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アマゾン 内容紹介 隆盛の思想形成と菊次郎の生涯。明治日本の真の国際人、台湾で“仁政"すなわち隆盛の理念を実現した菊次郎の生涯。菊次郎は、1861年、西郷隆盛と奄美大島の娘・愛加那との子。10代にしてアメリカに留学、西南戦争では右脚を失うなど波乱の人生。西南の役後、外務省に勤務、1895年に台湾に転じ、30代で台北県支庁長や宜蘭庁長に。彼の地には「西郷堤防」と功績を讃える石碑が今も。クリスマス前に台湾で行った宜蘭小旅行 この時は行けなかったのだけれど 宜蘭河の堤は「西郷堤防」と呼ばれ「西郷廳憲徳政碑」が今も古蹟として保存されている。児玉源太郎、後藤新平の台湾統治のコンビは有名だけれど この時の宜蘭庁長が西郷隆盛の息子西郷菊次郎で彼の業績を讃えた碑。 西郷一族は何故か台湾に縁があって西郷隆盛の弟西郷従道は牡丹社事件で台湾出兵している。 また台湾協会学校を前身とする拓殖大学に菊次郎の子隆治と隆秀は進学し隆秀は理事長になっている。 また西郷隆盛には伝説があってwikipediaによると『嘉永4年(1851年)、薩摩藩主・島津斉彬より台湾偵察の密命を受け、若き日の西郷隆盛は、台湾北部基隆から小さな漁村であった宜蘭県蘇澳鎮南方澳に密かに上陸、そこで琉球人を装って暮らした。およそ半年で西郷は鹿児島に帰るが、南方澳で西郷の世話をして懇ろの仲になっていた娘(平埔族)が程なく男児を出産した。この西郷の血筋は孫(呉亀力と伝わる)の代で絶えたという。』とある。 後の台湾総督の薩摩の樺山資紀も台湾を探訪した際に西郷隆盛の子孫を探した形跡があり 菊次郎もまた調べたと推測され まんざらホラ話と決めつけるような荒唐無稽の話ではなさそうだ。 |
24【書籍】台湾関連
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紀伊国屋書店より以下引用 【内容説明】 大正期、一世を風靡した風刺漫画。当時、日本の統治下にあった台湾においても、内地からやってきた無名画家・国島水馬によって新聞風刺漫画が初めて導入された。大正デモクラシー全盛期からその終焉まで、激動する台湾にはその素材となる矛盾と軋轢が溢れていた。約二十年間にわたって描かれた風刺漫画に映し出された植民地の実像。・・・・・ ゴールデンウィークに出会った久しぶりの台湾関係の良書 国島水馬という台湾に渡った風刺漫画家の作品を通して当時の台湾が浮かび上がってくるもの。 なるほどと納得させられる著者の坂野徳隆さんの台湾に関する現在台湾の日本統治下の台湾の知識がかなり深いので ライターの取材でここまで得られるのかと感心して wikipediaで人物についてみると 1962年生まれで私とたぶん同学年のひとで 『雑誌のライター、翻訳家をこなしながら、2001年より台湾や香港、バリ島などに居住。そのあいだ取材したことをもとに、ノンフィクション作家』とあり やはり台湾生活経験者だった。 読み物として最高に面白かった。 いつも感じることで100年以上前に書かれた紀行文なんかで西洋人の書いた日本人、中国人、韓国人像を現在の民族性と比較すると 生活環境はかわっても人間の基層部分の性格は それぞれさほどかわらないものだ。この風刺漫画から読み取れるものは 日本人から見た台湾人、台湾から感じる日本人というものが 日本統治時代からほとんど変化していないようなことが風刺漫画に登場し 非常に興味深いものだった。 100年前から台湾人は台湾人、100年前から韓国人は韓国人であり 台湾人と日本人の関係はおそらく根底では変わらない その部分に目を向けて近隣諸国とうまく付き合うことが大切であって 台湾人とはこのままよい関係であればよいしそれほど日本語世代が隠れた後も心配することはない 台湾人の性格は変わらない。そして民族性に根ざした某反友好国とはそれなりに付き合えばよいと 無理をするから気持ち悪い関係が深まるだけと この本を読んで思いを強くした。 しかし統治時代の日本人風刺漫画家の作品を発掘して現在の色目でみることの出来ない資料に目を付けるとは いい仕事してますね〜 超お薦め。 |
内容(「BOOK」データベースより) 大正から昭和の初め、鈴木商店は日本一の年商を上げ、ヨーロッパで一番名の知れた巨大商社だった。扱う品は砂糖や樟脳、繊維から鉄鋼、船舶にいたるまで、何もかも。その巨船の頂点に座したのは、ひとりの女子だった。妻でない、店員たちの将でもない。働く者たちの拠り所たる「家」を構えた商家の女主人のみに許される「お家さん」と呼ばれた鈴木よね。彼女がたびたび口にした「商売人がやらねばならない、ほんまの意味の文明開化」とは、まぼろしの商社・鈴木商店のトップとして生きた女が、その手で守ったものは…。激動の時代を描く感動の大河小説。 三井・三菱をしのいだ鈴木商店の物語 最初の飛躍は 後藤新平台湾総督府民政長官と関係を持ち 台湾の産品であった樟脳で基盤を築き 製糖業で拡大 台湾銀行からの資金でコンチェルンを拡大 昭和金融恐慌で倒産した鈴木商店の話なので 台湾のこの時期の歴史が記述されていたので読む。いろいろ細かいところで資料収集に役に立った。 台湾関連以外で興味深いのは1918年(大正7年)の米騒動。鈴木商店は民衆の焼き討ちあうわけだが これは大阪朝日新聞の『鈴木商店は米の買い占めを行っている悪徳業者である』と民衆を扇動した事実と異なる捏造報道によるものだったということ。 この新聞社は戦後も戦前も一貫して全く体質が変わっていない。 |
【台湾関連書でない書物に出てくる台湾記述シリーズ】 マニアックに台湾の歴史など勉強してみようとの企画です。意外と情報になってます。
金関 丈夫(かなせき たけお、1897年2月18日 - 1983年2月27日)は、日本の解剖学者、人類学者。
香川県仲多度郡榎井村(現・琴平町)生まれ。京都帝国大学医学部卒業。1934年、台北医専教授、1936年、台北帝国大学教授、1950年、九州大学教授、1957年、定年後は鳥取大学教授、帝塚山学院大学教授。
弥生時代の人骨を発見し、日本人は混血民族だと発表、1979年、「南島の人類学的研究の開拓と弥生人骨研究」の業績で朝日文化賞受賞。林熊生(りんゆうせい)の筆名で小説も書いた。
著書
木馬と石牛 民族学の周辺 大雅書店, 1955 のち岩波文庫
発掘から推理する 朝日選書, 1975 のち岩波現代文庫
日本民族の起源 法政大学出版局, 1976
南方文化誌 法政大学出版局, 1977
文芸博物誌 法政大学出版局, 1978
形質人類誌 法政大学出版局, 1978
琉球民俗誌 法政大学出版局, 1978
孤燈の夢 法政大学出版局, 1979
長屋大学 法政大学出版局, 1980
南の風 創作集 法政大学出版局, 1980
お月さまいくつ 法政大学出版局, 1980
船中の殺人・龍山寺の曹老人 第1輯・第2輯 林熊生 ゆまに書房 2001
1923年畢業於京都帝國大學醫學部。1934年任台北醫專教授,1936年任台北帝國大學醫學部解剖學教授,也從事人類學、考古學、民俗學的研究,曾多次進行史前遺跡發掘與原住民體質調查。1941年參與創辦《民俗台灣》月刊,又以「林熊生」為筆名,發表偵探小說《船中的殺人》、《龍山寺的曹老人》。
終戰後,留用為台灣大學教授,1949年返回日本。任教於九州大學、鳥取大學、帝塚山學院大學等。1979年與國分直一合著《台灣考古誌》。
著作
人類起源論(1928)。金關丈夫與清野謙次合著。
海南島住民の人類學的研究調查(1942)
海南島重合盆地の黎族(1942)
胡人の匈ひ(1943)
船中的殺人(1943)
龍山寺的曹老人.入船莊事件(1945)
龍山寺的曹老人.幽靈屋敷(1945)
龍山寺的曹老人.謎之男(1947)
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