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巨人との争奪戦の末、ダイエーに入団。守備位置は二塁。
2年目にはイチローの三冠王を阻止して本塁打王に輝きます。
4年目には打点王。彗星のようにリーグ最強打者に登りつめました。 しかし2000年ころから故障がちとなり、守備位置は三塁から一塁へ。 そして2003年春、オープン戦で右足、膝に全治6カ月の重傷を負いシーズンを全休。 シーズン後には球団社長と対立し、無償トレードで巨人に移籍ます。 翌年再びホークスに復帰しますが、以後の彼の成績は、
十分なものとはいえないようです。 本塁打は年々減少。出場試合も昨年、100試合を切りました。 しかしファンは今も大きな声援を寄せます。 成績が下がってもオールスターに選出され続けているんです。 昨年は10本塁打48打点で一塁のベストナインにも選ばれています。 ホークスのユニフォームのまま19年のキャリアを重ねていたら、 松中選手とともにONに匹敵する左右の強打者として きっと歴史に名を刻んでいたはずです。 四回2死一塁で迎えた第2打席。 ウルフ投手が投じた初球、外角高めの141キロの直球をとらえたんです。 その当たりは、センターのやや左で鋭く跳ねました。 小久保選手のプロ19年目、1997試合目での 2千安打達成した瞬間です。
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2012年06月25日
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