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書庫24【書籍】台湾関連

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第10回「特集 陰謀の黄金神話」歴史読本臨時増刊の台湾関連記述

【台湾関連書でない書物に出てくる台湾記述シリーズ】
マニアックに台湾の歴史など勉強してみようとの企画です。意外と情報になってます。

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この手の増刊号 雑多なことがたくさん書いてあるので暇つぶしと興味に引かれて読んだのでしょうが それっきりの読み捨て本の類ですが捨てないのですね 平成2年の発行。

山下財宝だの徳川埋蔵金からツタンカーメンの秘宝まで世界に伝わる秘宝埋蔵金の話の特集、蒋介石が中国から持ち出した紫禁城の秘宝、故宮の文物に関する話は横に置いといて 台湾がらみの秘宝伝説がひとつありましたのでご引用紹介

台湾・暗抗山の日本軍の財宝

山下財宝に似た話は台湾にもある。やはり旧日本軍がフィリピンで集めた財宝約一兆四百億相当えお七つの箱に収め、空路日本へ送ろうとした。しかし制空権は既に米軍に握られており、仕方なく台湾の太平山飛行場に下ろした。当時の司令官はこの七つの箱を高射砲陣地のある暗抗山山中に埋めるよう命令したというものである。
埋蔵地点を化学処理で図解した黒石も同時に埋められたと伝えられていたが、1965年になって台湾の一青年がこの黒石を探し出し、本格的な財宝探索に乗り出した。七つの穴はそれぞれ30メートルの深さまで掘り下げられ、そこから十数本の鉄棒と日本軍の使用した食器が出土した。青年はさらにその下50メートルの地点に財宝は画されていると確信しているそうだが、その後朗報はつたえられて来ない。

昔テレビでやっていた徳川埋蔵金 引っ張るだけ引っ張ってありゃTV局の詐欺みたいなもので 似たような話で資金集めたりいろいろありますね。

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第9回

「教師 宮沢賢治のしごと」畑山博 著の台湾関連記述

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宮沢賢治は農学校の教師を4年ほどしているわけですが(大正10年から15年) 教師としてかなり印象的なひとだったようで この本も教え子達の60年後の証言を元に 教師としての宮沢賢治と授業内容がどんなものだったか再現した著書。宮沢賢治のファンは読まれたら 宮沢賢治の童話や詩からその教師らしさが透けてくるようになるのでお勧め。

さて「教師 宮沢賢治のしごと」の中の台湾関連記述ですが もう十五年も前の本で細かい記憶もなく内容が内容だし今回は台湾記述はなしだろうと読み進めていると 賢治の教え子である農学校の卒業生のそれぞれの人生という章に

・・・まず初めに「植物医師」の劇で主役の爾薩侍を演じて、賢治に喜劇の天才とほめられた長坂俊雄。
彼は初め花巻の郵便局に勤めた後、植民地助長行政というので当時あちらこちらで求められていた行政職移住に応じ、台湾に渡った。そこでは、外務省所属の警察官というものになった。
同時にそこには産業系統の人たちも移住して、新しい農業の方法を指導していたのだが、現地の人たちは古いやり方に固執し、なかなかそれを受け入れなかった。
そこで、田んぼのことの分かるおまわりさんが、にこにこ顔ででかけてゆくと、肥料設計のことでも、薬剤散布のことでもすぐに聞いてくれたのですよと言って、長坂は苦笑する。
そこで徴兵され、南方に連れて行かれ、捕虜になった。・・・・・・・・

日本統治時代 台湾の日本人の中でなにかと出てくる存在が警察官、台湾人を統治する最前線でもっとも台湾人に接した日本人は警察官という職業の人ではなかっただろうか、特に高砂族の統治においては 行政の全てを担うというのは大げさではなく 現地の人と結婚し現在も 私でもおじいさんは日本人の警察官というひとに二人ほど出合ったことがある。物の本によると台湾語や高砂族の現地語の学習も半ば義務付けられていたとか、また霧社事件などの起因となったのも警察官であるし 有名な話「サヨンの鐘」の主役である日本人も警察官である。終戦を迎え台湾人の恨みが噴出した対象もまた警察官。そんなことでどのような経緯を経て日本国内で台湾での警察官が集められたのだろうかという疑問があったわけだが その一例に過ぎないが「植民地助長行政」「行政職移住」「外務省所属の警察官」というキーワードを知ることが出来て個人的に満足。また台湾にまで来て警察官になった人まで徴兵があったとは あくまで日本人にとっては台湾は国内扱いだったというわけだ。短い文章ながら為になった。



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第8回

「あなたのルーツの不思議 謎解き」西岡秀雄著の台湾関連記述

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雑学の本が好きでその昔よく読んでいましたがこの本もそのひとつ 学問的に精査されたものじゃないのであくまで軽い感じでご紹介。

日本人のルーツである縄文人、沖縄人と台湾の高砂族との関係、遺伝的とか言語的な純粋な系統からいえば 隣人であるけれど学問的にはアカの他人となりますが だからといって無関係というわけでもないのでしょう いろいろ類似のものが出てまいります。そんなことを雑学のひとつとして 台湾関係もありますので本から引用
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口琴と呼ばれる原始的といいますか単純な楽器があります。世界的に口琴というものは分布しているのですが 日本ではアイヌのものが有名で これが高砂族のものと非常に類似しているわけです。もともとこの形状の口琴は 竹が楽器の素材ですので南方系のもの 黒潮に乗ってアイヌまで伝わったものなんでしょうかねぇ〜

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もうひとつ台湾のフィリピンに近いランタオ島のヤミ族 高砂族といってもフィリピン系にもっとも近い台湾原住民ですが ヤミ族のカヌーの図柄と縄文式土器の図柄がテナガザルということをこの本では紹介しています。かなり強引な結びつけですが テナガザル由来なら ともに南方系ってことでしょうかね。

この本には記述が無かったのですが アイヌの口の周りや手の甲に入れる刺青と台湾のタイヤル族のそれは全くそっくり、他人の空似ってわけじゃないのでしょうけど なんでも朝鮮半島史観マンセイの時代もひとつの「トンでも」なのかなーって私は思うのです。

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第7回

「サンデー毎日 昭和天皇崩御」の台湾関連記述

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敬愛してやむことのない昭和天皇がお隠れになられてもう四半世紀になろうかとしております。そのときに発刊された雑誌の特集号 雑誌ではありますが陛下のご真影が表紙になっていいるののを捨てられるはずもなく保管してあります。まことお懐かしくこの雑誌を読んでおりました。


さて本題ではないのですが その中の写真から

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この雑誌に載っていた 昭和天皇と母君である貞明皇后が 英国の皇太子(後のエドワード8世)を新宿御苑をご案内されている大正11年のお写真です。
御歌は昭憲皇太后のものが素敵で好きなのですが お姿の写真は貞明皇后のものが好きなのであります。実に気品のあるチャーミングな美人なのです。

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同じく雑誌から昭和天皇と香淳皇后、良子様と言ったほうがピンとくるのですが とにかく昭和天皇とくつろがれている時の笑顔が印象的で 写真も実にそのような場面を多くとらえております。

貞明皇后は公爵の九条道孝の四女、香淳皇后の父は久邇宮邦彦王、母は12代薩摩藩主公爵島津忠義七女俔子(ちかこ)でともに華族出身。

この度イギリス王室もウイリアム王子が民間からということで 現時点から諸問題が危惧されているようでございますが 今上と皇太子の場合民間から奥様をお迎えされており陛下、殿下のご意志でございますから臣民がとやかく口を挟むのは何でございますが ご結婚の当初から同じような問題が危惧され手参りました。ただ日本の場合は当時の事情もあり 「開かれた新しい皇室」というイメージという国民からの要求がお妃選びに影響したことは間違いないところで それはそれでよろしいこととは思いますが 恣意的に旧華族を避けたことは間違いではなかったかと 貞明皇后と香淳皇后の素敵な笑顔や凛然とした振る舞いから感じてしまうのです。外国からの元首の前で振る舞いにでる余裕は貴重な資質であり 高貴な血でなければ演出できないのは歴然とした事実 そして陛下のそばで素の状態で笑える 自分が出せるそうした振る舞いが出来るのはやはり華族出身者の方が民間出身者ではおよばない 数段そのようなことが出来るのです。天皇家というのも「家族」、現代風に家庭を大切にするという考え方を国民が皇室に押し付けるのならば 「天皇家という家族」には華族出身者は適しているわけで 何ゆえ旧華族を避けてお妃を選ばなければならないのか 酷い国民の要求であると考えるのです。 

さて横道脱線が記事の中心になってしまいましたが 昭和天皇が崩御された時の『その時、日本は、世界は』という内容の「サンデー毎日」の記事があり 当時の台湾の反応が載っておりましたので記事を引用紹介させていただきます。
・・・・
台湾では、七日朝(日本時間同)のテレビニュースでも天皇陛下の死についてはひと言も触れられなかった。
しかし、衛星放送の受信機を使ってNHKの放送が見られるため、ほとんどの人がわが国と同時進行で天皇報道に耳を集めた。
台北市で貿易会社を営む熊俊年氏(四0)は、「一昨年九月の手術はもちろん、昨年九月の吐血、さらに数万CCに及ぶ輸血などすべて知っていたので、ショックはそれほど強くありません。それに、台湾は韓国などと違って反日感情もほとんどないので、新天皇になっても、両国の関係に変化はないと思います。安らかに眠られることを祈ってます」と語った。・・・・

今の台湾の日本の皇室報道はたまに悠仁親王や愛子内親王のニュースを報道するまでになっているが 昭和天皇が崩御されたのは昭和64年(1989)で李登輝さんが総統になったのが1990年 民主化前の国民党独裁の報道統制が解かれる前、こんなニュースまで速報出来なかった台湾の事情がわかり わずか20年隔世の感があるのだ。


あと 昭和天皇が皇太子時代台湾をご視察されて北投や九イ分に行かれておられますが何日間滞在されたのだろうかと不明で知りたかったのですが 雑誌の年表に 『大正12年(1923)22歳 4・12台湾ご視察(〜5・1)とあり』2週間ほど滞在されたことがわかり 個人的に満足


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第6回

「朝鮮・琉球航海記 ベイジル・ホール 著 春名徹 訳」の台湾関連記述

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まずこの本 表紙にあるように住民との交流や風俗描写を中心に琉球をヨーロッパに紹介した最初の書物とある。読んでみて中国、朝鮮。琉球のひととの交渉ごとが出てくるわけですが 今に通じる民度の違いというものが歴然と記述から読み取れるところが非常に興味深い、日本に関しては記述ないのですが 小国でありながら琉球は高く、中国、朝鮮はいまとほとんどかわりのないところが イギリス人の目から正しく記述されているので実に良本


さて本題の第6回「朝鮮・琉球航海記 ベイジル・ホール 著 春名徹 訳」の台湾関連記述の台湾関連記述ですが 一箇所のみ
この時期の航海記は広州、上海からダイレクトで琉球に入っていたようで 途中台湾に寄ることはほとんどなかったようでほとんど記述はありません。大陸に近く方位も中継点にならず補給基地でもなかったというところでしょうか さて一箇所あった記述
大琉球島[沖縄本島]をみる
九月十四日ーー天候は依然として荒れ模様である。しかし陸地に接近しておきたかったので、われわれは艦’を風上にむけ、大琉球すなわち琉球島Great Lieou Kieou,or L00-Choo Islandの方角と思われる方にむかって舵をとった[大琉球とは、台湾を小琉球とよんだ時代の名残である]。午前八時に、ブロートン艦長が名づけた棒砂砂糖島(シュガー・ローフ)[伊江島]が見えた。中央部に特徴のある高い円錐形の山がそびえる緑の小島である。

沖縄本島が「大琉球」で台湾が「小琉球」面積的には遥かに台湾の方が大きいわけだが 国家としては琉球の認知度は高く、台湾は17世紀までは辺境の地で経済活動が如何に外部に向いていなかったこともこの名称からわかるのだ。


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