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日式の石灯篭けっこう背丈が高く立派 最初の階段を登りきったところから撮影 桃園の街を見下ろすほどではないが 多少小高い場所に立地 社務所跡ではなさそうで 壁板も新しいのでなんだろう?最近修復したのかな? 中は和室あり 社務所跡 かなり立派なつくり やはりここにも和室あり 手入れが行き届いた感じだ。 |
7台湾【桃園・新竹】
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桃園県忠烈祠の石碑があるわけですが「桃園」の文字だけ新しい 何故だろう? 桃園神社 戦後、桃園神社は新竹県忠烈祠に改称した(当時はまだ桃園県はなかった)。1950年に桃園県忠烈祠となった。桃園神社→新竹県忠烈祠→桃園県忠烈祠ってことで この部分だけやり変えた跡だったわけですね。結構器用なことができるようだ。 しかし なんと言ってもこの石碑 日本スタイルで 表の字体もなんとなく日本時代のものを引き継いでいるような気がして 裏にまわり痕跡を探す
桃園神社は1935年(昭和10年)に創建が決まり、1938年(昭和13年)6月10日に落成どうせなら6月10日にしてもらいたかったが やはり字体からして この文字の一部を書き換えたのかな?石碑そのものは日本時代のじゃないかな? 「奉獻(奉献)」の文字 狛犬とか灯篭が持っていたのであろうか 昭和十三年六月吉日(九月?)の文字が お約束通り昭和の文字は削られている 参道を進むことにする。 |
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馬総統とは遭遇したくもないが過去に2度もまじかで目撃 このおっさんがどれだけでしゃばりかよく分かるなんて話はどうでもよく 神馬に会いたくて桃園神社跡に(現桃園県忠烈祠)へ 銅という金属 優れた素材ですねって思います。 お尻で失礼 一応四方から撮影することにしています。 戦後のお約束で神社の紋(紋って言うのかな?)は中途半端に消されています 左右の口が 両方開いているので日本時代の狛犬じゃなくて 戦後忠烈祠に据えられた唐獅子かな?って思います。 桃園神社 桃園神社(とうえんじんじゃ)は、日本統治時代の台湾新竹州桃園郡桃園街大檜渓(現・桃園県桃園市)にあった神社である。現在は桃園県忠烈祠となっている。日本統治時代の外地の神社では珍しく当時の社殿がそのまま残されており、台湾の国家三級古蹟に指定されている。・・・・・・・ |








