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新竹市役所跡に道を隔てて隣接する公園横の川(堀)に掛かる 小さな鉄橋。この横にあったオブジェを撮影。 プレートを撮影して 228事件の紀念碑だということが判明 詩があるが 228を抽象的になにか訴えているのだろうか?わからない プレートの文字も薄くまったくアピールしていない 228事件の紀念碑ということに気が付く人も少ないのではないだろうか。金属のプレートの文字の如くこの事件が風化してしまうのではないかと実に憂うるのだが 台北で国民党軍の中国人が台湾人を無差別殺戮を開始したのが終戦後まもない1947年の2月28日、新竹に事件が飛び火し 新竹警察署、新竹の国民党支部を襲撃した住民蜂起が 台北から2日後の3月2日 新竹は台北から現在は高速で約2時間 新竹はそのような位置にある。 この紀念碑がもとの新竹市役所(現在の新竹市美術館暨開拓館)の裏手にあるのは ここが接収され当時国民党の党支部であったそういう歴史的理由であることがわかる。 |
7台湾【桃園・新竹】
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新竹州庁跡に道を隔てたほど近い場所に『新竹市役所』跡がある。 現在は修復されて『新竹市美術館暨開拓館』となっている。 紹介プレートがあったので撮影 完成は1925年(大正14年)市定古蹟となっている。戦後新竹市国民党支部などに接収された後 市に返され3年ほど前に開拓館に。 台中州庁よこの台中市役所を国民党が党支部に接収したのと同じように新竹でも行っている。戦後の行政区分の初期においては市レベルでの区分けはとりあえず必要としなかったことが読み取れ興味深い。 中の資料はパネル展示が中心であったが有意義な資料となった、入場は無料。 側面と裏側を撮影 意外と小ぶりな市役所といった感じだ。日本もそうだが戦前の市役所、町役場の建物は大きくてこの程度。現在の行政の肥大ぶりはどうにかならないものか。 こんな感じの歴史建物でよく見受けられるのが 撮影会。傍から見ていると1人の女性に男が群がっているように見えるなー 裏が小公園になっていてオブジェ撮影 |
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教会の対面に日式の木造の建物がいくつか見られたのでそちらに渡る事にする ちょうど 新竹州庁のある公共の建物の裏筋に当たる場所なので よくある公務員の宿舎跡が配置されていそうな場所だ。 いきなり 建物を取り除いたばかりのスペースで作った公園が出てくる。老朽化した日式宿舎を取り除いて作られた公園なんだろうと 公園の一角に残る建物に向かって進む 表にまわると 『新竹市青少年館』とありプレートが読めなかったのでネットで調査 新竹青少年館HPより 青少年館原建物至今已有七十多年的歷史。日治時代原是旭診療所;光復後成為衛生試驗所;民國五十八三年撥交與台灣省警務処警訊所新竹分所使用;八十一年由新竹政府徵收;八十七年七月警訊所遷離;現為青少年館,提供民衆閱讀休憩場所。 やはりこの一画は公務員の宿舎があったところで この建物は『旭診療所』という名の医療機関であった。 年代は不明だが70年は越えている建物のようで 戦後衛生試験場を経て警察の施設に その後 市が整備し新竹市青少年館という文化会館的建物として今に至っているとのこと。 |
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私の台湾の街巡りでの楽しみの一つが キリスト教教会巡り 宗教的には天皇を敬愛してやまない浄土真宗の教徒でありながら ヘタレかつ隠れキリシタンでもあるのですw 新竹市政府HP「北大教堂」 北大教堂 北大路と中正路の角にある天主教聖母聖心主教座堂は、新竹市民からは「北大教堂」と呼ばれています。1947年10月16日、王であるキリストの主日に建てられました。聖堂建築は広々として大きく、地理的にも良い場所にあり、新竹市の重要な史跡となっています。この教会と中国大陸の揚州の教会は外形が相似しており、北大教堂を計画したファヒー神父(Fahy, Eugenius E)はかつて揚州教区の司教でした。 新竹市内の重要史跡の一つであるだけではなく、桃園・新竹・苗栗地区の5万2千人以上の信者の精神信仰問題を管掌し、1万人以上の敬虔な外国人労働者たちの重要な礼拝堂にもなっています。 毎週休日になると、北大教堂では朝早くから大勢の外国人労働者が教会に入るのを待ち、ミサの後にはグループをつくって、北大教堂に沿って新竹駅に向かって移動しショッピングに出かける様子は、北大教堂前の休日の風物詩の一つになっています。 今一美しさに欠ける教会ではありますがしかたないかな。 もう一つ 近くに基督教新竹浸信会という教会あり こちらは情報なし。 |
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金融機関の建物はそこそこ立派にもともと出来ているので現役の金融機関として使われている場合が多く新竹の場合もそうであった。 行政院文化建設委員会 簡介 1909(明治42)年新原龍太郎等成立「新竹貯金會」,1913年改為「新竹信用合作社」,為日據時期地方性的金融機構,現今的樓房於1934年完成,其曾為台灣庶民金融機構,可作為歷史之見證。 現狀 目前為新竹一信總社,營業使用。 古蹟類別:縣(市)定古蹟 新原龍太郎さん何者かネットで検索したがヒットせず。台湾のYAHOOだと1924年新竹州協議會員の名簿に名前あり 地方の名士だったようだ。 |






