小林よしのり
『新ゴーマニズム宣言 戦争論』
幻冬舎 1998.7
キレる若者、女子高生売春、オウム事件、官僚汚職…。
モラルなき日本の現状にくらべ、あの戦争時代の日本人は「誇り」をもって「公」すなわち国のために自らの命を賭けて戦った。その態度は今の日本人より立派ではないか。それなのに「反省」だの「謝罪」だのと、命を賭けて戦った人に申し訳ないじゃないか! あれは決して侵略戦争ではない。むしろ「公」を守るための正義の戦いだったのである! …というのが『戦争論』の要旨である。
・・・・・・省略。
狂気にまみれた戦中の状況を
日本人から聞く
中国帰還者連絡会 編
『私たちは中国でなにをしたか 元日本人戦犯の記録』
三一書房 1987.10
小林よしりんの『戦争論』に紹介されている本で、図書館で見つけたので、読んでみた。
『戦争論』では、戦後の日本人は洗脳されているという。
米軍が占領した時期、日本は敗戦国として明日の命もあるかないかの不安の極限状態にあった。ところが恐れていた占領国アメリカがさしだしたものは、「自由」であり「民主主義」であり、肝心の責任追及は「軍部のせい」とされて、一般国民は放免された。「そうだ、アメリカのいうとおりだ。軍が悪い。自分たちはだまされたんだ」と、日本人はすっかりその気になった。そういえば、当時の映画などを見ても、日本人はすっかり戦争の被害者になっており、だまされた不幸な国民として描かれている。
それとは別種の洗脳を中国でうけた人たちがいるとして、よしりんが挙げるのが、この『私たちは中国でなにをしたか』の寄稿者たちだ。
・・・・・・中略。
とはいえ、当時の戦場の狂気を知る手段をもたない現代の私たちには、貴重な証言である。べつのあるドキュメンタリーで、帰還兵を訪ねて戦場での罪を問うシーンを見たことがあったが、みな貝のように口を閉じ、なにかを語ろうとは決してしなかった。
語れるわけがないのだ。戦場の狂気のなかでレイプし口止めのために惨殺したことなど、帰国し善良な隣人に復帰した人間に語れるわけがないのだ。だれもが決して振り返りたくない、触れられたくない過去なのだ。
それを、精神的に自分を追いつめ言葉にした日本人たちがいたことは、記憶にとどめておきたいと思う。そのなりゆきがたとえ洗脳であろうと、中国共産党の外交上の戦略であったとしてもだ。
本書には戦場での狂気のつくられかたも描かれている。国には両親も、兄弟も、妻や子どももいて、おそらく善人とされているような市民が、戦地でなにをきっかけに凄惨な殺戮に走り、レイプをおこなったのか。
初年兵いじめで徹底して品性や人格を奪い、生きた中国人を縛りつけ刺殺する「刺突訓練」までおこなう陸軍の教育システム。
「お国のため」という大義名分と「獣性」という本能が合致して、人間がもっとも残忍になれたこと。
こうした戦場で狂気が生まれる実際のようすがわかる本は少ない。軍国主義とか民族優越論といった抽象的な戦争論は、ともするとうわすべりしそうだ。でもそれが実際にはどんなことなのか。戦場の狂気とはどういうものか。それを知るのに本書は稀な資料といえるかもしれない。
おなじく中国帰還者連絡会が編集した『新編 三光 中国で日本人はなにをしたか』(1982、光文社)。
『私たちは中国でなにをしたか』にあるような告白の手記が15編ある。
『私たちは中国でなにをしたか』は、告白にいたったてんまつが紹介されているが、こっちはその告白ばかり集めたもの。
カバーに小田実、野間宏、まえがきに本多勝一が文章を寄せている。
なお、「三光」とは三つの輝かしいなにかという意味ではない。中国語の「光」には「すっかりなにもない」とか「〜しつくす」という意味があり、たとえば「売光了」といえば、すっかり売ってしまって、もうない、つまり売り切れを表す。ここでいう三光とは、「殺光、焼光、略光」のことで、殺しつくし、焼き尽くし、略奪すつくすという意味。
3冊の書物を紹介しているホームページ記事である。これはこれで良い。
しかし、
上のHPの「小林よしのり」だけを取り上げた、あるサヨク系ブログの論評意見は、
サヨクに言わせれば現代の日本人は「戦争肯定論」というウイルスが猛威を振るい
感染症の人間で溢れているらしい。
このような病人は「日本の核武装」などと訳の分からないうわ言を連呼するので
「騒音防止迷惑条例」の適用を是非考えてほしいとの事。
小林よしのりは
「権威」とか「正統」に対する劣等感が極端に強いから、
そういうものを語れる立場になったと錯覚しているらしい。
本当に誇り高い人たちは、むしろ自己批判や自分で自分を笑いのめすことさえ好むものらしい。
まだまだ反戦論者の酷評は一杯ある。
つまり小林氏の著書「戦争論」はサヨクにとって最近では一番の悪書の一つになるみたいである。
現代の日本人に戦争を正当化し促す悪の根源みたいに思っているのだろうか。
何一つ彼は戦争を肯定し賛成などしていないはずだが・・・
反対に「中国帰還者連絡会」の著書には批判など一切しない。
数年前、中帰連の詐話師的な告白のウソが生存する元軍人たちに暴かれた事などは
一切無視で不都合なことはすべて削除する姿勢は情報操作の一種である。
先の戦争で日本軍の悪行さえ書かれていれば何でも正しく、これも自己批判の一種なのか
サヨクにとっては良い書物の一つという事であろう。
しかしサヨク思想の偽善者たちの旧日本軍や日本国家の誹謗・中傷や批判は
自分たちの戦地へ行って悪行を繰返した身内や己自身の自己批判だけにしてもらえないものか。
旧日本軍にはワタクシや色々な人の祖父や親戚もいることで、大変無礼な話のことであり
日本国家国民とは自己批判と謝罪補償の大好きなサヨク連中だけではないのだから・・・。
彼らは自己批判や謝罪と補償をするべきである、と声高々に主張をするが
自己批判と言いながら国家や権力、戦前の軍隊を批判するだけで
全く自分自身を批判反省などしていない。
補償などは税金である。つまりは我々の血税で補償しろと言っているのである。
そんなに謝罪や補償がしたければ、まず自分の全財産を相手にくれてやり、
そして土下座でもしてくればよいのである。それらをやってから偉そうに主張すべきであろう。
我々まで巻き添えにしてはもらいたくないものである。
まったくサヨク思想連中たちは自己中心的な病的偽善者たちの集まりである。
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