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「坂の上の雲」、第二部が一年後…ってどういうこと??

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8月16日の行程
・青森(9078Mつがる78号)八戸(441D)鮫(446D)八戸

8月17日の行程
・八戸(3002Bはやて2号)大宮(8565Eあさま565号)長野


前日から悩んでいた最終2日の行程、結局その日の朝まで決まらなかったのです。ただ、そのまま長野に帰るのももったいないし、かといってもう元気もないし…で、HPを調べながら、八戸の市場に行こう!!という計画を安易に立てたにしぐち、4&5八戸の予約して旅行再開。

ぐずぐずしていたので青森の4&5を出たのは900過ぎになってしまった。とはいえ、乗った特急は青森を1000過ぎに出たが、その前の特急にも乗ろうと思えば乗れたのです、が!!そりゃあ、臨時で485-3000、空いていることに加え、車内チャイムを満喫できる、とあらば少しぐらいは待つでしょうに。

思惑通り満喫。ひとつ残念だったのは、臨時特急ゆえ、車内販売が乗務していないこと。…1時間ぐらいは我慢しろ、ということか。


八戸・市場で検索(学会御用達のヤホーでも恐らく)すると、「八食センター」という市場がヒットする。場所は八戸貨物の裏手付近、八戸駅東口から100円バスが出ている。もっと早くに来ていればよかったものを、ちょうどお昼の時間に重なってしまったため、飲食店、卸店ともに大混雑、商品をゆっくり見ることなど到底できない。おまけにやたらと高い。この少し前に那珂湊の市場へ行っているのだが、明らかにぼったくりプライスだ。

ただ、せっかく来たのでお昼ぐらいは…と我慢したのが吉と出た。とある片隅にあるお店で定職を注文。そこでは、汁物を、味噌汁、せんべい汁、なんとか、の中から選ぶことができるという。もちろんせんべい汁を選択。これが思っていたより、とてつもなく美味しい。だしがよく効いている。南部せんべいもちょうどよい加減にふにゃけけていて汁をよく吸っている。さすがはB級グルメ界の重鎮だ。


昼ごはんを食べてから八戸駅に戻り、時間つぶしをかねて八戸線鮫行きに乗車、意味もなく終点まで乗ってみる。

と、鮫駅から歩いて15分ぐらいのところに、ウミネコの繁殖地で天然記念物の「蕪島」という島があるらしい。

…行ってはみたものの、日中であるからウミネコはお出かけ中。島には神社があるだけ。その神社の周囲を3回まわると何かご利益がある…みたいなことが書かれていたような気もするが、信心深くないにしぐち、1周して十分に、心置きなく満喫した(要は飽きた)。



あとは、正直何もしていない。前日の青森に引き続き、八戸の駅前にも美味しそうなお店があるものの、一人では到底入る勇気がわかない。また指をくわえるだけで、夕飯はコンビニにランクダウン…

翌日は朝一の新幹線で一路長野を目指し、今回の乗りつぶしは終了。このとき乗り残した線区は後日、見事に駆逐されることになるのだが、それは続編にて。


写真解説:サムネイル左から
”鹽膺声
△海海任肋錣剖襲警報が発令されています
D蠖、せんべい汁つき。せんべい汁は美味しかった。…ホッケは何故かさめていて不味かった

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8月15日の行程
・青森(3526D〜3625D快速しもきた)大湊(JRバス下北線)脇野沢(むつ湾フェリー)蟹田(337D)三厩(344D)蟹田(346M)青森


8月14日夕方。真夏の暑さ中、大阪駅北陸方面特急用の待合室はにしぐちが乗車するA寝台から一番離れたところにある。距離にして200メートルぐらい離れているだろうか?何にしろ、汗だくの状態で寝台に乗り込むのは避けたかったのでぎりぎりまで待合室で粘って、食料と酒、飲み物を購入して…

そんな努力も、待合室からA寝台まで歩いただけで水の泡、汗だく、と。


もっと早くからこの旅の計画を立てていれば、絶対に1月前にみどりの窓口に行って寝台の下段を押さえていただろうが、何せ切符を購入した際にはA寝台はすべて満席で、運よくキャンセルが出たのでB寝台から変更をしたという有様。見た感じだけでも、上段と下段では格段に差がある。

ひとつは窓。上段には小さな小窓しかないが、下段はそれこそ開放的な大きな窓がついている。

もうひとつ、こちらのほうが大きいが、荷物を置くスペースが下段にはあるが、上段にはない、ということ。B寝台に比べればいいかもしれないが、どのみち寝るスペースを削って荷物スペースをこしらえないといけない。

そのほかは特に不自由はなかった。…そもそも、にしぐちの寝台は日本海側とは正反対で、日本海に沈む夕日を眺めながら…なんてことは一切できなかったのであるが。


日本海縦貫線をゆっくりと走る。途中、特急に抜かれたり、直江津で甲子園応援号とすれ違ったり。古い車両だから仕方ないが、やはり駅に止まるたびに大きく揺れる。



…どうやら、直江津を過ぎてしばらくしたら寝てしまったようで、起きたのは秋田を過ぎたあたり。のそのそと寝台から起きだして洗面所に行ったらびっくりした。

お湯が出るんですね!夏だから顔を洗うのは水だろうがお湯だろうがあまり関係ないかもしれないけれど、旅行中に無料でお湯にありつけることなど温泉地に行かない限りは不可能だ。非常にありがたい。

さらに驚いたのは、洋式トイレがついていたということ。最近の通勤車両では当たり前ではあるが、一昔前までは普通に和式型水洗トイレしかついていなかったというのに。A寝台のクオリティーは思っていたよりも高いようだ。願わくば、大阪〜青森という長距離運行、秋田からでもいいから車内販売を乗務させてくれないだろうか…まぁ、逆に言えば、新潟〜青森のいなほの車内販売も、酒田か秋田で降りてしまうのだろうから、乗せられようもないのだろう。




青森は駅そばで朝食。8月15日の行程は、乗り残しの消化と盲腸線の乗りつぶし。

大湊線は高校1年のとき、下北交通が廃止になるというので下北までは乗っていたが、その先、大湊までの一駅間だけ乗車していない。そして津軽線も、新中小国〜三厩の間は長らく手付かずになっていた。両方を乗りつぶす方法として前々から、陸奥湾を横断するフェリーを使う計画を考えていて、今回はその計画を実行に移したということ。

青森にやってきた大湊行き快速は何故かキハ48、国鉄時代の古い気動車2両編成。てっきりキハ100単行でくるのかと思っていたので不思議に思ったが、理由は終点について判明した。

このポンコツ気動車、本人は120%の力を出して走っているのだけれど、哀れ進むごとに遅延が増大してゆく。新型気動車なら、そんなにがんばらなくてもダイヤ通りに走れるだろうに…新しいものと古いものの性能の違いをまざまざと見せ付けられた形だ。

下北駅の駅前は、すっかり変わっていて、下北交通がいた面影はなくなっていた。まぁ、10年近く過ぎてしまったのだから、そのとき下北駅の駅前がどんな風だったかなどはっきり覚えているはずもないだろうに。


遅れに遅れて大湊駅到着。改札を出て、さてバス乗り場は…?と駅舎を出ると、なんとそこには全下北半島人が集まったかのような大行列ができていた。いやはや、こんなにバスを待っている人がいるとは…と思ったのもつかの間、折り返しの野辺地方面改札が始まると、その行列は瞬く間にポンコツ気動車の中に吸い込まれ、満員御礼。キハ100単行では積み残しが出るので、キハ48を用意したのですね。

脇野沢へ行くバス乗り継ぎを行ったのはにしぐち含めて3人だけだったようだ。

途中で地元の民が降りていき、最終的にバスに乗っているのは3人だけ、それも全員脇野沢港で降りてしまった。にしぐちを除く2名は青森行きのフェリーへ乗船するようで、意外や意外、蟹田行きフェリーに乗るのはにしぐちだけ。…このコースでの乗りつぶしはメジャーでないようだ。でも、バスからの陸奥湾、非常にきれいでお勧めです。


陸奥湾を横断するフェリー、事前の下調べでイルカを見ることができます!的な案内がHPに掲載されていたのでひそかに楽しみにしていたのだが、イルカなど見えないばかりか、風が異様に強くて甲板にいることもできない。そういうときに限って客室内ではくそガキが走り回っている。いっそ、海に落としてやろうか。


この旅の中では珍しく、蟹田での三厩行きへの接続が悪い。その間、北行きの高速貨が何本も通過していった。…その大半が、明らかに空の通風コンテナを満載していると気づいたときは寒気がした。ええ、その空のコンテナは、北見や帯広でジャガイモ、たまねぎを満載にして本州に送り返されてくるんですから!!


蟹田〜三厩間を往復して帰ってくると、すっかり暗くなってしまった。8月とはいえ、暗くなると結構気温が下がるもので。

一人旅は非常に自由でよい。でも、いつも相方がいればなぁ…と思うことがある。それは、夕飯のときだ。全国各地には、長野と違っておいしそうな郷土料理がごまんとある。しかし、それは大抵一人では入りにくい雰囲気の店だったり、2名さまより〜、となっていることが多いのだ。

例外なく今回もそれに当てはまり、おいしそうなメニューを並べる店の前では指をくわえるだけにして、結局夕飯は吉牛となった。いい加減、考えたほうがよいのかもしれない。



一体、何を楽しみに青森まで来たのかよくわからない状態で宿に戻る。実は、この時点で翌日、翌々日の予定は一切決まっていなかった。無理をして岩泉線を乗りつぶしにいくか、はたまた盛岡まで立席で出て、その日のうちに長野へ帰ろうか…いろいろ考えながら、考えながら、考えながら……面倒くさくなってしまうのだった。


写真解説:サムネイル左から
‖臾到着3525D快速しもきた。折り返しは帰省客、地元民で大盛況。
△爐掴僖侫Д蝓爾茲蝓7澆里たちをした島が見える。…イルカは??
3田港から蟹田駅まで歩いているときに見つけたもの。橋の欄干の両端についている。さすが蟹の町?
は凸鄲瑤謀着したJRバス下北線。ドライバー氏はイマイチ船のことはよくわからないようだった。

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8月14日の行程
・電鉄出雲市(305特急スーパーライナー)川跡(4)出雲大社前(7)川跡(306)電鉄出雲市


3日目。この日は非常に天気がよく、朝から暑かった。4&5で朝食の後、出雲大社を見学する予定を立てていたので一畑電車乗り場へ。出雲市駅は、何度か通過しているのだけれど、下車したのは備後落合と同じく約10年ぶり。そのときは、JRは高架駅になっていたが一畑のほうはまだ地上の古ーい平屋の駅舎だった記憶がある。

そんな面影はまったくなくなっていて、JRの出雲市駅から少々離れたところに近代的な高架駅として存在していた。ある意味、無味乾燥な駅舎だ。


スタートは京王5000系改造の特急から。短区間乗車と乗換えを挟んでだいぶ早く出雲大社前の駅に着いた。朝も早いので、駅前や参道の商店はみな開店前。それでも観光客の姿はだいぶあったように思える。

参道は、まず出雲大社前の駅を出て右へ向かう。道の両側を商店に挟まれており、上り坂となっている。坂を上りきったところに交差点があって、それを渡ると大きな鳥居と「出雲大社」とでっかく書かれた石碑(?)がある。その先は下り坂になっており、本殿まではだいぶ距離があった。

さて、この出雲大社、大遷宮(まぁ、要は本殿のお引越しですな)の最中らしく、いつだかの善光寺を想像させるがっかりな状態になっていた。この大遷宮にあわせて本殿の大屋根特別拝観、というのをやっているようで、早朝にもかかわらず行列ができていた。しかし、これに参加するには資格が必要で、Tシャツ、ジーパン、トレーナー、ジャージ等NG。短パンやハイヒールもNG、要はゴルフスタイルを求められるのである。

にしぐちはというと、みすぼらしいTシャツになんとなく長ズボンをはいている。



…審査は…     不合格……



このせいもあって、やる気が極端に減ってしまった。なんだか、疲れが出たというか、格差社会はこんなところまで手を伸ばしていたのかというか…

これでは、ゆっくりしようがないので、周辺の付属構造物を見学してそそくさと帰ってきてしまった。帰り際、参道で「ぜんざい発祥の地」なる看板を掲げている店を発見した。しかし、営業時間は1000より。

他の店の看板には、ぜんざいを「神在」と表記しているものも見受けられた。どうやらぜんざいは、「神在」が訛って発生した言葉のようだ。神が在る、とはいかにも出雲の国を象徴するような表記であると思う。



・出雲市(1012Mやくも12号)岡山(747D)総社(1834M)岡山(478Aひかり478号)姫路(3486M新快速)大阪(4001レ日本海)青森


出雲といえば出雲そば、を真っ先に思い浮かべる人も多いだろうが、それもなんだか怪しい。実際、長野のそば粉屋が北海道からそば粉を仕入れて出雲のそば粉屋に販売している事例も見受けられるのであるから、どこまでがその土地の名産品か、と考えると複雑怪奇なことになってしまいそうだ。別に、そばなら戸隠にもあるのでわざわざこっちに来たからといって、さ〜名店を見つけて食べなくちゃ!!、とはならない。

ということでさっさと駒を進めることに。周遊きっぷの関係で根雨に停まるやくもに乗らなければならないので、9時台を逃すと11時台まで待たなくてはならなくなってしまう。

やってきたのは、シートピッチが改良された「ゆったり」編成。なるほど、その名のとおり座席はゆったりしていて快適だ。残念なのは、車内販売が新見からであったことぐらい。381系は乗り物酔いしやすいと悪評が立っているが、そんなことはないのではないだろうか。

山陰線の出雲市〜松江間の、宍道湖が車窓のすれすれまで迫ってくるような景色は何度見てもあきが来ない。特に、晴れた日に、湖面のさざなみに光が当たって乱反射している光景はなんとも言い表せない美しさだ。…ただ、同じように何度も思うが、電柱と電線があまりにも邪魔だ。こういったことは全国各地で感じることがある。とはいえ、電車に乗っているだけの道楽者の意見なぞ、いちいち採用していたらいくらお金があっても足りないのだろうけど。


岡山には昼過ぎに到着してしまった。この日は旅の最大の目的、日本海に乗車すること、が控えている。このまま大阪へ行ったのではあまりにも時間があいてしまう。時間つぶしの目的で急遽吉備線を乗りつぶし。さっきやくもで通過したばかりの総社まで戻り、再び伯備線で岡山へ。岡山の混雑具合は前日とまったく変わっていなかった。それは新幹線ホームでも同じことで、西からやってくる東京行きのぞみは、どの列車も満員、その中でも、都合上姫路で降りなければならないにしぐちが求める姫路停車ののぞみは大混雑。

結局、岡山始発のひかりまで待つ羽目になってしまった。…おまけに、その列車は次の相生でレールスターに追い越されてるし……


姫路に着くと、遅い昼食。前に姫路に来たとき同様、姫路の黄色い麺の「えきそば」をかき込んで新快速に乗車。大阪では1時間以上待って、やっと日本海が入線。さて、どんな乗り心地で青森まで連れて行ってくれるのだろうか…??


写真解説:サムネイル左から
―弍逝膽劼砲董8学時の諸条件が連ねられている…要は、襟の着いた服でないと×、ということ
電鉄出雲市にて。確か、ちょっと前に引退した古い電車。ちょうど映画の撮影をしており、運よくこんなところで見ることができた。
出雲市停車中1012M。しかし、やくもの塗装はよく変わるものだ。
そ弍逝膽劼硫召里社。まったくもって残念のきわみだ。

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8月12日の行程
・長野(1026Mしなの26号)名古屋(267Aのぞみ267号)京都(3545M新快速)


久しぶりのぷらり旅更新。今回は今年のお盆期間中の乗りつぶしです。初日は日程の関係で終車しなの。名古屋での名代きしめんの時間もなくそそくさと乗換え。ここまでは特に記載することもない、いつも通りの道のり。暗くて周囲の状況は良く分からないし、勿論写真など取れようもない。

ただ、初めてN700系に乗車。車内のLED表示が従来のものより格段に大きいのですね。ニュースも他の情報も非常に見やすい。

旅の初日は何事もなく姫路まで進むかと思ったら…尼崎のあたりで人身事故が発生とナ。京都を少々遅れて発車した新快速、大阪から先はボロボロ。姫路到着が100過ぎのはずだったのに、到着してみれば130過ぎとは、いやはや、深夜時間帯の30分は大きすぎる……ついたらすぐに予定していたネットカフェへ。ここの居心地は、他でも書いたとおり最悪なものであった。



8月13日の行程
・姫路(1301M)岡山(3107M快速マリンライナー7号)茶屋町(1637M)宇野(本四フェリー)高松(3120M快速マリンライナー20号)岡山(849M)新見(443D)備後落合(361D)三次(452D)浜原(454D)江津(338D)出雲市


行程を見ただけでも大変さの伺える一日、確かに前半戦の山場でした。久しぶりの始発から終車まで乗りつぶし、まずは姫路より山陽線始発電車でスタートです。

結局ネットカフェでは一睡もできず、居心地も最悪なので430ぐらいには出てしまった。姫路の駅の朝は早いようで、それでも改札口は営業中。蒸し暑い朝で、長野を出る前にシャワーを浴びてきたけど、もはや意味をなさないべとべと感。まさに最低最悪!!

席が取れれば乗っていたであろうサンライズを先に行かせて、にしぐち乗車の各駅停車も出発!…じつは、このあと、この日の行程はほとんど読書に費やされてまったく車窓を見ていない区間もチラホラ。気づいたときには赤穂線が合流していてもうすぐ岡山になっていた。


岡山駅の四国方面行きホームはごった返していた。瀬戸の花嫁がひっきりなしに流れ、久々、四国のディーゼル特急のモーター音も高らかに、次々と帰省・観光客を乗せて出発していく様は爽快だ。ここで18きっぷを購入、いつもの周遊きっぷ+18きっぷの組み合わせは意外と便利である。茶屋町からさき、宇野線は乗りつぶし対象区間。瀬戸大橋ができるまでは、寝台特急も通っていたはずなのに、その面影はあまり感じられなかった。もう20年も経てばそんなものなのだろうか?

瀬戸内の風景、といわれるとなかなかぴんと来ないのだが、実際に見てみるとやはり日本なのか、水田が多いことに驚かされる。何か、瀬戸内というと重化学工業地帯、というのが頭にあって第一次産業となかなか結びつかない。それも、自分がこの地域と疎遠であることを物語っているのだろう。


宇野からは宇高航路です。ホバークラフトはもうないですが、わざわざ宇野線を折り返して、岡山で時間をつぶすのもなんなので6年ぶりに四国へ上陸することにしまして。四国は大学1年のときに、バースディきっぷで全線つぶして以来。ただ、時間が早いのと、さほど時間に余裕もないのとで、讃岐うどんの専門店へはいけませんでした。でも、高松の駅構内の駅「うどん」は十分に美味しかった。

ただ、残念なのは…宇高航路(本四フェリー)内で放送されていた番組。…なにやら、紀行番組で、長野の伊那に行ったらしい。そこで、長寿食材、と称して、一般的にイナゴや蜂の子、ざざ虫が食べられている、などと非常に偏見に満ちた、悪意のこもったバイアスのかかった紹介をしていたこと。ちょっと見ると、長野県民は、その辺で虫を取ってきて毎晩の食事で食べているかのような誤解を受けかねない構成で、非常に遺憾であった。


高松でも瀬戸の花嫁がひっきりなしに流れていた。…しょうがないか。

ここから岡山に戻ったのだが、ほぼ記憶がない。

まず、岡山を発車した。高松貨物の位置はどこかなぁ〜〜、なんて思ってたと思うと坂出。…おや?と思った次の瞬間、もう茶屋町だった。あまりにもびっくりだ。


岡山からは本日の難所が待ち受ける山間部ローカル線乗りつぶし。伯備線に揺られて決戦の地、備後落合へ(その間はまた読書)。ポンコツキハ120には、ヲタと思しき輩と、本当の帰省客と、地元民が同じくらいの割合で乗っていた。勿論超満員。にしぐちは座れたものの、トイレ前のロングシート部分で外の景色はまったく見えない、残念スペース。従って読書。よって、東城のあたりで1冊目を読み終わってしまった。

芸備線内は意外なことに大雨であった。今回の行程、8月に佐用町で発生した集中豪雨の影響で若干変えてあるのです。本来の予定では、姫路から姫新線〜津山線〜伯備線…と乗りつぶす予定だったのですが、智頭急行および姫新線がずたずたにされてしまったので、宇野線〜四国…と変更したのです。

そういうことがあったので、雨が少しでも降ると非常に心配になる。おまけに、代替交通機関などどこにも存在しない中国地方の山の中…無事に備後落合に着いたときはとてもほっとした。


備後落合は、中学3年のときに木次線経由でやってきて、木次線でまた戻っていったとき以来約10年ぶり。

到着時間も、そのときと変わらないはずだ。しかし、三次方面行きの列車は、当時がキハ58急行ちどりだったのに対し、残念なキハ120…もはや、急行すらもなくなってしまった芸備線、これからどうなってゆくのだろうか。ただ、木次線、芸備線上下の3列車が集まると、それでも瞬間ではあるが駅内が活気付くのは嬉しいことだ。

出雲横田行き、返しの新見行きを見送って一番最後に三次行きは出発。恐らく、また10年はこの駅には来ないと思う。それまで存在しているだろうか……


読書したり、風景を眺めたりしながら、列車は三次に到着。ここまで来て相当やられてしまったにしぐち、高速バスで出雲市へ高飛びしてしまおうと画策した。…見事失敗して拘束され、三江線のキハ120送りの刑となった。

三次の駅には、広島と出雲市を結んでいる高速バスが経由し、乗車もできる。ただ、残念なことに、にしぐちがついた時間に付近を通過するバスは、「特急」扱いで三次を通過してしまう便だったのだ!…反逆罪はとても重く、その先4時間、ポンコツに揺られる羽目に。勿論途中で日はとっぷりと暮れ、読書も乗換駅の浜原付近で2冊目終了、手持ちがなくなった。乗り換えても勿論キハ120、おまけに20分遅れ…することはないし、尻は痛いし、眠いし。

江津でキハ40+47(だったか?)に乗り換えて、最後の力を振り絞って出雲市に到着!!勿論なにもせず4&5へ直行、その場でKO、と。

なにかこう、自分がもう若くないのだな、と感じることが多かった2日目であった。


写真解説:サムネイル左から
2日目1番列車1301M。
宇高航路より高松の町並みを。
9眈召留悄屬Δ匹鵝廖H味。
と後落合にて。実家にあった写真には、左側キハ120のところに、確かにキハ58急行ちどりが映っていた!


備考:読書〜上橋菜穂子著、「獣の奏者」闘蛇編、王獣編

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まだ夏も始まったばかりの6月9日のこと。

長野へコンバートされてから3年目に入ったというのに、戸隠神社の場所が良く分からなかったにしぐち。…長野から西で、山の中、みたいな??

この日は世間一般には平日なのだが、確か土曜日がプランナーだったので代休を取ったのだと思う。なので、思い立って出かけてみたのです。



善光寺の裏手、通称七曲がりを通過して戸隠バードラインを経由。この道は、長野に来た年に両親が長野へやってきて、行くところもないから…となんとなく通った道。そのときは途中の蕎麦打ち体験の館みたいなところで引き返してしまったのだが、なんと戸隠中社(ちゅうしゃ、と読むんですね)はそこから間もないところだったとは気づかなかった。

会社の先輩が経営している宿坊、「宮本旅館」の脇を通過して登って行くと大きな鳥居と参道脇のお土産屋、もう少し登って駐車場。軽自動車にはなかなか堪える上り坂が続きます。


駐車場から直接中社へ向かうと、横から割り込むような形になる。これはあまりいただけないような気もする。正面の鳥居の方から望むと、まず大きな鳥居があって、すぐ先は木々に囲まれている。同じくすぐにある階段を上っていくと本殿と社務所、といった感じ。思っていたほど大きくは無い。


いちいち正面に回ってから参拝するのも面倒なので横から突っ込む形で敷地内に入ったにしぐち。

と、正面鳥居へ向かう階段の近くに立つ木の下に何かある。

近くに行ってみると、何か動物のようで、どうも死んでしまっているように思えた。神社にきてまでそんなものを見るものなんであるから、本殿を観察したり、本殿脇の小さな滝を見てみたり(なのに参拝はしないんですなぁ!!)。

一通り見て階段の方に向かうと、さっきの動物の近くに何人か集まって話をしている。どうも、動物は死んでいないようで、恐らく親とはぐれてしまったテンのこどもだろう、といっている。なるほど、よくよく見てみればまん丸になっているからだが膨れたり縮んだり。時折顔を上げて周囲を見てみたり。目をつぶっている時間が長いのは、弱っているのか、単に夜行性だからおねむなだけなのか、は分からないが。


しばらくの後、誰かが宮司さんを呼んだらしく、テンのこどもは社務所へつれられていった。場所が場所だけに、やたら粗末な扱いもできないのだろう。しかしながら、勿論事の顛末は知らないのであるが。元気に自然に戻れていればよいが。



このあとにしぐち、奥社にも行きました。…こっちは元気なとき以外はお勧めできません。やたら歩きます。…そして登ります!!

奥社参道入り口脇の売店で売っている「熊笹ソフト」、バニラとのハーフがお勧めです。新潟の笹団子が好きな人は間違いなくおいしいと感じます。…そうでない人は……やめといたら??


写真解説:サムネイル左から
仝猶C羲
戸隠奥社
7Шソフトハーフ。新潟銘菓笹団子のあんこなしをイメージください。
ず2鵑亮膺邑。

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