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9月1日の悲劇
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この開戦(1939年9月1日)の前、ポーランドでは、ラジオが、ポーランドの騎馬兵
が、ベルリンを占領するであろうと言った内容の扇動を行なって居ました。又、ポーランド
の参謀総長は、開戦直前の1939年8月、イギリスの新聞紙上において、「ポーランドは、
ドイツとの戦争を欲して居る。ドイツは、これを避けたくても避ける事は出来無い。」と言
ふ、信じられない様な発言をして居ます。これが、当時のポーランドだったのです。この様
な愚かな、盲目的なナショナリズムによって、ポーランドは、ドイツとの国境問題を平和的
に解決する事を拒絶し、ドイツに対する戦争を国民に訴え続けました。そして、その当時の
ポーランドを、アメリカやイギリスの一部勢力が、ドイツを開戦に追ひ込む為の駒(こま)
として扇動、利用した結果、ポーランドは、あの暗黒の開戦を迎え、独立を失ったのです。
その後、ポーランドはソ連からの侵攻も受け、大戦後は、ソ連の支配下に置かれた状態が、
1989年まで続きます。ポーランドを愛する者として、私は、この歴史を悔やまずに居ら
れません。そして、戦後の世界において、これと同様の歴史が繰り返されて居ないか、考え
ずに居られません。ルーズヴェルトは、こう言って居ます。−−「政治の世界では、何事も、
偶然には起こらない。もし起こるなら、それは、その様に仕組まれたのだと賭けて良いので
ある。」−−ルーズヴェルトのこの言葉は、まるで、1939年9月1日のポーランドの悲
劇についての言葉の様に思はれます。
核時代61年9月11日(月)
9・11テロから5年目の日に
西岡昌紀(にしおかまさのり)
http://www.melma.com/backnumber_152816_2850583
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