|
年々歳々花相似 歳々年々人不同 実にうまい事を言う人がいるなあ。 原典は 人生如白駒過隙 年々歳々花相以 歳々年々人不同 漢詩らしい。 意味は 人生は、白馬が隙間を通り抜けるが如し。 毎年、花が咲き同じ歳のようであるが、人も花も次々移り変わって 同じ花や人ではない。 当方にしてみればとてもそのような格好の良い白馬のような人生では無いし、 駄馬が疲れ果てながら障害物を乗り越えてよたよたと生きている と言った感じである。 今年もその花の季節到来である。 この季節のこの花、青空に生える映える姿はとても雄大である。 田舎の道を走っていると息を呑むほど美しいその鮮やかな 真っ赤な花が青空に生えて美しい。 宜しければ写真をクリックして束の間のその真紅と青に酔って頂きたい。 |
花
[ リスト | 詳細 ]
|
蓮の花です。泥だらけの汚い池の中から生じて 全く汚れのない姿を現します。人間社会のどろどろ ぐちゃぐちゃ、うじうじ、チャラチャラ、べたべた、 グチグチ等々した現世にも、清楚にして無垢、純粋にして ぶれない、そんな人も多いのかもしれませんが、 残念ながら出遭った事はまだありません。 蓮の花は仏様のお座りになられる場所ではあるが、 悟りを開いたのは何故か菩提樹の木の下であったそうな。 その地、ブッダガヤへ一度行って見たいとは 思うが、そのインドでは何故にして仏教は衰退し、 ヒンズー教が席捲してしまったのだろうか。 ヒンズー教徒は八十数パーセント、仏教はなんと0.8% しかいないそうである。宗教心に関しては全く不信心もの ではあるが、そのうち暇になったらその ナゼ を 探ってみるのみ一興かも知れない。 とりあえず、最初の写真をクリックして蓮の花の中へ 飛び込んで、考えて見て下さい。 |
|
ベランダに矢鱈と生えてくる草がある。頼みもしないのに 勝手にどんどん生えて来るということは、やはり雑草かな。 葉の色がとても鮮やかできれいだし、傍によってみると おやッ、葉の裏側にぎっしりと真珠のネックレスが・・・、 大きさは2ミリ位の小さな粒である。 昼間は写真のように葉を大きく開いてその粒を日に当てるようにし、 夕方になるとまるで卵を暖めるが如く葉で粒を包むように閉じる。 何やら変わった草であるが、まだ花を見たことが無い。 |
|
このドラゴンフルーツを丸かじりする人は恐らくいないだろうし、 一度にたくさん食べても甘くも酸っぱくも無く、ただただ質素な 味なのであるが、ミックスフルーツの中にわずかに潜んでいると 嬉しいものである。 他のフルーツの引き立て役みたいな損な役回りだが、咲いて いる姿は、否、実がなっている姿は派手である。 正にドラゴンの 爪のようなサボテンの先にポット花が咲いて、実がなる。 その赤い実はドラゴンの無骨な指先のルビーの指輪のようでもある。 その花が実にでかい。残念ながら蕾しか撮れませんでしたが、 咲いた姿はご想像下さい。 |
|
南部ベトナムには四季が無い。雨期か乾季かそのどちらかしか無いので、 カラカラに乾いているか、毎日の雨で濡れているかの2季しか ない。日本のように四季があれば、去年のその頃にはなにがあった か、咲いていた花や食べ物や着ていた物でで思い出すことが出来るかも知れない。 ここは毎日半袖、カラカラかビチャビチャのどちらか、だから季節感が無いので 歳を取らない。こちらの旧正月にしても、めちゃ暑い季節の正月などは正月では ないと身体が覚えているから、なにもピンと来る物が無い。身体が正月と 認定しないのだから、歳を取らない。 今年も月下美人が咲いた。先週一輪、昨晩にもひとつ、いつもどおりの時間に 遅刻もしないできっかり10時だ。不意に気になって去年の投稿を見てみると 何と8月31日に咲いていた。今年は3ヶ月も早く咲いた、と言うことになる。 季節を知らせて戴ける、唯一のより所の使者がこう大まかでは困る。咲く時間には 正確でも日時も合わせて欲しいものである。そう言えば、 http://blogs.yahoo.co.jp/nishimitsugu/7963621.html てな事も書いたことがあった。 記憶は甦ったのだが、はて、一年のいつ頃に書いたのやら、さっぱり記憶に無い。 やはり南方だから暑さで少し呆けたのか、 それとも時間がゆっくりと流れていくからなのか。 後者と思いたい。
|




