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「妻、娘、尼僧たちは繰り返し強姦されまくった。特に尊敬されている僧たちは狙いうちにされ、尼僧と性交を強いられたりもした。ある僧院は馬小屋にされ、僧たちはそこに連行されてきた売春婦との性交を強いられた。拒否した僧のあるものは腕を叩き切られ、「仏陀に腕を返してもらえ」と嘲笑された。大勢のチベット人は、手足を切断され、首を切り落とされ、焼かれ、熱湯を浴びせられ、馬や車で引きずり殺されていった。アムドでは高僧たちが散々殴打されて穴に放り込まれ、村人はそのうえに小便をかけるように命じられた。さらに高僧たちは「霊力で穴から飛び上がって見せろ」と中共兵に嘲られ、挙句に全員射殺された。おびえる子供たちの目の前で両親は頭をぶち抜かれ、大勢の少年少女が家から追われて中共の学校や孤児院に強制収容されていった。 貴重な仏像は冒涜され、その場で叩き壊されたり、中国本土へ持ち去られていったりした。経典類はトイレットペーパーにされた。僧院は馬や豚小屋にされるか、リタン僧院のように跡形もなく破壊されてしまった。リタン省長は村人の見守る中で拷問され、射殺された。何千人もの村民は強制労働に駆り出されそのまま行方不明になっていった。僧院長たちは自分の糞便をむりやり食わされ、「仏陀はどうしたんだ?」と中共兵に嘲られた」 1978年から始まった改革開放政策によって、中国共産党のチベットによる残虐行為は大幅に緩和された。しかし28年間にわたる中国共産党の支配は、2000年かけてチベット人が築き上げたものを根本から徹底的に破壊しつくしてしまった。6000箇所以上あった寺院はことごとく破壊され、完全な破壊を免れたのは8箇所であった(それとて全く被害がなかったわけではない)。虐殺、戦闘、飢餓によって120万人のチベット人が命を失った。チベットの人口の5分の1に相当する。(中共侵略前のチベットは貧しくはあったが、その歴史において飢餓を経験したことがなかった)。 今でも続く弾圧、文化破壊 改革開放以来、大規模な殺戮はなくなったし、仏教を信仰することも可能になったし、破壊された寺院の再建や修復も進んでいる。それでもチベット人に対する弾圧は依然として続いている。 1989年にはラサでチベット人による大規模なデモが行われ、これに対し中共軍が数百人のチベット人を虐殺している(そのときのチベット自治区の共産党書記は胡錦濤である)。現在でも数千人が政治犯として収容されていると言われている。ダライラマの写真やチベットの国旗を所持しているだけですぐさま摘発の対象となるほど自由は制限されている。ほかにも子供たちにダライラマ法王の写真を踏み絵さたり、中国共産党のイデオロギー教育を行うなど前近代的な植民地支配が継続されている。2006年10月にヒマラヤ山脈を越えてインドに亡命しようとしていたチベット人を人民解放軍が射殺した映像が世界に流れたのは記憶に新しい。 1995年には即位したばかりのパンチェンラマ11世を拉致監禁し、別のパンチェンラマをたてるという暴挙に出た。拉致されたゲンドゥン・チューキ・ニマ少年は当時6歳で、世界最年少の政治犯となった。ダライラマ法王は亡命から48年間、一度も祖国への帰還を果たしていない。 中国共産党は半世紀以上にわたる残虐行為を認めないどころか、「かつてのチベットは5%の僧侶及び貴族、地主が、95%の奴隷を搾取していたが、中国共産党がチベットを平和解放し、チベットに幸福を繁栄をもたらした」などというまるで幼児向けのアニメみたいなストーリーを「歴史」として宣伝しているのだから開いた口が塞がらない。当然ダライラマ14世のことは分裂主義者、仏教秩序の破壊者として悪者扱いである(ダライラマ14世は1989年にノーベル平和賞を受賞している) 近年特に深刻なのは大量の中国人がチベットに入植していることである。もともとチベットの一部分であった青海省は今や中国人が多数派となっている。チベット自治区では今でもチベット人が多数派であるが、2006年7月の鉄道開通によって今後は自治区内にも大量の中国人が入植することが予想される。大規模な虐殺や破壊はなくなったが、今でも中国共産党によるチベット文化の破壊は着々と進んでいる。50年代から70年代にかけてチベット文化は徹底的に破壊されたが、さらに80年代にかけてチベットの中国化が強化されている。ラサ市街は今や社会主義国らしい地味な5階建てのコンクリート建築が並び、チベットらしさが失われてしまった。道路には北京路、福建路、解放路などの中国的な名称がつけられている。 ネット社会であり普及された中国に於いて、これら行為を知る多数の中国人及び携わる軍・党員・関係者たち。 一人の人間として心は痛まぬのか。 君たちが先の大戦での日本との関係、歴史から学んだ事は、このようなモノでしかないのであろうか・・・ |
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大阪市を拠点とする政治団体「日本講座」が4月30日、大阪府堺市市民会館で 一部、上映を見合わせたことなどで話題となった映画「靖国」を右翼系団体を対象に 試写会を主催した。約300人の活動家らが鑑賞。 映画の内容について「反日的」と批判する一方、 抗議活動については慎重なる態度を求める意見が目立った。 松元良介主宰が 「内容を検証してから行動を考えるべき」と、 関西で活動する右翼・民族派団体に呼びかけた。 試写後、意見交換では 「街宣車での行動を規制しようとする権力に利用される」などの 抗議活動に自制を求める発言が相次いだ。 |
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文部科学省は28日、2月に公表した小中学校の新学習指導要領改定案の総則に「国と郷土を愛する日本人を育成する」という文言を新たに盛り込み告示する。改定案公表後に総則という基本的な考え方を修正するのは極めて異例。文科省は「パブリックコメント(公募意見)などを踏まえ修正した。改正教育基本法の趣旨をより明確にする意見を取り入れた」と説明している。 |
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映画監督の井筒和幸が某週刊雑誌にコラムを掲載しているのを見た。 かなり辛口の文章であるが、これがなかなか面白い。 古い名作「私は貝になりたい」のドラマ化を扱き下ろしたもので、 しまいには極東軍事裁判でのABC級戦犯についてにまで及んでいた。 彼の年齢で、ましてや映画を製作し世間に発表する立場の人間であるのだから ABC級戦犯の意味を知らないわけはないであろう。 彼曰く、 A級戦犯とは、大東亜戦争を遂行した戦争責任そのものを問われた指導者らを指す。 B級戦犯とは、戦地で命令した将校や部隊長らを指す。 C級戦犯とは、捕虜虐待や住民らに危害を加え実行した一番下っ端たちのことを指す。 なかなか愉快で天晴れなことを言うではないか。 どうせならABC級の意味は顔の悪いもの順に分類したとでも書けば良かったであろうに。 これでは少し茶化しすぎか。 東京裁判史観から脱け出せない日本人には、この程度の知識で十分であろうという意味で 井筒和幸がこのコラムを書いているのならば非常におもしろい。 そもそも東京裁判など戦勝国による集団リンチ裁判、勝者が敗者を裁くという野蛮な見せしめのリンチ、 茶番劇なのである。 未だにあの東京裁判を後生大事に抱え込み旧日本軍を追及する輩たちが多数存在する。 しかし、あの裁判を否定せず旧日本軍悪説を唱えるサヨク平和主義者たちには ABC級戦犯とされ処罰したあの野蛮な東京裁判の本当の意味を知ってもらいたいものだが。 噂によると井筒和幸という人物は批判相手に対する知識もないのに 批判する人物であるとも言われているらしい。 まさかとは思うが、この井筒和幸が本気でABC級戦犯の意味を上の如く解釈しているのであるなら、 彼には、評論家面して連載コラムで世評を綴る資格などないであろう。 |


