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2015年も年の瀬 そんな時に遠くなった今年の正月の台湾旅行のブログを書く そんなペースが崩れた年だった。 人生で最悪だったのが2013年 次点が2014年、今年は3番目に悪い年、4番目が2011年と まあ厄年が続きに続いている感じ 記事にするにもおぞましい出来事続きですけど 命を取られるわけじゃないとやり過ごし 平常心の訓練、鍛錬にもなりゃしないと思えば ことは好転するものでと書きたいところではあるのだけれど 生老病死という避けられない四苦は通過儀礼これは当たり前のこととカウントしなければよい年 起きたことは全て現時点で過ぎ去った過去のもの いまあっても何れ過去のものになる 良いことしか溜めなければ 幸せ。たまにろ紙を洗いに行くのが台湾といったことになる。 国際空港の性質から 台湾をモチーフにした作品が展示されているのがうれしく 帰国前の最後の台湾を鑑賞している。 この時の作家は「江隆芳」で台湾では珍しい「眼鏡蛇畫派」とある。1950年苗栗市出身 「眼鏡蛇畫派」とは「コブラ(COBRA、CoBrA)芸術運動」のことで【第二次世界大戦後の西ヨーロッパ(主にベネルクス諸国や北欧諸国)で起こった前衛芸術運動】とwikipediaから |
7台湾【桃園・新竹】
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コメント(9)
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待合室はただ 遅れがちな登場までの時間をイライラ待つだけなので このような試みはよいものです。阿美族の作家でしたが ヤミ族のトビウオと頭髪舞がモチーフの中に入っていた。 関空から奈良までは最近は行きはJRだけれど帰りはチョイと高めのバスを利用している。ただし自分の家までの路線は1時間に1本 時間があったので 牛丼を食べたくなる。 昨年の夏休みに行った 台湾島の最南端と最北端の観光記事もようやくこれで終了。2月初めには書き終えられる量でしたが いろいろあって時間が掛かりましたが 記憶も1年ぐらいは明瞭に覚えているものなのですね。 |
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雨の大溪老街の筋を離れて歩く 日本時代の建物がまだいくつか朽ちるに任せてあった。 大溪は蒋介石の廟がある街 公園に馬にまたがった禿親父の銅像があり 独裁者にありありがちなその名の付いた建物がある。 城門をかたどった建物が公園の奥にあり 台湾の五大家族 板橋林家の発祥の地ということでこの建物の中にはその碑があるとのこと。林家は新莊の漳泉械鬥、泉州人と漳州人の衝突で大溪に遷ったことにより この地が発展したとのこと。 大溪は独楽の産地ということで ところどころに独楽のオブジェがあった。台湾はどんぐり独楽なのだろうか オーバースローで地面に叩きつけるように回す博多のどんぐり独楽は 自分には回せなかったな。 大溪の入り口に出てバスに乗って帰路につく。 |








