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そうさね。俺らはいつだって同じ事を繰り返す。
誰かが傷付くのを見ては自分が傷付いたような気になり、 誰かが立ち直る様を見ては自分が立ち直ったような気になる。 俺も後数年したら、 更に悪くなるのか。 誰かが傷付くのを見ては自分じゃなくて良かったと胸を撫で下ろし、 誰かが立ち直る様を見ても喜びもしない。 そんなフツーの人になるのか。 そうなると苦しみは減るか。 楽になるか。 死んでもイヤだ。 早く俺を此処から連れ出せ。 俺以外の誰にそれが出来る。 拝啓. もうホント嫌な事ばっかりでさあ。 お仕事の話なんですけどね。 何かしらトラブルが起こると、みんな「被害者」の顔するのがまあフツーじゃないですか。 普段、聞こえの良いキレーゴトを連発する人もですよ、 あっさり保身に走り、 自分は悪くないけどトラブルが起こっている、 自分は悪くないけど処理に追われている、 という顔をするのが当たり前じゃないですか。 そこに反論や理想論やキレーゴトは聞きたくないです。 幾つかの土地、幾つかの職場に身を置きましたが、 全部そうだった。 それがフツーだった。 今日もいつものように、 トラブルが起こって、 あいつが悪いです!と何人もの人が誰かを指差して、 誰かが傷付き、 皆は自分じゃなくて良かったと安堵する。 そんな日常の当たり前の風景に出会し、 いつものようにゲロ吐きそうになっとるワケです。 救えんかったなあ。 また救えんかった。 涙が出て来る。 俺はなんて弱い。 そして、 今の俺が求めてるのは、 誰かを救える強さではなく、 こんな所から離れること。 違う場所へ行けば、こんな日常から離れられるのではないかと、 そうやってまた同じ事を繰り返す。 どこ行っても同じなんだよ。 だからねえ、 改めて偉くならねえとなあと思いました。 善を体現するにも権威や肩書きが要るってどんな世の中だと思いますが、 これは多分孔子の時代から変わらない、 我々が造る社会の本質。 巧言令色、鮮(すく)なし仁と言うように、 キレーゴトを好む仁徳の薄い小人が、 権威や肩書きは関係無い、自分次第だ! 慈愛の心はみんな持ってる、悪い人ばかりじゃないよ! と、 フツーの事を言って来るのが、多分、我々が安易に造ってしまう社会。 なんかそうなってしまう、 そっちに進んでしまう、 我々はそうなりやすい生き物なのだと思います。 だからそうならないようにちょっと無理してみようよと思うワケです。 フツーじゃない人もやっぱ居るのよね。 今日もみんなが「あいつが悪いです!」と誰かを指差している時に、 その誰かに寄り添って、共に解決を望んだのは上司でした。 俺は何も出来なかった傍観者でさあ。 皆が一人を指差す時に、その一人を守る盾になろうとした上司を目指して進みたいんです。 俺一人じゃなくてね。 俺一人だったら、勝手に目指せばいいんじゃないってだけの話なので。 そうじゃなくて、「あいつです!」って指差してたクソヤロウ共も巻き込みたいんです。 そうなるには、 やっぱ俺が偉くならねえとなあと思いました。 |

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