陰陽五行術。。総論。。(・_・)

東洋学思想の中核である陰陽五行論についてです。思想優先でややこしくてすいません。

修養

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

イメージ 1

引き続き大きな地震が各地を襲いました。
日本人も地震にはそれなりに認識のあった民族だったのでしょうが
やはり、阪神大震災が記憶に新しく衝撃も大きかったのでは無いでしょうか。
その前後も日本列島は度重なり地震の被害が出ました。
自然の力という物は本当に人知を超える恐ろしい力です。

本来であればそういった天災については
その地域事に水害、地震、風災などを神仏化して
言い伝えのように受け継がれてきたものも多くあり
昔の人の方が現代人より、そういった内容を素直に受け継いでいた
事も多かったのではないでしょうか。
少し、行き過ぎの祭事になってるように感じる事もありますが
それは目に見えない物への何かしらの畏敬の念をもち
生活空間での共有の暗黙の規則、掟のような物をだったのかもしれません。

現代は科学や法律論が人の行動の指針とされ
誰もがわかりやすくなったものもあれば、その事により
精神の充実に歯止めをかける空間にしてしまっているのかもしれません。
世の中には物質的な物と精神的な現象とがありますが
人は目で見えることに大変影響されやすいので、近頃はそういった事を
逆手に取り、錯覚させて人を騙すような事も多く見うけられます。

「色即是空」「空即是色」

現代人は想像以上に物のことばかりを社会の中で
重要視しするようになったのではないでしょうか
人の世は「思う」ところから始まり
感性が充実し「物」へ変換されて、やがて「無」に帰るという
当たり前のことすら忘れる空間で人生を過ごし
苦しみ、憎しみ、悲しみを増幅させているように思います。

身体で感じる天災もありますが、精神の世界では
ここ暫くずっと天災が続いているように思います。
社会は人の心が作り出していく物でしょうから
様々な原因の発端は人にあるのでしょう。

秋土用の影響も過ぎ去ろうし
最後の冬土用を待つのみとなりました。
変革の意味の強い今年は土用年
運気に流されるように社会の流れが変わっていきます。

「何となく」と思う心が重なりあった時に
大きな変化をもたらすわけですが
人の心に「何となく」が重なっただけでは
動く事は少なく「天の時」の後ろからの一押しが必要です。

人が一番「何となく」と思っているところに「信義」があります
これは「嘘のない縁起による動作」ということです
「大義名分」のことですが、これは「理由」であり「言い訳」でもあります。
「筋」が通っているだけではなく、誠意があれば「大義名分」ですが
誠意がなければ「言い訳」と人は感じてしまい「筋」が通るだけでは
なく、誠意が必要なわけです。

大義名分は行動する本人と影響を受ける人々と二つに分かれるのですが
「誠意」がなければなりません
通常、人はどうしても自分贔屓にしてしまいますから
なかなか難しい行いという事になります。
受け取る側も近頃は感謝する気持ちを忘れ、図々しい事が
良い事のように思う偏りの価値観があります。

今年は「信」の年と申しておりましたが
私たちに対し「天」からは本当の「誠意ある姿」を問いかけているのでしょう。

人は基本的に誰しもが自分贔屓である事は仕方ないのですが
現在は行き過ぎているという事を「天」は運気により
示しています。
釈尊の説く「中道」も「他利益」と「自己利益」のバランスのとれた
位置に立つ事が物事の正しい見方と云えますし
ただ、自己犠牲ばかり行う人がいるとしたならば
それも又、行き過ぎた状態と云えます。

今年の運気が「変革」を求めたのは「政治」「宗教」「医療福祉」です
「政治」は人で云う「意志」にあたり、宗教は「誠意」
医療福祉は「行い」です。
実際、この分野は人の一番弱い部分を補うはずなのですが
現在は携わる人のタイプが変わったのか
誰かが云うような「愛」という物が感じることが少なくなった
分野でもあり、社会観においては経済的にも大変な利権が絡んでしまいました
多くの人は「大義名分」の中の「誠意」を信じ、黙認をしているのですが
そろそろこの辺りも「何となく」と人々が思い出している節があります

人は「思う」事から始まります。
良い「思い」になるような社会になってもらいたいですね。

日本の社会は今変わろうとしています
人は自分の経験した事を核として唯識を持ちます
個々の意識は世代の集団となり、集団の唯識を持ちます

現在、日本の歴史上あった戦争の戦前、戦中に生まれた世代が
お亡くなりになっていかれる時代となりました
戦中、戦前生まれの方々は戦争の苦しみから逃れるように
日本の社会を豊かにする事に尽力され、自由を社会に
生み出しました。その中で現在話題の団塊の世代の方々は
日々向上の社会空間の中で生き、貧しくとも何とか
食べて行ける社会性が時代にありました。
その恩恵のある時代は団塊の世代の子供達の時代には
ほとんど消費され尽くされており、天運の恩恵が受けることが
出来ません
ジュニアの時代の唯識は冷めた目線で社会を見ており
更に団塊の世代が規格化した社会構造の中で生きる
動物園の動物のように本来の人としての動物観が薄いところがあります
ただ、人の体内に受け継がれた本能は今こそ構造を変えなくては
人間社会が地球環境とそぐわなくなることを感じ取っているのでしょう
団塊の世代とそのジュニアには視点のずれが生じています
闇雲に崩せば良いのでは無く、精査が必要となるのでしょうが
日本人には昔より大切に守ってきた、仏の教えがあります
仏の教えは宗教的な要素以上に生活に溶け込み
争いがあっても「和」に導き、悲しみがあっても「和」に向くように
生活の所々に教訓として身につけています
その「和」を尊ぶ気持ちを持ち続けていれば
きっと日本の社会も良い方向に導き出されるのでは
無いでしょうか。

水局の時期も終わりを告げ
反して勢いを増してきた火局
日本人は明るさを求めているようです。
火局は土用の力を増す作用があるためか
結局は世の中が不信なのだろう

人は智を得ることで聡明になります
しかし、現代人の「智」は「知」であり
知っている事で理解しているわけではありません

その為、知で理論武装を行い自ら閉鎖的になっています。
自らその「知」を制御できないため土用の力を欲しているのでしょう
土用を呼び込むためには宗教心が必要で
これは決して一つの宗教団体に属す意味ではなく
自分の信念を持つことが大切ということです。

自分が他人を欺かない自信のある心が信念であり
単に呪文をとなえ、神仏を拝むことではありません。
自分がどういう事を包み隠さず正直に他人に伝えられるか
ということが自信となり土用の力を引き出す要因になります。

気候も地脈も安定期から活動期に移行したようで
地上に住む人間にとっては大変な時代になってまいりました
更に国内では何とも云えない人災が多く感じられ
人という生き物が長い歴史で何を着地点としているのか
そういう物を探し忘れてしまったのか
心ない出来事は宗教心も薄れてしまった日本にあっては
どうでもいい事になってしまったようです
「宗教」といえばどの宗教が・・・・と身内びいき
の対抗意識ばかりになり、なかなか素直な議論が出来ないのですが
自然のことを考えてみたり、思想的な思いを巡らしたり
悲しい事、辛い事があれば急に思いにふけたり
ネガティブな事になると人は傷心的になると
日頃、非現実と呼ばれるものに興味を持つ事が多いようです
そういった時に感じる気持ちを又現実の社会であらわそうとし
様々な儀式を生み出しました
日本では「まつり」といわれるものです
それは心の奥底からこみ上げる「陰気」の緩和に役立て
又、ストレスの発散口でもあります
まつりの中には本来精神論があるのですが
現代人は宗教の修養心は持たず、儀式ばかりを重宝がる
儀式好きの民族になってしまったようです
現在のような不安感情の強い時代にさらに不安を煽り
儀式の押し売りをする文化も生んでしまいました
生きている事があっての宗教の価値なのに
死んだ後の事や霊的な事が中心に話されるようになっているようです
「命の重さ」という言葉がよく出ていますが
「重さ」という言葉もいいですが「価値」の方が
現代人には理解されるのではないでしょうか

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事