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書庫11台湾【東海岸】

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台東小米酒の旅27 卑南式伝統の結婚式

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結婚式の様子をレポートすると 新郎が牛車に乗りって結納の道具を積んで会場をまわり ござを敷いた新婦の前に到着し その品物を並べるわけです。農機具とか一つ一つ意味があるようです。豚というかイノシシは 藁でつくったもので代用。
そこで婿入りってことになるのでしょうか 卑南族は母系社会なのです。
粟とビンロウは卑南族には特別な産物 日本の結い納品に昆布なんかがあるのと一緒なんでしょう。その細かい説明など司会進行は 長老の男性と女性が日本語で説明されていました。

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結婚式を挙げた大学の研究者の新婦さんのご夫婦はちょっとお歳はめしておられるのですが 日本で結婚の時期が震災と重なり 友人などを招く披露宴などは控えられていたそうです。 そんなことを知っていたこの部落の「台湾の親代わり」の長老は「日本の娘」をそんなことなら是非この卑南の里で 皆が祝える結婚式を挙げさせてやりたいという親心からこのようなことに発展したようです。

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台東市の市長も参加され TV、新聞の取材付きで 地元の協力となったのです。TVも新聞もこの話を感動をもって報道したようで時のニュースとなったとの事。旦那なんにうかがったところ台湾とは縁がなくて嫁さんの方がねということでした。また結婚式が行なわれる最中 参列者だった女性が突然泣き始めてなにかと思えば カナダ人の旦那さんと突然一緒に結婚式というサプライズも。


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後日桃園空港でお会いした時にうかがったところ 刺青の研究者の方のご友人で 二週間前に日本で結婚したばかり 式には参列だけのつもりで立会いだけでいいからと言われていたそうですが 突然 卑南の里でも結婚式を挙げればよいと式の途中に突然そうなったそうで 新婚旅行も兼ねた結婚式への参加が本人もびっくりのとんでもない展開になり感激のあまり泣かれたようでした。こんな思い出になることってそうないと思いますし うらやましい限り お幸せに。

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この結婚式の模様 ネットにありました。

あれ ピュマさんと私 一瞬写り込んでる〜




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台東小米酒の旅26 卑南式伝統の結婚式のはじまり


長老からの誘いを喜んで受け 結婚式に参加することを決め 一食確保(笑)この結婚式では奥さんが刺青の研究者のご夫婦と 刺青の研究の女性の友人で参列していた カナダ人男性が旦那の日本人女性がサプライズで挙式となり二組が式を挙げたのです。
刺青研究の方の旦那さんとはその日の台北行きの便が違うものの台東空港で会い 後日日本に帰国する時に便がカナダ人男性のご夫婦と桃園空港で偶然一緒になり その時にうかがったことも混ぜながら卑南式伝統の結婚式をレポートすることにいたします。

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先日の記事で紹介したようにここ南王部落は 卑南大王と呼ばれた大頭目のいたいわゆる王都でありました。今から紹介する伝統的結婚式は ここまで整った形で行なうのは実に 40年ぶり(20年ぶりだったかな)だそうで 特別ないわば王家スタイルなんでしょうか一般的な卑南族の結婚式ではここまではやらないようです。

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三々五々と日本からの参加者や式の準備の人が現れ 到着したのが画像の牛。台湾は一般的には水牛なのですが 登場したのは牛 水牛と牛は「族」は同じでも「属」が違う別の動物ですので 何故ここでは牛なのか考えても答えはでないので先にすすみます。この牛の実に大きいこと ここまでデカイか!という大きさで また毛並みがよいこと 実に良く手入れのされた常態で 飼い主との関係がよく分かります。なんでも結婚式の為に 山から4時間かけてつれて来たそうで また飼い主さん以外の言うことは一切聞かないので扱いは非常に難しく結婚式で牛車を引かせるのも一苦労だったそうです。


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この結婚式は台東の市政府も協力しているようで そうしている間マスコミがやってまいりました。台湾のNHKに相当する「公視」や原住民専門チャンネル「原視」などのTVの取材もやってまいりました。残念ながら当日、翌日はチェックできなかったのですが TVニュースや新聞報道も各4〜5社が報道したとか。

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会場は広場に円弧状に竹をさして入り口の通路を設けその中が式場となります。まずは長老達が入場し 参列者は入り口で豊年祭のときに付けた花輪をかぶせてもらい入場 正面の席は村の長老と賓客と日本からのご家族、その他の席に我々一般の参列者 席に着いたところで 主役である新郎新婦が 牛舎に乗って会場入り いよいよ結婚式のスタートになります。

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台東小米酒の旅25 卑南大王

結婚式の内容に入る前に この旧地名「卑南社」現「南王里」にまつわることについての話
イメージ 1←【「土牛紅線」】
卑南族、卑南語というのは 部落によって大きな違いがあり 全体をまとめてこれが「卑南族」でこれが「卑南語」というものはなく ここ「卑南社」の地名によって名づけられたもの。そのわけは現地名「南王」にあり ここは世に言う「卑南大王」と呼ばれた18代頭目卑那来(pinalai)という 周辺部落、部族をも配下にした大頭目である王様が治めた部落で その統治は北はアミ族の花蓮瑞穂と大港口から南はパイワン族の台東大武まで72社に及び 税、労役を課し 台湾の高砂族の歴史の中でここまで小王国に近い統治形態まで発展したものはなく 卑南社はその中心であったからなのです。


イメージ 2            【卑南社頭目と専属モデル】→
清朝は台湾を化外の地と放置しながら清朝は時代が下ると徐々に台湾の西海岸を統治し始めるわけですが 清朝は高砂族の住む地域と平埔族と台湾人の住む境に「土牛紅線」を引き漢人(台湾人を含む)のこの領域を超えることを禁止する政策をとり その中で山岳部、東海岸は最終的に日本に割譲する時まで正式に統治することはなかったのです。
そのような背景の中 父親が漢族で母親が原住民の卑那来(pinalai)は若い頃 原住民の産品を漢族の産品交換交易し富をなし漢族の妻を娶り台東に戻った後 高砂族の粟作中心の農業に米作と先進的な農具を持ち込み変革をもたらし力をつけ 周辺部落を支配していったのです。


1721年 「三年一小反、五年一大反」と言われた清朝統治の南部で反乱があり 鎮圧から逃れる為 数千人が土牛紅線を越え 台湾東部に逃げ込む事件が発生、清朝の勢力外の為 清朝の官吏の求めにより 逃げ込んだ勢力の殲滅に協力 皇帝へ出された 反乱鎮圧の貢献者の名簿にのり 褒美を賜ったわけです。そのことをして「卑南王」と称されるようになり「冊封」を受けたとして これが歴史的なお墨付きとなる。その伝承が今に至るこの部落卑南社の権威であり誇りなのです。現実的には清朝は「王」とした歴史的根拠はなく ただ貢献者の名簿と褒美をして冊封の実績ありとして 中国が台湾東部も歴史的に中国だと言いかねない 彼らのこと必ず言い出すのでブログには書きたくないところだ。卑南社を戦後「南王」と改名した蒋介石中国人政権の意図は実に巧妙。それは この部落の人たちは「南王」という名誉は頂きたいのは当然のこととしても これを与えられた危険度を認識している人はいないからだ。


イメージ 3←【卑南社のご婦人たち】
ピュマさん曰く「ここの長老やご婦人たちの品が他の部落と違う」と 一味違う雅の歴史がここ卑南社にはあるということになりますでしょう。


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台東小米酒の旅24 卑南での結婚式への誘い

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最終日 台北への飛行機は夕方ほぼ丸一日 のんびりと成り行き任せの算段であったところに南王部落で日本人が卑南式のスタイルで結婚式を行なうとの情報を 前日の豊年祭巡りの中 南王の長老連の行列に遭遇したときにピュマさんが仕入れて来て 「どんな日本人なのか見物しに行こう」ということで決定。台東市政府も協賛しているとの話で「こりゃ〜観光イベントに乗っかったのかな〜」「どんな物好きか顔を見ないと」などとピュマさんと話しながら よくある水中結婚式とかその類の物好きとほぼ先入観に満たされた状態で会場に向かう。会場に着くものの それらしき会場の準備は出来ているもののまだまだ人はおらず待機 徐々に人が着て民族衣装を着た長老の人があらわれたので話をピュマさんがなぜ日本人がここで結婚式なのか事情を把握する為に声を掛ける。


前日もそうだったのだが 見知らぬ長老格の年齢のいった人にピュマさんは何の躊躇もなく日本語で話しかけ 相手の方も「日本の方ですか」という確認作業は一切なく面識のない人同士の会話がこの異国の田舎で日本語でスタートするのである。このあたり 1999年の台北から台湾と付き合い始めた私は 原住民居住区は間違いなく日本語が普通に通じると頭の中では情報が入っているものの 台湾の老人とはいえ外省系の可能性を排除しきれない経験からその必要のない原住民の部落においても気持ちの心構えは 日本語を遣えるか否かは会話の中からという確認作業が経験から体に染み付いているので ものすごく新鮮に感じられた。


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話は戻って話しかけた長老曰く 会話の中で「私の日本の娘」との言葉 事情を尋ねると 式を挙げる日本人の女性は 原住民の刺青の研究でこの卑南の部落に研究調査に入られている大学の研究者のようで「私は台湾での親代わり」と付き合いも長く親密なことが察せられた。 「(日本の)娘は日本で式を挙げたが 娘を卑南式で是非 嫁に送り出し嫁がせてやりたい」とのこと。想像していたシュチュエーションと全く違う展開である。
日本から親族友人の参列もあるらしく 長老曰く「日本人の方ですから 是非結婚式に参加してください」と 台湾的に何でも有り的な経験値から物見、見物的に参加する気満々な気分が吹き飛ぶような この真に日本語的に丁寧にかつ日本語会話の正しい建前など微塵も見せなく誘われる長老の作法に一瞬にしてほだされてしまった。 よい人と人の関わり以外に大切な人生の慶事が異国でそう簡単に成り立つわけはなく 長老の顔を見ているとこの結婚式がここで行なわれる理由は実に明瞭 その場にめぐり合えただけで幸運中の中の幸運の巡り会わせだ。
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台東小米酒の旅23 宿泊 朝食 おかゆ


二日目の宿泊先は民宿といっても 台湾の郊外型不動産投資によくある住宅(別荘)を宿泊設備にあてたもの。3階建てのワンフロアーに2〜3部屋の客室であるが バスとシャワールームは共有。一泊1500NT$なり。台湾の宿泊というか日本以外の大部分のアジアは一人幾らではなく一部屋幾ら 夫婦で旅行しても安上がりなところがええですかね。

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一応ウエルカムドリンクというところでしょうか。

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馬鹿夫婦が部屋を撮っているのが鏡に写り込んでます〜 実にあほっぽいですの〜

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前日よりは里よりの住宅地、三階でしたので景色はよかった。旅慣れていないのか 今考えて 朝近所を散歩ぐらいすればよかったと後悔。 

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朝食はおかゆに山野菜。台湾の宿泊の朝食はこれがよい。
「豆腐よう」はおかゆの定番 瓶詰めタイプが台湾なら格安、スーパーで買えるお土産だといつも思うのですが スーパーに寄る機会あんまりないもんね。

過疎地で原住民の若者の就職先のない台東 そんな状況であっても民宿を営むのは台湾人、朝食を作っていたのはフィリピンかインドネシア系と思われる東南アジアのお手伝いさん。
台湾は日本よりも人口比からはかなり進んだ移民社会であり 外国人労働者が多い国。
こんな田舎の姿は 近未来の日本の田舎の姿でもあるのかな。

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