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今日「徹子の部屋」で西城秀樹さんを拝見しました。
西浦と年齢も近く、西浦はよく西城秀樹さんに顔が似ていると
言われる事が多かったので西城秀樹さんには何か昔から親しみを
感じていました。
その西城秀樹さんが昨年末に2回目の脳梗塞を発症されたそうですが
今回は右半身が一時不自由になり
「このまま迷惑かけるんだったら、いっそ・・・」
と一時は死にたいとも思われたそうです。
何とも胸が詰まりました。
年齢を重ねると、ただでさえベストに歌うことは
毎日の大変な努力が必要になるようです。
いろいろな困難にも負けずに見事ステージに復活されたことを
本当に嬉しく思います。
まだ小さなお子さんも、おられるとのこと
是非これからも頑張っていただきたく
エールをおくりたいと思います。
西浦達雄のスタッフより
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2012年05月10日
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田中投手は高校2年の点時で夏の全国制覇の立役者となり、
ピークにあった2年秋など、相手チームの各打者は、
バットにさえ当たらないような状態だったそうです。
でも、駒大苫小牧の香田誉士史監督はそんな状態を
「怖かったよ。これ以上、どうやったら上にいけるんだろう……」
って危惧していたらしいんです。
3年生になってから、その不安が的中した形となりました。
スライダーを曲げようとし過ぎ、体がどんどん横振りになって、
真っ直ぐも走らなくなってしまったのです。
その後、調子は多少上向いた感じはあったものの、
結局2年生の時のようなすごみは最後まで戻らなかったそうです。
プロに入って昨シーズンの彼は、19勝を挙げるなどし、
投手として最高の栄誉である沢村賞に輝きましたが、
その状況は、ちょうど高校2年時と重なる部分があるといわれます。
一度トップに立った人間が、その後もトップに居続けるということは、難しいようです。
沢村賞を獲得した投手の多くは翌年、成績が落ち込んでいます。
前年並みか前年以上の成績を残したのは、
'03年の上原投手、'08年のダルビッシュ投手、
'10年の涌井投手ぐらいだそうで、
'99年に初めて沢村賞を受賞した上原投手も
翌年は、20勝から9勝と大きく成績を落としていたみたいです。
しかし、沢村賞を獲得するぐらいの投手はやはりただ者ではありません。
受賞翌年に成績が落ち込んでも、
その次の年は、ほぼ例外なくまた大活躍しているんです。
NumderWeb プロ野球コラムより抜粋
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