おばあちゃんの想い出

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『西の魔女が死んだ』をきっかけに、亡くなってしまった祖母との今まで忘れていた沢山の出来事が幾つも蘇りました。
そして、今までは、想い出す度に、想い出すのは悲しいから淋しいからまた泣いてしまうから、もう想い出として大事に心の奥にしまっておこう。
あまり開かないように。きっと祖母は心配してしまうから。
夢に出て来てくれたのは心配してくれたんだなぁ。
と思っていました。

でも、『西の魔女が死んだ』をきっかけに、
もっと自然で良いんだなぁ、こうじゃなきゃと決めなくて良いんだなぁ。
と思うようになりました。

そして、
夢の中で温かい光や色々なピンクの柔らかい光の中で祖母が伝えてくれた本当のメッセージとは、こう言うことなのかなと分かりました。
また、思い悩んでいたことの答えや、早く答えを知りたいばかりに焦っていた私の心の中に対する答えが『西の魔女が死んだ』の中にありました。

一人悩んで苦しかったときもいっぱいあったけど、
考え過ぎて、悩み過ぎてしまうけれど、
その度にいつも光の指す方へ導かれているのかも知れないなぁと、
思いました。
なので、とても抱えきれないたくさんのどうもありがとうございますを、思っています。

映画『西の魔女が死んだ』公式サイト http://nishimajo.com

“おばあちゃんの想い出”募集ページ http://www.nishimajo.com/omoide

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両親が共働きで、ばあちゃんに育てられたおれ。
「ばあちゃんが死んでも葬式より仕事優先しろ」
「ばあちゃんが死んでも笑ってろ」
「ばあちゃんが死んだら墓には何も供えんでもええ」
ごめん、ばあちゃん、何一つ約束守ってあげられなかったよ・・・。

映画『西の魔女が死んだ』公式サイト http://nishimajo.com

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わたしのおばあちゃんは、一緒に住んでいた母の母。私とは70歳も歳が違った。
私には2つ上の姉と5歳下の弟がいる。3人の中で私が一番おばあちゃん子。
私が小学生のころ、おばあちゃんの部屋で私とおばあちゃんは二人で布団を並べて寝ていた。
いつもおばあちゃんより遅く寝る私は、おばあちゃんが寝ているのをしばらくの間じーっと見つめ、
布団が上下して息をしているのを確認してからでないと寝られなかった。
夜になるとおばあちゃんが死んでしまっているのではないかと不安だったのだ。
朝起きると、おばあちゃんはいつもは後ろで結っている長い髪を、廊下の椅子に座ってすいていた。
そのシルエットが私が起きて一番に見る風景。一日の始まり。

家庭菜園にしては広い畑で、私はおばあちゃんと二人で季節ごとにいろいろな野菜や果物を作っていた。一番向こうはとうもろこし、真ん中のエリアは、大根、じゃがいも、茄子・・・塀のそばにはきゅうり、トマト。縦に2本ある小道の両脇にはニラ、手前はサツマイモ、いちご、かぼちゃ、うり。
隣の畑との境目には、春になるとふきのとうが出てきた。
鍬の使い方、種の撒き方、苗の植え方、おばあちゃんはいろんなことを教えてくれた。
朝、家族の誰よりも早起きをして二人で畑を見回るのが日課。私が「スイカを作りたい」と言った年、
おばあちゃんはスイカを育ててくれた。でもすごくちっちゃなスイカしか出来なくて「難しいんだね。
農家の人はすごいね」と二人で笑った思い出。
30年以上たった今も、掘り出した瞬間のじゃがいもの匂い、踏んだ土の感触、朝陽が顔に当たる感じ・・いろいろなことを思い出せる。

私が母と喧嘩したあるとき、絶対に私は悪くないと言った私に「お母さんに謝りなさい」と言ったおばあちゃん。
「私、悪くないもん。どうしてそんなことを言うの?おばあちゃんは私とお母さんとどっちが大事なの?」と聞くと、すぐに「お母さんかな。お母さんは私の娘だから」と言ったおばあちゃん。
絶対に私のほうがかわいいって言ってくれると思っていた私は大ショック。
気が抜けてすぐに母に謝りに行った私。しばらく考えたらなんとなくわかる気がして一人で笑った私。

私が二十歳になる年の冬、もうすぐ90歳のおばあちゃんは、もうあまり外にも出なくなっていた。
珍しく雪が降った日、庭の梅の木に黄色い丸いみかんが生っていた。おばあちゃんの仕業だ。
おばあちゃんは「こうしておくと鳥が食べに来るのが部屋にいても見える。雪が降って食べ物も見つけられないから鳥も助かる」と言って笑っていた。おばあちゃんらしいと思った。
にわとりやヤギを飼っていたこと、写真を撮る時は必ず真ん中に写りたがること、何十回も聞かされた昔の思い出話、おばあちゃんの思い出は数え切れない。どれもが大切な思い出。
本当に大好きなおばあちゃんだった。でも「大好き」と言ったことは、もしかしたらなかったかもしれない。

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私は家庭の事情で中学校3年から高校3年まで姉と一緒に祖母の家で暮らしました。
祖母は口数の少ない人でしたが、料理が上手でいつも一生懸命時間をかけて作って
食べさせてくれました。
また、おしゃれで午前中の1時間くらいは鏡の前に座っていました。
一体何を考えながら髪を梳いていたのでしょうか。
その祖母も30年ほど前に85歳で亡くなりました。
何も孝行出来なかったことが悔やまれます。
だから毎年帰省し、墓参りだけは欠かしたことはありません。


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私が小さい頃から、とても可愛がってくれていた祖母も年齢はとっくに80を越え、
小さく小さくなって時を過ごしていました。
そんな祖母が召された夜、私にとって命がなくなった人を見るのは生まれて初めてのことで
心はざわついてしかたありませんでした。
おそるおそる棺の祖母の顔を見ると、その顔は小さくなる前の、
“小倉小町”と呼ばれた美しい祖母の顔が目を閉じていました。
でも、その美しい顔は、起きること拒否したように、やさしい微笑を讃え、
“永遠の眠り”そのもののようでした。
私の心のざわめきは一瞬になくなり、祖母が天に召されたことを理解しました。
祖母に、生きること死ぬことを教わったような気がします。

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