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学ぶ者に師は現れると申しますね。
何かしら課題を持って暮らしていると、
一見すると全く関係の無い事柄にも、
何かヒントを見出そうという姿勢が働くもので御座います。
何事も、
「場」を与えられて、其処だけで修まるものでは無いようで御座います。
為政第二
二十一
或謂孔子曰、子奚不爲政、
子曰、書云、孝于惟孝、友于兄弟、施於有政、
是亦爲政也、奚其爲爲政、
或(あ)るひと孔子に謂いて曰く。子奚(なん)ぞ政を為さざる。子曰く。書に云う、孝なるかな惟れ孝、兄弟(けいてい)に友に、有政に施すと。是れ亦(また)政を為すなり。奚(なん)ぞ其れ政を為すことを為さん。
ある人が孔子に言いました。
「先生は何故政治に携わらないのですか?」
先生(孔子)は言われました。
「書経に在ります、
孝なるかな惟れ孝、兄弟(けいてい)に友に、有政に施す、と。
これもまた政治を為すの内です。
なぜ政治家だけが政治を為すと言えましょうか」
(俺なりの解釈での)解説
これも多くの方がいろいろな訳し方をなされてらっしゃいます。
書経の原典はその写しも既に存在しないそうで御座いまして、
孔子がどの場面の、どの部分の、どの言葉を引用したか、
知る術が無いので御座います。
また、
論語に収められている詩書からの引用は、
論語用に後世の誰かが付け加えたんじゃねえ?
実際にはそんなこと載って無かったんじゃねえ?
と、訝しがる方も居られます。
正確な訳は困難で御座いますが、
大切なのは最後の一節、
奚(なん)ぞ其れ政を為すことを為さん
だと思われます。
「わざわざ政治家にならなくともよい」
という解釈が大方で御座います。
なぜ政治家だけが政治を為すと言えましょうか?
俺も肝に銘じておきたいお言葉で御座います。
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