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6月13日が 全日本プロレスの三沢さんの命日ということで 記念興行なんかがニュースになっていたので かつての三沢さんの勇士をユーチューブで楽しむ。
明るく楽しいプロレスを先代のジャイアント馬場さんが作り上げたものを 三沢さんが大きく発展させて 日本のプロレスもエンターテーメンととしての地位を築いた。 プロレスのルールは一般に公開されることはないというか 自然に出来上がった暗黙のルール 技は受けて 技を掛け それを繰り返す間に 角をつけあわせた闘牛の様に 体力に劣るものが自然に負けを受け入れるというものだと私は考えているが ジャイアント馬場やジャンボ鶴田、三沢光晴は6割以上技を掛けさせる方にまわり リングでの構成を成立させていたのだから 本当に強かった。ジャイアント馬場に至っては7割近く攻撃を受ける側に回ったのだから尊敬に値する。 既に全日のこの3人は亡くなられているのは そんなことも関係しているのかもしれない。 プロレスは主な受け手が試合の主導するプロデューサーであるわけだが それを明確に証明しているのが ヨシヒコというこの動画 台湾では私が駐在した期間 ほぼ1日日本の古いプロレスを流すチャンネルがあって 暇な日は1日見ながら過ごしたことも多かった。 |
17【小ネタ】台湾での出来事
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コメント(5)
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こんなの買うなら スーパーで買えばよかったと財布の中のNT$がわずかなのだから仕方なしではある。 さて 広島の営業所時代 常々事務所に来られたお客さんには 大したことはできないのではあるが せめて美味しいお茶ぐらいはふるまいたいと考えていた。 自分自身 営業先で感じるもてなしのお茶を経験してそう感じた。ペットボトルのお茶や自販機のコーヒーのレベルが格段に向上した今は それほどのどの渇きを満たされることへの喜びは薄くなってきたけれど 美味しいお茶でもてなされると もてなしてくれる人や 企業の品を感じてしまうものだ。 台湾では客先の製造業は大企業から個人事業主の中小まで日本と同じだったのだが 中小企業訪問時 ラオパン(社長)の部屋で ソファー横の茶道具でもてなされるお茶は こなれた作法で入れながら 話し続けるラオパンをながめるのも 台湾に根付いたお茶の文化を感じるひと時だった。 台湾でも正式な中国茶道を習いに行く日本人の駐在員の奥さんは多いようで その正式なものはよくはわからないけれど お茶の入れ方というものはどんなものか動画で紹介 さてのさて昨年の暮れの報道で韓国、茶道も無形文化遺産登録準備報道=中国で反韓感情再燃、「完全に強盗だ」というものがあった。 イギリス人イザベラバードの100年以上前の朝鮮紀行にもあったが この時代のはるか前から日本人が農民まで飲んでいたお茶も 朝鮮半島では気候的な問題と すさまじい怠惰と貧しさからか 両班階級以下にはその習慣はないとあった。 その朝鮮で茶道とはこれ如何にということで動画を検索。 いくつかみたがどの動画も 中国茶道モドキに日本の茶の湯のようななんちゃって真似してみましたと 物を見る心眼が弱い人間でも それと分かるなんてひどいものばかり。 大人のママゴトでみている方が赤面してしまうので それでもこれが一番上手にできましたという 最低レベルではあるがまともな動画を紹介 並んでお手前を披露している意味も分からないし 作法というかこの動作が いかにも付け焼刃で こなれてもいない 他の動画は大まじめに水筒から湯をだしていたので これはまともな方なのだけれど 湯を沸かす茶道具が 男性の方と女性で違うのは何故〜 おまけに 自分で飲んじゃってるし 無形文化遺産に登録しようとするその精神状態が理解できぬ。 醜いという言葉が見苦しいと言語兄弟である意味がよくわかるね。 |
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私がトイレできばっているとき 誰もいないトイレで 独り言も日本語 デーブスペクター並の冗談レベルも日本語でこなす人物で 英語もこなす語学力とキャリアを持ちながら 日系企業に終身雇用的に働くと決めているらしく それほど高くない給料で働いているひと 台湾駐在時代は部門が違ったので直接の関係はないが よく飲みに行くお友達 私が台湾人と結婚した時 「僕の夢は友人の日本人が台湾人と結婚することだった」と喜んでくれた。 |
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台湾の神社は日本統治時代200ほどあり 戦後もその多くは残されていたけれど 日華断交をきっかけというか ようやく破壊する大義を得たのか その多くが一瞬に外省人によって破壊された。 以前神社跡を探しているときに 地元の台湾人に尋ねると 子供のころ神社でよく遊んで そのころの写真も家にあるよと懐かしそうに語られていたが この番組に出に玉里神社で結婚式をあげた老人が 思い出の場所である神社跡を訪れ 参道の燈篭を触っている姿をみると 皇民化の象徴ではなく 日常の風景として神社は存在し 懐かしい場所ではないだろうか。 台湾式のお祈りをしてから清掃作業をして 神社跡を保存しようとしている台湾人のものの考え方 悪意を持たず良性に物事を解釈していく やはりこの国の人にひかれる。 http://www.youtube-nocookie.com/v/LE7RF1QzTJM?hl=zh_TW&version=3"
玉里社wikipedia 玉里社(たまざとしゃ)は、日本統治時代の台湾花蓮港庁玉里郡玉里街(現 花蓮県玉里鎮)にあった神社である。通称玉里神社。 祭神 社格は社で、能久親王・大国魂命・大己貴命・少彦名命を祭神としていた。 歴史 1928年(昭和3年)10月22日に鎮座された。戦後、社殿が取り壊されたが、神社跡は2008年に花蓮県の県定古跡に指定されている。
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