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書庫4台湾 【北投温泉】

わが街「北投」
日本統治時代から日本人が温泉地ということもあって多く住みつき
いたるところに 日本との歴史的繋がりのあるところ。
戦後は 高度成長期の農協のおじさんたちの悪名高き団体旅行も今は昔
MRTの引込み線も伸びて 落ち着いた温泉地として生まれ変わった
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貴子坑園區、貴子坑野営場【黄金週間台湾絵9-76】

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イメージ 3土石流対策が施された水系に沿い坂道を登るとキャンプ場「貴子坑野営場」
陶器の土を採掘した山が土石流を引き起こした為 行政院農業委員會水土保持局がその跡地を対策を施し キャンプ場や公園へ整備したのが「貴子坑園區」教育施設になっていた。
山の懐にもかかわらず 人工の池がある。ネーミングは「情人湖」、
日本語的には「恋人たちの湖」となっている。
台湾ではこの「情人○○」というネーミングがやたらとあり 安直。
デートコースにどうぞってわけだ。
フクロウをはじめ 鳥類もここは山の中 たくさん観察される場所のようだ。
背景にある「五指山」のむき出しの地層は 台湾最古の地層。
オリエンテーリングの常設コントローラーがあった。

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北投貴子坑【黄金週間台湾絵9-75】


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ゴールデンウイーク台湾の旅も帰国前日の9日目 北投を散策
山へ向かう 途中「自立長老会新北投教会」を写真に収める長老教会北投教堂は古積指定なので有名だが その関連教会が近くにある。長老教会は台湾キリスト教派では大きい方で 日本統治時代原住民に対して布教が広がった、原住民の5割以上 一説によると8割がキリスト教信仰者といわれるが それほどの印象は受けない 日本ほどではないが隣に入る人の信仰が気にならない社会的関係性の体質が台湾にもある。
宗派の構成比率は違うが 日本は神道、台湾は道教の多神教 根底に見えはしないがアミュニズムが現代に息づいてすべてを許容している風土は 地球上に日本と台湾しかないという共通性はおそらくなくなることはなく イデオロギーに対する耐抗性が遺伝子レベルで民族のそれに組み込まれている限り 日台の紐帯は切れることがないと私は考えている。
改めて長老教会のHPを覗くと 戦後残留した日本人ことが書かれていて興味深いものだった。

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北投貴子坑の標識に従いこの日は足を進める 『台湾窯業株式会社』で取り上げたことがあるが 貴子坑という地名は 鬼子坑から 日本統治時代 陶器の土を採取する削られた土地から来ているようだ 戦後、山を無計画に削った結果 土石流の被害が下流に及び採掘禁止になり 対策として採掘現場を整地して 現在キャンプ場に整備されている。
現在は北投焼はなくなってしまったが北投焼きに貢献した「松本龜太郎」「賀本庄三郎」の日本人の名は残されている。

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台湾最南端から最北端まで9日目 海辺の喫茶から夜の関渡宮 110

イメージ 1海鮮食べ終えると もう外は真っ暗 海岸線を走ると 海辺に喫茶というかパブがあり 4〜5軒並んでいる。茶をシバキ 海に浮かぶ漁船の明かりを追う、2時間ほどそこで時間を潰し 深夜の関渡宮に立ち寄ると まあ人がいること 子供が遊んでいる。夏休みとはいえ深夜に子供を遊ばせる このあたりの感覚は日本人にはないな〜
小学生の男の子が話しかけてくる 「こんばんは」と日本人だというと もう一度なんて言ったのか言ってくれとリクエスト 「こんばんは」というと「こんばんは」と返してくる ニコッとわらって人懐っこい。

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長老教会北投教堂

長老教会北投教堂

イメージ 1台湾ブログということで シリーズ『台湾最南端から最北端まで』も 盆休みに行った出来事を記事に上げ続けようやく半分 既に11月半ば 自分でも飽きてきたところで たまには通常記事でもUPしようかと 北投の書庫を覗いていて気が付いたことが一つ。北投の古い建物『長老教会北投教会』の記事が見つからない。一度書いたはずなのだが 思い込みだったのだろうか 検索かけてもヒットしないので記事にすることに。
1912年に長老教会の陳近が援助し、宣教師のウィリアム・ゴールドによって設計・建築
太平洋戦争中は日本政府により倉庫として使用され 現在は台北市指定古跡に指定。
北投は平埔族ケタガラン族の支族の住む集落でその地名の由来もバサイ語で巫女をあらわす「パッタオ」が転じて台湾語に「北投」の漢字が当てられ 現在は「凱達格蘭(ケタガラン)文化館」が置かれていて 姿を消した平埔族の面影を感じる土地。
この長老教会北投教堂の初期の信者の大部分がこの平埔族ケタガラン族だったとある。
この教会は平埔族の住居の特徴が出ているとのこと
1912年といえばわずか100年ほど前 平埔族は消えていなくなったわけではなく 社会的に漢族化され大部分の台湾人がそうであったように 台湾人になったわけだ。

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台湾最南端から最北端まで4日目 北投の小学校のプール 33


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イメージ 3南部へ向かう台湾島小旅行の第一歩 新北投から北投への観光・盲腸線を一駅乗って乗り換えるのは面倒だけれど 最近は10分に1本で運行しているので 歩いた方が早いといったことはなくなった。いつもの車窓から見えるのが 薇閣小学校。この近くにもいくつも小学校はあるが この「薇閣小学校」は私立。日本の場合小学校・中学校は義務付けられているのか必ずプールがあるが 台湾は小学校にプールがあるのは普通の光景ではない この私立薇閣國民小學にはプールがある。遊園地でもないのにウオータースルーがあるのは少し不思議な感覚ではある。
学校のHPを見ると 1950年開校、特色として四書五経購読本国文化の教育・伝承とある。ある意味本国と使わざるを得ない表現は 外国人学校といったことになるだろうか。日差しの強い台湾 過去には見られなかった日よけがプールに設置されていた。子供には紫外線は害といわれるようになったからね。

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