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言葉は声音の組み合わせを駆使し、動物の中でもっとも
優れた組み合わせで同種族と情報の交換が出来る人間特有の会話
鳥や動物たちも鳴き声で様々な伝達をているようですが
人間ほど詳細に声を使い情報交換できる生き物はいないでしょう
通常会話で使われる言葉は単語など意味を理解して
やり取りされている事がほとんどですが
一部の地域では意味を知らず声を発する場合があります
地域というのではなく、一部の認識者という方が良いのかも
知れませんが特に宗教に絡んだ事で多く使われます
「言霊」「呪文」「真言」など意味もわからず人は口にしています
ある専門家や特定の人はその意味を知っていたり、理解をしていますが
大多数はそれが本来は何なのかというところまでは気にせず
使われていることが多いものです
お経などもその傾向の強い分野で僧侶などは当然専門家ですから
自分の宗派が使う教典などは理解しているはずなのですが
一般の信者に至っては音として読み上げている場合が多く
これはほとんど「呪文」のようになっています
お経というのは本来はインドから中国に渡る際
漢文に翻訳された後、更に日本が輸入する際に活躍した遣隋使、遣唐使は
中国の言葉に精通している者や僧侶などが多かったようで
あえて日本語に翻訳する必要性が無い為そのままの漢文形式で
今日に至ったようです
中国でも同じように玄奘三蔵や鳩摩羅什三蔵などは博学者でしたから
インドの言葉を理解し中国に持ち帰ったようですが「真言」に関しては
「音」を重視しています
どちらの国にしても当時の一般人は自国の文字すら書く者は少なかったので
あまり必要性が無かったのでしょう
何故か結局はそのままの状態で現在に至り、相変わらず呪文のように
読み上げているのがお経という事になります
現在は本屋に行けばお経を現代語句にした本もありますが
今更日本語で読み上げても有り難みがないのか
神秘性が薄まるのかこのまま未来まで続きそうです
最近はややオカルト的な物に興味のある時代
よく「梵字」や「古代文字」「象形文字」
そして「音」だけ口にする「呪文」のようなものが流行っているようですね
一時のおもしろさで興味がわく事はよくあることですから
それはいいとしても、「声」や「音」のはある一定の心理状態に
より人は催眠状態になる場合があります
気をつけなくてはいけませんね
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