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理性はその不完全性を理解できない。
理性は言葉上完全である。
だがその完全性を証明できない。
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人類は証明できない言葉を使う。
即ち、言葉は嘘や妄想である。
この中に権力や魂を盛る。
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証明できない言葉だからこそ、自由や正義を語れる。
だがその実在を証明しようとすると、証明できない。
理性は言葉上実在であるが、人の生活では実在ではない。
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言葉と現象の差異を理性は理解できない。
言葉は善悪を分離するが、
人間現象を見ると、これは善悪は分離できない。
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理性は言語上の現象で、人間の生命現象に対応しない。
言葉は仮想のユークリッド空間にあり、人類の現実はそこにはない。
民主主義と資本主義は、言語現象であり、人類現象ではない。
これがゲーデル定理である。
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人類の世界は、非ユークリッドである。
西洋はユークリッド空間にあり、これを理解できない。
民主主義と資本主義は、ユークリッド空間にあり、
人類は非ユークリッドにある。
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この倒錯を理性は認識・理解できない。
これが理性絶対原理である。
即ち、理性は非ユークリッドを理解できない。
この捩じれが、理性絶対原理である。
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理性は、正しい方を誤りとし、間違っている方を正しいとして、争うのである。
どっちがテロか。
それを理性は識別し、認識・理解できない。
証明終わり。
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この世は、レトリックでできている側面がある。
レトリックを駆使する者が、有能な政治家であり、有能な宗教家であり、有能な哲学者であったりする。
芸術家でさえ、風景を一枚の絵に描きとめる、それも見る人をうならせてしまう、それもまたレトリックである。
この世は、私たちの生活を含めて、レトリックの世界と言えるのか。
2015/12/4(金) 午前 7:46 [ yokonokai7 ]