|
アンリアルなもののリアルさはリアルである。
即ち、日本人は嘘つきである、日本人がいった。
即ち、自分を含まないすべてに、自分は入るか。
リアルでないもののリアルさに、リアルは入るか。
当然だ。
だがそれはリアルではない。
これはパラドックスである。
即ち、妄想である。
*。
妄想がリアルに感じられれば、それはリアルとすればいい。
妄想を物語によりメタファーし、
それがうまく行けば、それがリアルである。
それが魂である。
だがそれも妄想である。
妄想が物語で、リアルに感じられれば、それは妄想ではない。
自分を含まないすべて、そういうものは存在しない。
即ち、ないものをあるとすることだ。
*。
1Q84は、アンリアルとリアルをパラレル・ワールドとし、
その間を、揺らし、それを魂に呑み込ませる。
それをしてどうなったのだろうか。
自分は魂となり、世界は悪党の仕切る世界となった。
これはエゴイズムである。
自分さえよければいい世界だ。
これは世界の破壊である。
*。
魂のいい気分は、自分の否定の肯定だ。
それは世界の否定の肯定だ。
それが妄想である。
だから反対するものを排除する。
自分と世界は繋がらず、世界との関係を切った。
これがリアルの正体だ。
即ち、リアルでなく、偽善と欺瞞の演技だ。
それをリアルに感じさせる。
そこには自分も世界もない。
だから魂といっている。
*。
妄想をリアルに感じさせる。
ここには打ち捨てられた現実がある。
そこでは悪党が世界を支配する。
*。
それは自分だけ気持ちよくして、世界を悪党に委ねることだ。
誤解の総体は、真の理解である。
即ち、アンリアルはリアルである。
これをやったのが、畜生秀吉である。
彼は世界を殺し、自分だけリアルになった。
*。
アンリアルなもののリアルさこそは、畜生秀吉の生き方だ。
秀吉は、殺人によって、権勢を手に入れた。
アンリアルとは殺人であり、リアルはその喜びだ。
文章と現実が遮断されている。
*。
1Q84も、殺人を愛と上書きしたものだ。
そのパラレル・ワールドを揺らし、魂をリアルに感じさせた。
その魂は、殺人である。
殺人の喜びを、リアルと感じさせた。
*。
これはアメリカの方法だ。
秀吉ウィルスに感染したのだろう。
だが世界を殺すことは、ガンを作ることだ。
自殺への万歳突撃だ。
*。
だがこれをやって、世界は革新される。
それはアンリアルなもののリアルさではない。
|
パラドックスに相当する「日本語」は存在しない
恐らく、日本では当たり前のことなのだろう
2010/1/3(日) 午前 6:13 [ IB ]