ベトナム通信

育児の為更新は超スローペースになりそうだ^^

中部ベトナム

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サルとワニとダチョウ

ニャチャンの沖に猿が島がある。小さな島に猿が放し飼いにされていて、サル見学が
出来るようにもなっている。ピーナッツととうもろこしが入ったエサを売っており、
それを買ってサルどもにあげるのだが、中には凶暴なサルがいてビニール袋の
餌をひったくってしまうサルがいるので、ご注意を。

大勢のサルに囲まれて餌を狙われると、小さいサルでも凶暴に見えて
ちょいと恐い。去るものは追わずというが、餌を持っていると
サル目等はなかなか去らない。自分から早いとこ立ち去るべし。

その島の中にレストランがあり、ワニ肉とダチョウ肉のメニューがある。
一度バンコクのワニ園でワニ肉入りのスープを食したことがあり、その余りの
まずさに辟易としたものだが、懲りもせずにまたまたワニちゃんの肉に挑戦。

ワニ肉の炒め物。これは臭みも無く、ごくさっぱり味で歯ごたえがある。
硬い牛肉と鶏肉を足しで2で割ったような味である。
美味くは無いがそんなに不味くは無い。

ダチョウは初めて食したが、鶏肉と言った感じではなく、鶏肉と
牛肉を足して3で割ったような味で、歯ごたえがある。

なぜ、サルとワニとダチョウが揃ったのか、それはその近辺で
ワニを養殖して鰐皮を輸出し、ダチョウを生育してその肉を輸出している
会社が経営しているからで、サルはまだ食べた事が無いが、中国では
食すらしいから、中国向けかな?








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通称モンキーアイランド。猿にかじられないようにご注意を!


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ダチョウの土鍋蒸し焼き。土鍋の底に熱した石を並べてその上に
ダチョウ君の肉を並べて蒸し焼きにする。

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ワニちゃんの皮が一番質が良いのは3歳ぐらいの時らしい。皮を剥ぎ取られると
肉も処分しなければならないのでレストランも経営することになる。
じっと恐怖に怯えながら刑の執行を待つワニちゃん。



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ワニ肉の炒め物。少々骨っぽい。


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どんな凶暴な生き物でも、赤ちゃんの時は可愛いものである。
孵化したばかりの赤ちゃんワニ。

幻想的眺めの旅

ニャチャンはホーチミンから飛行機で一時間で行けるベトナム
有数の海浜リゾートである。このシーズンは流石にまだ風冷たくて
泳いでいる人もまばらである。

今回はダラトへ一泊して早朝ニャチャンへ車で向った。
前回は雨期でがけ崩れなどで大変であったが、今度は途中
とても深い霧に包まれて立ち往生。なんとも幻想的な雰囲気の
旅となった。

下はニャチャンの街外れにあるシーフード料理屋から撮った海。

海に浮いている光の列は伊勢海老を捕らえる為の仕掛けとの事で、
蛍光灯の光に寄せられた伊勢海老の稚魚を捕まえる網が海中に仕掛けてある。

日が暮れて行くとともに、海に浮かべた蛍光灯の明かりが次第に
くっきりと浮かび上がりだす。このレストランからそんな幻想的な
眺めを見やりながら、海鮮で一杯やるのはとてもリラックスできる。

ベトナムへお出での際にはニャチャンまで足を伸ばそう!

レストラン 「Bien Ngoc」


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ベトナム 中部の旅

中部の旅をアップ中の途中で日本へ帰ったりしているうちに、すっかりブログ怠け癖がついて
しまったようである。アリトエズ、撮り溜めた写真で誤魔化します・・・・

などととアホな事を言っているうちに今日は早師走24日になっていた。
こちらは暑いせいでまるでクリスマス気分などにはならないし、もういくつ寝ればお正月♪
てな気分にもまるでならない。寒さの無いクリスマスなんぞ・・・、である。

とはいえ、年末になると、やはり気温とは関係なく精神的に何やら逼迫感と言うか、
もうこの年もお終いだと投げやりになるか、或いはどうやって年を越そうかと
落語まがいのどたばたもいいなあ、などと思うものの、結局年などというものは
目の前の川の流れを見ているような物であると得心するしかない。
勝手に流れてしまっていくのであるから。

『去年今年 (こぞことし)、貫く棒の如きもの』



悟った? 
とっくに!
何を?
生病老死!
どうやって?!
生れ落ちたらそのうち分かる!

下の写真はベトナムの第12代の王様カイディン帝のお墓である。生前から
作り始めたらしいが、私のような凡人には死後のお墓も当てにならないのに、
王様は優雅であられる。生きているうちに死後の世界を想定して、ちゃんと
ガードまで石でしつらえている。

このお墓もフエの観光名所のひとつになってしまっている。生前、真面目に
己のお墓をデザインして造ったら、後世には観光コース。にぎやかではあるし、
まあ、それも良いではないか、と墓の下から声が聞こえて来そうでもある。



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このトンネルはハイバントンネル。フエとダナンを結ぶおよそ6.8キロの山ノ下を
穿って造ったベトナム最長のトンネルであり、日本のODAでぶち抜いた。

観光客はこんな経済トンネルなど通らないで、遥か雲の上の峠を迂回する
見晴らしの良い道を通ったほうがベトナムを満喫できると思います。

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1802年に首都になり、往時はそれはそれは立派な王宮だったらしい。
1968年にフエの市内はべトコン(Vietnamese Communist))により
占領され、戦闘によって王宮は殆どが破壊されてしまった。今でも
銃弾の跡らしきものを見る。破壊は一瞬である。

市のど真ん中を流れるSong Huong (フーン川 香川 Perfume River) 。
フルメタルジャケットにも出てきた川はまるでミルクコーヒーのような
色で、今にも岸から道路に溢れ出そうであった。

先回はボートを借り切って、寺めぐりをしつつ、又船釣りをしつつ昼飯を
楽しんだものだがその時は澄んだきれいな水であったのだが・・・
今年は台風が何度も襲い、中部ベトナムは災厄の年となった。


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殆どが破壊されて残っていないが、右手ではのんびりと復元作業が行われているが
完成するのはン十年後かな


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この木は栄枯盛衰を目撃してきたのであろうか

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カビで真っ黒である。この塀には無数の銃弾の後が・・・

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中国でもベトナムでも良く見る模様。寿

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このような立派な王宮であった。
1954年に南北ベトナムが分裂し、軍事境界線としてDMZ(Demilitarised Zone)
が設けられ、旧北ベトナムと南ベトナムの国境線はベンハイ川にそって引かれた。
南北ベトナムが統一する1975年までは南北を分断する境界線であった。

現在でもDMZを訪れるには必ずガイドを伴わないとならない。ガイド料には
入域料も含まれており、それらはベトナム戦争中に使用された
枯葉剤(ダイオキシン)によって被害を蒙った人々の救済支援に使われていると言う。

今回は、東西回廊を先に見学してきたので、一度ドンハの町に戻り、それから
一号線を北上した。

ベンハイ川に架かるヒエン・ルーン橋を通り、ヴィン・モックの地下トンネルを訪れた。
このトンネルは米軍の爆撃から護る為に掘られたトンネルで全長3キロもあると言う。
ホーチミン市にあるクチのトンネルとは違って観光客も少なく、木々や竹林に囲まれ
静寂に包まれていた。

トンネルの中に案内されて入り込んだが、クチトンネルのようにほんの短い
観光コースと思ったら大間違い、小さいランプがともされてはいるものの、薄暗く
上り下りもあるトンネルはとても長く感じられた。米軍の猛烈な爆撃音
と閉所恐怖症に恐れおののく往時が偲ばれた。背を屈めて延々と歩いた長い
トンネルから出てきたら、膝はがくがくであった。

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新・旧のヒエン・ルーン橋。遠くに見えるモニュメントは椰子の葉をかたどったもので、
南は椰子、北は竹が象徴であるとの事。

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爆弾の破片を使って作られた半鐘。
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すっかり木が成長してしまったので見にくいが、これは米軍の落とした
爆弾で出来た穴のあと。このような穴がそこら中に見られるが、こんな
戦略拠点でも何でもない場所にもアメリカは爆弾を落とした。
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トンネルの少し先には海が広がる。

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