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大渓老街は古い街並みを残している。清朝時代から日本時代のものまで保存状態がよく観光資源の老街では台湾屈指で魅力的。 台湾の古い建物は軒先というか 一階部分の道路の部分に面したところの柱を残した建物が並び 北京語で騎楼、台湾語で「亭仔脚」客家語で「店亭下」と呼ばれる半公共の歩道状態の通路となっていて 現代でも亭仔脚はビル建設に引き継がれている。 福建にもあるが 台湾の場合 多雨と強い日光を避ける効能で日本時代の都市計画にも組み込まれ 戦後はアーケード商店街的店舗経営的意味から建て替えられるビルにも採用され続けているということとなる。 但し法的整備は未整備で それぞれの建築物の前の高さがまちまちで 亭仔脚の通路は段差だらけ 身体障害者にはバリアフリーならぬ「バリア都市」 |
7台湾【桃園・新竹】
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コメント(7)
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台北の蒋介石の士林官邸は周辺の山の中まで銃口のある崗哨があり独裁者を守っていたが この男は避暑地の別荘までも憲兵隊で守らせていた。自分が台湾人にした悪行を正しく認識していたことの証明である。 雨も降り始め デジカメの電池切れと最悪 充電を怠った自分が恨めしい。 この日はこの建物から専属モデルのスマホで撮影となるが 使い勝手が悪く モチベーションが下がる。大渓の老街に戻る途中 朽ちかけた日本家屋を撮影。 |
台湾最南端から最北端まで7日目 大渓公民館 98「大溪公會堂」「蔣公行館」とある。桃園県のHPによると
独裁者蒋介石は無数の銅像を残したが 風光明媚な場所には数多くの別荘を残した。 蒋介石の奥方の趣味は違うだろうが 彼はそれほど豪華絢爛は好まず日本趣味があったのだろう好んで日式の建物に住んだ。但しその数は贅沢の極みではあるけれど そのお蔭で質の高い状態で日本時代の建物が残り 箔がつき積極的保存の対象となっていることに間違いはない。 |
台湾最南端から最北端まで7日目 バスで大渓へ 97台北から桃園の三越で下車 駅前に行くがバスセンターは駅裏ということで路線バスで時間が掛かり到着。大渓老街を散策。 しかし小雨。 |
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台湾も最後の夜 いつものスナックにいって悪魔の館のパブに向かう。 深夜のオープン前に掃除中。 空港の通路のギャラリーはセダッカ族をモチーフにした絵だった。 古かった第一ターミナルも模様替え 台湾を離れて5年確実に何もかも変化し形を少しずつ変えている。 関空についたら綾鷹 これで現実に戻る。
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真夏の台湾旅行紀もこの125話で完結 どうもお付き合いありがとうございました。 |








