ホリデー西ケ丘 Vol.123

宇都宮西ケ丘病院文芸同好会活動
■ほぼ隔週(日曜日予定)■
半月刊UTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.123
(このマガジンは多くのサポーターによって、
    細く長くをモットーに制作されています)


●夜明けのアヒル(編集部)
かつて日産の救世主として登場したカルロスゴーンさんの凋落はあまりにドラマチックです。ことの真偽はこれから問われるわけですが、それにしても人の欲望は際限のないものなのだなと素直な感想を抱くしかありません。どれほどお金はあっても満足できないものなのだと。

実際1億円宝くじに当たったとして、さてそれをどう扱ったらいいのかと考えを巡らしても何も浮かんでこないのが庶民の想像力です。全く無縁の代物、なんでも手に入る「打ち出の小槌」を手に入れたら最初に何を出したいですかと聞かれても即答できる人はあまりいないません、考えるほど混乱するに決まっています。

「たった一つだけあなたの望みを叶えてあげよう」と魔法のランプから出てきた妖精が言ったとして、「たった一つ」というのがなかなか錬られた問いになっています。「たった一つなら、なんでも叶えられるランプが一つ欲しい」というのが正解らしいのですが、いずれにせよそんなものはどこにもありません。お金だけが魔法の化身なのでしょうか。


ーーーーーーーーCONTENTSーーーーーーーー

1、柔(やわら)道
 「サンボ(1)」
  押忍!あやかわ

2、私も一言
 「自由なコスチューム?」
  カーマイン神山

3、私も一言
 「宇都宮ビッグプロジェクト」
  ドッグラン五月女

4、シネマフリーク
 「Summer of ’42  思い出の夏」
  シネマ二郎

5、ボルダリングレポート
 「挑戦者たち」
  炭酸まぐねしゅうむ

6、私も一言
 「温泉巡り スパリゾートハワイ」
  春夏秋冬

7、音楽の話
 「ジャズボーカルセミナー参加」
  アンサンブルYOSI

8、シネマフリーク
 「スティーブジョブズ」
  六花ビリー

9、ラーメンバトンタッチ
 「白河ラーメン 2代目」
  麺麺太郎

10、時計仕掛けのりんご
 「助けを求める電話」
  鈴木義延


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1、柔(やわら)道
 「サンボ(1)」
  押忍!あやかわ


大相撲で「栃ノ心関」をはじめとして、多国籍の力士が活躍するようになり久しくなりました。本日はその栃ノ心関が相撲入門前に、欧州でチャンピオンとなった「サンボ」という格闘技についてお話ししたいと思います。

サンボ(CAMBO)とはかつてのソビエト連邦で誕生、開発された格闘技であり、「武器を持たない自己防衛術」の意で、広義では護身術のことを意味します。
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サンボの創始者は二人いると言われています。一人は帝政ロシア時代にさはりにょリシン学生として日本に渡り、講道館において嘉納治五郎のもとで柔道を学んだワシリーオシエプコプ。彼は1930年代にソ連各地で柔道普及活動を行いましたが、スターリンよりスパイ嫌疑をかけられ獄中死しました。

もう一人はロシア軍人であったブクトルスピリドノフが、ボクシングと柔術をもとに編み出した格闘技です。彼がこの格闘技にサンボという名称を与えました。第一次大戦の塹壕戦において、白兵格闘技の重要性に気づいたソ連軍に、軍隊格闘術としてサンボは採用されました。

また、1938年に、先のソ連に柔道を普及させたワシリーオシエコフの弟子であるアナトリーアルカデイエビッチハルランピエフが、「ソ連式フリースタイルレスリング」の創設を発表しますが、その実はオシエンコプ式の柔道でした。オシエンコプ式柔道とスピリドノフのサンボは当時のソ連において対立関係位あったのですが、国家統合のスポーツを必要としていたソ連は、「フリースタイルレスリング」を認可しました。

その後軍隊式サンボの要素も取り入れられた「ソ連式フリースタイルレスリング」は、第二次大戦後の1947年に「サンボ」と改称され、これが広く定着することとなります(つづく)。


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2、私も一言
 「自由なコスチューム?」
  カーマイン神山

最近街で変わったコスチューム、つまり衣服をまとった人を見かけたんです。セーラー服に三つ編みを結った人。でもそれはかなり「おじさん!」の姿だったんです。なんだか見てはいけないものを見てしまったような驚きがあったんです。そしてそれから約ひと月くらい後に、また街中で今度は別な、おそらく「おじいさん」と呼んだ方がいいような男性が、ヒラヒラの、お姫様が着るような服で歩いているんです。そのままコンビニに入って買い物をしたりして。

最初にこのような自由な服装の方々を見た驚きとは別に、今度はもっと別な意味で驚いたんです。これっていまそれほど「変!」なことではないのかしらと。
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「女装パフォーマー」という肩書きの芸能人の方もいますし、実際随分多くのそれらしき人たち、「オネエ」と呼ばれることを誇らしく思う人たちがメディアには頻繁に登場していますから、それなりの市民権は獲得していると思います。けれど、それにしても、世の中の常識が、次第に私の知らないうちに別なものになっているのかもしれないと思うと、ちょっと落ち着かないものを感じたんです。

偏見ではないんですよ。性のあり方も単純ではないことはわかっているのですけど、それにしても「かわいい女装おじいさん」が普段の街中で散見されるようになるとは思ってもいませんでした。これは密かなトレンドなのでしょうか。それとも想像以上にメジャーなトレンドなのでしょうか。言葉を失ってしまうのです。

今ではコスプレは休日の人ごみでそれほど違和感もありませんから、時代が変わってきているのでしょうね。私がそろそろ古くなってきている?


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3、私も一言
 「宇都宮ビッグプロジェクト」
  ドッグラン五月女

2022年の国体開催に合わせて、宇都宮総合グランドの開発が急ピッチで進められています。報道カメラに映ったその姿は、ビッグプロジェクトというにふさわしいスケールの建造物となっています。そして同じ年に、宇都宮市はLRTという新たな交通システムをこの街の中心に敷設することとなり、街の人の流れやイメージが大きく質的転換を迎えようとしています。
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様々な思惑でそれらのプロジェクトはグイグイと街のイメージを引っ張っており、それはそのまま市民の希望を具現化する試みでもあることでしょう。それらの仕事がいい未来をかたち作る基盤になってゆくことを祈るばかりです。不透明な時代に「希望」は必要です。しかし建造物ばかりではなくソフト、人と人が作り出すネットワークの進化をこそ見たり聞いたり体験してみたいです。

久しぶりに宇都宮市中心街のオリオン通りを歩いてみましたが、夕方時間ということもあって、オリオン通りに昔あった物売り系のお店はほとんど見かけなくなり、当然流通網が発達した郊外の大型店に駆逐されシャッター街となった経緯があります。とりあえず現在は人の賑わいを醸し出す飲食店ラッシュとなっているようで、風景は一変してしまいました。もともとオリオン通りは地価の高さで出店できる企業は限られていたので、税制上の優遇措置や活動補助のシステムが機能した結果の姿だと想像されます。街の姿も大きな節目を迎えた平成という時代でした。


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4、シネマフリーク
 「Summer of ’42  思い出の夏」
  シネマ二郎

この作品が発表された1970年当時、ちょうどハタチになったばかりの私は知人が「いやーよかったよ」と太鼓判をそすこの作品があまり好きになれず、その後も何が彼と私の感性の違いなのかがわからなかったのです。

物語というのは、まずアメリカ海沿いの田舎町、そこに若い夫婦が移って来ました。まだ新婚の二人は仲睦まじく常に指を絡め合っているような熱々な時期なのです。近所に住む10代半ばの少年は、その若奥様の美しさに魅入られ、事あるごとにその姿を目で追ってしまうようになりました。

そのうちその旦那様は兵士として戦争に行ってしまいます。太平洋戦争でしょう。その間一人寂しく暮らす生活に、近所のその少年が入り込んでゆきます。さりげない日常の交流です。少年の憧れは強まるばかり。そんな穏やかな日々が続くある夏の日、その女性の夫の戦死の知らせが。

異変を知ったその少年は打ちひしがれる美しいその女性の傍にいて、そして気がつけば一夜を共にした後、その女性はどこかに去って行ってしまいました。「夏の思い出」、彼の目にはその美しい女性との交流と姿が焼き付いて、その束の間の時を繰り返し脳裏に呼び出しながら感傷に浸るのでした。
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確かにこの作品で登場したヒロイン、ジェニファーオニールさんはとても魅力的な美しい女性です。誰でも男性は好きにならずにいられません。それを近所の少年が、タイムリーにゲットするなんて、なんだか「男の願望」をそのまま絵にしたような、物語にしただけのようで、ひねりも何にもなくどうも消化不良の印象になってしまいました。

当時の私はもっと社会性の強い題材が好みだったので(例えばアメリカンニューシネマ群)、かなり物足りなさを感じていたのです。

でも、それでもその映像の中の彼女やそのシンプルなエピソードは、ずっとその後何十年も意識の中で治り悪く存在し続けているのです。最近ネットでダイジェストを見ることができ、改めて複雑な感想が蘇ったのです。

*後日談として、この原作を描いた作者は、これは自分の実体験だったことをかなりな年数が経ったのちに明かしました。それが最近になって、そこで描かれている女性は私だったと名乗りでた高齢の女性がおり、メール上でのみの当時の少年との再会を果たしたそうです。全くネット社会は油断ができません。時効というものはないようです。


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5、ボルダリングレポート
 「挑戦者たち」
  炭酸まぐねしゅうむ


おいらが働いているこの職場には、ボルダリング趣味の人がおいら以外にも何人かいるんだ。その先頭を走っているのが前回「クライマーズYチーム」として登山レポートを書いてくれたBUNBUNさん。クライミングジム「ゼロ」を拠点に活動するこの方は何と言っても初段という上級者なので、おいらとは全く住む世界が違っている。あまり一緒に行くことはない。

そのほかにもクライミングジム「ロッキン」をテリトリーにする上級者アッキーさんがおり、今はやや足が遠のいたというのが「サンカルチャーセンター」を拠点にしていた1級ボルダー吉澤氏、また転職してしまった人の中にも上級クライマーがいたということさ。おいらは宇都宮市内の「フラッシュ」というクライミングジムを拠点にトレーニングしている。
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そんな折、一緒に仕事をしている「ジャッカル山(女性)」と、「ごっつ戸崎(中年男性)」の二人が、冷やかし半分で二度ほど一緒にボルダリングを味わうことになった。「ゼロ」と「フラッシュ」でそれぞれ入門トライアルをしてみたんだ。二人ともガンガン攻めるのですぐにそこそこの形になり、大いに盛り上がったのさ、ただ今後も続けるかは全く白紙状態。それぞれ向き不向きがあるからね。

実際この競技は、仲間とワイワイやりながらやる分には楽しいものさ。若者たちは常に数人の仲間を集めてジムにやってくる。恋人同士で来たりもしている。ただ必要な筋力やムーブを身につけるには、地味な基礎トレが欠かせない。そのためには一人で黙々と長く地味なアプローチを繰り返す必要が出てくるのさ。

たった一人のトレーニング、うまくいっても誰も褒めてくれないし誰も励ましてはくれない。失敗しても誰も同情しないし、いちいち「残念だったね」などと声をかけてくれることもない。自分で考え自分で試み、自分で弱点を探し出して自分でそれを解決する道を探す。他者にアドバイスをもらうことはあっても、本当のところ自分以外に自分のことに興味を持ってくれる人などいないんだ。

そんな「一人遊び」が苦痛じゃない人、むしろそんな作業が比較的好きな人でなければ、遠からず足が向かなくなるものさ。それは全く責められることじゃあないけど、とにかく向き不向きなのさ。いろんな人が多様な分野での自分の嗜好にあった楽しみ方をすればいいので、人間の好奇心には膨大な幅があるからね。特定競技適正云々はどうこう言うこともない。

それでも、同じような対象に同じように「ああじゃないこうじゃない」と、折をみては話をしたりするのは楽しいものなのさ。体験が共有できていたりすると話が尽きることはない。


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6、私も一言
 「温泉巡り スパリゾートハワイ」
  春夏秋冬

遠方から旅行がてら家に立ち寄った親類を連れて、ファミリーでの温泉を楽しむため、行きました「スパリゾートハワイ」。随分ささやかな我が家のイベントです。

いうまでもなく映画「フラガール」の舞台になった施設です。数十年前にも社員旅行できたことがあったのですが、あれから震災を始め、様々な時代の波に揉まれて新たにスタートしたこの施設。日頃の疲れを癒すべく、家事を忘れ二日間温泉ざんまいの、頭を空っぽにしての時間を過ごしたのです。
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お年寄りには知名度が高い施設です。映画のフラガールもとても面白かったです。なんでこんなところにハワイ趣味を移植したの?という疑問にも、当時の町を挙げての苦肉のであったことが映画で理解できました。

それにしてもはハワイアンダンス、フラダンスってのはどうしてあんなに腰が動くんでしょう、不思議でなりません。自分でもちょっと真似てみようとするといきなり腰痛が再発しそうでストップ!体の軸が全くブレないままリズミカルに動く姿に思わず見とれてしまいました。ダンサーの方々は皆美しく見えました。

男性たちも火の付いた松明をくるくる回す演技で、これが意外と見ごたえがありました。定時に行なわれるショーということでそんなに期待していなかったにも関わらず、引き寄せられたのです。どんなショーでも、演じている人が一生懸命やっていると、それだけで人を惹きつけるオーラが出てきて、好奇心を刺激させられるのです。皆さんもお年寄りを大切にしましょう。


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7、音楽の話
 「ジャズボーカルセミナー参加」
  アンサンブルYOSI

昨年度から参加している宇都宮市の「ジャズの街委員会」主催「ジャズセミナー」2018年度秋のテーマは「ジャズボーカル」です。私の「ジャズアプローチ」、今年は今まで触れることもなかっジャズボーカルという新しい分野にチャレンジすることとなりました。

ジャズボーカルといえば英語のスタンダードナンバーを歌うことが主題となります。日本語の歌はありません。歌の種類もいろいろありますが新しいナンバーよりも、長く皆に歌われているスタンダードを、それぞれのシンガーが自分なりに咀嚼して歌うことが主となるようです。
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英語のナンバーを生のジャズバンドをバックに歌うために、英語の単語が持つリズム、響きが「ジャズボーカル」の大きな主題となります。表意文字を主体とする日本語は表音文字としての英語とは成り立ちから全くの別物。ジャズボーカルとはまずいかに英語になれるかというのが最初の課題となるのです。

講師はプロのジャズシンガー「松岡美代子先生」、ガイドとする教材は「マーサ三宅」さんの「ジャズボーカル入門(非売品)」です。これがとても役に立ついい教本なのです。

ボーカルといえばまずは発声練習、呼吸法の練習、そして英語の発音の練習。この基本をしっかり確認してからの講習となります。しかしこの前提は、それだけで何年もかかってしまうはずの難題!少し教えられたからといってできるものではありません。そのためセミナーに集まった人たちは、ほとんどがその前提をある程度クリアしているということ、これはかなりきついスタートでした。

前半後半の二つグループに分かれてのセミナーです。20名ふたグループの40名がこのセミナーに参加しています。女性がほとんどで男性は私を含めほんの数人、実際ジャズボーカルといえば女性を指すのが一般的な状況ですから、いったい自分にこのセミナーに参加する資格があるのかとも思いましたが、旅の恥はかき捨て、人生いろいろ恥をかいたり辛い思いをするのも醍醐味ですから、迷うことなく参加を表明したのです。

このトレーニングを4ヶ月間続け、最後の発表会コンサートではプロのジャズバンドを背景に、一人一人がソロで人前で歌うわけですから、なかなか求められるもののハードルが高く、それでも私としてはワクワク。

課題曲は
「Love 」(フォービート)
「Day by day 」(ボサノバ)
「When I fall in love」(スローバラード)

この3曲の中から講師の方が一人一人の出来を見ながら当日発表会に向けて振り分けるということ。まだ自分がどの歌を中心にするかは直前まで決まらないのです。それぞれ全く違った印象の曲ですから求められるものも違い、歌唱力が試されるのです。いくらカラオケ名人と自負して参加している人たちも、バンドをバックに歌うということがどういうことなのか、さてどうなることやら。


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8、シネマフリーク
 「スティーブジョブズ」
  六花ビリー

スティーブ・ジョブズさんは様々な評伝やドキュメンタリー特番、そして人物やアップルの歴史をなぞった映画作品が数点あります。誰も知らない人がいないほどのヒーロー、現在のスマホ、タブレット文化を牽引したコンピュータ文化の巨人です。

彼の人生はドラマの連続、上がったり下がったり状況や時代や人間たちに翻弄され翻弄しの、常にテンションの高さを保ったままの日々だったようです。多くのアイデアが頭の中に充満しそれを最大限のスピードで現実化しようとする意思。しかしその密度を同時に他者に求めることからくるトラブルは絶えることなく、あまり一緒に働きたくないなと思わせる面もあったようです。常に攻撃的。
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それは彼の抱えるジレンマ、現実との齟齬のもどかしさゆえだったのでしょう。なぜ自分の思うように現実が展開していかないのかという、普通の人間たちが作っている社会、システムへの苛立ち。それにしても自分が手にしたテクノロジーの可能性を、最大限イメージできた人は世界中どこにもいなかったわけなので、彼の残したものには誰もが畏怖の念を持って感謝しているのです。

晩年の彼の表情はまるでお坊さんのように、油の抜けた乾いた表情が印象的でした。ほとんど悟りの境地とでも言いたい穏やかな表情で今までの経緯を振り返り、物事のあるべき姿を告げてさってゆきました。映画作品では彼の残した様々なエピーソードの、それぞれ一部しか使われていませんので、全体像をつかむにはいくつか複数の映像作品や書籍をたどるしかありません。

時代を揺り動かす人間というもののエネルギーの膨大さに、改めて敬意を払い、凡人が下手に近づくと火傷してしまうなと、ホット胸をなでおろすのです。彼のそばにいなくてよかったなと。ハイテク産業は激しい競争に最優秀な頭脳が密集していますから、ちょっと秀でた秀才レベルでははじき出されてしまうのでしょう。普通の人たちは普通分野でそこそこ過ごしてゆくのです。


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9、ラーメンバトンタッチ
 「白河ラーメン 2代目いまの家」
  麺麺太郎
  
県北に行く機会がありましたので、ついでにちょっと足を伸ばし行ってきました白河市へ。白河インターを降りて10分ばかりのところにある「2代目いまの家」、最近メディアで取り上げられることも増えたためかなかなか繁盛していました。20分待ちというところでしょう、寒空の中、本場の味を堪能したのです。
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コシのある独特の舌触りの麺、スモーキーなチャーシュー、醤油味の澄んだスープ、この相性がとてもいいんです。私も最近白河ラーメンにはまっていますから十分満足できる味でした。できるならもっと近くに、願わくは宇都宮市内にできてほしいのですが、人気の「白河ラーメンみうら」はちょっと生活圏から遠いのです。ドライブがてらのラーメン行は、それなりに楽しかったです。


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10、時計仕掛けのりんご
 「助けを求める電話(1)」
  鈴木義延


約30年ほど前、ちょうど大晦日の日に私はオフロードバイクで鬼怒川河川敷にあるクローズオフロードコースで走りを楽しんでいました。バイクはヤマハのセロー225。しっかりプロテクターなどのフル装備をしてオフロードトライの練習でした。

同じように走りに来ている周りの人たちに合わせて徐々に加速して何周目か、つい自分の力量を超えて周りにつられてオーバースピードになってしまいました。そのままコーナーをコースアウト、運悪くその場所には立木があって足を挟まれて転倒してしまいました。

コースは長いですから他の人たちはそのまま別のコースに走り去り、しかし私はコース下でバイクの下敷きになったまま動けなくなっていたのです。片足の感覚が麻痺したまま。当日一人できていたことが裏目となりました。大晦日なので私のバイク仲間は走りに付き合うことはなかったのです。様々なトラブルが想定されるので普段は数人が待ち合わせるパターンが多かったのですけど。

まあとにかく転倒した落差のある草むらから脱出し、バイクを押しながら帰途についたのです。ただ左足の感覚は鈍く、ダメージは隠せませんでした。しっかりしたブーツを履いていましたのでそこそこ保護されていたのが軽傷で済んだ結果となりました。一応走ることはできたのです、ギアチェンジはかかとでなんとか行いながら。

挟まれた足先は、ブーツを脱いでみると何本かがあらぬ方向に曲がっており潰れているのです。痛みは麻痺していて感じないものの、これはすぐに病院行きだなと家に着くなり手当たり次第病院受診の電話をかけたんです。こちらは必至です。

ところがどこにかけてもなしのつぶて、「大晦日の救急はやっていません、ガチャ!」これの繰り返し。その時ちょうど知人が別件で連絡をくれたので彼に手伝ってもらってどこかで治療を受けるべく動くことにしました。不幸中の幸い、彼は迷惑がっていましたがほっとくわけにもいかないしというところ。彼の自動車に乗せてもらって一番近い病院にいきなり行ってみると、またこれも門前払い、当時私は医療職にはついていませんでしたのでどんな病院にかかっていいのかもわからず、救急車を呼ぶなどということも思いつかず、友人と片端から目についた病院を訪ね歩いたのです。

時期が悪かったのでしょう、どこでも受け付けてくれませんでした。そして5軒目ほどでようやく「ちょっと先生に診てもらいますけど、今日の先生は内科医しかしませんので」とのこと。とにかく病院の扉の内側に入ることができたのです、東武デパート前の「佐藤病院」というところでした。

先生に診てもらうと、これはひどく折れてるね、今処置できないから担当医が出勤する二日後まで自宅で待機してまた来て、というお答え。頭の中が真っ白に!とりあえず包帯巻いてあげなさいと、そのままの状態でぐるぐる巻き。こんなのあり?と思いながらも、他に対処の仕方がないという言葉に従って、徐々にズキズキと痛みを感じてきた足を眺めながらその場を後にしたのです。

数日後レントゲンを撮り適切な処理をしていただいたおかげで怪我は快方に向かいましたが、一部骨折部所はそのまま癒着して関節が曲がらないなどの後遺症は残りました。とりあえず日常生活に支障はないのでそのまま過ごしています。

あれからもう長い時が過ぎてしまいました。私は今医療従事者として医療を行う側で仕事をしています。
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時折、必死に病院を探して電話をかけ続けた時の心細さを思い出すことがあります。当時は独身でしたので家族は誰もいませんし、年末年始、仕事もすべてお休み。人的ネットワークが切れた状態での異変、一人で対処するしかなかったのです。なんとかその状況を展開させようと頼ったのは電話しかありません。現在なら誰もが携帯を持っていたりネットで情報を検索したりできますけど、当時はまだそうはいきませんでした。

祈るような気持ちで、状況を変えてくれる言葉を聞き取ろうと必死に電話口で訴えるのですが、答へは淡々とした言葉で「他を当たってみてください」の繰り返し。取りつく島もありません。一体どうなってしまうのだろうという恐怖が頭をよぎったものでした。それですので、曲がりなりにも当時私を受け入れてくれたその病院には感謝の気持ちが消えないのです。ありがとう!

話はまた急に変わってしまうのですが、これもそれから10年ほど後の出来事。一緒にバトミントンをしていた知人が夜も8時過ぎ、日曜日でしたがゲーム中にアキレス腱を切ってしまったのです。バトミントンではそういうケースが今までにもありましたので、すぐにその事態を把握したのです。そして救急車を呼び治療してくれるところに連れて行こうとしました。救急車はすぐに来てくれたのです。ただそこからが長かったんです。

救急車にけが人を収容してさてどこに連れていくかで、救急車の職員が様々な病院に受け入れ先を当たっているのですが、それがなかなか決まらないのですね、時間はすぐに1時間を過ぎてしまいました。その間関係者はその場で気を揉んでいるのです。日曜の夜ということもあるのか本当に長い時間をかけてようやく救急車は出発したのです。そして受け入れた病院は翌日すぐにまた転院ということで、別の病院にその後受け入れられました。

救急車さえ来てくれれば一安心!でもそれで終わりではない、始まりではない、解決ではないことをその時も感じました。どこの施設がその患者を受け入れてくれるのか、消防署の側にその決定権はないようなのです。このことを知らなかったんです。患者の状況を見極めてから受け入れ先に打診する、そのような手順の持つ意味に気が付きませんでした。患者と医療する側の狭間で苦悶する立場に置かれてしまう救急隊員の方々の苦労に頭が下がります。(続く)



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宇都宮西ケ丘病院文芸部主催/ほぼ隔週UTIWAマガジン/「ホリデー西ケ丘」

●原稿募集のお知らせ

編集部では常時生活身辺雑記、お薦めお店情報、便利グッズの紹介、ポエム、短歌、俳句、川柳、エッセー、コラム、随筆、お知らせ、趣味自慢、ペット自慢、家庭菜園紹介、譲りますなど、まとまり無い原稿、自己アピールの原稿などを募集しております。窓口担当(3西/鈴木)までお送りください。メモ書き、メール、口頭、何でもOKです。

(注)掲載に関しては、当院職員、当院利用患者様、およびその家族。また一般市民に対して常識的なモラルを守ること。不利益にならない程度のプライバシー、個人情報の保護、業務上知り得る医療情報等の守秘義務厳守を条件としています。
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ホリデー西ケ丘 Vol.122

宇都宮西ケ丘病院文芸同好会活動
■ほぼ隔週(日曜日予定)■
半月刊UTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.122
(このマガジンは多くのサポーターによって、
    細く長くをモットーに制作されています)



「夜明けのアヒル(編集部)」
2018年度後期編集会議実施(11月3日)

(編集委員)
●カーマイン神山
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食の内容は大切、ただ食べたいものだけではなく体にいいものをよく選択して取っていかなければと思う、そんな紹介もしてゆきたい。人との出会いも大切、いい出会いができるような日々を送りたい。

●CoComama
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1年の時の経過が早すぎる、仕事の展開も早い、じっくり一つひとつを吟味しながら消化することがなかなかできなかった。体のケアが大切、来年は体を鍛えたい。


●ドッグラン五月女
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看護学生として仕事と学業を並行して行なっているため時間のゆとりがない。しかし授業で習う体系的な知識と現場での出来事が符合する瞬間というものがあり、学ぶことの大切さと醍醐味を感じている。

●スマイリー一男
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今年は意に反して闘病生活を送る羽目になってしまった。不覚です。まずは体力の復活と仕事仲間に対して戦力となれるよう体調を整えることが最優先。健康のありがたみを感じている。


●押忍!あやかわ
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元号が変わり一つの時代の節目を迎える、今の日本はオリンピックイヤーに向けて物事の優先順位が平常とは少し違っている。それによって大事な課題が後回しになっているのかもしれない。冷静に観察していたい。

●編集長・鈴木義延
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止まらない汽車に乗ってしまった、動き続けているのなら急ブレーキはかけられない、まずは今ある燃料で走り続けてみよう、秋の空は清々しいし冬には冬の楽しみがいっぱい。

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ーーーーーーーーCONTENTSーーーーーーーー

1、クライマーズ・Yチーム
 「低山の魅力」
  BANBAN

2、私も一言
 「ある動画から」
  北斗七星

3、スィーツは私にお任せ
 「篠山紀信展 写真力」
  CoComama

4、私も一言
 「おしらじの滝」
  さんざクロス

5、ラーメンバトンタッチ
 「塩谷郡:くまさんラーメン」
  麺麺太郎

6、音楽の話
 「大友裕子という
  シンガーソングライター」
  六花ビリー

7、シネマフリーク
 「フライドグリーントマト」
  春夏秋冬

8、時計仕掛けのりんご
 「文壇異変」
  鈴木義延


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1、クライマーズ・Yチーム
 「低山の魅力」
  BANBAN
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10月29日、宇都宮市293号線沿いにある男抱山、女抱山(富士山)に行ってきた。平日にも関わらず、午前10時には駐車場となる空き地にすでに車が何台も止まっていた。駐車場から男抱山山頂までは30分。山頂は岩盤で大きな木もなく、標高300メートルと低山だが古賀志山、宇都宮アルプス、宇都宮市内が一望できる素晴らしい眺め。岩の先端に立てば高度感も得られる。

女抱山まではそこから尾根伝いに15分程度の行程。山頂は南に木が立ち見晴らしは男抱山には劣る。下山は尾根伝いだが途中で左に折れる。分岐点がわかりにくく、通り過ぎるとJAの裏手に出てしまうので注意が必要。休憩を挟んでも2時間のコースタイム、散歩気分で気軽にゆけ、満足感というコスパは高いと言える。


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2、私も一言
 「ある動画から」
  北斗七星


11月5日、テレビで中国での交通事故、ある出来事が報じられていました。バスが橋から転落して乗客15名がなくなったと言うのです。その転落した原因というのが、バスのドライバーと乗客との争いだというのですね。一瞬耳を疑ってしまいました。
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今の時代なんでも映像が残っていますから運転席付近のその様が映し出されているのです。停留所で降りる予定の乗客が乗り過ごしてしまったため途中で降ろせと運転手に詰め寄り、そんなことはできないとドライバーが拒絶したため手にしたスマホで殴りかかったのだと。それに反撃してドライバーはハンドルから手を離し、そしてバスは橋の欄干を突き破って川底深く転落してしまったというのです。

なんというか唖然としてしまいました。運転中のドライバーはどれほど大切な仕事をしているのかがその乗客にはわかっていなかったのでしょう。またドライバーも反撃するにしても走行中にハンドルから手を離すことはできないはずなのに。とにかく最悪の結果になってしまいましたが、乗っていた乗客は浮ばれません。

これって近代化に伴って身につけなければならないモラル、機械文明が抱えている膨大なエネルギーの認識、一歩使い方を間違えればそれが牙を剥いてくる破壊の力。自動車の特性とかの認識が基本的にずれているのではないかと思われるのです。「今」という瞬間がどんなリスクの上に立っているのかを体が掴みきれていないと。

以前中国最初の新幹線と謳われた列車が事故を起こした時、世界のメディアが見守る目の前で、いきなり脱線した列車をその場に穴を掘って埋めてしまった姿を思い出します。あの驚きはなかなかでした。そんなのあり?

まあその列車は後日批判を受けて掘り起こされ、検証に回されたようですが、あの当事者たちの行動もまた、状況の意味をわかっていないからこその判断だったと思えます。隣国を揶揄する意図はないのですが、なんだか信じられない有様を思い出してしまいました。特別な歴史を持つ大国ゆえのモラル作りの難しさなのでしょう。


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3、スィーツは私にお任せ
 「篠山紀信展 写真力」
  CoComama

11月3日文化の日、前々から手元にあった「篠山紀信展」チケットを持参して、宇都宮美術館に見に行ってきました。篠山紀信さんは写真家で、日本を代表するカメラマンの一人です。雑誌の仕事を多くされていたということで、私たちが何気なく見ていたあの写真もこの写真も、実は彼の撮ったもの、というのが多いのです。そんな彼の仕事が紹介されていました。
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本物の写真というのはこういうものなんだ、と、とても感動しました。ある時代を彩ったスター達、そのポートレートの力強さ。それはスターそのものの輝きであると同時に、その存在の一番いい表情をしっかり正確に写し取る視点、それが写真家の力ということなのでしょう。その物理的な会場での大きさもあって、私自身に迫り来る迫力が印象的でした。

篠山さんは昭和一桁生まれですから私よりふた世代ほど上。ですのでこの写真家が捉えている人たちは私が過ごしてきた時代とはかなり違っています。ジョンレノンとか三島由紀夫とかキャロルとか美空ひばりとかのスターたちは、私の上の上の世代のアイドルでありアイコンであったのでしょう。

そんなスターの輝き、その顔、顔、顔が今回の主題でした。とても充実した写真展でした。

ところで、その、映画や音楽や舞台でのスターを中心にした顔とは別に、ある一つの区画は全くそれとは違った写真が掲示されていました。モノクロの写真、それは東日本大震災で被災した人の肖像です。ただの普通の人たち。庶民的などこにでもいる大人たち、ポーズをとるわけでもない、ただそこに立っている人たちの姿です。

有名な写真家が撮る写真、どこかよそ行きな笑顔を作ろうとする人もいれば只呆然とカメラを見つめている人、何かを伝えようと声を発しようとする人、とにかくどこにでもいそうな普通の人たちがパネル一枚に一人か二人が並んで写っているのです。

その表情の中には、当然のことながら震災の影が嫌でも写り込んでいました。絶望、恐怖、悲しみ、安堵、不安、戸惑い。その一角に掲示された写真の表情には、皆が違っていながら、嫌でも共通してそれが表情に刻印され放射されてくるのです。見ているうちにその波動が痛みを、悲しみを伝えてくるのです。ふと自分まで気持ちが沈んで、気がつくと涙さえ流しそうになるくらいのやり場のない、声にならない悲鳴が、その部屋には充満していました。

そこには「希望」がすっぽり抜け落ちている、写真は、そんなものを、あからさまに写し取ってしまうんですね、それはとても怖いことだと思ってしまいました。嫌でも写ってしまう心の有り様。これが写真なんだと、その会場を去る時に後ろ髪を引かれる思いがしたのです。今ここで、この数十分の間に私が見たものはなんだったのだろうと、当時もそして今も思い続けています。

あの巨大な力に蹂躙されて7年が過ぎました。当時の被災者の方々の表情に、新たな光が生まれていることを願ってやみません。

写真展に集う人たちは私の上の上の世代、団塊の世代でしょうか、初老と思しき夫婦姿の人が目立ちました。当日は「文化の日」ということもあって、市内の文化施設は皆無料開放されていましたので、私はチケットを持っていかなくても見れたようなのですが、それには気が付きませんでした。兎に角とても印象深い写真展でした。


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4、私も一言
 「おしらじの滝」
  さんざクロス

知る人ぞ知る、と言いますか、私は知らなかったんですが、最近では夕方の地方ニュースでこの「おしらじの滝」が何度も話題になっているというのです。皆さんは知っていましたか。
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それというのもこの滝は、雨が続いた時にだけ水が流れて滝状になり、普段はなんの変哲も無いただの水溜りでしか無いというのです。それが雨が続くと周りの山から水が滲み出て小さな川となり、滝となって現れるという、「幻の滝」と言われる所以です。

そういうネタはメディアは好きなんでしょうね、「今日は美しい滝が見られています」と、日々その様をレポートしているそうで、以来その滝、いや水たまりの周辺はそれを目当てに多くの人が訪ねてくるようになったのです。

そういう私もその評判につられてわざわざやってきました幻の滝。山の峠に近いところの駐車場に車を置いて、徒歩で20分ほど下ると、ありましたありました「おしらじの滝」。確かに私が行った日には水が流れていましたから、そこそこの絵になっていました。実にこじんまりした風景ではありましたが。

人が集まると、人は人を呼んで「なんだなんだ!」と砂糖に群がるありのような状態。まあ一度見れば満足するのでしょう、私も一度で満足しました。

話の種に皆さまも一度は行ってみるのもいいかもしれません。ドライブがてらの若いカップルにはオススメです。老人は、、、、急な坂道は整備されていませんので滑って転倒し骨折する可能性大なのでお勧めできません。密かな人気スポットです、塩谷の山奥の。


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5、ラーメンバトンタッチ
 「塩谷郡:くまさんラーメン」
  麺麺太郎
 
上に「おしらじの滝」の話がありましたが、何人かの仲間と一緒に私も行ったのです。そしてその滝とペアになって尋ねるポイントに、もう一つ「くまさんラーメン」があるのです。私はそちらの話をさせていただきます。
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ここだけ戦後のある時期から時間が止まってしまったような古民家。実はここでの客商売は3代目ということで、前段では日本蕎麦のお店が営まれていたという由緒ある家なのです。
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ここではラーメン、チャーハン、カレー、焼きそばなどが食べられるのですが、この山奥にどうしてこんなお店があるのかと不思議な気持ちがしてしまいます。このお店も誰かに案内されてこなければ、絶対たどり着けない場所だと思います。

味そのものは癖のない昔風の「中華そば」であり「カレー」なんです、ボリュームたっぷりで満足感は十分、特にチャーシューがとても美味しかったような。場所のいかんにかかわらず、スマホさえあれば食マニアはどこにでもやってきますから、いい時代です。「おしらじの滝」に行く機会があったら、絶対ここにもよっていかれるといいです。滅多にここまで来ることはないでしょうから。


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6、音楽の話
 「大友裕子というシンガーソングライター」
  六花ビリー

私はかなりマニアックにアンダーグラウンドのサウンドシーンを探索していたことがあり、それは1970年代から80年代にかけて。特に「レンタルレコード店」が生まれた頃には、連日そこにあるレコードを有名無名延々借りまくってコピーし、聴きまくっていたのだ。ライブハウスにも宇都宮、大宮、首都圏と毎週、時には毎日通い、メジャーではないセミプロサウンドシーンにどっぷり浸かっていた。まあそういう生活はそう長くは続けられないが、マイナーレーベルが勢いづいて拡大するかに見えた時代の、自分なりに熱いアプローチだった。

だからどんなプレーヤーが、バンドが、シンガーがどこで何をしているということはかなり掴んでいたと思っていのだが、この「大友裕子」というシンガーソングライターを、恥ずかしながら知らなかったのだ。これには自分でも呆れてしまった。
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それというのもこのシンガーソングライター大友裕子は、コッキーポップというラジオ番組に出ていたというのだな、これはヤマハが主催していたあのポプコンの入賞曲を中心に放送していた番組だ。ポプコンとはポピュラーソングコンテストでの略で、ここから中島みゆきや世良公則など、大物スターが続出している。吉田拓郎も大学時代、地方大会で3位入賞したりしていた。

だからそのポプコングループは私には一番相性のいいターゲットだったのだが、私が20代前後の頃はこの女性をきっと評価できなかったのだろう、あまりにも強烈なオーラを持っているがために。私は当時は「リリィー」などを追いかけていたからね。かわい子路線が捨てきれなかったのだ。

それがこの2018年という、約半世紀が過ぎることになって、yuotubeのおかげでその彼女の歌を聴くことができ、これがぶっ飛んでしまった。こんな奴がいたのかと。とにかく感動もんだ。この力一杯の、どこにも眩も隠れもしないというあらん限りの力のほとばしり、感情の表出、まるでジャニスジョプリンだ、どこにも隙がない。このあまり冴えない容姿も歌のリアリティを支えていて、この「傷心」は、得難い名曲、名演となっている。

どうしてこんな女性を見落としていたのかと、反省しきり。当時自分が手にするメディアはラジオくらいしかなかったので(テレビは持っていなかった)、情報入力チャンネルがあまりに貧しかったからかもしれない。

それにしても、過去の見落とした様々な映像を、こうやって改めて見にすることができて、とても感謝している。できれば皆さんにも彼女の名演を、この力強い歌唱を味わってほしい。
現在はこういう泥臭いシンガーはいなくなってしまったな。安室奈美恵さんのようなスマートでダンス上手な人の歌うおしゃれな歌は、私には全く触れるものがない。大友裕子のような情念の歌が、今はとても懐かしい。なんだかみんな必死に歌に自分をかけていたような、暑苦しさがあって、それが人の心を振り向かせていた気がする。


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7、シネマフリーク
 「フライドグリーントマト」
  春夏秋冬

この作品は女性同士の友情を熱く語った小品です。大仕掛けの細工は一切なしで、アメリカの地方都市、地味な生活を丹念に写し取った物語です。

この物語の中心となる出来事は、深い友情に包まれた女性たちとその旦那さんの話、この男性が独身時代とは打って変わった、結婚後に豹変するという人物なんです。どうしょうもないDV男。
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苦しむ親友をなんとかしたい、それで友人は成り行きもあるんですが、結果的に協力して旦那を抹殺してしまうのです。何と言っても彼は「なんて嫌な奴なヤツなんでしょう、穴掘って埋めてしまいたい」と観衆にも思わせる存在、そしてある事故をきっかけに彼は沼に車ごと沈められ、以後平和な日々が戻ってきたということなんです。

最近では現実社会でもこの手の物語がいくらでもありそうで、日本の小説でもいくつか思い当たるのです。「OUT」でしたっけ、桐乃夏生さんの作品にもありました。

最近色々な物語に出てくる男たちは、いかにどうしょうもないかというバリエーションを競い合っているような気がします、美しく元気で好感が持てるのは女性ばかり。まあそのような時代の感性なんでしょうね。バブルの狂乱後の後始末から最近では大震災での原発処理の醜態。男の方々は互いに責任をなすりつけあって自分だけを守ろうとする、あのお偉い人たちのみっともなさ。「だから男はね」と言われてしまいそうです。

でもこの作品、とっても地味なものなんですけど私はとても好きです。女性同士の幼い頃から育んだ友情の姿がとても初々しくて心に残ります。


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8、時計仕掛けのりんご
 「文壇異変」
  鈴木義延


かつて「文壇」という世界がありました。まだ社会の情報ツールが少なく、国民の多くが同じ情報を共有し、政治や社会的出来事の評価、それに対してそれそれの思いを重ねるような時代の話です。おそらくそれは1960年代が最盛期で、それから1970年代にサブカルチャーの隆盛を機に分岐し、現在に至る果てし無い細分化の前に分散し、細々とその残り香が漂っているというところでしょうか。

新聞、週刊誌、月刊誌、季刊誌では同じ出版社からも、ある事物に対しての掘り下げ方が、その時間的幅の分深められたり展開が模索されたりの経過をたどるものです。切り取られるタイムスパンごとに視点は当然変わってきますから。言論誌はそんな制約の中で存在していました。

活字媒体が細分化した頃からテレビやラジオ媒体が多様性を受けて発展するわけです。そしてコンピューターとインターネット網が出現してから、メディア環境は大きく質的転換を果たしました。情報の流れる構図自体が激変したのです。ですので「文壇」と言ってもその位置付けは半世紀前とは全く変わってしまい、ある世代、つまり団塊の世代位より上の世代にしかそのイメージは浮かばないことでしょう。

そんな雑多な時代に関する論文を掲載する媒体として月刊誌「新潮45」はありました。私もかなり前から定期購読していた雑誌なのですが、編集方針としては45歳くらいの世代の論理を中心に構成しようとした雑誌ということです。

今まで多くの魅力的な論文がその媒体には掲載されており、私も楽しみにしていたのです。時折文藝春秋、中央公論なども併読しながら、その時代の主だった論者たちのメッセージを味わっていました。それが1年ほど前からいきなり変質してきたことを「やれやれ」という気持ちで眺めていたのです。

雑誌というものはその媒体を率いる編集者たちが変わればガラッと変わってしまうものなのです。今までも何度か大きな変節を経てきました。その変化をタイムリーと見たり逸脱と見たり、そのゆれうごきはそのまま情報を発信する人たちの苦渋の反映でもあります。答えの出せない時代、雑誌媒体の低迷、販売部数の低下、V字回復するための処方箋は、そう簡単に見つかるものではありません。
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そんな折、その「新潮45」は、ある時点からいきなりの低俗リベラル攻撃路線へと変貌しました。
2018年6月号「朝日の論調ばかりが正義じゃない」「反安倍ヒステリー列島解剖」
7月号「こんな野党は邪魔なだけ」
8月号「日本を不幸にする朝日新聞」
9月号「茶の間の正義を疑え」「裏口入学何が悪い」
10月号「野党百害」「そんなにおかしいか杉田水脈論文」

こういう類の特集ばかりを組むようになりました。なんだか知性とは相容れない低俗なアジテートがメインになっていったのです。信じられない堕落でした。

朝日新聞に限らず各新聞紙上ではで毎回発行日にはそのタイトル内容が雑誌発売日に記載されていたのですが、ある時点から(7月号あたり?)朝日新聞はこの雑誌の発売を掲載しなくなりました。当然のことですが、「一体何考えてんだ?」というくらい挑発的なタイトルと特集を繰り返していたからでしょう。

そして行き着く先として8月号で自民党杉田水脈衆院議員の「LGBT」には生産性がないから社会がケアする必要がない、というような論文を掲載したところから風向きが変わり、それが批判されると次はそれを擁護するばかりか、反論する人たちを攻撃するような論の特集を10月号でしたのです。これが致命的で世論から袋叩きにあい、急遽「廃刊」という結末に至りました。

廃刊にあたり新潮社の代表佐藤隆信社長は9月21日に、「ある部分に関しては、あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられた」との声明を発表しましたが、雑誌内容の、知性とは無縁のような体たらくにはもはや弁解の余地はありませんでした。

現政権を擁護しようとする姿勢は、それは雑誌の位置付けとしてそういうものもいくつかあるのでしょうが、「新潮45」までそんな役割を担うものになってしまっていたのが残念です。その雑誌が販売部数を減らし、そんな政権にすり寄るような方針になってしまったのは、魅力的な原稿を寄せる書き手がその雑誌から離れてしまったのがいちばんの原因です。その穴埋めに狭い内輪向けの愚痴と開き直り路線、なぜそのようなレベルの編集方針が現実化してしまったのか、その組織のあり方に疑念が向かうのです。

最終的に尻尾切りになって話は蓋をされてしまいました。フェイクニュースが大手を振る時代、良い情報収拾のチャンネルを確保するのはとても難しい課題です。メディアリテラシーを磨くのは現代、とても重要な課題なのです。


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宇都宮西ケ丘病院文芸部主催/ほぼ隔週UTIWAマガジン/「ホリデー西ケ丘」

●原稿募集のお知らせ

編集部では常時生活身辺雑記、お薦めお店情報、便利グッズの紹介、ポエム、短歌、俳句、川柳、エッセー、コラム、随筆、お知らせ、趣味自慢、ペット自慢、家庭菜園紹介、譲りますなど、まとまり無い原稿、自己アピールの原稿などを募集しております。窓口担当(3西/鈴木)までお送りください。メモ書き、メール、口頭、何でもOKです。

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ホリデー西ケ丘 Vol.121

宇都宮西ケ丘病院文芸同好会活動
■ほぼ隔週(日曜日予定)■
半月刊UTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.121
(このマガジンは多くのサポーターによって、
    細く長くをモットーに制作されています)


●夜明けのアヒル(編集部)
旧聞となりましたが、この夏と秋、台風に伴う突風は、久々に自然の脅威を身近に感じて怖かったです。雨も破壊力がありますけど風速50メートルという風は何をどう壊すかがわからなくて外を歩けませんでした。ほんと自然災害列島なんですね、猛威が止まりません。

こう災害が続くと警報の出し方が色々模索されているようで、できるだけ「大事を取る」という対応になっていくようです。全ては結果次第、不手際を指摘されないよう、時に過剰で予防的な対応になるのは仕方ないことでしょう。

後からは何とでも言えるものです。先の見えない「未来」は誰も知ることができません。「こんなはずじゃなかった」、大きな災害はいつもそんな後悔で語られるのですが、わかっていても「自分だけは大丈夫」という根拠のない楽観は、それが人の心理です。それを責めても仕方ないのです、なるようになるさとどこか諦めの思いが私たちの生活文化の根底にある気がします。



ーーーーーーーーCONTENTSーーーーーーー

1、イベント
 「那須岳に登る」
  登山愛好会

2、ニューフェイス
 「正面突破」
  フェアウェイ羊

3、ニューフェイス
 「贔屓(ひいき)のお店」
  ダンサーK

4、私も一言
 「チョコフレーク販売終了」
  カーマイン神山

5、私も一言
 「逃亡者という生き方」
  さんざクロス

6、シネマフリーク
 「私のゴッドファーザー」
  スマイリー一男

7、音楽の話
 「練習曲の楽しみ」
  アンサンブルYOSI

8、ボルダリングレポート
 「出口なし!」
  炭酸まぐねしゅうむ

9、時計仕掛けのりんご
 「貴乃花親方が引退?」
  鈴木義延



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1、イベント
 「那須岳に登る」
  登山愛好会

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紅葉の始まる10月初旬、山岳愛好会若者チームを中心に、シニアグループの有志、女性チームの有志が合同で那須岳の紅葉登山に行ってきました。

このシーズン那須岳に登るということは、想像以上の登山ラッシュをいかにかいくぐりながら目的を果たすかという課題がついて回ります。県内でもトップレベルの景勝地。魅力的な複合レジャー施設が充実し、那須岳にはロープウェイもありますから、観光地としての人気はダントツです。高速道路の出口から駐車場の確保まで問題山積、そこで今回若者チームが建てたプランは、真夜中に集合、ヘッドランプを使って夜明け前から登り始め、途中でご来光を拝み、主だった山頂を巡ったのち午後には早々下山するというスケジュールです。一般観光客の行動とどうすれば重ならないように動けるかを主題としたプランでした。
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ほぼ目的は達成され、参加者にとって快適な登山となりました。天候も安定しており、山頂でガスが出るのは日常なので許容するしかありません。朝靄が晴れて現れる山の木々の色づきは、那須岳ならではの美しさでした。登りはまだ日の出る随分前であるにも関わらず歩みを進める人々は多数あり、同じような日程の人がたくさんいることを知りました。夜明け直後には、地平線から照らす太陽光が背後のガスに人影を投影するブロッケン現象が見られ、感嘆の声が上がりましたが、これを写真に撮ることは難しかったです、あまりに淡い映像だったので。
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那須岳は岩場が主体ですから見晴らしも良く歩きやすく、傾斜もそれほどきつくないですから家族連れも多く、登山客は多様です。中国語、韓国語が周りから聞こえるのはもはや日本の日常で、海外の人たちにも人気があることが伺えます。
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持参した食料をバーナーで加熱し、前日は街で33度もの気温を示したものの山頂付近では夜明け前10度以下という気温の変動、熱々のコーヒーで体を温めたのです。山頂でほうばるおにぎりやラーメンの味は格別です。前日は仕事、夜に準備して夜中に出発、睡眠をとることは叶わず徹夜の行軍、山から帰った翌日は皆日勤でしたので無理は禁物。疲れを残さぬよう極力体力を温存しながらの行程でした。鮮やかな山岳風景を脳裏に刻み込みながらの2日間でした。
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2、ニューフェイス(1)
 「正面突破!」
  フェアウェイ羊
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初めましてよろしくお願いいたします。4階看護部配属、この夏に入社しました「フェアウェイ羊」です。

モットーは「正面突破!」、保守本流、王道を行け!、冷静に、実直に、というように働けたら良いなと願っています。

趣味はゴルフ、コースに出るのが楽しみですが実力はまだ100を切ったばかりというところです。体を動かすことが好きでダンスも少しやっていました。あと格闘技ウォッチングもやめられません。ご指導よろしくお願いいたします。


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3、ニューフェイス(2)
 「贔屓(ひいき)のお店」
  ダンサーK

3階看護部配属。初めまして、新人の「ダンサーK」です。先月より勤務させていただいています。私の好きなことはダンスです。その件に関しましては追って紹介させていただきます。当院は仕事の終わり時間がぴったり17時(日勤)と決まっていますので、それ以後の自分の時間が取れるようになったのが嬉しいです。時間にゆとりができるといろいろな活動ができますから、しっかり活用しようと思います。今回ブログ登場は初めてなので「贔屓(ひいき)の店」というお題で紹介させていただきます。
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仕事仲間の皆様のお話を伺っていますと、今までも登場したことがあるということなのですが、私の贔屓は白河ラーメン「みうら」です。あの独特コシのある麺と醤油味のスープはとても私好みなんです。白河ラーメンはどこで食べても美味しいですね。以前は佐野ラーメンファンでしたが、最近は心変わりして白河に乗り換えている感じ。麺類は好きですよ。

国道293沿いの「彩華」というラーメン屋さんも好きです。また機会があったら別の話題にも触れてみたいと思います。これからよろしくお願いいたします。


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4、私も一言
 「チョコフレーク販売終了」
  カーマイン神山


森永チョコフレークというお菓子がもう作られなくなってしまうということです。わたしは好きなんです、このチョコフレーク。チョコとあのしゃりしゃりした食感は、一体どれくらい食べたかわかりません。名作ですよね。
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製作中止の理由が、まず販売実績の落ち込みと低迷があるということですが、それがスマホ画面が汚れるということで、言われてみればそうかもしれないなと妙に納得してしまうんですね。チョコフレークは指でつまむと微妙に溶けて指が汚れる、それは確かにあるような。

最近は誰でも片手にスマホで四六時中ネットワークに繋がっていないといられない人が急増していますから、スマホとの相性はあらゆるものとの関係で重要になっていくのでしょう。そのとばっちりでチョコフレークが食べられなくなるわけですね。複雑な心境。

あのスマホ、画面を操作するのに人差し指の人と中指の人、親指や薬指の人がいますよね。微妙にキャラが違う気がします。男性で薬指で操作するのは、あまりやらないでくださいね、なんとなく、なんとなく、私の趣味ですけど。


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5、私も一言
 「逃亡者という生き方」
  さんざクロス


大阪府警豊田林署で接見後に逃走していた樋田淳也容疑者が山口県で拘束されました。「徒歩で日本縦断の好青年」というカモフラージュ工作をしていたということです。二ヶ月弱の逃走期間だったようですが、私などの普通のおじさんからすると、そんなに重大な犯罪を犯していないんだったら素直に服役し、胸を張って出所したのちに普通に暮らせばいいのではないかと思うのですが、それがやはり彼の資質なんでしょうね。逃亡することで余計な罪を犯すことになるだけだと、冷静な損得は浮かばないのでしょう。悪知恵は働くようなんですけど。

「犯罪は割に合わない」とはなんとなく思うのです。色々映画や小説などで見たり読んだりしますけど、大体最後はロクでもない結果になっているような。まあ完全犯罪よろしく、誰にも発覚しないまま巧みに犯罪を犯してそのまま正統性のない利益を得ている人たちもいるかもしれませんが、それにしてもそういう人たちは、いつ自分たちの犯罪が露呈するかと、常にどこか緊張していることでしょう。精神衛生的によろしいとは思えませんが。

とにかく普通のおじさんとしては、もともと気が小さいですからそんな人様に恨まれたり追われたりの行為は極力避けて生きていますからね、波風立てないのが信条、「無事これ名馬」という気持ちでいるんです。

逃亡生活というのはあまり楽しそうではありません。昔テレビドラマに「逃亡者」というのがありました。私は毎回欠かさずに見ていた名作です。登場する逃亡者は常に自分の履歴を偽り、闇に埋もれるようにして暮らさざるを得ず、とにかくストレスフルな日常だったと思います。
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リチャードキンブル、「逃亡者」のドラマではなぜ逃げ続けるのかの明確な理由があり、それは冤罪である自分の死刑を免れると同時に、誰にも頼れないため真犯人を自分で捕まえるという目的がありました。それゆえに正当化されていたのですが、世の逃亡犯の方達は、いつも疑心暗鬼で暮らしていると思われるので、なんだかわざわざそんな生き方をしなくてもいいのにと、やや場違いな思いに駆られてしまうのでした。


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6、シネマフリーク
 「私のゴッドファーザー」
  スマイリー一男

不注意で怪我をしてしまい、入院と自宅療養を余儀なくされていましたが復帰しました。これからもよろしくお願いいいたします。

この数ヶ月の休養で、実際何もできなかったのですけど、これを機会に自宅でDVDを鑑賞しました。以前からシネマ二郎さんに、「これこそ必見!」リストの中の「ゴッドファーザー」、私はシネマフリークを自認しながらもなんとなく敬遠していて見ていなかったのですが、じっくりと鑑賞することができました。見応えがありました。
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全部で3部作になっているので、通して鑑賞したのです。主人公のマイケル(アルパチーノ)が、時の経過と共に年を重ねている姿が印象的でした。つまりそれだけの長い時間を掛けて制作しているということです。若かったマイケルが重鎮となるまでの時の経過は、その表情に十分な深さを刻む経過でもあったようです。

大河ドラマとでも言いたいその物語の全体の印象はそれこそ「男たちの生き様」です。男の美学、それが犯罪者暴力集団であるにも関わらず、その組織の感性では全て正当な理由があるわけです。常識からは逸脱したものではあるのですけど。

華やかに演出される結婚式などの有り様が、家族を単位とする存在を際立たせていました、それが闇の力を誇る組織であるにしても、親と子の血の繋がりを守り続けようとする強い力が貫いていました。フランシスフォードコッポラ監督の手腕が遺憾なく発揮された重厚な名作です。堪能しました。


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7、音楽の話
 「練習曲の楽しみ」
  アンサンブルYOSI

管楽器の普段の練習では、最初はロングトーン、これは同じ音をできるだけ長く安定的に出す練習です。これを5分くらいやって呼吸や歌口の形を慣らしておいて、それから音階練習をします。半音ずつずらしながら最初はCから始まりそれを♯を一つづつ付けて1オクターブ上までの12音階を奏でます。

管楽器は音階ごとに指の形、運指が変わりますので、とても複雑。指が完全に一音一音を覚えるまで何ヶ月も何年もこれを続けるのです。フルートの練習を再開して約1年半、サックスの練習も並行して行い、これはまだ3ヶ月。フルートはだんだん指が動くようになってきましたがサックスは全然です。特に3オクターブ目のフラジオといわれる高音域の変則運指は手付かず状態です。
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それらを身につけるための練習曲があるのですが、これがなかなか味わい深い内容になっているのです。フルートに関してはフランスの教本「アルテ」というのがありまして、これはもう半世紀以上の実績を持つ練りに練られた教本です。楽器を習得しようとする人がぶち当たる壁がどんなものか、とても鋭い洞察でそれを解説し対策を立ててくれるのです。

それをマスターするための練習曲というのが、限りある技量で最大限音楽的な魅力を奏でられるような音の連なり。とても心地よく練習を続けることができ、なおかつ興味をより掻き立てる仕掛けになっているのです。楽器にはそれぞれその楽器を愛してやまない愛好家たちがおり、その愛情と才能のある何千という人の手で練りに練られたその楽器ごとの教本があるのです。

サックスに関しては、いろいろ教本を物色し、ほとんど手に入るものは全て手に入れて試していますが、これ一冊でいいというものにはまだ出会っていません。ジャズをやるための模索なのですが、楽器そのものをマスターするためにはクラシックのメソッドが不可欠です。クラシックの世界はもう膨大な歴史と蓄積がありますから、その体系を俯瞰するだけでも「知の集合」という文化遺産を堪能できるのです。人間のやることってのは本当に無限大だなと感動するのです。

ポピュラー音楽の名曲やジャズやクラシックの名曲は星の数ほどあるのですが、私は教本に載っている中級レベルの練習曲がとても愛着があって、そちらを中心に繰り返し奏でています。


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8、ボルダリングレポート
 「出口なし!」
  炭酸まぐねしゅうむ


おいらはすぐに煮詰まってしまう、先輩方がスイスイ登れる課題の最初で煮詰まり中断で煮詰まりゴールにたどり着けない。全く同じ動きをしているのになぜが指が届かない、足がホールドに乗らない、体重をうまく移動できない、「出口なし!」途方にくれてしまうわけ。

「自分はなんてダメなんだ」という気持ちがどうしても湧いてきてしまうのだけど、自分を常にそんな「自己不全感」的な状態にしておくのは精神衛生上よくないとは思うのさ。お前は大丈夫!よくやっているよ、もう一度初心に帰って、初級者の課題からなぞってみよう、ほらこんなにスムーズにここまでこれるじゃないか。いろいろ自己暗示かけながら落ち込んだモチベーションを上げていくんだ。
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全く人の気持ちというものは不安定なものだなと、自分の心の揺れ動きを前にして思うのさ。それは普段誰にでもある揺れ動きで、人ごとにそれをどう処理するのかのバリエーションがあると思う。いつも弱気でジメジメ愚痴を言う人もあれば、常に突っ張って、蹴散らして行く人もいるはず。まあいろいろさ。自分にとって大切なのは、長年付き合っている「自分」のコントロールの仕方、とにかくこれをマスターしておかなければいけないのさ。

男たちというのは、その力の差異に敏感で、そしてとても傷つきやすい動物だと思う。だからこそ切磋琢磨し、人の見えないところで特訓を繰り返し、涼しい顔して難題に向かってゆくことができるのだけど、「男」という生き方はとてもしんどいものさ。しかしそれから逃れることはできないんだ。

スポーツは常に優劣という尺度の上で登ったり降りたり抜かしたり飛び降りたりを繰り返す。安穏と惰眠を貪っている時間ではないからね。アリさんよろしくいつもせかせか歩き回って食べ物はないかと触手を懸命に振り回している。男たちは皆そうさ。いや女性も全体的に見ればそうなんだろうけど、とにかく男たちは立ち止まることは許されない作りになっているような気がする。


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9、時計仕掛けのりんご
 「貴乃花親方が引退?」
  鈴木義延


大相撲、貴乃花親方が相撲界を引退するという報道が9月の25日にメディアで伝えられました。映し出される苦渋に満ちた彼のその表情。親方のかつての栄光を知る人たちにとっては心中複雑な思いが去来したことでしょう。
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若貴兄弟として相撲界の歴史に燦然と輝く黄金時代を築いた1990年代初頭、あの時期。貴乃花関はまた特別仕立てのピンクの和服で、当時若手女優のトップである宮沢りえさんとの婚約を発表、華やかにツーショットで現れた二人を日本中が驚きの視線と共に、こぞって祝福したものです。

あの眩い光景、世界の全てがそこを中心に回っているかのような瞬間。思いをはせれば目がくらむほどのきらめきでした。やや出来過ぎの危うさはありましたが。

「禍福は糾える縄の如し」。あの時の光景と現在の姿のあまりの落差に、世の常とはいえその残酷さを思い知るのです。幸と不幸は紙一重と思わざるを得ません。他者とはなんだったのか、群衆とはなんだったのか、国民とは何?人気とは何?世論とは何?時に指の一振りで右にも左にも揺れ動くそれは、一度その魔法が切れてしまえば、どう操作しようとビクともしないばかりか牙をむいて襲ってくる。誰もそれを意図的にコントロールすることはできず、ただその猛威に翻弄されるばかり。

一人の人間が出せる力などタカが知れている。それが光となるか影となるかはただの組み合わせと順序の差でしかないのではないか。現象を作り出している要素は結局同じもので、群衆の気まぐれでヒーローは生まれヒールも生み出されるのだと。同じ人間が同じような資質がありながら、同じ世論に翻弄され最もありえないはずの経過をたどる、ライクアローリングストーン、流れ木の葉のように。

進退をめぐる最近の泥仕合風の経過を密に観察しているわけではないので、何が良くて何が悪いなどという判定はできません。彼は一体何を守ろうとしていたのでしょう、その真偽は私などにわかろうはずはないのですが、「不器用な人なんだな」とふとつぶやいてしまうのです。

「長い物には巻かれろ!」、日本人的世間知に抗い、連綿と続く慣習に抗い、なあなあ体質に馴染むことを拒絶しながら自ら未来に続く道を閉ざしてゆく選択。無論まだエピローグではありません。まだ今後どのように出来事は展開してゆくのかわかるはずもないのです。「塞翁が馬」。出来事の何が何をもたらすのかは人知を超えています、それは個人の想像力を裏切るように展開するものだからです。

それにしても、、、とふと思うことがあります。

それは、彼女、遠い昔に未来を誓い合ったの女性の心中です。

今、宮沢りえさんは彼の、彼を取り開く全て。彼が愛して止まなかった彼の全て、相撲界から寄ってたかっての攻撃に翻弄され、満身創痍の姿をメディアを通じて目にし、どんな思いでいるのかと想像してしまうのです。

遠い昔、自分の全てを捧げようとした、自分が確信をもって十分愛するに足ると思う大きな、輝ける男が、今孤立無援の極寒の中でブリザードにさらされている。それは宮沢りえさんが彼との破局の後に、おそらく感じた孤独と失望と、そして何が違っているのでしょう、男と女の差、彼と彼女が置かれていた場所とはなんだったのでしょうか。

これもまた本当のところはわかるはずもない彼との破談。今更元彼が苦境に陥ってその醜態を世間に晒している、そんな姿は見たくないはずです。自分とは袂を分かち、それぞれの人生を遠巻きながら祝福し、受け入れてきたその後の長い時間。もし彼女がいまだに彼の傍にいたのだったら、こんな状況に二人がさらされることになったのだろうかと思うかもしれません。

宮沢りえさんは現在演技派の女優としての地位を確立し、独自な位置を持って仕事に打ち込んでいます。静かですが強い光を放つ魅力を磨いています。デビュー当時の天真爛漫さはその破談以降は失われてしまいましたが、それに変わる大きなものを掴み取ってきました。そんな位置から、ある男の転落と逆境をどう見ているのか、つい想像してしまうのです。



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宇都宮西ケ丘病院文芸部主催/ほぼ隔週UTIWAマガジン/「ホリデー西ケ丘」

●原稿募集のお知らせ

編集部では常時生活身辺雑記、お薦めお店情報、便利グッズの紹介、ポエム、短歌、俳句、川柳、エッセー、コラム、随筆、お知らせ、趣味自慢、ペット自慢、家庭菜園紹介、譲りますなど、まとまり無い原稿、自己アピールの原稿などを募集しております。窓口担当(3西/鈴木)までお送りください。メモ書き、メール、口頭、何でもOKです。

(注)掲載に関しては、当院職員、当院利用患者様、およびその家族。また一般市民に対して常識的なモラルを守ること。不利益にならない程度のプライバシー、個人情報の保護、業務上知り得る医療情報等の守秘義務厳守を条件としています。
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イメージ 7

フィシャーマン”カメツー”さんの自慢の写真を紹介します

カメツーさんは西ケ丘HP写遊会に所属していますが、釣り同好会にも所属する大変に活動的な人です。
どちらかというと釣りがメイン―で、写真はそれに付随するもの的で、フィッシングに行くとその釣果である獲物の写真を欠かさず撮っているようです。
そしてその釣果を欠かさずご本人のフェースブックに発表しています。

フェースブックでこの写真を見た時に私はビックリしました。
その大きさ巨大さに
ご本人とあまり変わらないほどの大きさ。
私はこんな大きなヒラメを見たことがありません。
せいぜいお魚屋さんにいる程度のしか。
ご本人いわく、まだ上がいるそうです。
この大きさでも入賞できなかったそうです。
イメージ 1

ここから先は、ご本人のコメントと写真を紹介します。

今回は北茨城は平潟の海、某釣りメーカー主催の釣り大会に行ってきました。
 スローピッチジャークの開拓者の1人、西本康夫プロやテレビでもお馴染みの釣りガール、かすみんさん等、豪華ゲストで華やかな大会でした。毎回人気があり、出場は狭き門ですが、釣友がたまたまチャンスをくれました。

イメージ 2
カメツーさん満面の笑顔
 

ターゲットはヒラメ、ヒラメをジギングゲームのなかでも新しいスタイルのひとつである「スローピッチジャークジギング」で釣る大会で、ヒラメのサイズで競い合いました。

イメージ 3


ジグの海中での動きをイメージし、上げで誘ってフォールで喰わせるパターンがハマり、このサイズのヒラメを数枚釣りました…が入賞には至らず。ちなみにこれは4キロくらい、計量で私の前の方が明らかにデカいので
計量恥ずかしい思いをしました(笑)
 もっとでかいのも掛けたのですが、格闘の末にフックを伸ばされバラす場面も。自作のアシストフック、改善の余地ありでした。釣りもやっぱりトライ&エラーなんです。
ま、逃した魚はなんとやらですが…(笑)

最後はジャンケン大会等催し物もありワイワイ楽しい大会でした。

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食べる分だけキープして他はリリース、資源保護は釣り業界でも大きな関心を持って取り組んでいます。もといた水深にリリースするためのジグや道具もあるくらいです。
 そして帰って調理。本当は数日寝かせたほうが断然美味しいですが、せっかちなもんで(笑)
 大きいサイズは味も大味気味ですが、エンガワがたくさんとれ家族も大喜び。でも外道で出た太刀魚のほうが美味しかったですね(笑)

挑戦は続く…

イメージ 5スパイV&チモトゴローが活躍 小さなヒラメはリリース

イメージ 6
傷は冶具の勲章 リペアーしながら大切に使っています

カメツーさんの釣りしている時の満面の笑顔素敵ですね。
さらに大物のゲット、入賞を写遊会部長として期待しています。
その時はまた病棟のほうに展示し紹介しよと思います。

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ホリデー西ケ丘 Vol.120

宇都宮西ケ丘病院文芸同好会活動
■ほぼ隔週(日曜日予定)■
半月刊UTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.120
(このマガジンは多くのサポーターによって、
    細く長くをモットーに制作されています)


●夜明けのアヒル(編集部)
これが終わったらあれやって、あれが終わったらそれもやらなければ、午後にはあれもやらなければいけないし、夕方になる前に郵便局に行って銀行に行って、スーパーにも帰りに寄って、、、、と、休日は朝から雑用の連続です。気を抜いてまどろむなどということは許されません。

これが「日常」で、このあたり前の日々が、いかに大切で幸せな時間なのかは、それを失った時に思い知るものです。いつもと同じ時間に誰さんはいない、いつもと同じ場所にあのカップがない。進学、就職、転職、退職、生老病死。異変は風景の変化に置き換えられ、もう二度と同じ時間は戻らず、別な生き方や生活に馴染んで行かなければならないのだと思い知る日があるのです。

刻一刻と小さな変化は起き続いているのですが、あえて「昨日と同じ今日」と思い込みたいのが人情です。きっと明日も今日と同じ日々が続いてゆくはず。でもそれはいつも一抹の不安を内包していて、突然の異変の知らせに右往左往してしまうのです。今を大切に!。季節の移ろいをいつになく愛おしく感じる秋です。


ーーーーーーーーCONTENTSーーーーーーーー

1、シネマフリーク
 「樹木希林」
  春夏秋冬

2、私も一言
 「栗は秋の味覚」
  カーマイン神山

3、私も一言
 「スリラーのダンスが流行っている?」
  北斗七星

4、ボルダリングレポート
 「ミッシングリング」
  炭酸まぐねしゅうむ

5、コミックはクール
 「BLUE GIANT(2)」
  六花ビリー

6、私も一言
 「クジラは保護したほうがいい?」
  さんざクロス

7、時計仕掛けのりんご
 「男のプライド」
  鈴木義延


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1、シネマフリーク
 「樹木希林」
  春夏秋冬

樹木希林さんが亡くなってしまいました、とても残念です。熱烈なファンというわけではありませんが、希林さんという存在の持つ重さはよくわかります。主役でも脇役でもなく、いつもどこか特別な彼女だけの居場所で生きていた、演じてきた人だと思います。
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決して美人ではありませんが、彼女の若い頃の写真を見る限り、かなりチャーミングな顔立ちをしていたようで、とても魅力的に見えました。夫である内田裕也さんが惚れ込んだのも無理かなぬことに思えるのです。当時人も羨むようなカップルであったことでしょう。

彼女のその後の経過はいろいろなエピソードがあるようで私には追いきれません。もとより他人の人生の本当のところは、他者にはうかがい知れるものではありません。たっぷりの情報量を誇る皇室の姿さえ、実像は誰もわからないものです。まして一般芸能人であるなら、私たちが知れる側面などたかが知れていることでしょう。

それでも尚且つ、樹木希林さんは際立って特別な位置におり、そして彼女の口から語られる短い言葉には、彼女独特のオリジナリティーと味わい、重みがありました。体系的に何かのイメージを伝えようとする事はありませんが、彼女の美意識はどこか達観しているようなニュアンスを感じていました。彼女の役者としての特殊な位置がそれを支えていたと思います。

後年は誰もがそれを認識し、特に映画制作者たちは彼女のその特異さを意図的に作品に盛り込む面白さに興じていたように見えました。それは役者としては最高の使われ方だったと思うのです。役者人生を全うした、それが私の感じる彼女の痕跡です。

これからはゆっくり、スクリーンに映し出されている彼女の姿に見入ることにしましょう。「万引き家族」は言うに及ばず、「あん」の彼女も良かったですし、私の趣味として「鈴木清順」監督作品「ツゴイネルワイゼン」でのちょい役も忘れられません。

合掌。


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2、私も一言
 「栗は秋の味覚」
  カーマイン神山


この時期、栗の美味しさは格別ですね。でも栗は半調理したものならいざ知らず、栗拾いで手にれた栗を味わうまでにはなかなかの労力が必要になります。
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まず皮むき、これが大変!虫がつかないように水につけておいてから皮をむくのですけど、昔の人はこういった作業を黙々と億劫がらずやっていました。いろいろな食材の下ごしらえは本当に手間のかかるものだったのです。現在はいろいろ便利な器具が考案されていて調理もやりやすくなりました。でも栗の皮むきはやはり気合いが必要です。

そのあとに薄皮を剥いたり渋を取ったりと、ご飯に入れて栗の甘さと香りを楽しむまでには通過しなくてはならない手間がしっかり控えています。それでも秋の味覚を味わうためには、それも楽しみなのかもしれません。口に広がる栗の甘みを思い描けば苦にならないからです。

そして幼い頃に茹でた栗をほうばった思い出が、香りとともに蘇るのです。どこか懐かしい想いの詰まっている食材。皆さんはもう食べましたか、栗ご飯。


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3、私も一言
 「スリラーのダンスが流行っている?」
  北斗七星


マイケルジャクソンが「ビートイット」や「スリラー」でミュージックビデオという分野に火をつけたのは1980年台半ばでした。サウンドの魅力とともに映像がワンセットとなって、その中で繰り広げられるビジュアルの面白さ、中でもダンスシーンは衝撃的でした。特にマイケルジャクソンはそのキレのいいダンスでMTVのトップを走り続け、たくさんの名作を残しています。

その「ビートイット」「ビリージーン」「スリラー」「バッド」などがヒットした時、アメリカ国内ではそのダンスをコピーするたくさんのクラブができて、集団でそのサウンドを背景に群舞として彼のダンスを踊るのがとても流行ったのだとか。特に「スリラー」は抜群の人気で、ミュージックビデオの中のゾンビ軍団の踊りを、これまた集団で踊るのが人気だったと伝えられました。現在でもアメリカのハイスクール同窓会余興で、そのダンスが楽しまれているというニュースを目にした事があります。真偽は確かでは無いのですけど。
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そしてそれから約30年、それが今日本のシニア、つまり「スリラー」が流行ったとき20代だった人々の間で、集団で「スリラー」のダンスを踊る事が流行りだしているというのです。テレビでそんな町ネタニュースがありました。これもどこまで本当かはわからないのですが、そういう需要はあるかもと、自分の実感として感じるのです。私は当時30代でしたけど、そのダンスのユニークな動きにはつい真似したくなる魅力があったのです。これを何人かでやってみれば面白いかもと。

私の身の回りではそんな想いが実現することはありませんでしたが、今かなり時間がずれて、改めてシニアのエクササイズで蘇ったとしても不思議ではありません。それが継続して実を結んだという報告、経過はついぞ一度も聞いたことはない軍隊式トレーニング「ブートキャンプ」すら、一時期爆発的に流行った日本ですから。



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4、ボルダリングレポート
 「ミッシングリング」
  炭酸まぐねしゅうむ
 
進化の歴史の中に「ミッシングリング」という概念がある。「見失われた(まだ発見されていない)つながりの証拠」というような意味なんだけど、おいらにとってはそれは攻めているボルダリングの課題の、どうしても見つからない「つながり」のこととして、いつも脳裏に浮かんでしまうんだ。

一つの課題にはだいたい一つの仕掛けが盛り込まれているらしい。ボルダリングの課題を作る人たち、セッターの人たちは一つのルートにいろいろなアイデアを盛り込んでその組み合わせを設定している。それをしっかり受け止めてクリアするのが楽しみなのさ。
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その一番肝心なポイント、それを「核心」というのだけど、それがいつもおいらにとっての「ミッシングリング」になっているんだ。

一つの課題をスタートからゴールに至るまでの平均10手くらいの間の、スタートとゴールあたりのつながりはなんとかクリアできても、それを通してやることができない、必ずある場所で中断してしまう、それが「核心」でありおいらの「課題:ミッシングリング」となるわけね。

連続してできない時は課題のルートをバラバラに分けて一つ一つ手順を模索する、そしてじわじわつつなげて行く。まだ初級をようやく脱出するレベルのおいらとしては、どの一つ一つも楽にこなせるわけではないから、それを地道に考えながらアタックするだけですぐに2時間ほどが経ってしまうんだ。正味は1時間ほどだけど。

その、見えなかったホールドとホールドをつなぐ自分の中のリング(輪)が、今日こそ見えるかな、実行できるかなと思いながらジムに向かう日々が続いている。


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5、コミックはクール
 「BLUE GIANT(2)」
  六花ビリー

音楽のなんの素養もない一青年が、いきなりサックスプレーヤーとして世界の頂点を目指すという、やや荒唐無稽な、漫画ならではのサクセスストーリーが造形されている。前回簡単にその物語としての魅力を紹介したので、今回はその中で語られている様々なエピソードについて追加的に語ってみよう。

ジャズというのは20世紀初頭にアメリカニューオリンズで、自然発生的に生まれた音楽だ。20世紀前半にその音楽はアメリカを席巻し、第二次大戦後世界に爆発的に広がった。日本でも洋楽というものは全て便宜的に「ジャズ」と言われていたくらいだ。つまり洋楽の代名詞としての人気を誇っていた時代があった。

だがジャズはある時期から特別なジャンルとして分岐していった。ロックが、ポピューラーソングがメディアの中心を占めるに至って、どこか斜に構えた近寄りがたい雰囲気が一般大衆から離れていったのだ。当時世界の代表プレーヤー、帝王と言われたマイルスデイビスの、苦虫を噛み潰したような不機嫌で鋭い目つきが、ジャズの品格と気取りを表していた。しかしその難解さともったいぶった演出は次第に敬遠され、それから特別な世界として現在まで音楽の一分野として存在し続けている。
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だがジャズは本来人と人が、音楽愛好家が、プレーヤが集いその出会いを楽しむための音楽で、そのための共通プラットフォーム作りがとても豊かに作られているとても不思議な特性を持っている。その楽しみ方はポピュラー音楽の楽しみ方とは微妙に違いがある。ただそのフィールドに足を入れるには、その世界独特のルールを理解しないとわかりにくいという壁があるのは事実だ。

そんな風に、ジャズは今時代から多少乖離した位置にあって、しかしそれでもなお多くの人たちを惹きつけてやまない。そしてそれを志す人たちに普段とは違った負荷と試練を与えるものなのだ。そんなかなり特殊な屈折、小さな栄光と挫折のエピソードが、意外としっかり物語の中に塗り込められていることに、とても好感が持てた。そのことを一言言っておきたいなと思って、もう一度この作品を取り上げてみた。

宇都宮市は「ジャズの街」という形容を、あまり積極的にではないが打ち出している。サックスプレーヤーの渡辺貞夫さんの出身地であることからと言われるが、真偽は定かではない。宇都宮市には昔から「近代人」というジャズライブハウスが有名で、それ以外にもいくつかのライブハウスが今も稼働している。新たに県庁付近にジャズ喫茶なるものが復活しているとの噂もある。私も90年頃には、オリオン通り中央付近のビル4階、ジャズライブハウス「グルービー」に、週末あしげく通っていたものだ。安いチャージで生演奏をたっぷり聞くことができた。

ポップスに比べジャズプレーヤーを仕事にできる人は少ないだろうとなんとなく想像される。彼らはとにかくライブが命なのだ。即興は生でなければ面白くない。

だからそのプレーヤーたちはいかに自分の暮らしとその音楽活動に折り合いをつけて暮らしているかという、生活心情、その人の内面の論理に興味が湧いてしまう。愛好家たちの生態というところ、それが知りたいのだ。そんな人物描写が物語を彩っている。ここのところがとても味わい深く好感が持てたところなのだ。私は主人公そのもののサクセスにはあまり興味を持ってはいない。物語の中でいきなり世界のトップになりましたと宣言すれば、その世界の中ではそういうことなので否定しようがないからだ。だが現実を動かすのは別な想像力、途方もない力がいる。

そんな風に、とりあえずかなり熱く味わっている。レンタルコミックで読んだので手元にないのが寂しい。


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6、私も一言
 「クジラは保護したほうがいい?」
  さんざクロス

クジラがふえてきたのでまた捕鯨の頭数を増やそうとかいうニュースがありました。私などの世代は数十年前は飲み屋でクジラベーコンを楽しみにしていましたし、都内で学生生活をしていた1970年代には、新宿東口にあった鯨カツのお店は学生の定番で、110円の値段でたっぷりの鯨肉とご飯が食べられたのです。
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それなので鯨肉を食べるという事には抵抗はないのですが、歳を取って改めて生き物としてのあの巨体を持つ生命の、そこに秘められている神秘を感じたりするようになると、わざわざ他に食べるものはいくらでもあるんだから、あえてそれを捕獲して切り刻んで食べなくてもいいんじゃないのと思うようになりました。要するにティラノサウルスやなんとかドンといった恐竜を食べているような気がするのです。

小さな生命は、細菌の類やハエなどのごく小動物は、いくらでも変化して新しい種を生み出したりと生き延びてゆきますが、巨体になるに従いそんな変更はできません。もう応用が利かなくて現在の状況に特化して、ほとんど見切り発車で状況に適応し巨大化の道を歩んだのです。人間も同じようなものでしょうが、豆や芋やイワシやサンマを食べることができているのですから、それでいいんじゃないかと思うのです。

青い海原を悠々と、それこそ地球単位で太平洋からインド洋、大西洋と自分の庭のように暮らす生き物は、それだけでなんだか気宇壮大な気持ちになるんです。それを想像すると崇めたくなるのです。


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7、時計仕掛けのりんご
 「男のプライド」
  鈴木義延


今月9月28日に、兵庫県西脇市の市岡之山美術館は、地元出身の美術家、横尾忠則さんの特別展について開幕を延期することを発表しました。これはその準備に不手際があったためで、制作のため作家が満を持して現場で待機しているところに、いつまでたってもその材料が届かなかったということです。材料を運ぶ職員が「道が渋滞していて遅れた」というのですが、いつまで経っても制作に入れない事態に作家はホテルに引き上げてしまいました。痛くモチベーションが下がってしまったようです。必要なものを前日までに用意するとか、いくらでもやり方はあったのです。
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「横尾忠則」さんといえば私たちの世代にとってはカリスマで、それこそ下にも置かない特別待遇されていても当然というネームバリューを持った方です。ひと時代の美術を牽引していたレジェンド、それは単に「美術家」という位置をはみ出て、若者文化を視覚的に揺さぶった特別な存在でした。三島由紀夫、美輪明宏、寺山修司、唐十郎、岡本太郎、羽仁五郎、吉本隆明、小田実など、70年代初頭を彩った文化の巨人の一人でした。

最近では新聞紙上の書評などでもその慧眼がうかがわれ、改めて彼の美意識と知性に多大な敬意が払われるべき存在であったのです。そんな彼の特別展準備が、とてもお粗末な経過で延期になるとは、なんともすっきりしない経過を知らされました。

2年ほど前でしょうか、ジャズトランペッター「日野皓正」さんが指導するビッグバンドの練習会場、指導する彼の指示に従わない若いドラム担当者が演奏中自分のパートで暴走し、勝手に自分の好みで周りの演奏を無視して叩き始め、日野皓正さんが「やめろ!」と言っても聞こうとせず勝手なドラミングを続けました。

見かねた日野さんが彼の手を掴み止めようとしているところはビデオに撮られ、「有名人の指導が暴力的!」というような見出しで報道されました。日野皓正というネームバリューは、ただの暴力的音楽家と落とされて。

日野皓正さんは、これも70年代には輝ける特別なジャズメンで、一世を風靡する音楽性と華麗なルックスで一時期のメディアを席巻したビッグスターだったのです。燦然としたイメージをほしいままに体現した、とても大きな存在でした。

練習会場でのトラブル、そのネタをつかんだ担当者は、この時とばかり「権威や名声」を手に入れた人たちのその後はこんなに醜いとでも押し出そうとしたのでしょう、そんな嫉妬のスパイス臭が漂った嫌味な報道でした。全く客観性に欠けた一方的な扱いだったからです。スコア(全体の演奏を記した総譜)こそ全ての基準!という音楽家たちの合奏の原則すらそこでは語られません。彼が演奏を止めようとする映像ばかりが繰り返されました。

  *    *    *    *

「横尾忠則」さんも「日野皓正」さんも、今では80前後の老人です。若い時の輝きはそれはそれ、現在の老境にあってそれぞれが自分の役割を全うするために誠実にその創作に向き合っています。しかし現在彼らの周りにいる人たちは昭和世代ではなくその後の世代、かつての栄光などと言われるほどに、それに対する密かな反発があるのかもしれません。「俺たちの時代には俺たちのスターがいる!」と対抗意識がベースにあるかもしれません。それが前出で語ったような事態を招いてる気がしないでもないのです。

そこで多くを語らないのが彼らの「プライド」でしょう。「俺を誰だと思っているんだ!」などというみっともない怒声を上げるような志の低い人たちではありません。ただそれゆえに、なんだかその周りの人たちの彼らを遇する所作に、想像力の弱さ、人を評価しようとする視点の軽さを感じてしまうのです。矮小化される存在。

しかしそれが年を重ねるということなのでしょう。どのような派手なエピソードを残そうが時は残酷です。スターは次々に生まれ時代は激しく流転し、人々は忘れやすく目先の変化に過剰に歓喜の声を上げて右往左往、過去と忘却の彼方に流されていく人間の輝き、諸行無常の響きありです。

その重さと、その時に受けた感動を感謝の気持ちで持ち続けているのは、同じ時代と空気を過ごしたものたちの中だけにある特権と敬意なのです。それを他の世代にまで求めるのは不遜でもあるかもしれません。それでもそんなトラブルの渦中で彼らの抱いた思いを想像する時に、いつまでも胸の奥がしくしくと痛んでしまうのです。



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