善いね

好きなオノマトペは、のたりのたりです

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

時期

おうおう、

わざわざこんな田舎くんだりまで足をお運びなすって、

精が出るこって。

まあ、折角来たんだったらゆっくりして行きなさいな。

なんにも無え所でなんかを見付けるのは人間の性ってもんで、

あんたもきっとこのクソ田舎で何かを見付けるんでしょう。

あんたが何か善いもんを持って帰ることを祈ってますぜ。






拝啓.

地元が田舎、というコトはずっと恵まれた事だと思っておりましたが、

出るのがムツカシイわあ。

例えば東京に就職しようと思ったら、

一回東京に住んで、そこから就職活動となるワケですよ。

東京に行って帰って来るだけで物凄いお金掛かりますからね。

向こうに一回住んでしまった方が安上がりですわ。

だからある程度の蓄えを作らないと出るのがムツカシイんですけども、

田舎は安い。

同じ日本か!?

と思うぐらい安い。

中々出られぬものに御座います。

こういう時期なんですかねえ。

人生のここからここまでは此処に居なさい、

という時期が、

ひょっとしたら在るのかなあと考えさせられます。

どの道、折角クソ田舎に住んで居りますので、

素敵なものを見付けたいなあと思います。

巻き込む

そうさね。俺らはいつだって同じ事を繰り返す。

誰かが傷付くのを見ては自分が傷付いたような気になり、

誰かが立ち直る様を見ては自分が立ち直ったような気になる。

俺も後数年したら、

更に悪くなるのか。

誰かが傷付くのを見ては自分じゃなくて良かったと胸を撫で下ろし、

誰かが立ち直る様を見ても喜びもしない。

そんなフツーの人になるのか。

そうなると苦しみは減るか。

楽になるか。

死んでもイヤだ。

早く俺を此処から連れ出せ。

俺以外の誰にそれが出来る。






拝啓.

もうホント嫌な事ばっかりでさあ。

お仕事の話なんですけどね。

何かしらトラブルが起こると、みんな「被害者」の顔するのがまあフツーじゃないですか。

普段、聞こえの良いキレーゴトを連発する人もですよ、

あっさり保身に走り、

自分は悪くないけどトラブルが起こっている、

自分は悪くないけど処理に追われている、

という顔をするのが当たり前じゃないですか。

そこに反論や理想論やキレーゴトは聞きたくないです。

幾つかの土地、幾つかの職場に身を置きましたが、

全部そうだった。

それがフツーだった。

今日もいつものように、

トラブルが起こって、

あいつが悪いです!と何人もの人が誰かを指差して、

誰かが傷付き、

皆は自分じゃなくて良かったと安堵する。

そんな日常の当たり前の風景に出会し、

いつものようにゲロ吐きそうになっとるワケです。

救えんかったなあ。

また救えんかった。

涙が出て来る。

俺はなんて弱い。

そして、

今の俺が求めてるのは、

誰かを救える強さではなく、

こんな所から離れること。

違う場所へ行けば、こんな日常から離れられるのではないかと、

そうやってまた同じ事を繰り返す。

どこ行っても同じなんだよ。

だからねえ、

改めて偉くならねえとなあと思いました。

善を体現するにも権威や肩書きが要るってどんな世の中だと思いますが、

これは多分孔子の時代から変わらない、

我々が造る社会の本質。

巧言令色、鮮(すく)なし仁と言うように、

キレーゴトを好む仁徳の薄い小人が、

権威や肩書きは関係無い、自分次第だ!

慈愛の心はみんな持ってる、悪い人ばかりじゃないよ!

と、

フツーの事を言って来るのが、多分、我々が安易に造ってしまう社会。

なんかそうなってしまう、

そっちに進んでしまう、

我々はそうなりやすい生き物なのだと思います。

だからそうならないようにちょっと無理してみようよと思うワケです。

フツーじゃない人もやっぱ居るのよね。

今日もみんなが「あいつが悪いです!」と誰かを指差している時に、

その誰かに寄り添って、共に解決を望んだのは上司でした。

俺は何も出来なかった傍観者でさあ。

皆が一人を指差す時に、その一人を守る盾になろうとした上司を目指して進みたいんです。

俺一人じゃなくてね。

俺一人だったら、勝手に目指せばいいんじゃないってだけの話なので。

そうじゃなくて、「あいつです!」って指差してたクソヤロウ共も巻き込みたいんです。

そうなるには、

やっぱ俺が偉くならねえとなあと思いました。

いくらでもあるでshow

いくらでもあるでshow!!




「あなた帰国子女なんですね。英語ペラペラらしいじゃないですか」


「ええ、まあ。普通に話しますけど」


「英語で何か喋ってもらっていいですか?」


「それよく言われるんですけども、一人で何か喋れって言われても、何喋っていいか分かんないんですよね」





いくらでもあるでしょう。



何でもええやん。

自己紹介でも、友達の話でも、

住んでいた町の様子でも何でもええやん。

何か喋れよ。







「何か食べたいもの有る?」


「何でもいいよ」


「じゃあ取り敢えずファミレス行こう」


店内にて


「決まった?」


「ん〜、何にしようかなぁ」





いくらでもあるでしょ。



何でもいいって言ってたじゃねえか。

何か選べよ。

メニュー見たらいくらでもあるでしょ。

そこそこ美味しく腹を満たす物がいくらでもあるでしょ。

何で決まらねえんだよ。







「休みに四国に行ったんすよ」


「おお、いいじゃない」


「高知でバッティングセンターに行ったんですよ」


「なんで高知まで行ってバッティングセンター行くのよ。まあええけど」


「そのバッティングセンターに、金本のサインが有りました」


「ハァン?」


「阪神、高知でキャンプしますもんね。金本休みの日にバッティングセンター行きよったみたいです。休みの日まで野球しよるみたいです」






それは本当にいくらでもあるでしょう。



なんでプロ野球選手が休みの日まで野球するのよ。

休みの日ぐらい他にすることいくらでもあるでしょう。

どんだけ野球好きやねん。




と、

思いました。

持ち合う

楽してえ。

俺がなんもせんでも周りが勝手に善へ向かえばいい。

俺がなんかした所で向かない所は向かないんだけどさ、

まあしょうがねえやとノーストレスライフを送るワケにはイカンのですよ。

我々は知ってしまうのですよ。

優しい人を。

素晴らしい知恵を。

譲り合う心を。

誰もこういう人が居なければ、

俺らは善を知らずに済んだ。

平気で他人を乏しめ、罵り、奪い、

楽をする事が出来た。

でも知ってしまったからさ。

しんどくてもやるしかねえじゃねえか。

善に向かうしかねえじゃねえか。




拝啓.

最近はアレですよ。

あの、

なんだっけ、

まあいいや。

皆様如何お過ごしでしょうか。

日々幸せに暮らされていると善いなあと思います。

最近ですね、

あ!思い出した!

最近ですね、

ブログをもう一個やっておりまして、

そちらの方を楽しく熱心にやっております。

そちらは絵を中心に楽しんでやっております。

俺のこのイラストレーターオーディションを受けて二次試験で落ちたという華々しい経歴を活かしてですね、

楽しくやっておる次第に御座います。

銀座まで行きましたからね。

それだったら一次で落としとけよっちゅー話で御座いますよ。

楽しみは一つでも多い方がいい。

そして一人でも多くの人と共有出来たら素晴らしいと思います。

同じように、

辛さや苦しさは一つでも少ない方がいい。

それは無くなる事がないものだから。

辛さや苦しさを一人で抱えずに、皆でちょっとずつ持ち合うような、

そんな分かち合う世の中になると善いなあと思います。



以上で御座いました。

ではでは、

善い一日を。

保守


保守的と聞くと、伝統を重んじるとか、歴史を尊ぶというイメージを持ってしまいますけども、

実際は逆で、新しいものを受け入れる事が出来る人の方が歴史に通じていたりするものに御座います。

ちょっと考えたら当たり前でさあね。

人類はこれまでにどれだけの変化を繰り返して来た事か。

常に新しいものを受け入れ続けて来た積み重ねが歴史であって、

十年前と今とで変わらない方が不自然です。

百年前と今とでは尚の事。

千年前と今とでは尚の事。

そら変わるでしょう。

歴史を振り返っても変わるのが自然にも拘わらず、

変わらない事を望むというのは、歴史を尊重しているとは言い難くて御座います。

それは歴史を大切にしているのではなく、

今を大切にしていると思われます。

今が続く事。

現状が続く事を願う。

それが保守的と呼ばれる考え方だと俺は思います。

勿論万事に之を当て嵌めるのは乱暴でございますけども、

保守的と呼ばれる考え方の基本姿勢のように俺には見えます。

今を変えない、その繰り返し、積み重ねが、不変という歴史であって、

逆算的に、

歴史を尊ぶから、変えない。

と、言葉のすり替えが行われているように俺には思われます。

思いの外なんか重たい話になりましたけども、

要は、新しいものを拒むようにはなりたくないなあと思ったのでございます。

映画でも、政治でも、ゲームでも、音楽でも、漫画でも、文学でも、何でも。

昔は良かった、

最近のは面白くない、見聞きする気が起きない、云々、

俺らはそうなりやすいけどね。

そこで言う「昔」は、多くの場合、自分が過ごした幼少期や青春時代を指していて、

自分が知るよりも更に昔、自分の親の世代の記憶等は含まれていないものにございます。

つまり、

「昔が良かった」ではなく、自分が最も熱中したその時期、その瞬間が良かったのであり、

「今がダメ」ではなく、自分が最も熱中した時期、最も熱中した瞬間が続かなかったのがダメだと、

そういうコトかなと、いろんな話を見聞きしていると思います。

それは今が続く事を望む保守的な考え。

もっと変化を歓迎出来る姿勢を持った方が、

生きていて楽しいんじゃないかなあと思いました。



やっぱ重たいな。

こんな重たい話するつもりなかったのに。

ガラッと変えよう。

えっと、

俺カレー好きです、カレー!

カレーって美味しいよね!





以上で御座いました。

ではでは、

善い一日を。

.
niteruhitotoyou1103101
niteruhitotoyou1103101
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事