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春秋
2012/5/4(金) 午後 9:48
音(ね)
春秋
2012/4/14(土) 午後 9:18
音(ね)
春秋
2012/4/10(火) 午後 9:49
音(ね)
春秋
真実だの真理だの
春秋
2012/4/4(水) 午前 0:01
やあ、的外れてないように思います。
誰かに必要とされていると思うと、すごく嬉しく、心が休まるのは、とても自然な事だと思います。
んで、自分は必要とされているのかという不安と、必要とされていないのではないかという恐れは、我々が抱きやすい思いなんじゃないなかあと思います。
必要とされているという実感と、そうじゃなかったのかという失意と。
前者が真実で後者が何かの間違いだというコトはなくて、
だからといって結果が真実であって以前の実感が錯覚であったという事もなくて、
嘗て感じた必要とされているという実感は、それはそれで紛れも無い真実と言えるのではないかと、思いますです。
これはめっちゃ長くなる気がします。
えっと、急いで纏めますと、
自分の内面世界を形成する要因は自分の外の世界に在って、
えっと、
真実だの真理だのというのがテストの回答のように何処か自分の外の世界に既存していて、自分が其処に近付く、というのは違うと感じると言いますか、
外因要因によって内に発生するのが真実と言いますか、
あの、
もう、俺が的外
真実だの真理だの
春秋
[ 妖精屋さとこ ]
2012/4/3(火) 午前 11:09
なんだか シンクロ・・・ でしょうか?
頭の中 渦巻いてる気持ちを うまく言葉に出来なくて
やっと言葉にしても 思いもしないとこに飛んで行くし
う〜ん・・・ 事実と真実と真理と・・・
その日
俺は正しい お前も正しい!
(素敵なはずの言葉が)言い放たれた時
もう とうに 終わってるんだな って 砕けました。
必要とされたい たったひとりの人に いらない! と言われたら
存在する意味なんかない・・・
・・・
ところが 身も心も 消えもしない わたし で ありました☆
その人が全て ではなかった。 それでよかった。
しかも わたしなんぞの 一部 を必要としてくれる人がいたんです。
けっこういたのです。
砕けた欠片を 拾ってくれる。 磨いてくれる。 後生大事に守ってくれる。
一部がいっぱい集まれば わたし ですね 歪ですが それは もともと♪
また これも 全て ではない それでいいのかな と☆
あ 自分の内面 潔くて大好き!
それでいいですよね♪
ごめんなさい 的外れ 長話。
失礼しました。


