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裏を見てみると鋼は全体に鍛接されておらず半分ほどしかありません 明治初期くらいまでは鑿の鋼はこのような鍛接が多かったようなのでそのくらいの時期の刃物ではないかと思います 現代の鑿と見比べると特徴的な部分がいくつかあります 鋼の鍛接は先に述べましたが コバへの巻き込みが片側だけしかされてなかったり コミの長さは現代よりやや長めで形状も中程辺りが膨らんだ形状になっています 薄鑿にしては首が太めですが首から背に入るなりキュッとしなやかな曲線を描きながら薄く絞られてあります 江戸期から明治にかけて名だたる名工の記録は多く残っていますが 今より需要があった時代ですからやはり無名の腕利きの鍛冶も沢山いたのだろうと思います 名は残らなくともこうして百年近い時を経て誰かに評価される物を作ってきたというのは故人も職人冥利に尽きるのではないでしょうか 古い刃物から惹き付けられる感情には奥深い物があります |

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どこで作られた鑿だろう?
2013/5/20(月) 午前 7:53 [ あきらパパ ]
肩が丸い作りもあるのですね。勉強になります。
2013/5/20(月) 午後 3:50 [ のぶ ]
あきらパパさん
何処ですかね〜?解る人なら造りの特徴で解るのかもしれませんね。
丁寧に作られていて柄と口金も残っているので使用も出来そうです。貴重なのでなかなか使用はしないと思いますが…
2013/5/20(月) 午後 9:21 [ バンビ ]
のぶさん
鑿の肩は元々はこのようななで肩の造りが多かったそうです。玉鋼と和鉄の組合せは肩が張った造りだと叩いた時の衝撃を受けすぎてしまい首が曲がる事があった為と言われています。
姿、形に歴史ありですね。
2013/5/20(月) 午後 9:28 [ バンビ ]