WHAT A TAP OUT!

PRIDEに出会ってから、もう何年になるんでしょうか?

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例の疑惑の判定に関する報道やネットでの解説を見て、大体のところが把握できたような気がします。



まず、1Rの10−8でのランダエタ優勢、11Rと12Rの10−9でのランダエタ優勢は誰の目にも明らかで、その点に関しては、素人だろうが専門家だろうが異論はないらしい。


だが採点表が公表されているように、金光洙というジャッジが12Rを10−9で亀田に入れている。
世界戦でなるべくドローを出さないように、というWBAからのお達しが背景になっているらしいが、そもそもこの金氏は他のジャッジがいずれも亀田に入れた3Rを10−10にしていたりと、かなり支離滅裂な採点をしているのである。

少なくとも意図的に亀田を勝たせようとする意思も、会場の亀田一色に流されたような雰囲気も全く感じられない。

どうやら金氏は12Rをランダエタに入れると引き分けになってしまうために、12Rで亀田を支持したらしい。もし金氏が12Rを普通にランダエタに入れていれば三者三様のドローになっていたわけだ。



そんで、その1R、11R、12Rでついた明確な4ポイントの差(金氏の採点では2ポイントだけど)を亀田は残りの9Rで挽回できたのか、という点について、ジャッジによるだろうが、やはり4ポイントを逆転するほどの攻勢ではなかった、という意見が多い。


結局のところ、ボクシングにおいてときに起こりうる極端なホームタウンデシジョンが、いかにもそう受け取られやすい印象の試合で起こってしまい、しかもそれが今まで散々批判を受けてきた亀田の、世界初挑戦の試合、つまり亀田史上最高に注目度の高い試合で起こってしまったためにこのような騒ぎになった、ということらしい。

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この疑惑の判定の背景にはボクシングの採点基準の特徴がある、というのもよく言われた話。

つまり、亀田が僅差でなんとかもぎとった「10−9」も、ランダエタが亀田をダウン寸前まで追い詰めてゲットした「10−9」も、価値としては同等に見られてしまうという点。

でも観客の印象ではそこで5点ぐらいの差がついちゃってるのではないだろうか?


そもそもダウンでつく2ポイントの差も、テレビで見ている視聴者が受ける印象とはかけ離れていると思うし、ボクシングの採点は素人と玄人との間の温度差を全力で助長するような仕組みに、なぜかなってしまっているのだ。

つまり、素人は「どれくらい効いているか」が一番印象に残るが、それは抽象的、主観的な評価でしかないので、具体的で客観的に判定できる基準として「有効打の数」が判定の最も重要な採点対象になっている。


ちなみにこの「客観的な基準としての有効打の数を対象にする姿勢」は、アマチュアボクシングという競技においてはさらに顕著だ。


例えば赤コーナーの選手が有効打を入れたとジャッジが判断した瞬間、ジャッジは手元の機械の、赤コーナーの選手用のボタンを押す。

5人のジャッジのうち3人のボタンが1秒以内に押されればそれは有効打としてカウントされ、試合終了時に有効打の多かった方が勝ち。これは機械を導入するという斬新さもさることながら、ラウンドごとの採点が存在しないという点において画期的である。

これならジャッジが採点に思慮を挟む余地は少なくなるし、どっちが押してるぞーとか、そういったジャッジの印象に左右されることなく有効打の数だけを客観的に審査することができるわけだ。

これが五輪や全日本選手権などの重要な大会で用いられている、いわゆる「コンピューター採点」というやつである。

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これを機に、総合格闘技の判定基準についても考えてみたい。

先ほど触れたどっちの10−9も同じ価値、という話は総合にも言えることだと思う。
修斗では、第一の採点対象は「ダメージを与えた攻撃、または、キャッチ」だそうである。


だが、ギリギリまで極まりかけてる腕十字も、テイクダウンされるついでにやってみただけのフロントチョークも、場合によってはまったく同じ価値とみなされかねない。両者ではキャッチに至る過程が違いすぎるし、フロントチョークなどは極まりそうに見えても当の選手は意外と余裕で対処していたりする。

もちろん限りなくタップアウトに近いキャッチとそうでないキャッチとの間に差を設けたりもしているが(修斗公式ルール)、そもそも極まっているのかどうかの判断でさえ難しいから厄介だ。

さらに、打撃に関してはもっと複雑である。

ひとくちに打撃といってもスタンドでのパンチもあればキックもあり、パウンドもポジションや入り方によって有効度は違うし、寝技でのヒザ蹴りやフットスタンプや肘打ちまであるのだ。

それと寝技のキャッチを加味して判断しなければならない。



またポイントについては、修斗は「若干の差が認められた場合」を10−9、「ノック・ダウン、或いは、キャッチ、または、これに近い状態」を10−8とする、としている。

驚きなのは、ダウン一回とキャッチが、同等と捉えられているということだ。ダウンはまだしも、キャッチはピンキリというか、程度の差にかなり幅があると思うのだが。


修斗とは直接関係ないが、キャッチの評価が極めて曖昧であることの例として、かつてPRIDEで行われたノゲイラvsリコの試合を思い出してほしい。

試合は確かリコが終始優勢だったような気がするのだが、終了間際にノゲイラがトライしたアームロックに対して島田レフェリーはキャッチを宣告した(やや大げさにw)。リコはなんなくそのアームロックから脱出したのだが、判定はノゲイラに軍配が上がった。

リコはバックステージで「てめえのアームロックなんてまるで効いてないゼ!」とわめきながら判定に文句を垂れている。これはキャッチの価値を、興行主の都合を考えたジャッジがいいように解釈した判定の典型であると思う。このとき、もしノゲイラとリコの試合展開が逆であっても、やはりノゲイラの勝利になっていたのではないかと僕は思う。


そのPRIDEでは、総合格闘技の複雑な要素を判定に消化するためか、第一の採点対象を「一本、またはKOを狙う姿勢」という、極めて曖昧で抽象的な言葉で表現している。ラウンドごとの採点もしていないだろう、たぶん。

だがこれはこれで、会場の観客の印象に近い判定ができるという意味で、悪くはない気がする。もちろんPRIDEでも疑惑の判定は先に挙げたものも含め、たくさんあると思うのだが、少なくともボクシングのように一般の人の印象と実際の勝敗がかけ離れているというような事態は起こりにくいし、起こしにくい。

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しかしながら、ボクシングというスポーツの理念は有効打を相手により多く当てるということが第一(たぶん)だからボクシングの判定基準はこれでいいのであって、総合格闘技においてはまだ議論の余地を残している。

総合格闘技とは、最終的に何を目指す格闘技で、何が評価される競技なのか?

そういった競技のあり方が定まってくれば、おのずと判定基準も団体間で調整が取れてくるだろうし、そうした理念とルールの確立のためにも、まずはコミッション等の統括団体の設立が望まれるところだと思う。
実際、前田日明をスーパーバイザーにしようがなんだろうが、商業主義の前ではまるで機能していないことは既にわかっているわけだし。

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初めまして。もし総合格闘技が競技化の道を進むなら判定基準は考え直すべきだと思います。今はイベント性が強いわけですが、現状で「総合格闘技は〜」と問われると結局「客を喜ばすため」としか答えが浮かびません。

2006/8/12(土) 午後 4:21 [ 議長 ]

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議長さんはじめまして。僕はイベント性を求める団体はいくらでもイベント性を追求すればいいんだと思いますよ。その方が結果的にはこの競技の普及に繋がるでしょうし。ただどちらにせよ、公正で、なおかつできれば人にわかりやすい明確な採点基準やレフェリングを整備していかなければならないのは変わらないと思います。

2006/8/14(月) 午後 3:26 [ nis**orib*x ]


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