鳩山軽薄発言で話題の『カイロ宣言』とは鳩山売国軽薄発言鳩山氏が先ほどメディアの取材に応じた際に、「中国側から見れば、日本が尖閣諸島(中国名:釣魚島)を盗んだと考えるのも無理はない」と発言し、日本政府を驚かせた。鳩山氏はこれについて、スピーチでも発言を撤回せず、「歴史問題について、各国には自らの立場があるが、重要なことは歴史を正確に認識することだ。ポツダム宣言とカイロ宣言は日本に対して、以前に盗んだ領土を返還するよう求めている。日本政府もまた、これらの主張を受け入れるとした。このような背景があり、中国政府が尖閣諸島の主権は中国にあると主張することは理解でき、否定することはできない」と重ねて強調した。 ここでおさらい『ポツダム宣言とカイロ宣言は日本に対して、以前に盗んだ領土を返還するよう求めている。』と中国が台湾及び尖閣、そして最近では沖縄に対する領有権の根拠となるこの二つの宣言。 日本の受諾したポツダム宣言の条項8に戦後のその領土のことが書かれていて
驚くことに 当事国のイギリス、米国、中華民国(蒋介石政権)のどこにもカイロ宣言なるものは存在しないのである。 中華民国総統であった陳水扁総統は2008年3月14日発表で『「1943年12月1日の『カイロ宣言』についてはっきりしているのは、時間と日付が記されておらず、蒋介石、チャーチル、ルーズベルトの3首脳のいずれも署名がなく、事後による追認もなく、授権もない。これはそもそもコミュニケではなく、プレスリリース、声明書に過ぎないのだ」と指摘した。』 当事国の中華民国が存在しないとして 当時野党だった国民党からの反論もなく 日本が履行しようにもできないってこと したがって日本が講和条約で放棄してないって言ったら そこは日本の領土であり 放棄した台湾は領土未確定の地となるってことになる。 また当事者の一人 イギリス首相チャーチルも1955年2月1日の国会答弁で「『カイロ宣言』に基づいて中国が台湾に対する主権を有するということには同意できない」と述べていることから カイロ宣言は最終的に合意していないことがこのことからも分かるし イギリスや米国からも署名入りの原文なるものはいまだに出てきていないのである。 したがってカイロ宣言ってものは「こんな意見も話し合いで出ましたよ」程度のプレスリリースという伝言ゲーム並みのもので法的根拠のともなわないもの 鳩が中国の主張そのものに根拠がないのに 無理はないってことが意味不明ってことになる。 過去記事「陳水扁総統:「カイロ宣言」は署名がないニセモノ」を参照あれ |
25【歴史・人物】台湾のこと
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富士山と台湾の玉山が姉妹山へ産経富士五湖観光連盟の堀内光一郎会長(富士急行社長)は29日の連盟総会のあいさつで、台湾の玉山(3952メートル、旧称・新高山(にいたかやま))と富士山の姉妹山関係を結ぶ調印式を7月以降に台湾関係者を迎えて日本で行うことを明らかにした。 富士山の世界文化遺産登録を海外にアピールし、効果を観光へ結びつける狙いがある。堀内会長は「台湾と日本の民族同士の連携強化が重要」と話し、姉妹山関係を結ぶことで台湾からの来訪者を促す考えを強調した。 ということで 久しぶりに記事アップ 富士山が世界遺産登録確実となり よい影響が日本と台湾の間に出た。 日本一の高さと台湾一の高さを持つ富士山と玉山 両山が姉妹山となった。 ともに日本列島と台湾島の重心点に位置する場所にあり 美しさも共通している。 日本が台湾を領有したことにより 明治天皇が『新しい日本最高峰』ということで新高山と名付けられた。戦前の記念切手 国立公園シリーズのなかにも 新高阿里山として発行されている。 日本一の山は富士山から新高山に移され 大東亜戦争の開戦の暗号文『ニイタカヤマノボレ』は有名。戦後新高山は玉山に国民党占領政権により改名させられたが 台湾原住民のツォウ族の言語 石英を意味する「パットンカン」に由来する「八通関山」に正名されることを望む。 |
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台湾神社の狛犬 現「劍潭公園の狛犬」 |
「お金もうけの神様」直木賞作家、経済評論家…邱永漢さんが死去産経直木賞作家で経済評論家の邱永漢(本名・丘永漢=きゅう・えいかん)さんが16日、心不全のため死去した。88歳。葬儀は近親者のみで行い、後日「お別れの会」を開く予定。喪主は妻、丘亜蘭(きゅう・あらん)さん。 日本統治下の台湾・台南生まれ。旧制台北高校から東大経済学部に進み、卒業後、台湾に戻ったが、戦後の台湾独立運動に関係したとして国民党政府の弾圧を受けて香港に逃れた後、再び日本へ。昭和31年に小説「香港」で第34回直木賞を受賞。同55年に日本に帰化した。 「金銭読本」「メシの食える経済学」など株の投資やマネー関係の入門書を執筆する一方、実業の才能を生かしてビルの経営にも進出。経営コンサルタント業を営み、「お金もうけの神様」としても人気があった。 「食は広州に在り」「中国人と日本人」「お金持ちになれる人」など著書多数。 台北の中山北路と南京西路の交差点近くに邱永漢さんの日本語学校と本屋さんがあり 日本語書籍が多く売り場の7割は日本語書籍の棚があったので時間があれば行っていた。最近は1フロアーあった本屋さんの売り場面積が改装され半分ぐらいに縮小 駐在員の減少と あわせて台湾の日本語世代が少なくなって来た時代への対応だと思われる。 売り場で立ち読みしていると 駐在したての2000年ごろは この邱永漢の本屋さんで 台湾人の老夫婦が日本語で会話をしながら本屋さんの中に普通にいる光景を目にすることもしばしばあったが もうそれもなくなった。邱永漢さんも享年88歳 時は確実に過ぎ行くものだと。 |






