るのかも知れませんが 短い一生のなかそんな実験や試作に労力を費やすことより わざわざ学ばなければならない宗教 これには仏教哲学なども入るでしょうが その内容を学ぶのは 人生の味付けの調味料程度の使用でよいのだろうと 人生の半ばでほぼ確定させております。
ただ我が家の葬式は『浄土真宗』と実に単純ではあるのですが その単純なことを確信させてくれたのが『白骨の章』でありました。親鸞聖人の人間臭さも好きで 浄土真宗自体小難しくそして押し付けがましくもないので 現在20年以上着古して薄くぼろぼろになった寝巻で家で過ごしていますが その気軽に着れる寝巻きのように愛着しているといったところです。
『ただ白骨のみぞのこれり』という具合に自分自身の人生もはかなく執着しても あの世に持っていけるものなど何一つなく 先に行った人 後に残された人も さかいなくおとずれる死ですので 煩悩なんて仏教的に追い払えばよいとなるでしょうが まあ日本人である自分が朝露のように短く消えても 日本という国は残り 日本人はこの列島であと数万年は生きていくでしょうから よい国であってほしいという煩悩までは生きている間は消さなくてよいのではないかと考えています。
葬儀でこの『白骨の章』を聞くと 自然に涙が出てまいりますが 最後に『後生の一大事を心にかけて』という一節で 今は生きているのだと現実に戻してくれ 元気付けてくれるこの 今生の大事の中に後生の大事もあるだろうと このお経は実に自分にはあっております。また葬式のお経はなくなられた方の慰霊ですが この『白骨の章』は葬儀参列者に向かってくるところがよいですかね。



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平成の開国、第三の開国というたわけた文言と間寛平さんの言葉

産経
首相年頭所感「平成の開国元年に」

 菅直人首相は1日付で、平成23年の年頭所感を発表した。「本年を、明治の開国、戦後の開国に続く、『平成の開国』元年にする」として、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)など貿易自由化に向けた交渉・協議を本格化させる考えを表明。「開国と農林漁業の活性化を両立させる政策」を、今年前半までに打ち出すとした。

 また、社会保障の財源確保に限界が生じているとして「今年半ばまでに、社会保障制度の全体像とあわせ、消費税を含めた抜本改革の姿を示す」と消費増税の議論に踏み込む考えを改めて示した。「政治とカネ」の問題では「今年こそ失望を解消し、国民の支持を受けた改革を断行していく」と強調した。

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「平成の開国」という総理の発言は 首相としての責任ある地位からすれば、外交的にも 不利な交渉位置に自らを置くという 国益を損なう実に愚かな言葉である。
「平成の開国」だの「第三の開国」だの「開く」という語感に含まれたここち良さに陶酔してどうする。
具体的には環太平洋連携協定への参加に対しての意気込みのようであるが 締結国との関税協定において最初からもろ手を挙げろと国民に呼びかけたうえで、交渉の指示を出すトップは おそらく国家を率いる立場のものとしては 人類史上初の馬鹿である。嘆かわしいにもほどがある。自分の位置関係も理解できない言語の使い手がこの地位にいることは実に不幸なことである。
世界第二位の経済力(三位に落ちちゃったけど)と貿易黒字を持つ強い立場で 相手国に開国を迫るというのならまだ意気込みとして理解はできるが 日本語能力の欠如を通り越した大脳皮質そのものの欠陥か。
現在の国内にある心理的閉塞感を 外部にそらす目的だけで 飛びつく姿勢では国内的には目くらましでも 体外的には足元を見られるということだ。
そもそも開国という言葉を持ち出すことが理解できない 日本は鎖国してましたか?鎖国同様な政策を取っていましたか?まったく自虐史観が思想ベースにあるとこんなことを口走ってしまう。
そこで明治の開国、戦後の開国に続くとなぞらえているようなのでそのことを考慮して考えてみると。
百歩譲っても開国という言葉を使うのにふさわしいのは「明治の開国」だけだが それでも厳密に歴史的に言えば鎖国を解いたのは江戸時代の間であるから基本的に間違いであるし
戦後の開国といっても 戦前、海外に600万を越える日本人が住んでいたのに 強制的に引き揚げさせられたのがから逆に「戦後の鎖国」と言ってもよいのだが
いったい菅は 環太平洋連携協定という国際協定を 歴史の何になぞらえて開国と言っているのだろうか?
そもそも菅の言う「第一の開国」後の日本がどうなったかといえば 日本の結ばされた不平等条約で苦しんだだけだし
「第二の開国」後、日本がどうなったかといえば 戦後賠償で苦しみ、航空機の生産を禁止させられたり 農地改革という名で農業の国際競争力を0以下にさせられた。
「第三の開国」すなわち現在までの状況がどうあったかといえば どんな国でも保護貿易の対象になる農業でさえ 食料自給率が世界の主要貿易国で最低であることから最も開放的である。
逆に日本は自動車の経済摩擦時の自主輸出規制など 他国の非関税障壁に苦しんでいた主役である。最近では中国の不当なレアアースの禁輸などがあった、貿易相手国に 国際ルールを守らせるという意味で開国させるっていうなら意味はわかるが そんな考えはさらさらないことはわかる 菅の言う開国は意味不明の「日本の開国」である
何を目的に第三の開国なのだろうか考えも付かないが 想像できるのは確実に国富を売り渡すことになる。開国宣言という『変態的自虐宣言』にしか考えられない。 
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カンはカンでも 寛平ちゃんが 地球一周してゴールしました。いろいろな面で感動させられました。人類初なら国民栄誉賞って無理でしょうか?
間寛平さん感想はと尋ねられ いつものギャグを連発していましたが 一瞬まじめに
「いろいろ日本にいるときは文句ばっかり言っていましたが 日本がどれだけすばらしい国かわかりました」との意味の文言を言われましたが 素敵な発言でいいですね寛平ちゃん。

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