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昨日、元西鉄・稲尾和久投手生誕75周年、
永久欠番メモリアルゲームとして、
西武は西鉄のユニホームを着用し、
全選手が背番号栄光の「24」でプレーをしました。
今日はその稲生投手のことに就いて、書かせて下さい。 稲尾投手1956年に西鉄(西武)ライオンズに入団しました。 入団当初は注目された選手ではなく、
三原監督も「稲尾はバッティング投手として獲得した」と公言していたそうです。
チームメイトからは「手動式練習機」とも呼ばれていました。
この時、稲尾投手は各打者の打撃練習中に
4球に1球ボール球を投げるように指示されたそうです
(ストライクを投げ続けていると打者が打ち疲れてしまうため)。
この4球のうちの1球をストライクゾーンのコーナーギリギリを
狙って投げる練習をし、制球力を磨いたんです。
キャンプ後半になると、
投手として成長した稲尾投手の前に逆に打者が打ち取られる場面が増えたため、
なんとチームメイトが三原監督に「稲尾を使ってみてほしい」と進言したんです。 稲尾投手は、スコアボードに「稲生」と間違って表示されるなど無名でした。 しかし、投手陣の故障などから登板機会が増え、
最終的には1年目から21勝6敗、パ・リーグ記録の
防御率1.06という成績を残し最優秀防御率と新人王のタイトルを獲得したんです。
1957年にプロ野球記録となるシーズン20連勝を記録するなど35勝を挙げ、
史上最年少でのリーグMVPに。
1958年には33勝で史上初の2年連続MVPを獲得したんです。
ジャイアンツと対戦した日本シリーズでは、
サヨナラ本塁打を自らのバットで放ち勝利投手となった第5戦を含め、
実に7試合中6試合に登板し、第3戦以降は5連投、うち5試合に先発し4完投。
この時に新聞にはあの有名な「神様、仏様、稲尾様」の見出しが踊ったんです。
1963年まで、プロ入りから8年連続で20勝以上を挙げ、
その8年間の平均登板数は66試合、平均の投球回数は345イニングです。
ウィキペディアより抜粋
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西鉄ライオンズがキャンプを張っていた町で高校時代をすごしましたので
生稲尾さんを見たことあります
当時は既に太平洋クラブライオンズの監督をされていたんだとおもいますが
僕の下宿先近くのお寺の境内で朝の体操をされていた記憶があります
気さくな人柄で サインも頂いたんですが
どこに行きましたかねぇ〜^^;
2012/7/2(月) 午前 9:23
浜ちゃん、ありがとうございます。
あっそうなんですか。
プロの選手がキャンプしている側で高校時代を……。
羨ましいですね。
わたしの家の近くで言えば、もうなくなりましたが、
藤井寺球場ですかね。
近鉄バファローズです。近くって言っても結構遠いんです。
でも、当時太田幸司さんが居られたんで大人気でした。
2012/7/2(月) 午後 0:07 [ 西浦 達雄 ]
〜お邪魔します〜
ほんまにどんなに頑強な人だったんでしょうか(@ ̄□ ̄@;)!!
近頃は、好投手でさえ、肩や肘を痛めて手術したりするのに……。
昔は、根性に身体がついてきたのかな!?
2012/7/2(月) 午後 1:06 [ 河内のドア〇 ]
稲尾さんは偉大な投手だったのですね。尊敬に値する選手だと思います。
2012/7/2(月) 午後 6:24 [ 信越線沿線住民@足立区 ]
西浦さん、こんばんは
稲尾投手…活字と古いフィルムでしか知りませんが、野武士軍団の大エースであったことはしっています
シーズン42勝の記録は、今の中5日や中一週間の投手には、シーズンの登板試合数より多いですからね
今のホークスにも、少しは野武士的な…昔の選手のような気概がほしいところです
あ、阪神もそうですね(笑)
2012/7/2(月) 午後 7:37 [ ジェイクルパパ ]
河内のドア○さん、ありがとうございます。
そうですよね、今じゃ連投なんて考えられないですが、
あの頃はやっていたんですね。
それに、証言では球も早かったということです。
体がひ弱になっているのか、根性の問題なのか、
分かりませんね。
ただ、稲生さんが大投手であったことは間違いないようです。
2012/7/2(月) 午後 10:58 [ 西浦 達雄 ]
信越線沿線住民さん、ありがとうございます。
そうなんです。
もっと取り上げられてもいいかと思うんですが、
王さんや、長嶋さんほどじゃないんです。
数字もそうですが、始めはバッチングピッチャーだったって言うのが、
何か夢を感じさせてくれますよね。
今は駄目でもいつかはってね……。
2012/7/2(月) 午後 11:01 [ 西浦 達雄 ]
ジェイクルパパさん、ありがとうございます。
わたしも、晩年の稲生さんならテレビで見た覚えがあります。
中5日や中一週間の投手には、シーズンの登板試合数より多い……、
書いていただいたこのお話凄いですよね。
シーズンの勝ち星が普通の投手の登板試合数より多いなんてね。
2012/7/2(月) 午後 11:05 [ 西浦 達雄 ]
こんばんは
父の持っていた西鉄の本を思い出しました
面白かったです!
ある試合で稲生が本塁打を打った後ベンチで
「明日の新聞は稲尾、投打に活躍」だなと言ったら
次の守備でサードゴロを中西がトンネル
次にショートゴロを豊田がトンネル、堪らず稲尾は三遊間に行き
二人に謝ったそうです(笑)
本当の野武士集団は西鉄ライオンズだけだと思ってます^^
リアルタイムで見たかったです!
2012/7/2(月) 午後 11:48 [ 高山 工 ]
高山 工さん、ありがとうございます。
あはっはは、それは面白いですね。
そのお話は知りませんでした。
昔の野球は、何とも人間臭くていいですね。
野武士集団の鏡のようなチームですね。
わたしも、それをリアルタイムで観たかったです。
2012/7/3(火) 午前 9:20 [ 西浦 達雄 ]
稲尾さんの背番号って、西武の永久欠番でしたね。
菊池雄星が24?って思って見ていましたら、
全員24だったんですね…(汗)
現役時代を知らない熊は、
「神様、仏様、稲尾様」のフレーズしか記憶にないのが無念です。
凄い投手だったのは、熊の親父様から聞いてました。
熊
2012/7/3(火) 午後 1:17 [ Dark Chaos ]
熊さん、ありがとうございます。
そうらしいんです。私は見ていないんですが。
観客はビックリしたでしょうね。
今の時代から言えば、とんでもない投手ですね。
剛腕、というより爆腕て言った方が良いですね。(笑)
2012/7/3(火) 午後 9:10 [ 西浦 達雄 ]