善いね

好きなオノマトペは、のたりのたりです

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好きなこと、やりたいことが仕事になれば、

こんなに素晴らしい事は無いと思われます。

然しそれはなかなか難しいで御座いますね。

それを難しい事にしている要因はいろいろと考えられると思いますが、

その一つは矢張り学校教育だと思われます。

世には実に様々な業種が存在致しますが、

そのどれに就くにしても、基礎的な学力といいますのは就く人を助けるもので御座います。

教育を受けるのは日本人の義務の一つで御座いますが、

義務なんてとんでもない、

大変な助けで御座います。

然し、

どこでどう間違ったのか、

学校で教わる事は、多くの子供にとって、

「テストで良い点数を取るための知識」

という認識に止まっているように見受けられます。

そこには面白いも面白くないも無い、

楽しいも楽しくないも存ずる余地を許さない、

やるより他に無いという正に「義務」で御座います。

学ぶ、って、

すっげー面白いです♪

そこを改めれば、

多くの人が当たり前のように好きなこと、やりたいことを仕事に出来るのではないかと思います。











里人第四

子曰、不患無位、患無以立、不患莫己知、求爲可知也、


子曰く、位無きを患(うれ)えず、立つ所以を患う。己れを知ること莫(な)きを患えず、知らるべきことを爲(な)すを求む。



先生(孔子)は言われました。

「地位の無さを憂うのではなく、

 何故取り組むかの理由にこそ思いを巡らせるように。

 周りが自分を分かってくれないと嘆くのではなく、

 周りに分かってもらえるだけの事を自らが成すことを求めましょう」






(俺なりの解釈での)解説

ある本で読んだのですが、

何かを解説する際の留意点の一つは「感想は控えめに」ですって。

客観的に観て、誰が見ても異論が無いであろう事を、出来るだけ淡々と書くべきだと、

そんな趣旨のコトが載ってました。

良し悪しの判断は読む人に任せるべきだと。

でないと、

すっげー善いっす!

超最高っす!

などと、書いてる方が一人で盛り上がっていると、読んでいる人は「そうか?」と冷める、と。

成程、成程。

それを踏まえた上で、

以下、俺なりの解釈での解説で御座います。




えっと、

いきなりで恐縮で御座いますが、

論語ってすっげー善いっす!

超最高っす!

むちゃくちゃ好きです。

読む度にその思いを新たに致します。

あ、

冷めないでね、

ちゃんと真面目に解説もしますから。


最初の一文、

不患無位 (位無きを患えず)

は、多くの訳を見ましても、

「地位の無い事を憂う(思い患う、気に掛ける)のではなく、」

で共通しておりますが、次の一文、

患無以立 (立つ所以を患う)

で若干の差異が見られます。

論語の入門書と呼ばれる物等に見られる最もポピュラーと思しきものは、

「地位を得るための(正しい)方法を気に掛けることだ」

という訳で御座います。

他にも、

「地位を得るに相応しい能力を養うことを思う」

という訳も御座います。

「立つ」を「地位を得る」、

「所以」を「方法」、

と訳したので御座いますね。

もう読みから変わっているものも御座いまして、

「以って立つ無きを患う」(患無以立)

と読む方も居られますが、

訳の内容は殆ど同じで御座います。

自分が「立つ」だけのものを持っていないことを憂いなさい、と、こうなります。

何れも「立つ」イコール「出世」と捕らえる事が出来るように思います。

俺、思いますに、

役職や肩書き等は、先ずそれが上の方に在って人が其処まで上り詰めていく、

といった類の物ではないと思うのです。

まあ実際はそうなってますけどね。

それよりも、努力し精進を重ねた人に追随する、単なる呼び名だと思うのです。

亦、そう在って欲しいと望むのです。

「政治家に相応しい人物」

ではなく、

「この人には政治家こそ相応しい」

であって欲しいのです。

位無きを患(うれ)えず、立つ所以を患(うれ)う。

これは多くの物で

地位が無いのを憂うのではなく、地位を得るに相応しい人物になりなさい

といった訳され方をされております。

俺が描く孔子像はもっと「動機」の部分を大切になされる方ですので、

上のような、先ず地位というものが上の方に在って、其処を目指すに当たって、といった発言が、

どうもピンと来ないと言いますか、

孔子っぽくないと感じてしまいます。

「立つ」=「取り組む」「行動する」「志す」

等の訳の方が、やあ、孔子っぽいなあと思われます。

社会的な地位の有無を憂うのではなく、

自分がどう成りたいか、

どう在りたいか、

それを大切にしなさい。

と、

仰っているように思いました。

長くなったので急ぎますね。

不患莫己知、求爲可知也、(己れを知ること莫(な)きを患えず、知らるべきことを爲(な)すを求む)

この、

周りが自分を分かってくれない、評価してくれない、正しく知ってくれない、

それを憂いてはいけませんよというお言葉は、

論語の中に違う表現で度々登場致します。

孔子も特に大切にされてらっしゃった考えであると思われます。

人様を贔屓目も好き嫌いも無く正確に評価するのはとても難しいと思いますし、

また、

周りが分かってない、という考え方は、

己を磨くのに大変な邪魔になると孔子はお考えでらっしゃったのではないかと思われます。

最後の一文、求爲可知也(知らるべきことを爲(な)すを求む)も矢張り、

自らがどう在るべきかを大切にするためのお言葉であると思いました。

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いつの間にか学ぶことはテストでいい点をとるためと思われています。
そのための努力を格好悪いと思うようになっています。
すべての事は努力が必要で基礎的な学力が無ければ何事も出来ません。

努力して自分がなりたい自分に近づきたいものです。

2007/10/23(火) 午前 10:23 アリス

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やあ、ありがとうございます、同じように思います♪

テストでいい点取る勉強は一人でやる時間が多いですものね。
善い人生を送るための知恵は人様との関わりから学ぶ事が多いように思います。
なんのために勉強するかと考えるとちょっと本末転倒かなあと思われます。

あじさいさんの仰る通り、なりたい自分に近づきたいです。

2007/10/24(水) 午前 0:27 [ niteruhitotoyou1103101 ]


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