ホリデー西ケ丘 Vol.99

西ケ丘病院文芸同好会活動
■週刊(毎日曜日予定)■
ほぼウィークリーUTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.99
(このマガジンは多くのサポーターによって、
    細く長くをモットーに制作されています)


●夜明けのアヒル(編集部)
「長所は傲慢だ、それは称賛と承認を求め、他者の声を聞かない。短所は美徳だ、人の声に耳を傾け、謙虚で学びを求め、人を差別しない」と。そんな言葉が新聞に載っていました、遠い昔の隠れたヒット曲「サルビアの花」を作った「ジャックス」早川義夫の言葉なのだそうです。かなり前のことなので文面は全く違うかもしれませんが、意味的には大体そんなものです。なるほどねと頷きながらも「そして日常というのはいつもその続きがある」と、改めて私は思うのです。

語り口というものは断片的、瞬間的、無時間モデルなら色々見栄えのいいスパッとしたことが言えるのですが、日常というものは終わりがありません。その次、その次という時間が繰り返しやってきます。一日が一月一年、10年100年1000年と連綿と続いていくのです。そのはるか先から現在を省みた時に、ある瞬間のスパッとした物言いは本当に何かを言い当てることができていたのだろうかと想像すると、途端に歯切れが悪くなってしまうのです。

短期的な真実と長期的な真実があるとして、ほとんどはその中間にあって相対的な位置は当然評価をその都度変えていくことでしょう。時間に耐えられる主張というものはごくごく平凡なものになってしまうもの。あまりに当たり前の物言いになるのです。長所をほどほどに、短所も大切に抱えてゆく、それは現実的な指針かもしれません。それによって結果や評価がどうなるかはタイミングと状況次第、人間社会は複雑系、「塞翁が馬」が私の生活信条です。


ーーーーーーーーCONTENTSーーーーーーーー

1、イベント
 「女峰山に登る」
  さんざクロス

2、スポーツマインド
 「バドミントンダブルス」
  ストレッチM

3、シネマフリーク
 「ミスターミセスミスロンリー」
  シネマ二郎

4、楽器の話
 「ジャズアプローチ」
  アンサンブルYOSI

5、ボルダリングレポート
 「リードという分野」
  炭酸まぐねしゅうむ

6、シネマフリーク
 「百円の恋」
  六花ビリー

、時計仕掛けのりんご
 「ライフステージ考」
  鈴木義延


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1、イベント
 「女峰山に登る」
  さんざクロス


10月なかばに、前回「男体山」にアプローチしたメンバー数人で、その隣にある「女峰山」に挑戦してきました。この山々は対になっていますので、せっかくだからとプランを立てたのですが、男と女、なかなかにヘビーなそれぞれに位置付けであることを思い知ったのです。

「男体山」に比べ「女峰山」はその数倍あるとても大きな山です。稜線は東西に延び裾野は広がっています。そこで登山するにあたり様々な資料にあたってみたのですが、これが意外に少なく、その山の全体を把握するための地図すら丁度良い物が手に入らないままのアプローチとなりました。これが後々行程に大きく響くことになるのですが、最初はそのことをメンバーの誰もが深く考えていなかったのです。
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今回は山頂での時間を多く取り、アウトドアランチを楽しもうといいうものささやかな予定でした。そのため朝は早く出て10時には山頂にたどり着き、2時間ほどのんびりしようと、なんとまだ真っ暗な4時集合。現地ふもと5時に到着してヘッドランプを装着し暗いうちから登り始めるということになったのです。小雨と霧に包まれた霧降高原、一番注意しなければならないのは前線の南下とともにいきなり昨日から10度も下がった気温への配慮、十分な防寒対策と雨対策を徹底してのスタートです。

登り始めて1時間、うっすら夜が開け始める頃はかなりの距離を進んでおり、山頂への道のりはなだらかで笹が生い茂りとても歩きやすい道行です。なるほど、「女峰山」というネーミングはこんなあたりの柔らかさからきているのかなと冗談交じりに話しながら山頂を目指しました。

まあ、最初から終わりまでの行程を正確に辿ると話は長くなってしまうので、大雑把な流れのみをご報告させて頂きますが、結論!いやあ恐ろしく長く過酷な道のりとなり、朝も暗いうちから出ただけでは不十分だった読みの甘さを痛感した次第であります。「女峰山」とはまさに女性の見てくれの美しさ優しさとともに、強さと怖さ、終わることなく男たちを弄(もてあそ)びいたぶる過酷な時間の長さの象徴となり、世界は常に崖っぷちの闇をその足元に忍ばせていたのだと思い知ったのでした。

なだらかな上り道は半ばまで、そこから急に勾配は強くなり、そしてラクダのこぶのような小さな峰が延々と続くのです。切り立った峰の両側は深く削られており落ちたら一巻の終わり。そしてそのこぶの一つ一つが時にロッククライミングのフェイスのように5メートルほどの壁、切り立っていたりボロボロ崩れる岩で覆われていたり、小山を登ったら下り、登ったら下りの果てしない連続、疲労は徐々に蓄積されていったのです。
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あまりに長いその道行に、いつになったら山頂にたどり着くのか、もう途中で諦めて帰るしかないかと8時間も経過した頃、雰囲気も落ち込んでもいたのです。それでも意地で山頂にたどり着くのだ、こうなったらどれだけ時間がかかっても行くしかないという気持ちともなりました(それが良かったのかどうか、正直いってレポートする私は疲労のため、あと指の一押しで登頂を断念、めげるところでした)。

とにかくそんなこんなで山頂に着いたのがなんと14時!5時間の予定が9時間もかかってしまったのです。富士山だって登ってしまえた時間です。問題はこのあと、またその行程をそのまま戻るわけですが、そうすると下りだということを考慮して半分だとしてもまた約5時間、山頂でのんびりするどころか食事する時間さえありません。それだけでなく今通ってきたあの断崖絶壁のようなロッククライミング風フェイスを、荷物を背負ったまま今度は降りていかなければならないのです。考えただけで、それらに多くの時間が取られることが想定されました。
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最後出発点に戻ってこれたのは19時30分。後半は真っ暗な森林の中、ヘッドランプだけを頼りに下山したのですが、これがまた霧に包まれていますので遠近感がわかりにくく地面はヌルヌルと滑り転倒続出、疲労困憊の中、出発点に到着し自動車のシートに腰を下ろした瞬間には、ドット安堵の声が漏れたのです。「無事でたどり着けてよかった」と。

とにかく時間がまるで読めなかったこと、案内表示が全くないため行程が事前に把握できなかったこと。それが大きな負荷を登山者にかける要因になっていると思います。普通どんな山でも他の登山者とすれ違うものですが、早朝一人の女性とすれ違っただけで、以後ついに誰とも出会うことなく1日を終えました。こんなことも初めてだったのですが、いかにこの山は一般の人がアプローチしない山なのかが、行ってみてよくわかりました。行程が長すぎるのです、よほど入念に計画を立てていかないと、日帰りプランでは相当無理をしなければならない山であることを知ったのです。

是非皆さんも行ってみてください、一回の行程の中に多様な山の世界を味わえる貴重な経験となる事でしょう!!


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2、スポーツマインド
 「バドミントンダブルス」
  ストレッチM


スポーツというのはとても多様な分野があります。個人競技団体競技、球技、格闘技、陸上競技、水泳からダンス、体操などと、それぞれ肉体の極限を追求する多様性に満ちています。私の家の近くでも高校球児たちが朝早くから夜遅くまで、連日甲子園に向かって、終わることのないトレーニングに励んでいる姿が見られます。体育館にゆけば、そこでもいろいろな競技に少年少女が、社会人が、シニア層が、楽しそうに汗を流して過ごしています。

そんないろいろある競技の中で、バドミントンダブルスのことを書きたいと思います。

個人競技であればその成績はひとえに自分個人の力量以外、評価されるものはありません。団体競技であればそれぞれの役割分担、そのネットワークやシステム分担、協調性、総合的なパフォーマンスが試されます。それを監督する人の力量により生きてくる選手、生かされない選手とばらつきが出てきても不思議ではありません。一つの小社会を作る、サッカーやラグビーアメフト、野球などの、多人数で行われる団体競技は、団体であるが故の悩みも尽きないことでしょう。

そこでバドミントンです。この競技はシングルスとダブルスがありますが、社会人レベルの愛好家が行なっているのはほとんどがダブルスです。それというのもシングルスは基本的なショットやフォーム、そしてフットワークが身についていない限りゲームにならないからです。ラリーが続かない、それではやっていても面白くありません。そのぶんそういった基礎技術が身についている人にとっては、自分一人で全てのショットに対応するというシンプルさを楽しむことができます。迷いがないとてもわかりやすい世界です。

それに比べダブルスは、ペアと一緒にゲームを進めるため、限られたコートという空間をその二人がどのように役割分担するのか、それをタイムリーに切り替えながら、正確に答えられるためには長い時間がかかります。ですが逆に低いレベルでもそこそこラリーが続く展開ができるという懐の深さも持っており、ここが社会人クラブに愛好される側面です。
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二人が組んで一つの役割を担う、それには状況に応じた役割分担が求められるわけですが、その認識を共有するというのはなかなか、単純にはいかない奥行きがあるのです。そこがおもしろさでもありますが。

まずダブルスの二人が組むとき、どうしても力の優劣による上下ができてしまいます。まったく同じ技量ということはありません。その力の差の認識と共有が、これが意外に難しいのですね。自己評価と他者がする評価というものはまず大きく食い違います。自分に甘く人に辛いのが人というもの、どちらも「自分が上」と思いながら互いをサポートする、互いを生かすという単純な分担を素直に受け入れることから始める、これが意外と難しいのです。

国体級や実業団の選手のように煮詰まったクラブ、団体であれば監督やコーチもいますから客観評価というものはしやすいのですが、一般社会人クラブではそんなまとめ役は存在しません、世話役はいても技量を見定めるなどいうのはそれぞれ皆大なり小なりプライドと自負を持っていますから難しいのです。どこでも大会ごとにクラス分けしたりパートナーの組み合わせをするのですが、これははかなり一苦労なのです。まずじゃんけんしたりとランダムな組み合わせが基本になりますが、あの人と組みたい、このペアでやりたいと、それぞれ皆言いたいこと言い出すものなのです。

誰と組むか、誰と対戦するか、これだけでそのゲームが楽しくなったり苦痛になったり不愉快になったり面白くなったりがいきなり決まってしまうのです。メンバーこそがダブルスの「キモ」なんです。(続く)


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3、シネマフリーク
 「ミスターミセスミスロンリー」
  さんざクロス


懐かしい作品をビデオ屋さんで発見したのでつい借りてしまいました。ATG、アートシアターギルド、今の人には何のことかわからない話でしょうが、その昔、と言っても1960~1980年頃まで、普段だったら作られることのないアート系の作品が、低予算で量産され配給された時期がありました、特別な意図を持って。常に話題作、問題作を提供したことでも有名で、「アメリカンニューシネマ」と呼ばれた一群に呼応するかのような邦画の世界でもありました。

この作品は名優「原田美枝子」が光り輝く作品です。得体の知れない悪女を演じる彼女はこの時20歳、今いる若いアイドル系の美人とは別世界の存在感と美しさをまとい、特別な輝きを持っていました、その表情のなんと魅力的なこと。一筋縄ではいかない、捉えどころのない女性を演じて、映画ファンにその後の展開が楽しみな特別な名優として記憶されたのです。そしてその通りになりましたが、この時の美しさを超える作品は私の中ではありません。「若さって、なんて素晴らしい!」と、思わずつぶやいてしまいそうなくらい。

主演は他に宇崎竜童と原田芳雄、ATGの常連といってもいいメンバーです。宇崎竜童は「駅(ステイション)」「激写1/250」「曽根崎心中」など役者づいていました。原田芳雄となればその存在感ゆえに、多くの監督に愛された特別な役者だったのです。私の好きなタイプ、いちばんのお気に入りは鈴木清順監督の「チゴイネルワイゼン」です。
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それにしても美しい!原田美枝子の一番美しい表情がこの作品には刻まれています。早熟だったんですね。歳を経ることに普通の上手い女優になってしまいました。それはそれで貴重なのですが。

物語の冒頭、郊外道端の電柱に手錠で縛り付けられた若い女性がいる、車でそこを通りかけた男はその女性の手錠をそばにある鍵で解き、送ってやると申し出るが彼女はなかなか行先を告げず「タバコもらえる?」。「行先言わないとそろそろ俺の家に着いちゃうぞ、お前どうすんだ」。

そんなところから二人は同棲を始めるのですが、男は実は女性には全く興味を持てない性同一性障害の設定、仕事の糧は犯罪すれすれのやばい内容で話はどんどんこじれてゆくのです。しかし最後はアッと驚く、なるほどな展開。ロバートレッドフォードの「スティング」を思い起こさせる巧みな物語構造で、鑑賞後、してやられたと、心地よい裏切りを堪能するのです。

現在鑑賞しても全く遜色のない内容で、80年代の空気が色濃く残っていて懐かしさも同時に味わえるのです。私はもう5回以上この作品を鑑賞しているのですが、5年おきにというくらいのインターバルです。


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4、楽器の話
 「ジャズアプローチ」
  アンサンブルYOSI



ジャズの練習を始めてもう半年は過ぎました。何十年も倉庫に眠っていたフルートを引っ張り出してオーバーホールしたのをきっかけに始めたジャズアプローチ。まずは楽器になれること、安定した音を出せることを主眼に、ほぼ毎日30分から1時間くらいロングトーン(同じ音をなん十分も吹き続けること)の練習を続け、時間があるときはブルーノートの音階を各調でひたすら上がったり下がったり。その後は4小節単位のアドリブフレーズをできる範囲で黙々と繰り返す、この半年で行ってきたのはただそれだけです。

それでもやや音も出るようになったのでそろそろ次の展開にシフトしていこうかなというところ。11月からは「うつのみやジャズの街委員会事務局」が実施するジャズセミナーへこのフルートで参加します。これは4ヶ月間の入門セミナーで、講義の最終日には修了コンサートがかなり派手に行われることになっています。
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「思いて学ばざればすなわち暗し、学びて思わざればすなわち危うし」。そんな名言がありました、独学の狭さを指摘する言葉です。確かにアカデミックな方法論と環境は、自分の知らない世界に入り込み、何らかの果実を手にしようとする場合に効率はいいのですが、同時に金もかかるのが難点。そして教わるだけで自分で考えなければそれも身につかないとは誰もが実感していることでしょう。

もともとこれは趣味ですから自分の使える時間と経費の中で、最善のものを手に入れるために自分でできることを最大限やるしかありません。誰も叱ったりお尻を叩いたり導いてはくれないのです。純粋に自分の「興味」という内なる能動性だけが推進力です。

ジャズは昔からやって見たい世界ではありましたがあまりに敷居が高くて敬遠してしまっていたのです。しかしもう後(引き延ばしていられる未来)はありません。今やらなければ永遠にそれをものにするチャンスはないことでしょう。腰を据えてその果実をこの手の中に掴みたいと思うのです。ロングトーンやスケールという単調なトレーニングというものはそれだけでも意外と楽しめるものなのです。無論タイプによりますが。


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5、ボルダリングレポート
 「リードという分野」
  炭酸まぐねしゅうむ



競技としてのクライミングには「ボルダリング」と「リード」と「スピード」という3種類の内容がある。クライミングという分野はそれ以外に外岩を責める膨大な世界があり、おいらが関わっているのはそのほんの一部だ。今はその入り口でもある「ボルダリング」に入れ込んでいるわけね。

この練習もかなり頻繁に行っているとそこそこ体が動けるようになってくる。すると同じジムで練習している仲間の人から「今度はリードはどう?外岩もやってみない?」というお誘いがかかるようになるのさ。自然の中でのクライミングは別世界だよと。ところがボルダリングとリードは、これがまたかなり異なった内容であることは確かだ。

それだけでなくかかる経費がちょっと一桁上がることになり、あまり豊かでないおいらとしては二の足を踏んでしまうのは当然だろう。しかし内心「やってみたい!」という気持ちがあるのでそれが表情に出てしまうわけ、すると相手は手を替え品を替え数度にわたってその誘惑をしかけてくる、「そうね〜そのうちやりたいもんだね〜」みたいな反応をしてしまうと、次はメールで、次はネット経由で様々な情報を送りつけ、アプローチは続くのさ。
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それというのも「リード」は、ロープを介してのチームプレーとなるため、まず仲間にするには深いところで信頼できる人間でなければならないのさ。当たり前だけど赤の他人の付き合いで、自分の命を預けるうようなパートナーを探すというのは、これはなかなか困難な課題でもある。指向性が同じという人間はそうおいそれといるはずもない。特に年齢、世代は重要で、そこには様々な死生観の微妙な齟齬があったりするのさ。

共有する生活文化、価値観といってもいいのだけどそれは千差万別、そうフィット感を得られる可能性はとても少ないものなんだ。結婚するパートナーを決めるにあたっても人は相当試行錯誤と迷いをくぐり抜けてくるものなのだろうから、そのニュアンスに多少似ている、とにかくそう簡単にザイルパートナーというものは見つかるものではないと言えるよ。

ボルダリングに入れ込んでいると、これはこれだけで到底たどり着けない奥行きがあり、一つ一つの課題をクリアすることに全身全霊を使うことでそれなりに満足しているわけ。それでも先日、ついに新しくできた「ゼロ」という下栗町の本格的ジムでリードのトレーニングをやったのさ。事細かに指導してくれるのはいつものジムで知り合ったNさん。ボルダリングは上級者でリードでも大先輩となるキャリアを持った人だ。その方に入門から実践までの指導を受けた。

そして初めてリード用の壁を頂点まで登ったのだけど、これがいつもの3倍の高さがあるもんだから、いや〜冷や汗タラタラ、おっそろしかったねー、初めての高度体験だったからね。十数メートルの高さにロープ一本でぶら下がるというのは日常にはない姿なのでさすがに最初ビビってしまった。4時間ほどやった後には多少慣れてきたけどね。

とりあえずその日は総論と道具の使い方を学び、ロープワークもしっかり身につけられたと思う。最低限必要な2種類の結びだけなのだけれど、ネットで十分下見して練習しておいたからスムーズにできたのさ。

ハーネス、ロープ、ロープバック、カラビナ、ヘルメット、ピレイヤー操作用手袋。なんとかこれだけは揃えたのだけれど、ロープ一巻きだけで2万円もするんだ、もちろん信頼性こそが鍵だから道具に関しては手を抜くわけにはいかないのさ。へそくりも空っぽになってしまった。ややユーウツ。月末には古賀志山で初デビュー、ついに外岩に本格的にアプローチできるまでになった。そのことを自分でも驚いている。求めれば多くのことは実現するものなんだなと感慨に浸るのさ。


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6、シネマフリーク
 「百円の恋」
  六花ビリー


最近映画を観る時間がなかなか取れず、ようやくお盆休みにちょっとした時間があったので手に取ったこの作品、思わぬ拾い物だった。邦画だ。たまたま帰郷しているハタチになる娘が、「これオススメね」と、一緒にビデオ屋さんに行ったときカゴに入れられたものだったのだが、その後感想を聞かれることになるだろうと、あまり気乗りせずに流し見するつもりだったのだ。これが飛んだ誤解だった。パッケージもいかにもチープなものなのだが。

32歳になる引きこもり女、斎藤一子(安藤サクラ)。ブスでちょいデブで実家の弁当屋で居候をし、一日中出戻り妹の子供とテレビゲームをしながら、自堕落な日々を送っている。狭い家に女三人とうだつの上がらない父親の五人、怒鳴り合いの喧嘩が絶えない。このあたりの描写は如何にもという、どこかで見たような風景だ。社会人にならなくてはならないタイミングを逸した若者の状況とはおそらくこのようなもの(多少身に覚えもある)。

妹とのちょっとした諍いから大げんか。家を出るハメになり取る物もとりあえずバックに入れ飛び出すのだが、母親が追いかけてきて渡された幾らかのお金で自活することになる。そして普段から利用している100円コンビニでのアルバイト。これがまた社会の底辺の群像で、その描写がとてもリアル、そしておもしろい。ダメ人間たちの生態観察が新鮮だ。登場人物それぞれのキャラが立っている。
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そんな中で一子(いちこ)は、周りに違わずできの悪い女でしかないのだが、とりあえずレジの金をごまかしたり残り物を漁ったり遅刻欠勤などする人間ではなく、最低限の人間的なマナーは守れる存在ではある。これはこれでとても貴重なことだ。おぼつかない手つきでのレジ打ち、客との対応、なんとかその仕事にしがみつき一人暮らしを続けることとなる。

そんなさえない人間たちの悲喜こもごも、そして彼女はうだつの上がらないボクサーと出会い、怒りを武器に自分を変えていく。その変身していく様が清々しく感動的だ。自分を取り戻すために流す痛み、その引き換えに身につけていくシャープな動き。それとは反対に、女と出会った頃から徐々に自分を失い輝きを失っていく男。しかし最後まで美しいアメリカ映画のような展開は邦画にはない。再会する二人もかける言葉は見つからずただ泣き出す女、抱きしめることもできず離れたところから見つめるだけの男。そんなラストがいい!

とにかくいちこの自分を取り戻す、自分を見出す遅咲き女子ボクサーへの道のりと姿は特筆に値する。第88回アカデミー外国映画賞の日本代表。主演の安藤サクラはこの作品で第39回日本アカデミー賞、最優秀主演女優賞を獲得、他に最優秀脚本賞も獲得している。映像も素晴らしい、どこにも隙がない、どこにも手を抜いていない、その気迫が画面全体に満ちている。

久々に掘り出し物にめぐりあ多様な満足感を与えてくれた作品だ。誰もヒーローやヒロインにはなれなかった、それでいいじゃないか、それが俺たちの時代だと、一子は見せつけてくれる。


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7、時計仕掛けのりんご
 「ライフステージ考」
  鈴木義延




人生の時間経過をたどり、それぞれの時期にどんな課題が隠れているのか、最近そんな総論めいたことを考えることが多くなりました。なんとなく自分なりに一度総括しておきたいわけです。まず青年期とは、生まれたばかりのゼロ歳から成長を続け、幼年期を脱して大人になるまでの時期としましょう。私は学者ではありませんので、一体何を根拠にそんな定義をするのかと聞かれても困ります、ただの思いつきです。

生まれたばかりの子供は弱いものです、強い力で保護してやらなければ自分では何もできませんから、1日たりと過ごせません。それなので成長とはその弱い生命が徐々に強くなっていく経過と言えるでしょう。「死」から遠ざかっていく時期が青年期です。

若者は「死」と戯れたがります、それはあまりに実感がないからだと想像されます。日に日に肉体は強度を増し、知見は徐々に増えて、そこそこの万能感に満たされてゆきます。「無謀」とか「スリル」とか、とかく無意味な無茶をしたがるものです。それは「死」の実感から離れてゆく現実に、そこから発生する恐怖が薄らいでゆく稀な時間を生きているからだと思うのです。

それと逆に「老年期」シニア年代とは「死」に近づいていく時期です。これに異論はないでしょう、体を構成するパーツは経年劣化し、部分部分は機能不全を起こしていたり起こしつつあり、消滅に向かって時に早く、時にゆっくりその歩みを進めているのです。

それにしてもその両者にとって、心の中で「死」との距離は近い、近かったという距離感が似ている、共通項があるというのがこの論で言いたいこと。青年期においては誕生した記憶からの離脱、死はフィクションとして。老年期において死は向かって行く先として、体感的にはリアルな機能劣化の現実として。無論両者にとって「死」は現実ではありません。それぞれにフィクションとしてその「無」となんらかの絆を結ぼうとする働きかけです。否が応でもそれを無視して生きることはできないのです。

青年期と老年期、その間にある20代から50代くらいまでは、死はあまり意識しなくとも過ごせる年代であり、ほとんどの文化、現象はその「死」を感じさせない位置に立っての知見、情報となっているものです。中性的、星矢氏とは多少距離を持ったニュートラなものの見方で物事は語られるのです。

まず大雑把に人生を前期、中期、後期と3層に分け、つまり死から遠ざかってゆく青年期と死に近づいてゆく老年期、そしてその中間にある、死を最も意識しなくても過ごして行ける時期という三つです。そのどこに位置しているかで物事の考え方に本質的な差異があると思うわけで、一体どのような点がどのように違うのでしょうか。


若者文化は、思春期の世界は、世界の全体が見えない、自分が今どこにどのようにいるのかがわからない、他者の意味がわからない、生きる指針など見つけようもないという混乱の中にあることでしょう。何と言っても彼、そしてあなたが生まれる前から世界は存在し、自分抜きで動いてきたわけですから、あなたの存在はなくても全く世界に支障はないのです。それを疎外感として感じることは全く正しい感覚でしょう、そこは出発点なのですから。

自分が未熟でまだ実質的な人生が始まっていない、これが共通認識です。大いなる不足感が彼らを捉え、いかにしてそれを埋めて社会の側に、大人の世界に入り込みその中にある果実を自分のものとするか、時に怯え時に不遜に、彼らは未来を想像するのです。

そこからのアプローチはそれぞれの特性、能力、意思により多様で、それぞれの人生が花開いてゆきます。極限的な技を追求する人、富と栄光を求めてやまない人、最低限の人との関わりに満足してひっそりと田舎の片隅で生きる人。犯罪に手を染める人、居場所が見つからず世界を流浪する人など、とにかく多様です。人の数だけその軌跡はあることでしょう。

しかし一つのスタートラインを超えたからといって、すぐに別なカテゴリーに入れるわけではありません。その境界は極めて曖昧で、いつその「大人のライン」を超えたのか超えていないのかは全く不明りょです。その橋渡しに失敗した人はただ世界を恐れ、恐怖を心の底に中に閉じ込めたまま仮の世界を漂い続けます。それもまた人生には違いないのですが、当事者意識とは無縁のまま過ごさなくてはならなくなるのです。永遠のこどもとして。

実質人生、多くは無自覚なままその境界を超え、橋を渡り、何食わぬ顔で仕事を覚え家庭を作り社会に対して異議を申し立てたり何らかの影響力を行使したりとその手応えの中で生きてゆくのです。何によって自分が支えられているのかなど考える必要もなく、あるがまま、思いつくままにその生を全うしようと充実した活動に時を費やすことでしょう。
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そしていつかやってくる、その賞味期限の切れる時。人生も終盤に近づくと、人々はまたあの青年期のように、ある種の共通項の中で違いを認識し会う場面に戻ってゆくのです。若者が互いを未熟で弱い存在であることの認識から出発したように、互いの勝ち得た虚飾や富や名声や居心地のいい自分の巣などの全てが、また元の木阿弥、何もないところに戻っていく共通認識。そこに例外はありません。死に等価であるという「仲間」に戻るのです。

無論そこにもばらつきはあるでしょう。健康面ではそれぞれに雲泥の差があります。青息吐息でもはや明日は望めないという状況にある人もいれば、マスターズの大会で記録を伸ばし続けるアスリートもいるのです。しかしそうであっても確実な未来を保証される人はいません。明日のことなど誰もわかりません。1年先くらいまではなんとか当てにしても、それ以上望むのは不遜と言えます。

とりあえずこの論では、人生は大きく3層の構造で構築されており、それぞれに物事の発想が大きく違っている、という現実を確認することで導入部としたいと思います。以後はそれぞれの層の特色から、集団のあり方あり方はそれをどのように組み合わせるのが収まりがいいのかというところに向かいたいと思います。(続く)



*写真は山道で見つけたまるでマリモのような苔。
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西ケ丘病院文芸部主催/週刊UTIWAマガジン/「ホリデー西ケ丘」

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ホリデー西ケ丘 Vol.98

西ケ丘病院文芸同好会活動
■週刊(毎日曜日予定)■
ほぼウィークリーUTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.98
(このマガジンは多くのサポーターによって、
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●夜明けのアヒル(編集部)
私は趣味として原稿を書くのが好きです。書くことによって自分が何をどのように考えているのかが自分に明確になるわけで、書く以前は自分が何かに対してどう考えているかの確証はなく、あくまで感触の段階で止まっているのです。それが原稿を書こうとすることで必死に言葉を探し、それによって印象に輪郭が見つかり意味を与えられ、それを組み合わせてうまくすれば実感が写し取れたと思うこともあります。

この作業は意外と体力勝負というか、かなりエネルギーを消耗するようで、何時間も書いた後はぐったりと脳内のブドウ糖が使い尽くされた感が残るのです。でも心地よい疲労感、そのあとのスイーツを脇に置いたコーヒーはなんとも言えずうまく、エネエルギーが補充されていく感じです。いつになく甘いものが食べたくなるのです。

ということであいも変わらず、そろそろ100号になりつつある「ホリデー西ケ丘」のHP内ブログです。すぐに書くネタなどなくなってしまうかと思われたのですが、日々の天気に同じ日がないように、身辺では常に様々なものが流動しています。人の出会いや別れ、闘争と和解、勝利と敗北、とにかく一日として同じ日はありません。そうしてあっという間に半年が過ぎてしまいました。せめて足早に通り過ぎる日々を、このような形で記録することもありかなと思っているのです。もう過去に何を書いたかは記憶にありませんので、同じ話題の蒸し返しなどもあることでしょう。一応100号までの継続が出発時の目標だったので、100号制作と同時にしばし構想の練り直しを行う予定です。



ーーーーーーCONTENTSーーーーーー

1、シネマフリーク
 「あん」
  春夏秋冬

2、BOOKレビュー
 「騎士団長殺し」
  春夏秋冬

3、ラーメンバトンタッチ
 「かぐわし」
  ラーメン倉光

4、SONGSONGSONG
 「ラストダンスは私に」
  六花ビリー

5、ボルダリングレポート
 「壬生町の取り組み」
  炭酸まぐねしゅうむ

6、シネマフリーク
 「書を捨てよ街に出よう」
  シネマ二郎

7、楽器の話
 「リズムセクション」
  アンサンブルYOSI

8、時計仕掛けのりんご
 「愛は有限?それとも無限?」
  鈴木義延



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1、シネマフリーク
 「あん」河瀬直美監督作品
  春夏秋冬

「どら焼き。自前でどら焼きを作っている小さなお店があります。ふっくらした皮に餡を入れて作るその食品。ある時一人の老婆が「私を働かせてくれませんか」と尋ねてきます。アルバイト募集の張り紙があったからなんです。店の主人、と言ってもまだ若い青年なのですが、「いや力仕事があるんであなたには無理かと」と言ってその申し出を断るのです。それでも彼女は諦めもせず、「これちょっと食べてみて」と自前で作ったという餡を置いて姿を消します。老婆が去った後何気なく口にしたそのあんの、なんと豊穣な味!自分が使っている業務用あんとのあまりの違いに主人は驚き、そして魅力を感じるのです。そしていくつかの経緯を経たのち彼女は彼にそのあんの作り方を教えながら店の一員になるのです。「力仕事はあんたやっってね」、そう言いながらも彼女のあんにかける手間は半端でなく多く、そして時間のかかるものでした。

そのあんを使って作るどら焼きはたちまち評判を呼び、連日店の前には行列ができるほどの人気が。彼は思わぬ誤算に喜ぶのです。ですがそのうち老婆の姿を見た人からある噂が。

「あの人ハンセン氏病の施設にいる人でしょ、見た人がいるの」という事実を知人が告げ、物語は暗転してゆくのです。

監督は河瀬直美さん。この方の作品に私は随分以前から触れる機会が多かったのです。最初の彼女のデビュー作、それは全く彼女の手作りの、8mmプライベートフィルムとでも呼ぶべきものでした。
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私が初めて監督の作品を目にしたのは1994年『かたつもり(山形国際ドキュメンタリー映画祭奨励賞受賞)』です。実父と生き別れ実母とも離別し、母方の祖母の姉に育てられた自らの特殊な境遇から制作された作品の独自性が評価されたものでした。彼女は母子家庭で育ち、物心がつき大人になって自分の父親に会ってみたいと思うようになります。彼女はそこで自分が父親を探し、そしてその父親に面会する一部始終をドキュメントとしてフィルムにとり、作品にしようと企てました。ほとんど捨て身な作品作りです。果たしてその作品は見るものの柔らかい部分をチクチクと刺し続けるような、特異な映像でした。それゆえに私も記憶に刻まれるものとなっていたのです。

初めて巡り合った父親との、あまりに淡々としたやりとり。父親は明らかにその再会を歓迎していません。「なぜ私たちは捨てられてしまったの?なぜ私を愛そうとしなかったの?今の私に何か湧き上がる感情はあるの?何かかけたい言葉はーーーー」。

現実はあまりにそっけなく、ドラマとは無縁で、他人と他人が他人の話をしてただ別れていく、その味気なさだけが残った味わいでした。監督としてはどう転んでもこれはそれなりの「何か」を記録するはずだ。そんな計算があったに違いありません。そして自分をさらけ出して、アップで自分の表情を取らせながら、心の中では様々な思いが巡っていたことでしょう。果たして彼女はこの作品をきっかけとして、それからそんな身を削るような作品作りで「カンヌ」に到達するのです。

彼女のテイストはフランスの映画界には大いに愛されました、彼女の作品はカンヌ映画祭で多くの賞を獲得し、以後も特別な名誉を与えられ今日に至っています。日本の中での評価はイマイチでありますが、フランスでの評価とはおそらく求めているものが違うのだと思います。確かに日本の観客にはややあまりに自分に囚われているようなアクの強さもあり、評価は分かれるからです。

そんな中でこの「あん」は、物語の展開や演出などとてもスタンダードでわかりやすく、河瀬監督の心のゆとりを感じさせるものとなっています。無理なシチュエーション作りや難解さは影を潜め、観客を意識した、配慮にあふれたものという印象があるのです。

彼女の独特の空気感を味わってみてください。原作はかつてのロックシンガソングライター「ドリアン助川」さん、思わずホロと泣けてしまう作品です。


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2、BOOKレビュー
 「騎士団長殺し」村上春樹:著
  春夏秋冬


鳴り物入りで書店の最も目立つところに積み上げられたこの作品、毎年ノーベル文学賞候補と、日本の出版社がこぞって後押しする割にはなしのつぶて、騒ぎだけがどこか寂しい経過をたどっているように見えてしまいます。私は、この著者の作品は、どうも自分にフィットしない違和感が残って、歯切れが悪いんです。

この作品も手に取るつもりもなかったのですが、娘が帰郷の際においていったものですからなんとなく手にとって読み切ることになってしまったのです。どこか不本意な展開での読書となってしまいました。

ページをめくるにつけ、それはそれなりに読者を引っ張って行く筆圧というものは嫌でも感じてしまいます。それなりに順調に読者を誘っていくわけですが、途中から「なんですかこれは?」と、痛く興ざめのネタがいきなり登場し、私を戸惑わせました。シリアスな展開に不似合いな幻想の小人が登場してくるのです。私的な趣味として「ロードオブザリング」や「ハリーポッター」などのファンタジーものはどうにも興味が湧きませんので、そんな展開になるならもうこれでいいかしらと本を置いてしまったのです。
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それでもそこがこの著者のずるいところ、つい仕方なくその続きを、数日置いてまた読む羽目になりました。そして後半もソコソコにテンションを保ちながら展開してゆくのですが、ついに最終章までたどり着いて、やはり「???」。私としては「してやられました」というなんとも悔しい読後感となってしまったのです。読まなくてもよかったわねと。

特に物語の中で登場する「絵画教室」の講師、という設定がほんと不愉快。主人公は独特の美のセンスを持っているということで絵画教室の先生をやることになるのですが、彼はそこに集う奥様方と次々に関係を持って全く悪びれることがないんです。これって明らかにパワハラ!そういう出来事は現実にもよく聞かされた経過で、全く不愉快!男性の身勝手な、その女性たちの家庭にどのような毒を流し込んでいるかといった自覚はなく、ただ互いにオシャレでセンスのいい時間を共有している、という認識、設定であるところに、本質的な想像力の寂しさを感じてしまいます。

他にも登場する様々なエピソードはいかにもこの著者らしい上品で知的な道具立てが揃っているのですが、そのあまりに表面的な装飾ばかりが過剰で鼻についてしまうのです。特にこの作者が描く性的な描写はどうも好きになれません。

何が好き嫌い、ベストセラーもそれぞれの趣味ですから、あまり見苦しくならないように語りたいのですが、もうこの作者のものはどれほど評判になったとしても手に取ることはないことでしょう。


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3、ラーメンバトンタッチ
 「かぐわし」
  ラーメン倉光

街を車で移動していたりすると、時折新店の看板が目に入って来て、つい暖簾をくぐってしまうということがよくあるんです。情報誌に載っているお店は一応端からチェックしてしまいますが、それ以外にも目に入ったまだ味わっていないお店お見つけると、気になってしまうのです。

国道4号線を北に走っている時に目についたお店、妙に看板が気になったんです。なんだかいつも見るようなラーメンとは雰囲気を異にした写真、ラーメンの映像。つい昼食時でしたので入ってみました。そして驚いたのは、ラーメンに「鳥の唐揚げ」と「豆腐の厚揚げ」が、どのラーメンにもトッピングとして載っているんです。物は試しで注文してみました。
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驚くのはそれだけではなく、鳥の唐揚げにはタルタルソースをかける事になっていたり、スープもなんだか今まで食べたことのないような種類のもの(例えばトマト)があって、明らかに「日本的」ラーメンとは発想を異にするラーメンであることを感じました。

一番無難そうなものを注文して食べたのですが、「辛い!」、とにかく辛いスープだったのです。それなりに味わいはあるんですけど。まあなんとか全量摂取して店を後にしたのですが、いつものラーメンを食べた後の食感は全く違っていたのです。

その後、その話をしているうちに、実はそのラーメンは、イスラム教徒が安心して食べられる「ハラル」、つまり豚肉やアルコールを一切使わずに作っているラーメンだったことがわかりました。日本的ラーメンの感触がないのは当たり前、イスラム教徒御用達のラーメン屋だったとは、不勉強でした。それを頭に入れて食べれば納得する味だと言えるかもしれません。分厚い厚揚げが麺の上にドカンと載っているのです。唐揚げも。

新聞によればその店にはイスラム教用の祈りスペースも設けられているのだとか。次第に宇都宮市も他国に準じて国際色豊かになっているようです。


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4、SONGSONGSONG
 「ラストダンスは私に」
  六花ビリー


「ラストダンスは私に」この名曲は越路吹雪さんの歌唱で日本でヒットした。それなので私はてっきり「女性を同伴してダンスフロアーに現れながら、他の女性に目移りして、エスコートしてきた女性を軽んじているような、かなり好色な駄目男をパートナーとしている女性の嘆き」という風に受け取っていたのだ。女性を誘っておきながら、ダンス上手なのだろうそれを武器に、次々に他の女性に色目を使う男の姿が嫌でも目に浮かんでしまった。

他の女性と帰る約束はしないで最後には私と踊ってね。なんと奥ゆかしく謙虚な、男性にとっては都合のいい女性であることか。ややそんな違和感も感じていたのだ。

ところがこの歌はもともとアメリカのドリフターズ、ボーカルはその後「スタンドバイミー」を大ヒットさせるベンEキングで、男性が歌のメッセージの主だったことに遅まきながら気がついた。それならこの内容の詩は大いにあり得ることだと納得したのだ。
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男性がダンスパーティーに女性を誘う、女性は誘われたからといってその男性の彼女であるとは限らない。ダンスに誘うのなら私の面倒を見るのは当たり前よね、私があなたの彼女というわけではなくとも。それはごく当然な彼女の言い分であることだろう。

男性としては連れていった女性が美人で魅力的であるほどに誇らしい気持ちにはなるだろうが、かといって独占するわけにはいかない。誘いがあれば譲るのがその場でのルールだ。そしてその女性をハントしようとする申し出を無下に断るわけにはいかないのが、ダンスパーティーというものであるはず。そこは出会いの場であり、女性は半分フリーとして他の男性たちに扱われるのだ。

そういうシチュエーションなら、歌詞で歌われる内容がことごとくすっぽり収まる。男性の目から見た危うい女性心の移り気、それをつかまえきれない男性の揺らぎ、不安、恐れ、失望などの背景。祈るように彼女に自分だけを見つめてほしい、その願望が切実に歌われている、これは男性の歌なのだ。

越路吹雪さんの歌があまりにヒットしてしまったために、この歌の本来のシーンはやや歪められたものとして定着してしまった感があるが、原曲に親しんでこの歌のメッセージを素直に楽しみたい。それにしてもいい歌だ。いつになっても様々なミュージシャンがリメイクしたがるのがよくわかる。


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5、ボルダリングレポート
 「壬生町の取り組み」
  炭酸まぐねしゅうむ



人は誰も自分を中心に物事を考える、というのは変わることのない現実なのだけど、サッカーをしている人は、人々がもっとみんなでサッカーをやったほうがいいと思うものだし、柔道をやっている人はもっとみんなが柔道をやって、体力作りや転んでも反射的に受身ができるようになればいいと思うもの。

そろばんをやっていれば、もっと皆がそろばんをやって、暗算能力を高め、音楽をやっている人ならもっと芸術的な街になればと思うものさ。それぞれに自分の趣味がもっと一般化してその愛好家が増えればいいと考え、それぞれに一生懸命普及活動に精を出している。その割にその数というものは大きく変わらないのが現状だろうね。

そんな中、ことこのボルダリングに関しては、なんというかおいら達にとっては画期的な展開が知らされた。一つは昨年から始まったオリンピックへの参加という活動と、それを視野に入れた国体の有様さ。
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2020年にオリンピック競技として初めてクライミングが登場するわけだけど、それ以後もその選手を育てる環境作りの一環で、国体での同競技への取り組みがある。2022年は栃木県が国体開催県になることになっている。前回の栃木県での「栃の葉国体」は1980年に開催されたけど、その時もいろいろな競技のテコ入れが行われた。バドミントンもその時初めて国体競技となり、選手団が編成され、その人たちが今も現役で街の社会人クラブで活躍している。社会人スポーツ界において国体が与える影響は意外と大きいんだ。

そこで2022年に行われる国体の山岳競技会に向け、当日会場となる壬生町は、町内14カ所に約1億円をかけて本格的なボルダリングウォール(壁)を作ることになった、街自体を「クライミングの街」として全国に売り出すのだという。設備は競技会が開けるような本格的なもので、体育館のメイン設備を中心に、小中学校や公共施設にそれは設置されるという。

なんだか「申し訳ないですね」と、感謝の意を表したいのだけれど、そこまでしてくれることに多少の戸惑いもあるんだ。そりゃあ町営となれば民間の施設よりは手頃な料金設定になるだろうし、子供たちが遊びを通してこの競技に親しんでくれるのは頼もしい限り。一体どうなることやら楽しみは尽きないけれど、スポーツってのもやはり流行りものなんだなと思ってしまう。実際おいらが始めたのも、それはオリンピック競技になる前だったのだけれど、やはりそんな風潮を情報の中から嗅ぎ出していたからだと言えるし。

それにしても急激にこの競技の環境が激変しているのが実感さ、7月には最も設備の整ったジムが市内にオープンしたとのことで、愛好家はそれなりに増えるかもしれない。それというのも、スポーツ人口というのは、ほとんど絶対数は決まっており、それぞれの競技でその人材を奪い合っているというのが実情だと思う。普段は酒飲みするのが趣味な人が、いくらブームと言ってもスポーツを始めるとは思えないから。


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6、シネマフリーク
 「書を捨てよ街に出よう」
  シネマ二郎

 「書を捨てよ街に出よう」「さらば箱舟」「田園に死す」、寺山修司さんの作品をまとめてみる機会がありました。私にとっての寺山修司さんは、ある時代の寵児、時に彼は「魔王」と呼ばれ、ある時代まさに彼を中心に一つの世界が動いていました。彼は多くの著名人の中でも特別な人間の一人です。状況劇場、赤テント、黒テント、1960年代末期から70年代前半にかけて、私もそんなアングラ演劇に夢中で入れ込んでいましたので、寺山さんのネームバリューは絶対なのです。そしてその映画作品も、当時大きな衝撃を持って鑑賞した記憶がありました。

それを40年以上の時を隔ててみるわけです。一体自分はそこに何を見ていたのだろう、その記憶と今の感性で見るその出来事、物語、映し出される映像をどのように受け取れるだろうと興味津々、休日の昼間からそんな作品群をたっぷり贅沢に鑑賞したのです。
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結論から書きますと、「田園に死す」は今でも寺山マジックを感じさせるものですが、「書を捨てよ街に出よう」「さらば箱舟」は、あまりその特異性を楽しめませんでした。若さゆえの逸脱、悪ふざけ、過剰演出、おどろおどろしい脅かし。その後豊かさ、都会化へ疾走した時代で綺麗さっぱり払拭された側面が、懐かしくもありながら素直にそれを別の美としては受け取れなかったのです。

それでも未だに歌に詠まれた彼の言葉センスには、脱帽です。今でも心の深い部分を瞬時にえぐる魔法が宿っているのです。まだしっかりその時代特性を対象化できてはいないのですが、どんなに腑分けしても腑分けしきれない塊が確かにそこにはあるのです。


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7、楽器の話
 「リズムセクション
     ティンパレス」
  アンサンブルYOSI



世界中に打楽器の類はほとんど無制限にあります。どんな物質でも叩けば音を発するものですし、それを共鳴空間を作って増幅する工夫は、どの民族においても盛んに行われていたもののようです。

ティンパレス等打楽器があります。遠い昔には日本のグループサウンズ「タイガース」のジュリーが、「踊りにゆこうよ青い海のもとへ」そのあとにタタタタと叩いたあの太鼓です。腰のあたりの高さに対になった金属リムの太鼓。

ラテン楽器で、主となる基本リズム(バスドラなど)の合間に、おかず中心にパラパラと入る打楽器です。でもこれがとても魅力的で楽しい部分を担っているのです。
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「ブラックマジックウーマン」で世界的にヒットしたロックグループ「サンタナ」で、リズムセクションを担っていたパーカッショニストの娘さん、これが「シーラE」という女性なのですが、この人がとにかくこのティンパレスの魅力を最も世に伝えたのではないでしょうか。80年代中期に活躍した彼女は、昨年亡くなった天才「プリンス」などとも共演していました。

とにかく派手で、右足でシンバルを蹴ったりしながらのパフォーマンスは「かっこいい!」と、おもわず拍手したくなるライブでした。今でもyoutubeでみれますので、その時代の彼女の輝きを堪能できます。私もそのライブ映像を初めて見たときすぐに楽器屋さんにゆき、即座に手に入れて練習したのですが、リズムセクションの基礎が全くないままでしたので使い物にならず、改めてヤマハのドラム教室に通いながら、じっくりと基礎作りに時を費やしたのです。

そうしたら基礎リズムの作りの方に関心が向いてしまい、あまりその楽器を叩くことはなくなってしまいました。音が大きすぎるというのが難点で、住宅事情の悪いところでの生活ですので仕方ありません。タオルをしいて叩く音はあまり魅力的ではないのです。



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8、時計仕掛けのりんご
 「愛は有限?それとも無限?」
  鈴木義延




「愛」は「汲めど尽きせぬ」ものなのでしょうか、無限大にあるものなのでしょうか。どうも普通の人、一般人に関して観察すれば、多少その量の差はあっても「有限であるように見える」のが「愛」という、なんだかよくわからない心のありように思えるのです。愛ってなに?

無限大の愛を標榜する人もいますが、まずは自分に当てられた自己愛でほとんどを費やし、まずは子供と配偶者、そして兄弟、両親などの肉親。それ以外は他人のカテゴリーの中から近い距離の人たちを中心に注ぐのが愛情というものでしょう。その数が増えるにつけ一人一人に注ぐ量が分散したとしても不思議ではありません。愛情とはそのまま対象に注ぎこめる時間と比例するものでしょうから。

一生を通じ一人の異性に全力な愛情。それであるならかなりゆとりを持って、満足感と充実感を与えられるほど注ぐことができるでしょう。ですが、複数、そして多数となればそのぶん割り算されていくわけですから、個々に当てられる量は限度ができてしまうかもしれません。「恋多き男、恋多き女」ともにそれは刹那的な愛情は豊富でも、時間との掛け算になればそれがそれほど大きなものにはなり得ないのが原理です、単純な掛け算、割り算で示されるように。

一般的に異性との間でかわす愛情は、時とともに変化してゆくものです。美しい娘は恋人となり妻となり母となり、そして祖母となってその時々の役割を果たしてゆくでしょうし、男性もまた一人の青年から恋人となり夫となり父となり、そして祖父となって繋いでゆくのがライフステージといわれるものです。

無論、男も女も、そして人生はそんな単純ではありません。現実の男女の関係を構成する要素は実に多様で複雑であり、そして時とともに変質してゆくものです。ファイナンシャルプランナーが描き出す絵に描いたような展開などごく稀であることでしょう。それぞれに固有の局面を経ながら、それでも大まかにライフステージは同じような経緯を辿るということです、もちろんそれが全てではありません。

一生を通じて一人の人間が消費できるものやエネルギーは限られています。起きて半畳寝て一畳と言われるように、いくら何百億の財力があっても、自分が使えるスペースはたかが知れています。かつてロックのスーパースター、マイケルジャクソンは自分の自宅に遊園地を作って勢に行っていましたが、それが本当に幸福を保証するもののようにはあまり思えませんでした。そこで遊ぶのは彼一人、そしてほんの少数の知人。それって幸せな風景とはかなり違ったものに見えたのです。まるでミステリーゾーン。

まあ溢れるほどのお金持ちがどんな楽しみを持っているかは、考えても仕方ありません。値段もつかないようなビンテージカーを、まるで博物館のように所有して悦に入るなど、庶民には縁のないことに惜しげも無く余った財力を注ぐ方もいるわけですが、あまり羨ましくはありません。車はとりあえず一台あれば十分です。それも燃費のいいやつを。

限られた愛情のエネルギーをどう効果的に使っていくと満足度が高いのか、これは多少志向によって意見が分かれてしまうことでしょう。たくさんの異性と出会うことが最大の楽しみというドンファンもいれば、「私の大事な旦那様」などと、古式ゆかしくフェミニストに吊るし上げられても信念を曲げず、謙虚な気持ちを持ってパートナと過ごす人がいても責めることはできません。

ただ確実にわかっていることは、男と女の愛情はそれにふさわしい時間を要求するということです。その関係が深く暖かければそれに見合った、互いの人生の時間を多く共有することを求めるでしょうし、愛情が冷めてしまった場合は、未来は変更を迫られることになるかもしれません。しかし愛情が芽生えるにしろ冷めるにしろ、それは互いが同時にということはあまり考えられません。どちらかのミスマッチ感、違和感と後悔が生まれてそれが一つ一つの意味を変えてゆく。その時間差があるのが現実です。
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「恋の終わりはいつも、立ち去るものだけが美しい」とは中島みゆきさんの歌の詩ですが、愛が相互に交わされる心のあり方であるなら、片方の心の変質はもう片方のあり方にも変化を要求してくるものです。断固としてそれを認めないとするならトラブルは避けられません。過ごした経緯にふさわしい社会的な権利が発生している場合、それにふさわしい対処が求められるのですが、人と人の関係の清算は単純にはいくものではありません。

恋愛というものは、男女の関わりというものは、そこに小さな社会を含み込んでいることの評価が、人によりまちまちで、様々な齟齬を生み出してしまうもののようです。他者の存在、それはパートナーであったりその家族であったり生まれてくる子供であったりの濃密なネットワークとの関係なのですが、単純に二人だけの世界で終わらないのが難しいところで修復することが難しい喜怒哀楽を生んでしまうと言えるでしょう。無限大にその「愛」があれば話はまた別なのですが。悲しいかな人の持てる「愛」には限りがあるようです。




*写真はボルダリングのメッカ、笠間の巨石。
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西ケ丘病院文芸部主催/週刊UTIWAマガジン/「ホリデー西ケ丘」

●原稿募集のお知らせ

編集部では常時生活身辺雑記、お薦めお店情報、便利グッズの紹介、ポエム、短歌、俳句、川柳、エッセー、コラム、随筆、お知らせ、趣味自慢、ペット自慢、家庭菜園紹介、譲りますなど、まとまり無い原稿、自己アピールの原稿などを募集しております。窓口担当(3西/鈴木)までお送りください。メモ書き、メール、口頭、何でもOKです。

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<西ヶ丘病院の森の息吹>

2017年9月30日
朝晩の冷え込みが激しくなってきた今日この頃。
今日も早朝に寒さで目を覚まし布団をかける(毛布1枚で寝ていた)。

今朝の下野新聞には、「県内各地でこの秋一番の冷え込み、奥日光の戦場ヶ原で初霜と初氷が同時に観測された」との記事が書かれていた。
昨年より1日早いようだ。
前夜の気温は10℃以上だったが、未明から冷え込み午前6時には氷点下3℃になったそうです。

西ヶ丘病院の森も、木々の葉は秋色に染まり、たくさんの落葉が森の地面を覆い隠し風情を感じさせます。

夏の間、盛んに鳴き声をあげていた蝉たちの声も聞かれなくなり、代わりに聞こえるようになってきたのが、秋の虫「コオロギ」などの昆虫の鳴き声です。

ということで今回は「コオロギ」の写真です。


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このコオロギは「エンマコオロギ」でしょうか!?
コオロギの種類には次のようなものがあります。

 ・エンマコオロギ
 ・タイワンエンマコオロギ
 ・ツヅレサセコオロギ
 ・ハラオカメコオロギ
 ・ネッタイオカメコオロギ
 ・クマコオロギ
 ・モリオカメコオロギ
 ・ミツカドコオロギ
 ・ハネナシコオロギ
 ・カマドコオロギ

以上のような種類があり、鳴き方もそれぞれ違うようです。
大多数のコオロギの成虫が8月〜11月ごろに生息します。
ただし例外もあります。

寿命は種類にもよるが、多くの場合1年。
成虫になってから約1ヶ月半です。

コオロギについてもっと詳しく知りたい方は、下記URLページ「知識の宝庫」を参照してください。

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<西ヶ丘病院の森の息吹>

2017年9月21日
西ヶ丘病院の森の中には十数本の栗の木があります。

6月に穂状の雄花が開花し、9月にはいり徐々に”イガ”をつけはじめ、中旬にはイガが裂開し、成熟した実を地面に落とし始めました。

台風18号が通過した翌日には、成熟して裂開した実がたくさん地面に落下していました。

撮影日:2017年9月18日
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撮影日:2017年6月26日
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開花した栗の雄花

焼いて食べても美味しいが、やはり栗ご飯にして食べたいですね。
子供のころはよく生のまま食べたものです。
この渋皮を剥くのが大変だった。

この写真を撮った日も、見知らぬ年配の女性2人が、グランドに落ちている栗の実を拾い集めていた。

たくさんの栗の実が地面に散らばっている状態を撮りたかったのだが、昼休み時間にカメラを持参しグランドに行くと時すでに遅し、この女性たちにすべて拾い集められてしまい、残っていたのはこの写真の実のみでした(-_-;)

栗ご飯にするのかな〜。
食べたい。

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ホリデー西ケ丘 Vol.97

西ケ丘病院文芸同好会活動
■週刊(毎日曜日予定)■
ほぼウィークリーUTIWAマガジン
「ホリデー西ケ丘」vol.97
(このマガジンは多くのサポーターによって、
    細く長くをモットーに制作されています)



●夜明けのアヒル(編集部)
社会的な組織において、個人に求められるものと集団に求められるもの、そこには大きな差があります。個人を評価するためには個別に課題を与え、その処理能力の優劣、効率などを数字で比較すればいいわけです。しかし現実社会では、あらゆる仕事に個人で独立して対処することはありません。必ずパートナーや仲間や協力者、サポートしたりされたりする立場の人たちがおり、その組み合わせで社会は動いています。

毎日毎日私たちは他の部署、立場の違う仲間、年齢や性別キャリアに差のある同僚たちと、立ち現れる物事の対処に当たらなければなりません。その時求められる力は、個人のパフォーマンスの高さではなく、いかに強調してペアとして、グループとして、組織として、企業としていい結果を残せるかどうかという点です。単独個人の力より優先される資質があるのです。他者と連携する力、それは全体の中で当事者がどのような位置にあるかという自覚、その認識の有無で結果が大きく変わってくることでしょう。

それぞれの方向性が不適切なら力はむしろマイナスに働き、全体のパフォーマンスを下げることにもなります。何に力を注ぎ、何は抑えるというバランスを意識して使い分けられること。その意識が高ければ、自ずと集団としての力は高まっていくと予想されます。そう思いながら、自分なりに優先順位を外さないようにと意識して仕事に勤しんでいるのですが、現実に起きる出来事は常に即答を求めます。それに対応する反射神経、瞬発力も不可欠です。せめて相互間の、あからさまなマイナス因子だけは減らしてゆきたいものです。



ーーーーーーーーCONTENTSーーーーーーーー

1、イベント
 「男体山に登る」即席チーム奮闘記
  さんざクロス

2、ボルダリングレポート
 「解説書を楽しむ」
  炭酸まぐねしゅうむ

3、シネマフリーク
 「宮崎駿」
  シネマ二郎

4、SONGSONGSONG
 「再会」
  春夏秋冬

5、BOOKレビュー
 「もの食う人々」辺見庸
  六花ビリー

6、時計仕掛けのりんご
 「蛹(さなぎ)時代の生き方」
  鈴木義延


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1、イベント
 「男体山に登る」
  即席チーム奮闘記


七月は有志数名で男体山に挑戦してきました。普段あまり登山などをすることのないメンバーでのチャレンジです。とりあえず栃木県民であれば、一度は登っておきたいのが男体山。頂上にはなぜか剣の刺さった岩があるのだとか。その真偽も確かめたいと食事をしている時の話題からの計画となりました。私たちが登頂した日とは別に、その1週間後、同じ職場の女性たちが果敢にも同じ行程をクリアしたということで、女性たちのパフォーマンスにも惜しみない拍手を送らせていただきます。

男体山は霊山として信仰の対象になっており、七月三十一日深夜八月一日真夜中零時から、信者による深夜登山が毎年行われているそうです。そして誰が一番先に頂上にたどり着くのかなど山登りの行事を経て、皆でご来光を仰ぐのだとか。そのような行事に参加する人は早い人で1時間半で登頂してしまうのだそうです。中には一日24時間何往復できるかを追求する人もおり、最近のニュースで31歳の女性が一日に7往復してギネスブックに登録されたとの報道もありました。
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私たちはなかなかその日時に合わせては休みが取りにくいという事情もあり、深夜登頂のイベント参加することはできず七月下旬での登山となりました、そのせいか当日登山者の数はとても少なかったです。天気は晴れたり曇ったり、予報は雨ということでしたので参加者は皆しっかりした雨具を用意していたのですが、その出番がなかったのは幸いです。

男体山は上りのきつさが有名です。ガイドブックには「苦行とも思える登り」と書いてありましたので、参加者それぞれに気合を入れて挑むことになったのです。そして実際なかなか体力を試す傾斜でした。それでも日頃特に運動をしているわけではないというメンバーも、滞りなく山頂にたどり着けたのです。その達成感はなかなか得難いものでした。

私は30年ほど前に一度この山に登ったことがあったのですが、30年の時を経てわかったことは体力の違い、やはり若さのポテンシャルを改めて思い知ったということです。当時はそれほど辛いとは思ったことはなかったのですが、今回は膝にかなりストレスを感じました。

山頂には話題の「つるぎ」が、ありました。ステンレス製でもはや錆びることはないのだということです。意外に大きなモニュメントとなっており、そこで登頂記念の一枚、このために今回は登ってきたのです。昼食は携帯用ガスバーナーで湯を沸かしインスタントラーメンやおにぎり、そして熱いコーヒー。

帰りの道行きもまたなかなかヘビーでした。下りの方が辛いというのはよく聞かれる話で、高低差から来る膝など関節への負荷は高大きく、それを緩和するために使用する登山用ストックは欠かせないアイテムです。
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水分は一日でそれぞれ2リットルほどを飲みましたので衣類は汗でびっしょり、下山後はまずは温泉で汗を流し着替えること。そして空腹を満たすこと。山の道行きを振り返りながらの食事に花が咲きました。宇都宮市に戻ってきたら山とは打って変わっての集中豪雨に驚いたのです。登山の道行きにこんな豪雨に合わなくてよかったとホッとしました。

実はこの山行きにはもう一つ別の目的がありました。それは来年の夏を視野に入れた登山計画です。夏のシーズンで山の気候が最も安定する七月下旬に、日本の最高峰「富士山」でご来光を拝むというのがその計画です。それを実行するための体力テストといったニュアンスがこの「男体山登山」にはありました。富士登山を実行できるだけの体力がそのメンバーにあるのかというのを自他ともに知る必要があったのです。一応最初の段階でのテストは合格!

富士登山に向けてその前に何度かの山行きを実行し、それに必要な体力と共に備品を揃えてゆくというのもプランに入っているのです。山の道具は一つ一ついい値がしますから少しづつ登山のたびに揃え、富士山で本番を迎えるのだと。特にウェアとかザックは使い慣れて体になじませなければいけませんから、準備段階が重要なのです。特に新しいシューズを足になじませるには時間がかかるのです。

一泊二日の行程ですから山小屋の予約も早い段階でとっておかなければなりません。シーズンが始まった途端にすぐいっぱいになってしまうからです。今の段階から狙っておかなければならないのが、世界遺産に登録されてしまった山の宿命、アジア、ヨーロッパからの登山者も目白押しです。ほとんど現場で無理やり山小屋に入り込む以外にないかもしれないのですが。

それと一番重要なのはチーム作り。役割分担、ネットワーク構築など、互いの信頼が得られるようられるよう、実践を積み重ね体験を共有するしかないのです。とりあえずそれがこの登山プランに求めるものなのでした。


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2、ボルダリングレポート
 「解説書を楽しむ」
  炭酸まぐねしゅうむ



本には色々あるけど、まずよくお世話になるやつがマニュアル!電気製品を買うたび、特に最近のものは全てと言っていいくらいマイコンチップが入っているから、単純にスイッチひとつ電源を入れればいいというものはほとんどない。使用する前にあれを設定してこれを設定してセキュリティーはどうでネットワークはどうでパスワードが云々、全く「いいかげんしてくれ!」と、意味なく、無駄とわかっていても怒りたくなるもの。誰に向かってというわけではなく、あえて言えば「時代」に。

でも「解説書」、それも自分が興味を持っているものに対する解説書、指導書の類は、これは本としてとても幸福な使われ方をしているのではないかとよく思うのさ。どういうことかというと、例えば小説なんかは、ましてミステリーものなど、一度読んでしまえば二度読むことは稀、ミステリーの犯人探しでは再び手にすることは少ないはず、何と言ってもオチがわかってしまっているわけだから。

その点指導書などは、それを書いた人が読者に何かを伝えようと、それこそ一生懸命あの手この手でイメージを伝えようとする、読者も一生懸命理解しようと努力する、それがいいんだ。

もちろん作者のグレードによって、伝えようとする何かは正確にプレゼントされたりほとんど参考にならなかったりのばらつきはあるにせよ、何らかの伝えようとするものを持っている人は、その表現力の稚拙にかかわらず、それぞれの言葉でもがきながら紙面を作っていると思う。皆それなりに誠実なのさ、表現するということに。
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「学び」というものがあるとして、学ぶ人は教授しようとする先生、もしくは先輩、もしくは指導者、とにかく伝えたい何かを体得している人の、伝えようとする「なにか」は、受け取る立場にいる人の体の中にはないものなわけ。

ないものを「学習」するわけだけど、受け取る人は何を受け取ることになるのかはあらかじめ分かっていない。概念そのものがその人にはないのだから、ないものを確かなものとして受け取るため、それが指導書にあの手この手で書かれている。読者はそれを、言葉を手掛かりになんとか掴もうと必死なんだ。言葉はただの媒介に過ぎない、伝えたいことはその向こうにある、特にスポーツなど体を使った表現には、言葉は常に二の次だから、それが目的になることはない。いくら美辞麗句で美しく語られても、伝えたいことが伝わらなければ何の意味もない。そのために、写真やイラストをふんだんに使っての解説が行われるものさ。

ボルダリングに関してもいろいろな解説書が出ている、おいらだって一体何冊を手に入れて読み込んだかわからない、10冊は下らない。でもこれは役に立ったと思えるものは少ない、用語を覚えたり全体的にどんな技術があるかは伝わっても、「だからあなたは今何をどうすればいいか」という問いに答えられるものはない。相手が想定する読者とおいらの実態そのものがイコールになることはないのだから。

そんな中で、まあ過去にさかのぼって入門書から技術書をランダムに繰り返し手に取るのだけど、1年前にはわからなかったことが、「ああ、なんだこのことだったのか」と、実感を通して理解されることもある。とにかく繰り返し何度も眺めているうちに、ようやく「著者はこれが言いたかったんだな」と納得することもある、なかなか体感しているものを言葉にするのは難しいものさ。

そして今やお気に入りの解説書を手に入れることができた、「山と渓谷社」が新たに出した「スポーツクライミング教本」という2000円の本なのだけど、今までやや説明不足だったと思える場面を、力学的、生理学的、物理的に解説しながら何をすべきかを機械的図式、モデルを使って示す語りがとても説得力を持っている。もう一つは「東京新聞社」が出した「イラストクライミング」、今それらの本を繰り返し繰り返し

じっくりと読み込んでいるところ。

いい教本に出会うというのは大切、まああまりそれをあてにすることはないのだけど、行動と理解する言葉が並行して身につけば、それはそれでとても心地いいのさ。余計なことを語るより一枚の写真、それだけの方がとても雄弁だったりするのがスポーツだ。


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3、シネマフリーク
 「宮崎駿」
  シネマ二郎


引退を表明した宮崎駿監督は、その言葉を撤回して人生最後の作品作りを開始した、という報道があり、監督の現代の心情を捉えようとした番組の中で印象的なシーンがありました。それは若いスタッフ達と自分の位置との戸惑いや期待の心の揺れ動きです。

世界に冠たるビッグネームの宮崎氏、誰もその作家としての輝きを疑う人はいません。そしてそんな監督をしたって有能なクリェーター達がそこに集い、文字通り寝食を忘れて彼の作品作りに協力を惜しまない、そんな姿が活写されています。

監督は自分がもはや過去の人になりつつある、そんな自覚から、照れながらもう一つだけ作品を作ってみたいと申し出、そして自分のアイデアを語ります。同時に詳細な絵コンテを示し、これをなんとか作品として完成させたいと皆に協力を仰ぐのです。アニメーションは膨大な人の手を必要とする独特な世界、それに携わる人たちが同じイメージを共有しないと監督の思いが形になることはありません。自分でも作品を作るという思いはそのまま「戦いが始まる」というように、各スタッフとのイメージの共有というのは生易しい作業ではないのです。

そこには常に「戦い」という言葉に恥じない、互いのビジョンのすり合わせがあり、それはストレス以外の何物でもないのです。「この色ではない」「この動きではない」「視線が不自然だ」「生き物の豊かさが伝わってこない」。監督は次々にダメ出しをしなくてはなりません。どこかで妥協すれば、それはその程度のものにしかならないことがよくわかっているのです。多くの作家はその共同作業の落とし穴に落ちて駄作を世に送り、そして評価を落として消えていった、そんな経過は枚挙にいとまがありません。

監督の求めに応じて、自信作として作った絵を全て破棄し最初から作業に取り掛かる、そんなスタッフの姿が繰り返し映されていました。そんな姿は宮崎氏に限らず、黒澤明監督やスピルバーグやその他諸々のビッグネームは同様に「暴君でなければできない」という、映画制作の現場の特質なのでしょう。妥協こそは一番避けなければならない「誘惑」なのです。これだけ一生懸命やってくれた背景の絵だから使ってやろう、などという温情に流されればそれで全てが台無しになる結果になるのです。支配欲の塊、そのくらいでなければその現場を仕切れないとはよく言われる映画監督の資質のようです。無論それぞれに違った経過と形で結果を残すわけですが。

アニメは人の手を使います、そこので現在はAI(人工知能)がその制作現場にも取り入れられ、それまで人の手で描いていたセル画を自動作成するソフトも導入され始めたということなのです。そこでその成果を、若手のプログラマーと一緒に開発した映像を、監督を中心に鑑賞する機会が設けられます。小さな映像を鑑賞しながらのミーティングはその都度頻繁に行われています。

人が作り出す動き、描く絵にはどうしても癖があり、AIは時にそれを超えることができる可能性があります。実際囲碁や将棋では人間の能力を超えたと言われており、人との会話もそれらしくこなせるようになったのは事実です。ただそれはどれほど人間らしく受け答えしたとしてもプログラムでしかありません。そこに人格や意志はありません。

若手の協力者やベンチャー企業のCG開発者が自信作を持ってその会合に集まります。そこで開発者はこれぞというプレゼンテーション用の映像を披露するのです。「人間が考える動きには制約があります。そこで私たちは生き物の移動という目的を果たすため、体のパーツを自由に動かせ、目的を果たすよう指令を出し、人工知能はそれによってこんな結果を出しました。

そこに映された映像は人間的な形態をしているのですが、奇妙な動きで確かに視覚的なインパクトがあります。「この動きを使えば何か想像上の生物の歩行など、ユニークなものに応用できると思うのです」。開発者は自信満々、監督よりのお褒めの言葉が聞けるものと笑顔でその言葉を待っています。事前にその映像を見た人たちも監督にそれを提案することが誇らしげに、次の言葉を待っているのです。ところがその口から出てきた言葉は想定されていないものでした。
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「僕には、体に障害を持った友人がいます、その人と会うとまずハイタッチをするのです。その時彼は不自由な体で手のひらを上にするだけでも体をくねらせ、持てる力の全てを尽くそうとそれこそ必死に手を伸ばすのです。私は少し間を置きながら絞り出されるその手に触れ、互いの出会いを喜び合うのです。障害者は自分の使える力を総動員して歯を磨いたり移動したりものを取ったりします。それは私たちとはまるで違った動きになることでしょう。それがどんな動きであろうと笑うことはできません。このAIを使って作り出した動きはそれそのものです。私はこの映像を今見てとても不愉快になりました。これは人間に対する尊厳の冒涜です、人間を汚そうとするものです。こんなものを私は作品に取り入れることはありません。いくら面白い動きといってもその中にも美しいもの、感性を心地よく刺激する動きというものがあり、僕はそれを求めて生きてきました、とても不愉快です、こんなものは許せません」。

プロジェクターで映し出された映像は、人の形をしたものが、何らかの部分に損傷ができた場合、どういう動きで目的を果たそうとするのかを人工知能で作らせた映像です。頭を足代わりに使い、首をくねらせ、足を昆虫のように使いながらのたうち転がる姿なのです。どこかグロテスクさを感じさせる映像になっていました。

私もこの番組を録画して観たわけでもなく、たまたま夜中にチャンネルをひねったらやっていたので途中から見たというだけのものです。それなので正確な言葉を記することはできませんが、監督の言葉はおおよそそのような内容だったと思います。それにしてもきつい物言いでした。和気あいあいな雰囲気は一挙に凍りつき、改めて宮崎駿という巨大な作家性、その一側面を見たように思うのです。それにひきかえ、優秀なテクノクラートたち、技術者たちはスキルは膨大にありながら、実は「創作」というものに必要な一番重要な何かがない人たちなんだなと思わざるを得ませんでした。

そしてそれを共有しなければ監督が納得するビジョンを形にできない、それはもともと不可能な課題なのかもしれません。その溝を埋めようとする作業は文字通り「戦い」以外の何物でもないのです。

そのレポートの最後に監督の独り言、つぶやきがありました。「自分が作りたいもの、自分の中にある独特のビジョン、それはやはり自分が手書きで作るしかないのか、全てを」と。

どれだけスタッフが熟練しようと、どれほどテクノロジーが進化しその作業を軽減させようと、偉大な作家の心の中に生まれたイメージを形にできるのは、当人が持っている、彼が磨き上げた何らかの技術、宮崎氏にとっては絵を描く技術以外にはないのだという、悲しい現実です。他者は結局他者でしかないのでした。

そんなこだわりを思いながら改めて過去の名作「風の谷のナウシカ」を見たのですが、その動きの一つ一つに監督のそんな思い入れと愛情が塗りこまれているようで痛く納得したのです。霧や雲の流れ、揺れ動きのそれぞれがなんて暖かく、人の感性に心地よく働きかけてくることかと思い至るのです。


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4、SONGSONGSONG
 「再会」
  春夏秋冬



シャンソンという歌の分野があります。分野といってもそれはある一時期の、第二次世界大戦中から1960年頃までのフランスで流行った大衆歌というほどのもので、厳密な定義はありません。ただその頃の歌には独特の共通したニュアンスがあり、「成熟した大人の恋」というモチーフを魅力的に歌ったものが多いのです。

1960年台中盤からはシルビーバルタンの「アイドルを探せ」、ミッッシェルポルナレフの「シェリーに口づけ」というポップスが世界でヒットしましたが、それら一連のロック調ヒット曲はシャンソンとは呼ばれないようです。

日本では「フランス」というのは独特のステータスを持った国の名前で、アートフルでエレガント、知的、成熟した、美に貪欲な、というような形容がまとわりつくものです。そこで流行っていた歌となれば多少特別視したくなるものなのでしょう。特に日本の戦後、アメリカンポップスが大量に流入し、それらは全て当時まとめて「ジャズ」と呼ばれていたのですが、それと比較しながらの、意図的なイメージづけになったと思われます。

現代の怪人「美輪明宏」さんが、その頃1960年代、「シャンソン歌手」を名乗っていたのも、ロカビリーやポップスとは違う存在でありたい戦略ゆえのものでしょう。歌っている歌は「ヨイトマケの唄」など、自身のオリジナル、ほとんど民謡風のものまでありましたから。それでもシャンソン歌手というネーミングは、独特のステータスを持っていたのです。それは現代でもまだ残っていますが、一時期の「高級感」はかなり薄れてきたと思えます。越路吹雪さんが最もその「シャンソン歌手」としての実質を体現した人だったと思います。
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そのシャンソンという一群の歌の中に「再会」という歌がありまして、それがここで紹介したい歌なのです。

「再会」を歌う歌手の方はたくさんいます、むしろ「シャンソン好き」と自己申告する女性は、誰もが一度はこの歌にチャレンジしたのかもしれません。私のいちばんのお気に入りは「金子由香利」さんの作品です。もうこれは絶品!まるで彼女の存在そのものを暗示するような高度な表現力での歌唱、何度聞いても胸に迫るものがあるのです。


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5、BOOKレビュー
 「もの食う人々」辺見庸
  六花ビリー


辺見庸という人は「硬派」と形容されることの多い作家だ。いつも苦虫を噛み潰したような表情をしており、笑った顔はほとんど見たことがない。常に時代の現象に対して苦言を呈し、この国の様を嘆く、という印象が強い。

彼を最初に知ったのは芥川賞をとった「自動起床機械」を読んだ時だったが、別段気になるような作品ではなかった。今もその内容で覚えているのは、ベッドが人を起こすためにふくらんだり揺れたりする仕掛けのことぐらいだ、面白いとは全く思えなかった。

バブルお時代だったのだろうか、彼はそれまでのふやけた日本にどっぷり浸かって物事を考える自分に喝を入れるため、「なんでも食べる」という課題を自分に課し、日本以外の土地に自分を駆り立てた。アジアからだ、第三世界から彼はその旅を始めた。その体験記がこの本なのだが、これはなかなかに腰の入った面白い内容だった。美味いものをでなく生きるために食う、そこに暮らす人々と同じものを食いながら続ける旅。嘔吐、下痢、発熱は常について周り、快適さとは無縁でわざわざ自分を痛みつけるためのような旅だ。そうであるがゆえに、抜き差しならぬ問いに満ちていて、ごつんとした手応えがあるのだ。
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彼はこの作品で何かの賞をとって、その名を一躍読書界に広めたのだが、その後も彼のルポ、エッセー類を読みながらも、次第にその著書に魅力を感じなくなっていったのはそれから間も無くだった。書かれていることはその通りの、この社会が抱える問題点であるに違いない、鋭くえぐる表現力はますます磨かれていったと言える。だが私はそのころ、この手の告発ものに興味を失いつつあった。「あなたはそれに対してどう行動しているの?」という問いかけは、常にあらゆる解決しにくい問題に対して与えられ、まるでそうしている原因はあなたにあるとでもいうような、告発者固有の独善ぶり。そんな風に人を責めているだけでいいの?という感じ。

「いつでも機嫌のいい男になれよ!」と言いたいほど彼はその後もどんどん不機嫌な中年、今ではシニア男になっていった。私と同世代でもあるけれど、十年一昔の現状批判左翼スタイルは、もういいかなというところ。この国は、そりゃあ完全な国ではないだろう、けれどいいところもたくさんあるんじゃない?もっと別な見方で、読んだらどこか力が湧いてくるような話をしてほしい。そんな力は十分あるはずなのになんでそんなにいつも不機嫌なの?ときいてみたくなる。

でも嫌いじゃない、同世代の一つの典型のような気がして、著書を手に取らないまでも横目で彼の軌跡を知らないうちに追っている。彼がいつもかぶっている帽子が気になっていて、私もそれが欲しくて探しているのだが、まだ見つからない。そのデザインに込められたものが、やはりどこか共感してしまう部分があるようだ。


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6、時計仕掛けのりんご
 「蛹(さなぎ)時代の生き方」
  鈴木義延





ブリューゲルの名作絵画「バベルの塔」が評判になっています。上野の美術館で展覧会が開かれているようです。バベルの塔といえば、天まで届けと当時の土木技術でこれでもかと高層化を計ったわけですが、天に届く前に神の怒りに触れて崩れてしまったという話でした、思い上がるのではないとの教訓。

とにかく天まで届くような建築物は、いくら人間の科学が発達したからといって実現できるはずもありません。バベルの塔も、これでもかと積み上げていった挙句、自分の重さに耐えられずに崩れ落ちた、というエピソードになることでしょう。人間の傲慢さというより物理的な計算が未熟だったということにしておきます。ご苦労様というところです。

バベルの塔に限らず、物事はそう簡単に頭で描くようには積み重なっていかない、そんな実感を持つことが最近とみに多いようなのです、そしてそれ以外にも何かの探し物というのは、一つが見つかるとまた何かを一つ見失うというように、これもまたなかなか積み重なっていかないのです。

いつまでたってもお金は貯まらないし、幸福とか満足感とか充実感とか、それを追加しても追加しても全然増えるものではないという気がするのですね。どうもこの足し算的な発想というものは現実を反映していませんから早々に破棄したほうがいいと思うのですが、簡単には抜け切らないようです。

最近はAIが話題で、将棋の名人もこれに完敗してしまったと伝えられています。もとよりそれはプログラム、膨大なメモリーから導き出される答えでしょうから競い合っている資料の量が違います。人間がいくら全力で走ってもオートバイには勝てないと言っているような気もして、比べることの意味に多少疑問を感じているのですが、それにしてもコンピューターの進化はとどまることを知りません。まるで天に届くかに見えるバベルの塔のようです。

積み重なっていかない、という話でした、いくら自分に投資してお勉強しても、お偉い先生のお話を高いお金を払ってお聞きしたとしても、そう簡単に自分の能力が上がったようには思えないわけです。そんな投資ができればの話ですが。

都会では朝の食事を何かの早朝セミナーを受けながらとるというのが流行っているのだとか、テレビで見たことがあります。昼食においても同じように、ただ漫然と食事をするのではなく、同時に他業種と交流しながら意見交換しイノベーションを図るのだとか。全くご苦労さんなことです。寝る間も睡眠学習をして、新たなスキルを身につけるのだと。

私などの実感として、人間というのはそんなロボットやコンピューターではありませんから、どれだけの時間にどれだけメモリーをダウンロードすれば何ができるようになるとか考えるのは全く徒労だと思われて仕方ありません。脳というものはそんなに単純にできているとは思えないのです。

ある大脳生理を研究している学者が、寝ている時の脳の働き、そして何もせずぼーっとしている時の脳の働きなどをCTなどで調査してわかったことがあります。何かに集中して仕事なりを行なっている時の脳の働きと、何もせずにいる時の脳の活動状況を調べてわかったことは、仕事や何かの行動をしている時と同じように、もしくはそれ以上に脳は具体的な活動をしていない時に活発に稼働しているということなのです、眠っている時も同じように、夢を見るというだけでなく別な活動が行われているのだと。
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覚醒時何かにアプローチしている時には様々な知見が感覚器官から入力されてくるわけですが、それを整理し、適材適所、脳内の図書館のそれぞれのカテゴリーに分類する仕事、また現象を分析しそれをどのように解釈してどの領域に保管するのかといった仕事をしている(らしい)と、結論つけました。そしてその作業がなければどんな貴重な経験や学習も脳に定着せず、大枚叩いて受けた講習が、目的を処理するようなスキルになることはないとのことなのです。
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例えば思春期があります。私もそうでしたけど、その時期は体力はあるはずなのですが、とにかく夜は眠くて仕方ない、朝も眠くて仕方ない、何かグデグデと煮え切らないまま、そして自分でも自己嫌悪に陥りながらも、何がしたいのかがわからない、何が不満なのか、何が不安をもたらしているのか、いろいろなものが漠然と自分を包んでいてひたすら無力感と倦怠感に包まれている。そんな時期が長くありました。

周りではもっとしっかりしろとか、怠けるのではないと叱責を受けながらも、どうにもうまく周りに適応してシャキシャキと行動することができなかったのです。ただ何か、自分の中で収まりの悪いものが渦巻いており、それをどう納得してゆくかという、子供時代から展開しながらその仕上げのように社会人として生きるための内部変革、価値の大転換が行われていたと思うのです。それは絶対に必要な無駄に見える時間、それは幼虫が蛹を経て成虫になる蛹の時間であり、体の内部で別な生き物がうごめき殻をやぶる瞬間に備えている、そんな体感があったのです。

そんなデリケートな時期には、変態しようとする激変をなんとかやり過ごそうと、時に過剰に攻撃的であったり無為な状態であったりするわけです。現在ではその期間はより長くなっている印象もありますが、子供たちや若者たちをあまり大人の尺度でちまちま査定するのはどうかというところ。もう少しゆっくり待ってあげましょうという気がするのです。

特に親が子供に求めるものは、時に過大で厳密で早急でありすぎ、その齟齬は心に大きな負担を与えてしまうもので、それが適切に処理できなくなるとストレスとなって溜まって自分や周りの人々を傷つけてしまうことにもなるようです。愛情というようなものも、たくさん注ぎ込めば大きな見返りがやってくる、などと考えていたら幻滅し失望すること請け合いです。量と質は全く比例しない、心とはそんなものでしょう。

人生は思ったようには動かない、人間はそう簡単に学習によって高度な人間になれるわけではない。無論例外はあるでしょうけど、私などの実感としてごく普通の人間に、あまり過剰な期待を背負わせないでくれる?と言いたいわけです。メディアでは日本一だ世界一だ、画期的だ、記録的な成果だと進歩進化を煽るわけですが、高度経済成長からバブル期を経て少子高齢化の時代、そんな掛け声ばかりでは生活実感との的外れな印象がぬぐえません。さてどのようなメッセージなら、時代と歯車をかみ合わせて動けることやらと思案にくれるのです。おそらく答えなどはないことでしょうが。その都度最適解を求めて暗中模索するしかないのです、それなりに全力で。




*写真は「この夏の休日、ラフティングでびしょびしょ!」の一コマ
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西ケ丘病院文芸部主催/週刊UTIWAマガジン/「ホリデー西ケ丘」

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