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* 9月1日の悲劇 5 第二次世界大戦はいつ始まったのか?−−実は、先程御紹介した二冊の本の一つである 『The Origins of the Second World War(第二次世界大戦の起源)』の冒頭で、著者 のテイラーは、読者にこの問いを投げ掛けて居るのです。テイラーは、20世紀を代表する歴 史家の一人ですが、そのテイラーが、第二次世界大戦は一体いつ始まったのか?と自問しなが ら、それをはっきり言へないで居るのです。この本を初めて読んだ時、著者のテイラーが、第 二次世界大戦は、いつ始まったのか?と自問して居るのを読んで、私は、何と下らない議論を するのだろうと、思ったものでした。しかし、それは、当時の私の愚かさの以外の何物でもあ りません。第二次世界大戦がいつ始まったのか?と言ふ問いは、「誰が第二次世界大戦を始め たのか?」と言ふ問題と表裏一体の問題です。ところが、テイラーの本を初めて読んだ当時の 私は、この問いの重要性を、全く理解して居なかったのです。 (続く) 核時代61年9月4日(月) 西岡昌紀(にしおかまさのり)
* 9月1日の悲劇 4 それ(ドイツのポーランド侵攻)をもたらした物が何であったかを語る前に、一つ考え て頂きたい事が有ります。そもそも、この、1939年9月1日のドイツのポーランド侵 攻は、本当に「第二次世界大戦の始まり」だったのでしょうか?一般に、ドイツがポーラ ンドに侵攻した1939年9月1日をもって、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の始ま りと見なす事が、当然の事として受け入れられて居ます。しかし、本当にそうだったので しょうか?ドイツのポーランド侵攻が、ポーランド現代史にとって運命的な、悲劇の日で あった事は明らかです。しかし、この日は、本当に「第二次世界大戦の始まり」だったの でしょうか?即ち、この日を境に、本当に世界は、或いは世界とまでは言はなくても、ヨ ーロッパは、戻る事の出来無い世界大戦に突入したのでしょうか?日本ではこの事が問は れませんが、実は、ここに、1939年9月1日と言ふ日の本当の意味を考えるヒントが 有ると、私は思ふのです。どう言ふ事かと言ふと、1939年9月1日のポーランド侵攻 は、本当に悲劇的な出来事でしたが、その時点では、それは、ドイツとポーランドの間の 二国間紛争を超える物ではなかったと言ふ事です。−−9月1日にドイツがポーランドに 侵攻した時点では、それは、「世界大戦」ではなかったのです。−−ところが、それが、 全ヨーロッパ規模の大戦争に転化したのは、それから2日後の9月3日に、ポーランドの 同盟国であったイギリスが、ドイツに事実上の宣戦布告に他成らない最後通牒を送った時 であった筈なのです。これは、実は、非常に重要な点なのですが、日本では、全くと言っ て良い程認識されて居ません。そして、誰もが、この年(1939年)9月1日のドイツ によるポーランド侵攻イコール第二次世界大戦の勃発と言ふ図式を、検証もせずに受け入 れて居ます。しかし、もう一度言ひますが、1939年9月1日にドイツがポーランドに 侵攻した時、それについての道徳的論議は別として、とにかくそれは、ドイツとポーラン ドの間の二国間紛争以上の物ではなかったのです。そして、それを全ヨーロッパ的規模の 大戦争にしたのは、ドイツではなく、イギリスであった事は、決定的に重要な事だと、私 は思ふのです。 (続く) 核時代61年9月3日(日) イギリスがドイツに最後通牒を送った日に 西岡昌紀(にしおかまさのり) http://www.melma.com/backnumber_152816_2850583
* 9月1日の悲劇 3 しかし、若い頃の私は、この日(1939年9月1日)の意味を全く理解して居ません でした。若き日の私は、この日(1939年9月1日)が、ポーランドにとって悲劇的な 日であったあった事は、もちろん理解して居ましたが、その悲劇をもたらした物が何であ ったのかを全く知りませんでした。即ち、私は、かわいそうなポーランドを、領土欲に駆 られたヒトラーとナチス達が侵略し、それに対して、「民主主義陣営」が立ち上がったの がこの日(1939年9月1日)だったのだ、くらいの理解しか持ち合はせて居ませんで した。言ひ訳をするなら、それが、戦後、日本人がこの日について抱いて居る理解だった からで、私は、そうした平均的日本人の理解以上の知識を何一つ持って居なかったからで す。−−しかも私は、歴史学を学んだ者でも何でもありません。−−しかし、その私は、 30歳を過ぎた1989年、一つの本に出会ひます。そして更に、その翌年であったかも 知れません。もう一冊、この日が何故来たかを検証した本をそれに続いて読み、それまで の自分の理解が、いかに浅はかな物であったかを痛感させられる事と成るのでした。その 二冊の本とは、アメリカの歴史家デイヴィッド・ホッガン(David・Hoggan)の大著『The Forced War』と、イギリスの歴史家A・J・P・Taylorの『The Origins of the Se− cond World War』で、どちらも、一般に、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の始まり と見なされるこの日(1939年9月1日)の前史を詳細に検証した研究書です。この二冊の 英語の本を読み、私は、それまでの自分が、この日(1939年9月1日)の悲劇をもたらし た物が何であったのか、何も知らなかった事に気付いたのでした。 (続く) 核時代61年(平成18年)9月3日(日) 西岡昌紀(にしおかまさのり) http://www.melma.com/backnumber_152816_2850583
* 9月1日の悲劇 2 若い頃、私は、ポーランドと言ふ国に深い思ひ入れを抱いて居ました。それは、この国 の歴史の悲劇性に私が惹かれた事に加えて、私が20代だった頃は、ポーランド人のヨハ ネ・パウロ2世がローマ法王に選ばれたり、ポーランドの自主管理労組「連帯」が登場し て、ポーランドの情勢が注目されて居た事が大きく影響して居たと思ひます。それに、ア ンジェイ・ワイダやアンジェイ・ムンク、イェジー・カヴァレロヴィッチやクジシュトフ ・ザヌーシと言ったポーランドの映画監督達の映画に深い感動を与えられた事、更には、 学生時代に親しいポーランド人の友人を得た事などが、私が、ポーランドに深い思ひ入れ を抱いた理由であったと思ひます。ポーランド語も少しは勉強しました。(ただし、これ は全く物に成って居ません。) そんなポーランドを愛して来た私にとって、1939年9月1日と言ふ日は、矢張り、 意識せずには居られない日だったのです。 (続く) 核時代61年(西暦2006年)9月2日(土) 西岡昌紀(にしおかまさのり) http://www.melma.com/backnumber_152816_2850584
* 9月1日の悲劇 1 今日は、9月1日です。9月1日は、ヨーロッパで第二次世界大戦が始まった日と見なされ る日です。正確に言ふと、1939年に、ドイツがポーランドに侵攻した日ですが、一般に、 この日を持って、ヨーロッパにおける第二次世界大戦は始まったとされて居ます。私は、毎年、 この日を非常に意識します。 (続く) 西暦2006年9月1日(金) ドイツがポーランドに侵攻した日に 西岡昌紀(にしおかまさのり) http://www.melma.com/backnumber_152816_2850583
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