|
少し慌ただしい節の変わり目からのスタートとなりました。
日本の価値観も今年から徐々に変化の風潮を見せ
新しい社会環境が始まります。
最近目につくのが、東京の田舎化です
過去はビジネスの最先端であったり、最新情報を発信する基地であったりと
それなりの活躍はしておりましたが、近頃はそういった
価値も薄れ、官庁があるだけの街のようになってきました。
逆に地方のほうが個性を強調するようになり
面白みを醸し出したりしております
通信手段や交通手段も数段に進化した現代にあっては
東京という街の価値があまり感じられなくなってきました。
後、数年もすると東京圏がもっとも流行に後れた村のようになるのでは
ないかと感じるこの頃です。
今後、日本の社会においてどれだけ日本の価値を継承出来るかという
点が重要になってくるでしょう
日本が高度成長のさなか、日本には沢山のプロフェッショナルがいました。
自分の個性や強みを生かし、商品の企画や開発を行った結果
「日本製」という製品は「安い」と云うことが価値ではなく
「品質がいい」と云うことが評価された点でしょう
そういったハイクオリティは徐々に薄れ、その薄れた方向に向けたのも
日本人自らでした。
日本人には「もったいない」という精神があると海外がほめていると
勘違いをして知識をすり込まれている方が多いのですが
海外の商品にも沢山、耐久性に優れた革製品や衣類、時計など、修理ができ
長年愛用出来るブランドは沢山あり、日本の物だけが良いと勘違いしている事が
今現在の「日本製」の製品の劣化に伴ってるのではないでしょうか
日本に現在ならば、「修理するより買った方が安いですよ」と云われる事が
多くなり、日本人は価値のない物に包まれた社会環境を自らが作り
現在、景気低迷で自ら落ちてしまいました。
現在であれば、インターネットや宅配と小売店を利用しなくても
必要な物が探しやすく、購入しやすい時代になりました。
今の内にそういったハイクオリティな日本製品に若い世代の人たちが
触れておくことは、これから日本の産業を支えていく方達にとって
大変重要なことと思います。何故今かというとどんな品物にしても
そういった感性をもつ制作者達は大変高齢になり、その技がなくなって
云っているからです。
次の世代の団塊の世代は高度成長の時代ですから「浪費と消費」の区別を
しなくなった世代で物があれば良く、お金と物のやり取りだけが
繰り返された社会でした。その時代から徐々に「技」と云われる物を
疎ましく思う人が多くなり、それとともに物の品質も落ちていった
といっても言い過ぎではないでしょう。
その当時の広告代理店の多くは消費者に「いかに物を捨てさせ、購入させるか」に
重きを置いた社会観を生み出すことに必死だったと聞いたことがあります。
私事ですが、知人の中国の方が日本に来て買い物を使用とした時に
「日本製」という物が見つからなくて、がっかりしておられた記憶があります。
「海外の人は「日本製」はいい物と思っているのだな」っとよく感じますが
今の日本の技術緑でどれぐらいそんな物が作れるのだろうかと思います。
|