|
*
9月1日の悲劇
2
若い頃、私は、ポーランドと言ふ国に深い思ひ入れを抱いて居ました。それは、この国
の歴史の悲劇性に私が惹かれた事に加えて、私が20代だった頃は、ポーランド人のヨハ
ネ・パウロ2世がローマ法王に選ばれたり、ポーランドの自主管理労組「連帯」が登場し
て、ポーランドの情勢が注目されて居た事が大きく影響して居たと思ひます。それに、ア
ンジェイ・ワイダやアンジェイ・ムンク、イェジー・カヴァレロヴィッチやクジシュトフ
・ザヌーシと言ったポーランドの映画監督達の映画に深い感動を与えられた事、更には、
学生時代に親しいポーランド人の友人を得た事などが、私が、ポーランドに深い思ひ入れ
を抱いた理由であったと思ひます。ポーランド語も少しは勉強しました。(ただし、これ
は全く物に成って居ません。)
そんなポーランドを愛して来た私にとって、1939年9月1日と言ふ日は、矢張り、
意識せずには居られない日だったのです。
(続く)
核時代61年(西暦2006年)9月2日(土)
西岡昌紀(にしおかまさのり)
http://www.melma.com/backnumber_152816_2850584
|