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書庫3台湾【北部】

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台湾最南端から最北端まで3日目 羅東へ 7

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イメージ 6北投のマンション前にある グーグル航空写真からも分かる 道路にはみ出して立つ保護樹林からの 木漏れ日もまぶしい晴天、北投から台北駅前にある 台北轉運站(バスセンター)へ 途中の地下道 中山地下道では「台北地下街も夏日浴衣祭」とノボリと提灯 何故か日本の夏祭りがコンセプトなのだが 最近では違和感も感じなくなってきた 台湾人もそれほど日本という異国情緒に飛びついてというわけではないのだろう 既に日本文化も台湾の伝統の一つと認識が根底にあるのかもしれない。

イメージ 7今回の目的地は羅東,前回クリスマス前に行った宜蘭市の南にある人口7万人の鎮という行政単位 名は猿を意味する平埔族の「老懂」が転じて羅東、歴史は浅く清国時代の嘉慶9年(1804年)、彰化からまず平埔族が移住し農地を開拓 その後すぐ漢族が入った。日本統治時代まで 北回りの東海岸のフロンティアだった。台北バスセンターから2時間弱 135NTドル 睡眠不足を補うには 鉄道のシートよりゆったりしたバスで寝て移動するのが一番だ。 
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台湾最南端から最北端まで2日目 「高調」 5

イメージ 1日曜日に林森北路に飲みに出るのは何年ぶりだろう 昨晩行ったスナックで姉妹店が店舗を移設と聞いたものの特に行く気がなく 目的の店へ行く途中 その店の看板が目に入り 挨拶がてらドアを開けてしまう。一か月前に店の場所を移動したばかりで 案内も出していない日本からの私の来店に驚いたらしく 10年来の馴染みのCが「何で分かったの」と尋ねてくる。「昨晩Mちゃんに教えてもらった」と早々にタネ明かしする。Cの元同僚であったKのフェースブックに指輪の写真を載せて秋には結婚できたらいいなって書いていたのだけれど彼女結婚するの?と調査開始。Cは全く知らないとのことで「それはないのではないか」との感想 妹からも「おめでとう」のコメントあったから間違えないだろうと言うと じゃあその妹に聞いてみようということで Kの妹にCがこっちに来てと手招き 忘れていたのだがこの店にはKの妹が務めていて当人に聞くと「そうみたい」とのこと 父親が違う歳が一回り離れた妹があっさり言うと Cが姉のプライベートなことをそんなに簡単に話して良いの?と言うと。「×○■◎▽高調・・・・」と北京語で 「高調」の意味が分からないので尋ねると 『公然の秘密』ということでオープンにしてよいとのことだった。「低調」ってのはその逆なのよなんて教えてもらい 台湾のスナックは北京語の学習の場でもあり この界隈は「林森大学」とも言われる所以なのであり。駐在当初台湾人の取引先から「林森大学へは通っているのか?」などと尋ねられたものだ。 

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台湾最南端から最北端まで2日目 寧夏観光夜市と夜の台北円環 4

イメージ 1初日の疲れでかつこの日は日曜日ということで安息日 マンションの窓越しから聞こえてくる クリスチャンの朝の歌声で目が覚める 階違いでどの住民の部屋からかは知らないが 吹き抜けから通して伝わってくるのは10年前から変わらない 北京語の讃美歌なので外省人なのだろう 北投は台北の中でも比較的外省人が多い 戦前日本人が多く住んだ地区は入れ替わるように外省人の住むスペースとなった。また北投は鉄道関係の社宅があることもその理由。雨音もしていたので日本と同様にこの日はゆっくり寝て過ごし MRTで寧夏路にある夜市をぶらりと歩く。台湾人居住区の大同区にあるここ寧夏路。中国の回族の住む「寧夏」からの戦後の命名の意味するところは 台湾人にも回族の様に中国に同化しろというところなのだろう。

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イメージ 6寧夏観光夜市を抜けると台北円環、寧夏観光夜市と連なり私が台湾に来たころには 雑多な屋台村を形成して人の流れが続いていたが 再開発されモダンな建物になったものの 家賃問題などから屋台的サービス提供とはいかず人の流れは この派手な電光に反射されるように離れていった。
白バイではなく白スクーターではあるが 女性白バイ隊員といったような雰囲気でかっこいい女性警察官を撮影 背景の台北円環のスクリーンに流れるCMは沖縄と台湾のハーフで日本国籍の金城武 台湾での人気は不動。 
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台湾最南端から最北端まで1日目  台湾の反核とはだしのゲン


イメージ 1台湾での某所での反核のポスター
日本以上にいい加減な原発運用の台湾 原発から出てくる低レベルの核処理施設さえ 問題が山積している水準で 台湾において反核運動は起きて当然な部分がある。日本と政治風土が違い 与野党とも民族主義政党で 中国との対峙が長かったことから左翼政党が存在しないこともあり 左翼イデオロギーの発露としての反核運動でないところが大きな日本との違いといえるだろう。
さて『「はだしのゲン」、松江市の教育委員会が「日本軍の兵士が斬首するシーン」などの過激な描写に問題があるとして、去年12月、市内の公立の小中学校に閲覧を制限するよう、事務局独自に判断し学校に要請していた問題』
このニュースを耳にしたときの私の感想を述べると

イメージ 2はだしのゲンは 広島から福岡に引っ越した自分が少年ジャンプを購読していた小学校5年から6年の間にちょうど連載されていたと記憶していて調べてみるとその記憶に違いはなく その後単行本などで読み返したこともないのに 内容に関して原爆投下後 親子が焼け死ぬ場面からその惨状は鮮明に脳裏に焼き付いてあるが 閲覧禁止問題で挙げられた 「日本軍の兵士が斬首する場面」や「天皇を罵る場面」は記憶になく 当時共産主義かぶれの小学生であったこの私も 今はきちんと民族主義者 漫画にしろ何にしろ 大人が心配するような読み物ではなく 原爆の実態を脚色はあるにせよ 現実と比較して大げさでもなく 閲覧禁止などで問題化することにより左翼のプロパガンダに利するような愚行である。と考えたしだいです。

ただしこの考えはニュースでは知りえなかったことがネットの記事にあり「閲覧禁止は愚行ではなく当然」との考えに改めることに。
おそらく「自分も子供のころ少年ジャンプの連載を読んでいて何が問題なんだ」と思う人も多いと推察できるが この「はだしのゲン」は
1973年 - 1974年 - 週刊少年ジャンプ
1975年 - 1976年 - 市民(左派系オピニオン雑誌)
1977年 - 1980年 - 文化評論(日本共産党機関誌)
1982年 - 1985年 - 教育評論(日教組機関紙)
という具合に われわれのほとんどの知っている「はだしのゲン」は少年ジャンプが100万部突破したころの1973年から1974年にかけて週刊少年ジャンプに連載された よい意味で少年漫画の編集の良心のフィルターを通して作られた「はだしのゲン」でしかなく 普通の健常者の読まない左翼系オピニオン誌や共産党機関紙、日教組雑誌のイデオロギー満載の後半部分の「はだしのゲン」などは皆 読んだこともないというのが実態なのだ。そんなことも知らせずに閲覧問題の議論などナンセンス 左翼のイデオロギーが学級図書に置いてあるなど論外 閲覧禁止は当然の処置と考える。


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タイペイアイ(台北戯棚)と天皇宮と整形 十三日目(3)116  

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韓国の悪しき文化 美容整形の看板が増えてきましたかね。インチキダイエットも花盛りです。
台湾へのプチ整形旅行、韓国の3分の1の低価格で人気―中国こんな記事もありました。
2012年11月25日、北京晨報によると、韓国よりも費用が大幅に抑えられることから、プチ整形やエステのため台湾を訪れる中国人が増えている。今年1−9月に台湾でこれらの医療サービスを受けた中国人は8万人以上に上った。北京市で行われている「2012北京台湾名品博覧会」で明らかにされた。・・・・韓国とは異なり、台湾ではより手軽なプチ整形が主流となっており、効果に対して施術にかかる時間が短いことから医療ツーリズムに適しているとされるほか、費用も韓国の3分の1で済むことから人気が高まっている。
まあ中国ではどんな手術されるか分からんから 台湾でって気持ちになるのかもしれないですね。

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イメージ 5◎民権西路駅から降りてぶらり 牛肉麺屋で旨い店が昔近くにあっていつも見て名前も知っていたが写真に撮ることもなかったので中山北路から路地に入り撮影。廟宇の名は『天皇宮』、恐れ多い名前であるけれど元々道教で使われていた「天皇」そんなことでこの『天皇宮』は結構最近の1981年建立。主祀は「玉皇大帝」で道教の廟宇。お茶は天皇宮に合わせた分けではないのだけれど「双健茶王」
◎中山北路に戻り南下すると台湾セメントのビル。このビルの中には小ホールがあり「タイペイアイ(台北戯棚)」という名で台湾セメントの文化活動として使用されている。
台湾セメントは辜一族の会社で春の叙勲で中国信託ホールディングス会長・台日商務交流協進会理事長の辜濂松さんが受章した折に春の叙勲で台湾から4名受章という記事にして一族に関して記述しているので参考にして欲しい。
日本の貴族院議員であった辜顕栄が日本統治時代 中国と台湾の芸能を広める為運営した【台湾新舞台】というホールが米軍の空襲で廃墟になりその意志を受け継いだ一族は台湾新舞台を復興し文化活動をつづけ 2002年台湾セメントの新社屋建設した時に作ったのがこの「タイペイアイ(台北戯棚)」
台湾の歌劇「歌仔戲(ごあひー)」、人形劇の布袋戲(プータイシ)、獅子舞、原住民の舞踊と台湾の伝統文化と京劇などがプログラムとしてあり
月・水・金曜日20:00入場、20:30開演(上演時間約60分)550元
土曜日19:30入場、20:00開演(上演時間約90分)880元でなにかしらやっているので早めの食事で観光にも利用できるのではないでしょうかね。
フラメンコを見に行った記憶があるので色々な催しもあるようです。

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記事書いた後にこんなニュースが入って来ました辜濂松氏(中国信託ホールディングス株式会社会長)が死去南無阿弥陀仏

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