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「虚構」とは「現実」である

斎藤 環 (精神科医)

第1回 「正義」とはトラウマのようなものだ
はじめに

 連載を開始するにあたって、その趣旨を簡単に述べておきたい。
  この連載は、映画、漫画、小説といった、さまざまなジャンルの
フィクション作品を毎回いくつか取り上げ、そこに反映された
現代社会の様相を読み解くことが目的である。
それはさしあたり、作品をあえて社会反映論的な視点から解読しようという
試みでもある。しかしもちろん、それだけではない。
  すぐれた作品は、しばしば時代を先取りする。
あたかも作者の自意識を超えるようにして、それは起こるだろう。
自作においてしばしばそうした現象と向き合ってきた作家の桐野夏生は、
虚構のリアリティは「現実」に拮抗しうるという自らの信念を語っている。
本連載のタイトルは、直接にはこの桐野氏の発言に想を得たものだ。
  そう、いまや虚構は現実なのである。
まったく同じ意味で、現実は虚構である、と言い換えてもよい。
  私はかつて、次のように書いた。「いまや『現実』は
スティーヴン・キングとスティーヴン・ホーキングとの間にある」と。
  ホラーとファンタジーの「虚構世界」を
このうえなくリアルに描き出すキングと、
「現実世界」を数式によって果てしなく抽象化、
すなわち虚構化してみせるホーキング。
2人のスティーヴンが同じように読まれ、消費される現代にあって、
はたして「虚構」と「現実」との間に明瞭な境界線を引きうるものだろうか。
  もちろん、答えは「否」である。
  「リアル」についても同様のことが指摘できる(【註】ちなみに
日本語では慣用的に「リアリティ=現実らしさ」という意味で使用されるが、
英語的には"real"が「現実の、現実らしい」という形容詞であり、
"reality"のほうが名詞としての「現実」である。
よって「現実」そのものではない「現実らしさ」を意図する場合、
本論では「リアル」で統一する)。
  いまや「リアル」は、精神分析と脳科学との間にある。
  どういうことだろうか。これも簡単に説明しておこう。
  精神分析、とりわけ私がしばしば依拠するラカン派のそれは、
われわれの「日常的現実」を「想像的なもの」とみなす。
些末な話はややこしいので省略するが、ラカン派のいう「現実」とは、
日常語の「現実」とはまったく別の意味をもつ言葉なのだ。
それは絶対に認識不可能でありながら、
われわれの生きる「日常的現実」に対して、
つねに影響を及ぼさずにはおかないような次元のことを指している。
「意識」に対する「無意識」のような位置づけ、といえば、
多少は理解しやすくなるだろうか。
  つまり、ラカン派の立場から見れば、さきほど紹介した桐野夏生の言葉は
すでに自明の前提なのである。いわゆる「虚構」と「現実」との間に、
本質的な区別など存在しない。ウソみたいな現実もあれば、
現実以上にリアルな虚構も存在する。
われわれにその区別を可能にしているのは、
端的に「リアルの濃淡」という「程度の判別」にすぎないのだ。
メディア・リテラシーとは、
この「リアルの濃淡」に関する判断力を指すと考えて、ほぼ間違いない。
  いっぽう脳科学にとっては、あらゆることが「現実」である。
  これも解説が必要となるだろう。
脳科学者は基本的に、人間の精神活動を、
脳内物質の分布やニューロンの発火パターンなどに還元可能であると考える。
この発想なくして「脳科学」は成立しない。
ということは、人間にとってあらゆる感覚刺激は、
それが虚構由来であれ現実由来であれ、脳に物質的な変化を起こす、
という点では「現実」なのである。よって、脳科学的に考えても、
「虚構」と「現実」の区別は存在しない。
  茂木健一郎がかつて随所で引用していた「クオリア」なる概念には、
どうやら(将来的には)数量化可能な程度差があるようで、
「クオリアのピュアさ」や「強度」が問われるようだ。
つまり脳科学的な視点からは、クオリアの程度をもって
「虚構」と「現実」が区分可能であるかもしれないのだが、
その可能性について、むろん私は懐疑的である。

「リアル」の位相
 「現実」と「虚構」の区分が限りなく曖昧化しつつある現在、
真に問われるべきは「リアル」の位相である。
もう1度確認しておこう。いまやリアルを担保するものは、
ナマの「現実」などではない。
さまざまな論者が「現実」そのものよりも「リアル」を論じつつあるのが、
その第1の徴候だ。
  大塚英志の言う「まんが・アニメ的リアリズム」、
私が指摘した虚構内限定のヒロインである「戦闘美少女」のリアル、
東浩紀による「ゲーム的リアリズム」、いずれもそうした状況を反映した、
一次的には「現実」を担保としない、特異なリアルの形式である。
  はっきりと明言されているわけではないが、これらの論点に共通するのは、
いまや「リアル」を構成するメカニズムが、
「何がリアルか」を確認させてくれるような、
再帰的コミュニケーション以外には存在しない、という視点だ。
  早い話が、いま若者集団でもっともリアルな同一性として
流通しているのは「キャラ」である。そう、
「キャラ変わった?」「キャラを使い分けてる」「キャラがかぶるから」
などと使用される、場面限定のペルソナとしての「キャラ」。
およそ「自己同一性」や「固有性」といった議論からもっとも遠い軽薄な言葉、
「キャラ」。しかしこれこそが、
多くの若者が日常を生き抜くために必要とされる「リアル」なのである。
  「キャラ」は、ある種の個性であると同時に、
きわめて効率的なコミュニケーション・ツールでもある。
相互のキャラを認知することで、「関係性」は瞬時に定まる。
そう、キャラとはあらかじめ「関係性」が畳み込まれた記号であり、
それはコミュニケーションを介していっそう強化されるのだ。
これこそが「キャラのリアル」である。
  本来、「キャラ」は、「リアル」の端的でわかりやすい例にすぎない。
むしろわれわれはこういうべきなのだ。
いまや「リアル」のあらゆる局面が、
コミュニケーションを介して構成されつつある、と。
  「コミュニケーション」にも「情報」にも、
確固たる基盤など存在しないはずだ。
しかし人々は、そこに否応なしの「リアル」を見てしまう。
その意味で、現代を「コミュニケーション幻想」と「情報幻想」が
覇権を握った時代と見ることもできるだろう。
もちろん、「それを指摘する私だけは例外」とはならない。
むしろこの幻想は、「自分だけは幻想のメタレベルに立ち得た」と
思い込んだ者をこそ、もっともよく侵すものであるからだ。
  すでに理解されるとおり、あらゆる「フィクション」もまた、
それ自体が「情報」であり「コミュニケーション」でもある。
たとえばこの連載で後日取り上げる予定の「ケータイ小説」は、
それがどれほど軽蔑されバカにされようとも、
作品を媒介とした膨大なコミュニケーションが存在する限りにおいて、
無視しがたい「リアル」さをはらむ。
いまやいかなる批評も、「美」や「伝統」、「技術」といった基準以上に
「リアル」を優先せざるを得ない状況が到来しつつあるのだ。
  この連載で私が「フィクション」と向き合う態度は、
以上のような現状認識を前提としている。
それは「フィクションも時には現実の鏡たりうる」
というような消極的姿勢ではない。
「ひょっとすると、フィクションを介してしか、
もう現実とは向き合えないのではないか」という不安と切迫感。
これこそが、私をしてフィクションに向かわせる当のものなのだ。
  いささか長すぎる前置きになってしまったが、
これでも必要最低限の前提を確認したにすぎない。
最後に蛇足を一言つけ加えて終わりにしよう。
「虚構と現実を混同」うんぬんという紋切り型がいまだに存在するが、
もし何の留保もなしにこの言い回しを用いるならば、
それはいまや、端的な「メディア・リテラシーのなさ」の暴露にすぎない。
本連載のタイトルが、そうした態度への挑発を目指してつけられたことは
いうまでもない。
http://voiceplus-php.jp/web_serialization/kyokou/001/index.html

「虚構」とは「現実」である
第一回「正義」とはトラウマのようなものだはまだ続きます
『ダークナイト』と「根拠なき悪」
http://voiceplus-php.jp/web_serialization/kyokou/001/index02.html
国債バブル後にドル暴落 1

三橋貴明(作家、経済評論家)


の続きです

ドル基軸通貨制度が終焉する日
 しかし、逆になぜドルが基軸通貨の地位を維持しているかを考えると、
じつは確固たる裏付けはない。
ニクソン・ショックにより、金という裏付けを失ったドルは、
それ以降はいくつかの「支え」があるゆえに、
基軸通貨として使われているにすぎないのだ。

 その「支え」の1つが、米国債の最高格付けなのだ。
つまり米国債が最高格付けを維持しているのは、
基軸通貨ドルにより売買されるからで、ドルが基軸通貨である理由の1つは
最高格付けの米国債がドル建てだからである。
要するに、ドルと米国債は互いに支え合い、
際どいバランスの上に価値を維持し合っている関係なのだ。
このバランスが揺らぐとドル基軸通貨制度はたちまち危機に陥る。

 とくにリーマンショック以降、対米輸出国の貿易黒字が激減し、
各国の中央銀行が米国債を買うインセンティブは低下してきた。
しかし、アメリカ政府は巨大な需給ギャップを穴埋めするために、
これまで以上に米国債を発行せねばならず、実際にそうしている。

 あまりにも大量に米国債が発行されると、
今度は長期金利が急騰し(=米国債の価格下落)、
肝心要の格付けAAAが危うくなりかねない。
そのため、冒頭にご紹介したとおり、
FRBが米長期国債の買い取りに乗り出したわけだ。

 FRBが大量の米国債を購入すると、
ドルもまたこれまで以上に市場に供給されていくことになる。
市場にドルが溢れ、ドルインデックス指数が長期的に下落していく状況、
すなわち「ドルの価値」が自国通貨建てで落ち込んでいく環境下において、
はたして海外投資家はドル建ての米国債を、
これまでどおり購入してくれるだろうか。
すなわち、現状のアメリカ政府は、
想像を絶するような難題に直面しているとしか表現のしようがない。

 現在、米国債の新規発行は「毎週」数兆円規模であり、
これは当然ながら前代未聞のハイペースだ。
このペースが加速し、
最終的に「毎日」数兆円規模の米国債が発行される世界が訪れたとき、
それでも米国債の最高格付けは維持されるのだろうか。

 あるいは、市場からの米国債購入では追いつかず、
FRBによる国債の直接引き受けが始まる可能性も否定できない。
米政府の財政支出の財源を、FRBがドル紙幣でダイレクトに提供する、
正真正銘のプリンティングマネーだ。
この状況に至った場合、
さすがにドルと米国債が共に価値を維持するなど夢物語と化すだろう。
そして、世界にはアメリカの苦境に付け込もうと試みている国が、
複数存在することも忘れてはならない。
とくに世界で最も米国債を保有している中国は、
自らの政治的目的を達成するために「ドル限界説」を唱え、
「IMFのSDR(特別引き出し権)の基軸通貨化」を提案するなど、
米政府への揺さぶりを強めている。

 とはいえ、現実問題として、ドルが暴落した場合に最も被害を被るのは
米国債保有残高世界一の中国である。
すなわち中国にしても、ドル基軸通貨制度を、
いましばらくのあいだは維持してもらう必要があるわけだ。

 結局、各国の政治的な思惑が重なり、
ドル基軸通貨制度に関する抜本的な改革は先送りされる可能性が高い。
すなわち今後1年程度の期間はひたすらドルの供給量が拡大し、
同時に米長期国債買い取りにより、
FRBのバランスシートが風船のように膨らみつづけるわけである。

 リーマンショック以降の3カ月間で、
アメリカの家計の金融資産は4.5兆ドルが消滅するという、
衝撃的な激減ぶりを見せた。
しかし、減少したのは主に株式や出資金などであり、
家計の現預金はほとんど変動していない。
アメリカ国民が今後ローリスク志向を強めていけば、
米国債買い支えの1つの柱になる可能性もある。
 
アメリカ政府は海外、そして国内の投資家に米国債を大量に売却すると同時に、
FRBによる買い取り額を増やすことで長期金利を抑え、
自らのバランスシートを限界まで膨らませていくだろう。
民間におけるバブル崩壊のインパクトを、
中央銀行にバブルを引き起こすことで緩和していくわけだ。

 だが、過去にバブルのソフトランディングに成功した国は1つもない。

 歴史が証明しているように、アメリカの覇権もいつの日か終わりを告げ、
ドル基軸通貨制度も終焉を迎えるときが来るであろう。
今回のFOMCによる「プリンティングマネー」の開始が、
その第一歩となった可能性を、否定できる者は誰もいないのだ。
http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=160&pageStart=40
http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=160&pageStart=60
国債バブル後にドル暴落

三橋貴明(作家、経済評論家)

プラザ合意に次ぐ衝撃
 2009年3月18日、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)は、
17日、18日の両日に開催したFOMC(連邦公開市場委員会)の会合において、
半年間で最大3000億ドルの米長期国債を購入することを決定した。
通常の買いオペレーション(金利調整を目的とした公開市場操作の1つ)
の枠から外れ、中央銀行が政府に財政支出用のマネーを積極的に提供する、
プリンティングマネーへと大きく踏み出したのである。

 FOMCの発表を受け、米国債の金利は3.01%から2.48%にまで急落した
(国債価格が上昇)。
FRBが米国債を買い取ることで、需給バランスが改善する(であろう)ことが
好感されたのである。

 同時に、米ドルインデックスは1970年の調査開始以来、
3番目に大きな下落幅になった。
分かりやすく書くと、ドルの価値が海外の各通貨に対して急落したのである。
ちなみに、米ドルのインデックス指数について1日の下落率を比較すると、
歴代のベストスリーは以下のとおりとなっている。

 1位 1973年2月13日 マイナス4.82%……第2次大戦後のブレトンウッズ体制が
   完全に崩壊し、ドル固定相場制度が終焉を迎えた日

 2位 1985年9月23日 マイナス3.48%……ニューヨークのプラザホテルで
   G5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)により大幅なドル引き下げが
   決定された日。いわゆるプラザ合意

 3位 2009年3月18日 マイナス2.69%……FOMCによる3000億ドルの米長期国債
   買い取り決定

 3月18日における1日のドルインデックス下落率は、ドル固定相場制の終焉、
そしてプラザ合意に次ぐものだったわけである。

 それが今後の世界に与える影響はきわめて大きい。
当然、日本の将来にも深く関わってくるので、
その背景とプロセスについて整理してみたい。

 そもそも今回の世界的な金融危機の根本的な原因は、アメリカ国民による
過剰消費にある。元来、アメリカ国民は日本人などに比べて消費好きであったが、
2001年以降の不動産バブルと、
それに伴うファイナンス技術(いわゆる金融工学)の発達により、
その性向に歯止めがかからない状況に陥ってしまった。

 史上空前の不動産バブルが弾けるまでの期間、
アメリカ国民は
ホームエクイティローン(住宅価格の値上がり分を新たに借り入れる)や
リファイナンス
(住宅ローンの借り換え時に借入総額を増やし、差額を現金で受け取る)などの
手法を駆使し、ひたすら消費につぎ込んだわけである。

 しかし不動産バブルは崩壊し、国内から巨額の需要が失われた。
アメリカ国民は、もはや借金で消費をすることが叶わなくなってしまったのだ。
それどころか、今後はこれまでの借金を返済していかなければならないほどに
落ちぶれたわけだ。

 借金とは、要するに将来所得の先取りである。
今後数年間の所得分を前倒しで消費してしまったアメリカでは、
前代未聞の需給ギャップ(需要不足)が生じている。
その額は、なんと1兆ドルを超えるともいわれる。1年間に100兆円もの需要が、
アメリカから消える可能性があるわけだ。

 この需給ギャップを放っておくと、
アメリカのGDPはマイナス8%を超えるところまで大きく落ち込んでしまう。
そのため米政府は財政支出を拡大することで、
このギャップを埋めようとしている。
アメリカ議会予算局によると、
09会計年度の財政赤字はGDPの13.1%の規模にまで膨らむ見込みだ。

 さて、財政支出の拡大だが、
具体的には政府が「何らかの手段」をもって資金を調達し、
市場に投入することで需要を作り出していくことになる。
何らかの手段とは、一般的には以下の3つになる。

 (1)増税

(2)国債(米国債)の発行

 (3)紙幣増刷(プリンティングマネー)

 当たり前だが、需要が急速に冷え込んでいる状況で、
まさか増税をするわけにはいかない。
となると、米国債の発行(=アメリカ政府の借金)により
マネーを調達することになるが、アメリカ国内には十分な貯蓄がない。
そのため、米政府は主に海外の中央銀行向けに国債を発行することで、
財政支出の財源を確保している。

 海外の中央銀行がなぜ米国債を買うのかといえば、
貿易黒字などが原因で自国の通貨高圧力が生じた際に、
各国の中央銀行が為替介入を行なった結果、
手元にドルが溜まっていくからである。
ドルをキャッシュのままもっていても仕方がないので、
米国債を買う、すなわちアメリカ政府に貸し付け、運用するわけだ。
かつての日本や、最近の中国などが典型である。

 逆の言い方をすると、各国の貿易黒字が激減すると、
通貨高圧力も生じず、中央銀行が為替介入をする必要がなくなる。
日本は2004年以降、為替介入を実施していないが、
最近貿易黒字が激減した中国さえも、介入の必要性が薄れてきているのである。

 また、中央銀行以外の投資家が米国債を購入する理由であるが、
基軸通貨ドルにより売買され、金利が支払われるがゆえに、
米国債は世界で最も流動性がある証券といわれているためだ。
それを証明するかのごとく、
米国債はAAA(トリプルA)という最高格付けを維持している。
http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=160&pageStart=0

国債バブル後にドル暴落はまだ続きます

ドル基軸通貨制度が終焉する日からです。
http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=160&pageStart=40
前記事
実は深刻中国経済 1 中国の最悪の輸出品
登録失業率という謎
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/folder/1000199.html

実は深刻中国経済 2 中国の最悪の輸出品
実質GDP成長率の謎
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/17724966.html

実は深刻中国経済 3 中国の最悪の輸出品
発表一つで変動(増加)するGDP
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/17778213.html

実は深刻中国経済 4 中国の最悪の輸出品
資本主義経済のルール
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/folder/1000199.html

三橋貴明(作家・経済評論家)

メディアの使命
 日系企業の中国進出の例を見るまでもなく、
企業や家計に海外投資を推奨するマスメディアは、
自分たちの使命と責任を改めて自覚するべき時期だろう。 

 新聞社やテレビの使命は、
中国共産党のいい加減な数値情報をそのまま垂れ流し、
無責任な投資を煽ることではないはずだ。
マスメディアの本来の使命は、
日本国民や日本企業に「有益」な情報を提供することである。
それが果たされてこそ、
マスメディアは初めて「社会の公器」を名乗ることができるはずだ。 

 自らの政治的意図を実現するため、あるいは中国共産党の手先となり、
無責任な報道を繰り返す現在のマスメディアが、
本当に「社会の公器」の名に値するだろうか。
実際に日本国民にアンケート調査を行ったら、
恐らく十人中九人は「No!」と回答するのではないだろうか。

 中国経済に関するマスメディアのあからさまな情報操作は、
もちろん数値データの報道の枠にはとどまらない。 

 例えば、『日本経済新聞』は09年2月21日の朝刊において、
「シャープ、液晶パネルを中国で生産 現地企業と提携」 
 なる見出しで、シャープの上海広電集団との提携のニュースを伝えた。 

 報道記事の中で、日経はシャープが
「亀山第1工場の設備を売却し、委託生産」
「合弁会社を設立し、共同生産」の2案を軸に
上海側と交渉中であると書いている。
ご存じ、亀山工場とは「亀山モデル」でもおなじみの、
シャープの、いや日本の液晶テレビ業界を象徴する、極めて有名な工場である。

 この記事を読んだ筆者は、思わず、 
「ええ!? シャープが『あの亀山工場』を中国に売却するのか!」
 という感想を抱いたものだ。 
 断言しておくが、この日の日経朝刊の1面を目にした日本人の多くが、
筆者と同じ感想を抱いたはずである。 

 実際には、シャープは別に亀山工場の売却を検討していたわけではない。 

 現在の亀山工場の主力液晶は第8世代と呼称されるものであるが、
2010年春には最新の第10世代液晶生産が堺の工場で始まる。
そのため、亀山に残されていた旧世代の生産ライン(第6世代)が不要になり、
設備を中国に売り払おうとしていただけなのだ。
しかし、筆者はたまたま知っていたが、
一般の人に液晶の世代がなにを意味しているかなど、見当がつくとは思えない。 

 しかも、別に日経は記事の中で、
きちんと液晶の世代について解説をしているわけではないのである。
故意なのか、それとも単に気がつかなかっただけなのか。
いずれにしても、日経のこの手の記事は読者に誤解を与え、
投資判断を誤らせる可能性があるミスリードと言われても、
言い訳のしようがないと思う。 

 日本にとって、中国経済の問題とは、
そのかなりの部分が国内マスメディアの問題と重なる。
もしも日本国内の新聞やテレビが自ら「社会の公器」を名乗るのであれば、
自分たちの使命を改めて問い直してほしいと思う。 

 中国共産党が発表する数値データを、記事にするなとは言わない。
しかし、自らの影響力の大きさを思えば、
せめてコンサバティブな報道姿勢を維持することが、
分別ある「社会の公器」のやり方というものではないだろうか。 

 特に、現在は海外のメディアやファンドが、
まるで砂糖に群がる蟻の集団のごとく、
中国に人為的なバブルを創り出すべくトライしている状況なのである。 

 せめて日本のメディアだけでも、すでに一度、
日本の企業や家計に大きな迷惑を掛けたこともあるのだから、
今回ばかりは冷静な報道を心がけてもらいたいものだ。
 一人の日本人として、筆者は心の底からそう願っている。
三橋貴明(みつはしたかあき)作家、経済評論家

1994年首都大学東京(旧東京都立大学)卒業。
外資系コンサルティング会社などに勤務後、中小企業診断士資格取得。
通信業界に対し、企業の財務分析に基づく
提案型コンサルティングを推進する一方、国民経済計算、
国際収支など国家の経済指標にその手法を応用、各国の経済分析に従事。
著作に『崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、
『トンデモ! 韓国経済入門』(PHP研究所)などがある。
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実は深刻中国経済 1 中国の最悪の輸出品
登録失業率という謎
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実は深刻中国経済 2 中国の最悪の輸出品
実質GDP成長率の謎
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/17724966.html

実は深刻中国経済 3 中国の最悪の輸出品
発表一つで変動(増加)するGDP
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/17778213.html

三橋貴明(作家・経済評論家)

資本主義経済のルール
 資本主義世界へのアクセスが可能になったということは、
中国が旧西側先進国などから「投資」「技術」「需要(市場)」を
獲得することができるということを意味している。
1990年代末期以降の中国の経済成長は、
まさにこの3アイテムを海外から入手することによって成し遂げられたのだ。

 そして、資本主義社会において他者に投資や技術を依存する以上、
正確な情報の提供は絶対的な義務である。
他者に正しい情報を提供しない者は、資本主義国でビジネスをする資格はないのだ。 

 我々一般の日本国民が企業に投資する際は、
その企業の有価証券報告書などに記載された財務情報などを参考に、
なんらかの判断を行う。 

 投資をした後で、企業が公表していた情報に虚偽があったことが判明すると、
これは洒落にならない。特に、上場企業において有価証券報告書の虚偽記載などが
発覚した場合、「大変だ」では済まない問題に発展する。 

 有価証券報告書の虚偽記載は、金融商品取引法違反という立派な犯罪なのである。
罰金刑のみならず、
企業経営者が懲役刑の判決を受ける可能性があるほどの重罪なのだ。 

 日本の場合は最長でも懲役五年で済むが、これがアメリカの場合、
下手をすると数十年もの懲役を喰らう可能性さえあるのである。
これほどまでに、資本主義国は「正しい情報の提供」を重要視しているわけだ。 

 中国の場合、「投資、技術、需要への自由なアクセス」という
資本主義経済の良い面と、「不正確な情報」という共産主義の悪い面を
組み合わせたシステムになっているのが、最大の問題なのである。
中国が竹のカーテンで周囲を覆われた孤立した共産主義国として
やっていくのであればともかく、資本主義国とさまざまな取引を行う以上、
正確な情報提供は最低限守らなければならない義務なのだ。 

 元来、日本のマスメディアは、中国が正しい情報を公表することを
強く求めていくべき立場にあるはずだ。
残念ながら、今のところその兆候はまったく見られない。
中国に投資をしようとしている日本人が、 

「中国の失業率4.3%! 経済成長率は対前年同期比で6.1%!」

 という情報を受け取る場合と、 

「中国の失業率9.4%! 経済成長率は対前期比でゼロ%!」

 を受け取る場合とでは、ほとんどまったく別の国を相手にするほどに、
投資判断が変わってしまうはずである。 

 間違った情報が掲載された新聞記事により、
投資をした日本人が大金を損してしまった場合、果たしてマスメディアは
なんらかの責任を取るのだろうか(取りはしないのだが)。
責任を取らないというのであれば、せめてコンサバティブ(保守的)な
数字を報道するように心がけてもらいたいものだ。 

 なにしろ、中国が「輸出」する数字には、
地方の共産党官僚や中共中央政府の思惑までをも超えて無茶苦茶なものが結構ある。
ちなみに、筆者が最も仰天したのは、
中国のPPP(購買力平価)ベースのGDPが、
2007年12月17日に世界銀行により唐突に4割も下方修正された件である。

 元々、筆者はPPPベースのGDPに重きを置いていない。
なぜならば、PPPベースのGDPとは、あくまで、
「物やサービスの価格は通貨の購買力を示し、取引が自由に行える市場では、
同一商品の価格は一つに決まる」 
という、いまいち信用が置けない購買力平価ベースで
「計算」されて弾き出されたGDPだからである。

 例えば、通常の為替ベースのGDPが1兆ドルのA国と、
 同じく為替ベースのGDPが5000億ドルのB国があったとする。

為替ベースで見ると、A国はB国の2倍の経済規模を持っているわけである。

 ここで、両国の購買力平価を算出するために、タクシー料金に注目したとしよう。
A国のタクシーが5Km走った場合、料金は1000円とする。
ところが、未だ発展途上国であるB国は、
出稼ぎ労働者を「はした金」でこき使うことができるため、
タクシーの料金が極端に安いとしよう。

 例えば、B国のタクシーは5Kmをわずか100円で走ってしまうと仮定するわけだ。
この場合、B国の購買力は「A国の10倍」と計算されてしまうのである。
結果的に、B国のPPPベースのGDPは5兆ドルと計算され、
一気にA国の経済規模を抜き去るどころか、
5倍も経済規模が大きいと判断されてしまうわけだ。

 こんな異常な前提に基づき計算されたPPPベースのGDPであるが、
読者がこれを信じたいというのであれば、特に止める気はない。
問題なのは、中国がこの「PPPベースGDP」の算出条件さえ、
長年にわたり誤った数値を提供し続けていたという事実である。

 PPPベースのGDPは、「同じ物」や「同じサービス」を安く買えれば買えるほど、
その国にとって有利になる。すなわち、その国の「購買力」が高いと評価され、
PPPベースのGDPが跳ね上がるのである。

 2007年12月下旬。世界銀行が正しい購買力平価を基に算出した結果、
中国のPPPベースのGDPが、それまでの規模よりも40%も小さくなるという
衝撃の事実を明らかにした。
中国は購買力平価計算時に、なんと1986年の物価水準を申告し続け、
世銀の物価調査にも応じようとしなかったのである。

 1986年と言えば、2007年から見ても20年以上も昔になる。20年間もの長きに渡り、
中国は世銀の物価調査に応じなかったわけだ。結果的に、
世銀は20年前の物価水準で同国の購買力平価を測るしかなかったのである。
すなわち、1986年から07年までの中国のPPPベースGDPは、
20年間物価がまったく変動していないという、あり得ない前提で計算され、
公表され続けてきたことになる。

 07年に至り、ようやく中国が世銀の物価動向の調査に同意し、
同国の購買力が引き下げられた(物価上昇により)。
結果、中国のPPPベースGDPは一瞬で四割も縮小してしまったわけだ。

 ここまでくると、あまりのバカバカしさに、もはや笑うしかない。 

 繰り返しになるが、正しい情報を出していない中国には、本来、
資本主義世界に経済的なアクセスをする資格がない。
資本主義経済でビジネスを行う者は、
投資家などに正しい情報を提供しなければならない。

これが資本主義の鉄則だ。 

 しかし、現実問題として中国はこのルールにまったく従っていない。
ドイツのメルケル首相がいみじくも言ったように、 

「我々にはルールに従わない中国のような競争相手がいる」 

 のである。 

 各主要国が中国に対して資本主義のルールに従うよう、
圧力を掛けるのは当然だ。
同時に日本のマスメディアも、中国の「最悪の輸出品」を取り扱う際には、
細心の注意を払う必要があると考える。
マスメディアの誤った情報、あるいは「不正確」な情報により、
日本の個人投資家や日系企業が中国に過度に投資してしまい、
大損害を被っているケースが現実に頻発しているのだ。 

 正しい情報に基づかず、無闇に中国に企業が投資した結果、
果たしてどうなったか。 
 それを露骨なまでに教えてくれるのが、現在、
日本国内で「中国撤退セミナー」が盛況になっているという物悲しい現実である。 

 今日、中国にはおよそ2万社の日本企業が進出していると言われている。
もちろんその中心となっているのは製造業だ。

 サブプライム危機の深刻化に伴い、
中国からの撤退を検討する日系企業が増えているが、
同国からの撤退は、これがなかなか一筋縄ではいかないのである。 
例えば、当初の契約期間が終了する前に撤退を決断した場合、
工場敷地を提供した地元政府へ多額の違約金を支払わねばならないケースがある。
特に、免税などの優遇措置を受けていた場合、進出時にまで遡って、
免除された分の税金の支払いを求められる場合さえあるという。 

 また、撤収時には現地の中国人労働者を解雇することになるが、
これまた想像を絶するような苦労を強いられる。
労働組合との交渉や当局との手続きで、
莫大な費用と時間が必要になることも少なくない。
ひどいときには、怒り狂った中国人労働者から、
現地の日本人経営者が暴行を受けるケースもあるというから、
真実、洒落にならない。 

 いかにも中国人らしいと言えるが、日本から進出しようとした際には、
もみ手で大歓迎し、いざ撤退しようとしたときは、
いきなり鬼の形相に変わるわけだ。 

 中国撤退セミナーでは、弁護士などが、 
「撤退時はトラブルを回避するために、
事業清算よりも同業者への譲渡で検討してほしい」 
 とレクチャーしているそうだが、中国系同業者へ事業譲渡をさせられた場合、
これはもはや、わざわざ自社の競合相手を創り出してあげたようなものである。
今後は、元々は自社の事業を基盤としている上に、
人件費が10分の1以下の中国系企業と競合していかねばならないわけで、
まさしく踏んだりけったりの状況になりかねない。

 中国からの撤退を決断したある日系企業は、
工場に設置した設備などを持ち帰ることを許されず、
仕方なく全設備を「爆破」した上で引き揚げたそうである。
現地に設備を残し、
自社にとっての手ごわい競合になられるよりはマシであると判断したのだろう。 

 日本企業の多くは、『日本経済新聞』などのマスメディアに煽られ、
中国へ海を渡っていったわけだ。
散々に中国進出を煽った新聞社はなんの責任も問われず、
現地で苦労した日系企業のみが損害を被っているわけであるから、
やりきれない思いを覚えるのは筆者だけではあるまい。 
http://voiceplus-php.jp/web_serialization/china_economy/001/index04.html

「実は深刻中国経済 中国の最悪の輸出品」は、まだ続きます

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